この紅魔の剣士に栄光を!   作:3103

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第15話

 

「ふわぁ……。ねむ……」

 

 一日の学業から解放された俺は、ふらふらと帰路に着いていた。

 昨夜は結局眠れず、今日一日は寝不足のせいでずっとこんな調子で過ごす羽目になった。

 お陰で授業中に寝落ちるわ、その罰として担任にいいようにこき使われるわ、散々な目に遭った結果、俺の苦手なものの項目にブラックコーヒーが増える事になったのでした。まる。

 

「くわぁ……。ねむい。……帰ったらすぐ寝よう」

 

 日はすっかり傾き、オレンジ色の陽光が空を染め上げている。

 また夕方だというのに、気を抜いた瞬間路上だろうが構わず寝落ちてしまうそうだ。

 そう目をこすりながら歩く俺の耳には、さっきから何やら喧しい鐘の音が響いていた。

 ……誰だよ、こんな夕方から傍迷惑な。

 まーた、里の大人達が邪神やらなにやらで、きゃっきゃしてんのかよ。もう封印するんじゃなかったのかよ。

 かーんかーんと鳴り響く鐘の音を、鬱陶しく思いつつも帰宅。

 なぜか開きっぱなしになっていた家の扉を潜ると、漆黒の巨体を持つモンスターと目が合った。

 

「………………」

 

「………………」

 

 目と目が合う瞬間、あの時の悪魔だと気づいた。

 この前の実習の時、俺達に襲いかかってきたモンスターが、何故だか我が家に遊びに来ていた。

 ……彼、いや彼女(?)は実は姉さんの友達だったりするのだろうか? 

 あの時も単に鬼ごっこをしていて、姉さんを追いかけ回して遊んでいただけなのかも知れない。

 ならあの時は水を差してしまったのことになるのか。それは悪いことをした。

 

 怒る気持ちも充分にわかる。

 だから謝る。素直に謝るから、どうか家を訪ねる時は、扉を壊さず遊びに来て欲しい。

 修理費だって結構するし、それを捻出する為に、ただでさえ少ない俺達の晩御飯のおかずが一品減ったらどうしてくれるのだろうか。

 此方に非があるとはいえ、その横暴な振る舞いには流石に怒りを感じずにはいられなかった。

 

 というかなんで今になるまで気がつかなかったし、俺。

 玄関の扉が派手にぶち破られてるのに、どうして欠伸しながら普通にただいまを言おうとしてたんだ。俺はバカなのか。

 

「よ、よろろん!? 無事ですかよろろん!!」

 

 と、あり得ない現実に目を擦っていた俺の耳に、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 振り返ると、慌てた様子で走ってくる姉さんと、その後ろに続くゆんゆんの姿が見える。

 俺は二人に声を返した。

 

「よお、姉さん。そんなに慌ててどうしたんだ?」

 

「寧ろなんで貴方はそんなに落ち着いてるんですか!? この状況で! 目の前の悪魔が見えてないんですか!?」

 

「いや別に、姉さんの友達と挨拶してただけだし……」

 

「わかりました寝ぼけてますね! 目を覚ましてあげるから歯を食いしばりなさい!!」

 

「へぶぅ!?」

 

 姉さんにビンダされた俺はその場でよろめく。

 倒される程の衝撃は無かったものの、中々の威力で頬が痛い。

 この姉、本気で殴りやがったな……。

 ……まあ、でもお陰で目が覚めた。俺は背中から剣を抜いて、家の中の悪魔と相対する。

 

「……くっ、目覚めたらいきなりピンチとは! ここは俺に任せて二人は先に逃げろ!」

 

「今更カッコつけても何もかも手遅れですからね!? そ、それよりこめっこは!? こめっこは一緒じゃないんですか!?」

 

 慌てた様子で聞いてくる姉さん。

 そこで気がつく。我が家にいる悪魔によって、我が小さな妹が危険にさらされる可能性を。

 俺の額から汗が滲み始めた。

 

「た、大変だ姉さん! こ、こめっこがっ! こめっこがまだ中にっ!?」

 

「あ、あわっ、あわわわわわてるような状況ではありません!? ま、まずは落ち着いて、作戦をっ!」

 

「ふ、二人とも落ち着いて! 見てるから! 悪魔が今にも襲いかかってきそうな眼光で私達を見てるから!?」

 

 ゆんゆんの制止の声を聞いた俺達は、少しだけ冷静さを取り戻し悪魔と向き直った。

 その刹那。幸か不幸か、悪魔が右腕を引きしぼり腕を打ち出す姿勢を取っている姿を、俺の目は捉えた。

 俺は姉さんを突き飛ばすように下がらせ、剣を身体の前に構えながら魔力の強化を施す。

 盾のように構えた俺の『ダークソウル・ブレイド』を悪魔は遠慮なく殴りつけた。

 

「……っ!?」

 

「よ、よろろんっ!?」

 

 激しい金属音と共に、俺は玄関から吹き飛ばされた。

 衝撃で剣を構えていた腕がひどく痺れる。危うく剣を落としそうになったが、それだけは根性でなんとか堪えた。

 幸い魔力の強化が間に合ったからか、体を衝撃が駆け抜けた以外に傷は無い。

 俺は姉さんとゆんゆんが駆け寄ってくる足音を聞きながら、転がされて地に伏していた体を起こす。

 

「いたたたっ……」

 

「だ、大丈夫よろろんっ!? 怪我してない!

?」

 

「な、なんとか。……くそ。前は防ぎきれたのに。我が邪剣よ、真の力を発揮するには、まだ贄が足りぬというのか……?」

 

「……無事みたいですね。なによりです」

 

 姉さん達と言葉を交わしながら、俺は立ち上がる。

 軽々と俺を吹き飛ばした悪魔は、俺達が家から離れたからか、興味無いと言わんがばかりに室中へと入っていった。

 追撃はして来ない。なら目的は俺達じゃなく別にあるのか?

 我が家に押し入ってまで手に入れたくなるようなお宝など無い筈だが……。

 

「一撃食らった所悪いですが、よろろん。まだ動けますか?」

 

「勿論。中のこめっこを助けに行けって言うんだろ?」

 

 いつの間にか落ち着きを取り戻していた姉さんと言葉を交わす。

 姉弟二人、意思は同じだったようだ。

 姉さんは静かに頷いて、

 

「ええ、その通りです。私とゆんゆんがアイツの気を引きつけます。貴方はその隙に家の中にこっそり入ってこめっこを探して下さい」

 

「……いや大丈夫? 武器もあるし、囮なら俺がやった方がいいんじゃ……」

 

「こめっこを見つけたらそのまま抱えて逃げる必要があります。この中ならよろろんが一番筋力値が高くて、モンスターに追い回されても冷静に逃げ回れるでしょう? 遺憾ながら私達には出来そうにありません。ちみっことはいえ人一人担がせたまま逃げるのなら、貴方が適任です」

 

 すらすらと姉さんは、俺でなくてはならない理由を並べてくる。

 そう言われたら頷くしかあるまい。

 普段の食い意地の悪さと女子力を遥か彼方に投げ捨てている所に目を瞑れば、姉さんは頼りになる人だ。

 彼女がそう判断したのなら間違いはない。

 

 それに何より。頼りにされているならその期待には応えないとな。

 可愛い妹の命もかかっている。こんな所で尻込みしてはいられない。

 俺は未だに痺れが残る腕を軽く振りながら、背を見せ家の中を物色する悪魔に向き直る。

 

「よし。その役目、まかされた。二人は危なくなったらすぐに逃げてくれ。俺のことは気にしなくていいから」

 

「え、あ、……だ、大丈夫? いくらよろろんでも、あんな悪魔相手じゃ危ないんじゃ……?」

 

「大丈夫大丈夫。戦うつもりなんてないし、危なくなったら俺もすぐ逃げるから。そっちこそ、危なくなったらすぐ逃げろよ。俺のことは心配しなくてもいいからさ。逃げ足には自信あるし」

 

 そんな後ろ向きな宣言をしながら俺は屈伸する。

 こういう時、もっとカッコいいことが言えるほど強ければよかったのだが。

 生憎俺の剣の腕は未熟だ。紅魔族の癖に、魔法の一つも使えない。

 攻撃を剣の腹で受けて軽くすっ飛ばされ、反撃の手段は皆無である。派手に動いて気をひくか、精一杯動いてこめっこを抱えて逃げ出すことが俺の限界だ。

 ……なんか改めて思い返すと凄いクソザコだな俺。凄い悲しくなってきた。

 いつかはミツルギさんのような凄腕の剣士になれるのだろうか。

 ……いやなるんだ、なってみせる。

 だから今は、できることに全力で取り組もう。

 

 段々と落ちてきた気分を振り払うよいうに頭を振るう。

 幸いと言うべきか、我が家の中を物色する悪魔は、俺たちの企みには気づいていない。

 侵入するならこのタイミングだろう。

 悪魔の意識が此方に向かないうちにこめっこが隠れていそうな場所を片っ端から探索。見つけたらこめっこを抱えて即離脱。

 となると少しでも身軽になった方がいいだろう。悔しいが『ダークソウル・ブレイド』はここに置いていく。ヤツはこの戦いにはついてこれそうにない。

 

 手順を頭の中に浮かべつつ、俺は心配そうな顔でこちらを見ているゆんゆんに背中から下ろした『ダークソウル・ブレイド』を手渡した。

 

「ゆんゆん、これを。俺の代わりだと思って預かっててくれ。俺の相棒、ゆんゆんになら預けられる。俺に翼を授けてくれ、ゆんゆん!」

 

「えっ? ……あ、ああっ、いやっ!? そ、そそっ、そ、あ、あわわわっ!?」

 

「……『身軽になりたいし邪魔だから預かってろ』とカッコつけないで素直に言いなさい。色々勘違いして、ただでさえビビって使いものにならなそうなゆんゆんが、ますます使えなくなるじゃないですか」

 

「ああ、ごめん。いつもの癖で。……まあ、頼んだゆんゆん。いざという時には盾の代わりにでも使ってくれ」

 

「…………は、はぃぃ」

 

「こめっこに何かあったら許しませんからね。寝てる間にネロイドのしゅわしゅわを鼻に流し込みますからね。なんとしてでも助け出してきて下さいよ」

 

 顔を赤くし小さな声で呟くゆんゆんと、軽くドスの効いた声で脅してくる姉さん。

 対局な二人なりの激励を聞いた俺は、最後に一度だけ二人に振り返ると足音を殺して移動を開始した。

 背を見せる悪魔は抜き足差し足の俺に気づいてはいない。

 茂みや木の幹に体を隠しながら家の裏手へと回り込む。

 裏口の立て付けの悪い扉がぎしぎしと音を立てて軋んだが、なんとか気配を殺し切ったまま室内に侵入する事が出来た。

 

 悪魔の姿に気を配りながら台所を見て回る。

 と、玄関の方でどたばた激しい音が聞こえてきた。姉さんとゆんゆんの、勇ましいんだかそうでないのか解らない声も聞こえてくる。

 彼女らの呼び声にこめっこの反応は無い。

 しかし悪魔の注意は正面から突入してきた姉さん達に向けられたようだ。

 その隙に台所の隠れられそうな扉があったり、小さなスペースがある場所を全て確認。が、こめっこの姿は見つからなかった

 

 ……ここじゃないのか。となると、居間か二階の寝室か。

 変わらず足音を殺したまま、俺は階段を登っていく。

 

「た、助けてめぐみんっ! さっきよろろんから預かった変な剣が勝手に黒く光るの! 止めて! 早く止めて! なんかどんどん魔力吸われてる気がするからっ!!」

 

「ええい! 今はそれどころじゃないんです! 見て解らないんですか!!」

 

 その途中横目に見えたのは、姉さんが小さなナイフの切っ先を悪魔に突きつけている姿と、ゆんゆんが俺の『ダークソウル・ブレイド』に備わった『松明三十本分くらい明るく光る(黒色なので全く灯りには使えない)』に困惑している姿だった。

 非常にテンパりながら相対する姉さんと、その後ろに涙目で立つゆんゆんを、悪魔は茫然と見下ろしている。攻撃の意思を感じない棒立ちだった。

 恐怖と緊張で上ずった姉さんの声に、悪魔も困惑しているのだろうか。

 まあいい。動かないなら好都合だ。

 悪魔の視線が此方に向かないうちに俺は階段を登りきり、二階の自室の前まで辿り着いた。

 音を立てないように扉を開ける。

 室内に人気は無かった。隠れているかも知れないこめっこに、小さな声で呼びかける。

 

「……こめっこ。出てこいこめっこ。兄ちゃんが助けに来たぞ!」

 

 返事は無い。

 ベッドの下やクローゼットの影など、室内を隈なく探すものの、またしてもこめっこの姿は見つからなかった。

 念入りに俺のベッドの下の隠しスペースにも目を通してみるものの、辛うじて入れるか否かの小さな空間に妹の姿は無い。

 

「……くそっ。ここも外れか……!」

 

 元々あまり物が置かれていない小さな部屋だ。隠れられそうな場所は全て確認した。

 早々に探索を切り上げ、次の部屋に向かうために立ち上がった俺の耳に、ばたばたと何かが暴れるような音と、女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 

 発信源は、玄関の方からか。傍観を続けていた悪魔が暴れ始めたのかも知れない。

 姉さん達の身に何かあったのでは……?

 探索は一時中断し、ここは加勢をしに……。……いや、魔法の一つも使えない俺が行った所で足手纏いにしか……。

 

「……あ、そうだポーション! アレを使えば!」

 

 俺はベッドの下のスペースから二本のスキルアップポーションを取り出す。

 今俺が所有しているスキルポイントは28。

 丁度この二本を服用すれば攻撃魔法を習得できる。

 旅に出るための資金源にしようと思って取っておいたものだが、妹や姉、友達の危機に使用を躊躇うほど大事な物ではない。

 ……しかし、このウチの一本は姉さんの為に取っておいたものだ。

 俺が得てきた物とはいえ使用が躊躇われる。

 

 悩む俺の耳に、再度暴れる音が聞こえてきた。

 ……くそっ。悩んでるだけ時間の無駄だ!

 姉さんには後で謝っておこう。

 覚悟を決めた俺は、スキルアップポーションの蓋を開け、中身を一気に喉の奥へと流し込んだ。

 

「……おぇぇ。流石に、二本イッキは……」

 

 口に残る薬品臭さに吐き気を覚えながら、俺はポケットから取り出した冒険者カードにスキルポイントを割り振っていく。

 覚える呪文は勿論ーー

 

「……よし。なんとか出来た。これなら、いけるッ!」

 

 身体の芯が造り変わっていくような感覚。

 筋肉を、神経を、血管を。見えないナニカが書き換えていく。

 体感した事がなくてもわかる。俺は今日、今この時に、初めて『魔法』を覚えたのだ。

 剣士としては邪道かも知れないけど、強固な武器を手に入れたのだ。

 これで戦える。俺は拳を強く握った。

 

 乱雑に扉を開けて室内を飛び出す。

 胸の奥底から湧き上がってくる戦意に身を震わせ、何度も口に出して繰り返して覚えた呪文を唱え始める。

 階段を駆け下りた時には既に必要な魔力も練り終わっていた。

 俺は下げていた視線を上げ、口上を言い放つ。

 

「さあさあ、 ここからが大見せ場ァ! 遠からんものーー」

 

「あ、よろろん。こめっこは見つかりましたか?」

 

「だ、大丈夫? よろろん怪我してない?」

 

「……あれぇ?」

 

 上げた視線の先に、悪魔の姿は無かった。

 室内をぐるりと見渡して見ても、どこにも見当たらない。

 

「あ、あの悪魔なら私が倒しましたよ。戦ってみればなんて事の無い雑魚でしたね。ナイフ刺さっただけで消えちゃいましたし」

 

「…………うそーん」

 

 壮大な肩透かしを食らった俺は、力なく俯いた。

 

 

 





また更新遅くなると思います。
申し訳ありません。


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