この紅魔の剣士に栄光を!   作:3103

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第12話

「そんじゃテスト返すぞー。名前呼ばれたやつから取り来いよー」

 

 教卓に立つ気の抜けた女教師の呼びかけに、教室中の生徒達も気の抜けた返事を返した。

 そんなやる気が無いようにも見える態度を諌めることも無く、担任の教師は名前を呼んで採点し終わったテストを返していく。

 

「ほいじゃ次、よろろん」

 

「はいっす」

 

 教師の手からテストを返して貰う。

 点数はまあ、大体平均点くらいか。クラスの中じゃ真ん中くらいの成績だろう。

 

「よろろんはもう少し応用科目を勉強しとけよー。暗記とか基礎は出来てるんだから」

 

「……ふっ。魔法の知識なぞ、俺には基礎の最低限あれば充分ですよ、先生。元よりこの身の全ては剣に捧げていますので」

 

「じゃあ今からでも『ソードマン』に転職するか? 面倒くさいがそのくらいの手続きならすぐやってやるぞ?」

 

「あ、いや。……そういうのはちょっと」

 

 先生の提案をやんわりと断る。

 剣を使う為、体力を鍛えてはいるが、あくまで俺が目指しているのは『魔法使いなのに剣術が得意な紅魔族』なのだ。

 魔法をあまり使わず、剣の腕だけで魔物と戦う魔術師。

 この一件矛盾した、相反する属性がかっこいいのである。

 だから俺は魔法使いのまま剣術の腕を磨きたいのだ。

 

「……まあ、お前がそう決めてるなら止めはしないけどよ。ちょっとでも今のスタイルに疑問を感じたり、何か思う事が生まれたんなら、色んな道を経験して見るのも手だと思うぞ? 環境が変われば、見えてくるものも違ってくるだろうし」

 

「は、はい。覚えておきます」

 

 担任が珍しく真面目なモードで語ってきたので、思わず背筋がピンと伸びる。

 ……す、すげぇ。この人のこんな真剣な顔初めて見た。こりゃ明日は槍が降るかも知れないな。

 

「……よーし。これで全員にテスト返ったなー。ならもう先生行くわ。まだ邪神のごたごたが解決してなくてさー。先生も駆り出されてんのよ」

 

「……そこまでズルズル手間取るなら、もういっそのこと封印解いて邪神が出てきた所を囲んで倒してしまえばいいんじゃないですか? この里の大人達が集まれば可能でしょうに」

 

「いやー、先生もそう思ったんだけどさー。まだ慌てる様な時間じゃない。殺るには早過ぎる。今回は来たるべき日の為に再封印を施すべきだ。って意見が多くてねー。だから封印の準備の手伝いに行かなきゃなんないのよ、先生」

 

 たはは。と笑いながら語る先生。

 ……俺が言うのもなんだけど、この里の大人達はもう少し色んな事に危機感を覚えるべきだと思う。

 

「つーわけで。先生居なくなるから、午前中の授業は全部自習だ。午後には帰ってこれると思うから、各員ここの課題をちゃんと終わらせとく様に。じゃ、もう行くわ。ばいばーい」

 

 言いながら担任は教室を出て行った。

 最初は担任の適当さに呆気にとられ静かだった教室も、見張り役が居なくなった事で徐々に話し声が聞こえてくるようになる。

 

 教卓の上から課題を取った俺も、喋り始めたクラスメイト達に混ざって、近くの席のつむつむに声をかけた。

 

「よっ、つむつむ。今回もテスト満点だったな。スキルポイントはどのくらい溜まったんだ?」

 

「今回のポーションを入れれば……、28かな? あと二ポイントで上級魔法を覚えられるよ。よろろんはどのくらい溜まってるの?」

 

「俺? ……俺は確かこの前のポーションを飲んで28になったな」

 

「へぇー。やっぱりレベルが上がるのが早いとスキルポイントも早く溜まるんだねぇ……」

 

「まあ、お前と違ってテストの結果じゃポーションを稼げないからな。その分、他のとこで稼がにゃ卒業出来ないし」

 つむつむに苦笑いを浮かべて答える。

 この分にはつむつむと同じタイミングで卒業することになりそうだ。

 

「そういやつむつむは卒業したらどうするんだ? 俺は前々から言ってるように旅に出るつもりだけど」

 

「……その。……ちょっと照れ臭いんだけど、聞いても笑わないかい?」

 

「笑わない笑わない。ちょっと前、進路の事で衝撃を受けてな。今ならどんな事言われたって動じない自信がある」

 

 答えながら我が姉の顔を思い浮かべる。

 あの日の姉の発言は、爆裂魔法の如く強烈だった。

 俺の答えを聞いたつむつむは、少し躊躇いながら、

 

「……そ、その。……医者に、なりたいんだ」

 

「え? 立派な志じゃないか。どこも恥ずかしいとこなんてないだろ」

 

「い、いや。人間のじゃなくて……」

 

「……獣医って事か? そりゃ人間の医者になる奴よりは珍しいと思うけど、別に隠す様な夢じゃ……」

 

「そうでもなくて……。その、僕がなりたいのは……。ーー魔物の医者なんだ」

 

「…………へ?」

 

 意を決したつむつむの言葉に、思わず耳を疑う。

 ま、魔物の医者? そんなの聞いたことないぞ。

 怪我とかは治癒魔法が使えるプリーストに治療して貰うのがこの世界の主力だけど、普段の健康診断や、治癒魔法では治せない病気の治療の為に医者になる者も多い。

 家畜やペットの体調不良を治す為の獣医だって、人間の医者に比べれば少ないけどちゃんと職業として知られるくらいには母数がいる。

 

 しかし、魔物を治療する医者なんて存在は聞いたことも無かったし、いるとも思わなかった。

 人に害をなさない魔物はいるが、基本的にほとんどの魔物は人に仇なす存在なのだ。

 わざわざ好き好んで治してやる奴はいないだろう。

 それが俺の先ほどまでの認識だった。故に現在、俺は酷く困惑していた。

 

「あ、その、医者と言っても魔物の治療を専門に行う訳じゃないんだ。魔物の生態研究の中の一つとして、そういう考え方があるってだけで」

 

「そ、そうなのか。……じゃあ、つむつむは魔物の研究の方に進むってことか。うん、向いてると思うぜ、つむつむに」

 

 思い返せばつむつむは、やたら魔物について勉強していた様な気がする。

 それは将来魔物の研究をする為に知識を蓄えていたのか。

 その鬼気迫る表情も将来に向けて必死に勉強していたと考えると、なるほど納得だ。

 毎回毎回、息を荒げるくらい集中してたもんなぁ……。

 よほど魔物に興味があったのだろう。そんな相手に授業中とはいえ、魔物殺しを強要してしまったのは。

 過去の所業を思い出した俺は、つむつむに頭を下げる。

 

「いや、悪かった。レベル上げの時、魔物を殺すようしつこく言って。あの時はてっきり慣れてないから躊躇ってるんだとばかり……」

 

「気にしなくていいよ。そういう授業中だったんだし、よろろんは僕のため言ってくれてたんだろ? だったら僕が腹を立てるのはお門違いってやつさ。…………それにそっちもイケるんだって、新たな扉を開く事も出来たしね」

 

 ぼそっ。と呟いた最後の部分は聞き取れなかったものの、あの時の事はつむつむに許してもらえたらしい。

 なら良かった。胸を撫で下ろしながら、俺はつむつむに再び尋ねる。

 

「じゃあ卒業後は王都に向かう感じか。あそこなら専門に研究してる施設があるって話だし」

 

「いや、僕はアルカンレティアに向かうつもりなんだ。王都の研究所よりも、そこにある研究所の方が僕にあった研究をしてるみたいでね。この学校を卒業したらそこに行くつもりなんだ」

 

「……ア、アルカンレティア? って、あのアクシズ教団の総本山がある街だよな? だ、大丈夫なのか?」

 

 水と温泉の都、アルカンレティア。

 風光明媚で、観光するなら良い街らしいのだが、頭が可笑しい教徒しかいないと噂のアクシズ教団のお膝元なので、アクシズ教徒以外で定住する人間は少ないという。

 そんな場所に居を構える研究所に向かうと聞いて、俺は友人の正気を疑わずにはいられなかった。

 しかし我が友人、つむつむはすごく澄んだ瞳で、

 

「何を言ってるんだい、よろろん。アクア様の加護が一番強い都市なんだよ? 素晴らしい場所に決まっているじゃないか。きっと空気は澄み渡っていて、麗しき水の女神様の加護を受けるに相応しい場所なんだろうなぁ……。ああ、早く行きたいなぁ……」

 

 友人の穢れのない瞳に、俺は酷く嫌な予感がした。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「………………」

 

 俺は静かに姉さんと二人で使っている自室の扉を開ける。

 姉さんはまだ帰って来ていなかった。

 おそらく学校帰り、ゆんゆんと二人で遊んでいるのだろう。

 学校を出る時、なにやら二人で言い合ってるのが見えたしな。孤立しがちだった姉さんに仲が良い友達が出来たようでなによりである。

 

「……よし。なら今のうちに」

 

 部屋の真ん中に引かれた仕切り代わりのカーテンを潜って、俺の領域、俺の部屋に向かう。

 足音を立てないようにベッドの近くまで歩き、その足を少しずらして床板を露わにする。

 

「……よいしょっと」

 

 縦に並ぶ板の隙間に指を入れ、上に向かってめくり上げる。

 釘が効いておらず、固定されていなかった床板は呆気なく外れ、その下に二十センチ四方の床下スペースが現れた。

 

 俺は学校に持って行っていた鞄の中から、午後の授業で貰ったスキルアップポーションを取り出すと、現れた床下空間の中に入れる。

 これで俺が隠し持っているポーションの数は二本になった。

 今すぐ全て飲んでしまえば、あっという間にスキルポイントが上級魔法を習得出来るだけ溜まる。しかし我慢だ。

 これは王都からやってくる商人に売って、旅をする資金にするのだから。

 ここは我慢の時である。あと二ポイントくらい授業とレベル上げですぐに貯まるさ。

 俺はぐっと、湧き上がってくる欲求を飲み込んだ。

 

 紅魔の里中では割と簡単に手に入るスキルアップポーション。実はこれ、里の外ではかなりの貴重な品らしい。

 一つ数百万エリス近い値段で取引されている、と学校を卒業した先輩から聞いていた俺は、卒業の目安にスキルポイントが近づいてから、こうしてポーションを使わず貯めていたのだ。

 

 我が家は非常に貧乏だ。旅に出る俺の用意が出来るほど、金銭的余裕はないだろう。

 しかし、これだけのポーションがあれば旅の準備を充分整えられる。

 俺の用意は、ポーション一本売り捌けば出来るだろうし、残った一本は姉さんにあげるか。

 別に爆裂魔法の習得のために使ったって良いし、まあ旅に出る弟から姉に向けてのささやかなプレゼントだ。

 同じように売り捌いてお金に変えれば、姉さんもこめっこもしばらく飢えずに済むだろう。

 そんな事を考えながら床板を元に戻ーー

 

「兄ちゃんなにしてるの?」

 

「うひゃいっ!?」

 

 いきなり現れた妹の顔に、俺は素っ頓狂な声を上げた。

 いつの間にか俺の近くまで来ていたこめっこは、興味深そうに俺の手元を覗いていた。

 

「兄ちゃんなにしまったの? えろ本?」

 

「は、はぁっ!? ちょっ、ちょちょちょっと待て!? こめっこ、そんないかがわしい言葉どこで覚えてきた!?」

 

「ぶっころりーが言ってた! 男がベッドの下にかくすもんはえろ本に決まってるって!」

 

 よし、埋めよう。

 占いの日以来、なにやら落ち込んでいたみたいだったから、いつも以上に優しく接してきたけどそれも今日でおしまいだ。

 覚悟を決めた俺は、床とベッドを元に戻すと、憎き怨敵の家に向かって歩き始めた。

 

「兄ちゃんどこ行くの? またごはんとり行くの?」

 

「いやちょっと、ゴミを片付けに。……あのベッドの下のこと、姉さんにはナイショにしといてくれよ」

 

「わかった! くちがさけても言わないね!」

 

「いや流石に口が裂けるくらいなら言っても良いけど。……ま、兎に角。兄ちゃんちょっと出掛けてくるわ。留守番頼んだぞ?」

 

「ふっ、まかされた。我が名はこめっこ。家の留守を任されるものにして、紅魔族随一の魔性の妹なり……」

 

 こめっこの可愛らしい名乗りに見送られながら、俺は怨敵の住処へと向かった。

 


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