この紅魔の剣士に栄光を!   作:3103

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このすばアニメ二期記念。




第一章 魔法剣士育成計画
第1話


 夢を見た。

 どこか知らない場所で、数多のモンスター達と戦う夢だ。

 その世界の俺は身の丈程の刀身を担ぎ、世界中を旅する名うての剣士だった。

 

 木々が生い茂る密林を。

 太陽が砂を焼く広大な砂漠を。

 広がる青の海原を。

 焼け付く溶岩が噴き出す火山を。

 雪が舞う閉ざされた凍土の中を。

 俺は大剣を振りながら駆け抜けた。

 

 モンスターの脅威に晒される人々からの依頼を受け、信頼する仲間と共にこの身一つで戦い抜いた。

 一流の戦士になる為、何百時間も鍛錬を積み武具を鍛え、それ以上に精神を、肉体を、己を鍛えた。

 

『破壊乙。もう片方もよろ』

 

『りょ。スタンとって』

 

『ういうい』

 

 共に戦う仲間と交わす言葉は短かったが、充実した日々だった。

 モンスターとの戦いはいつだって俺の胸を熱くする。強敵との勝負は何より楽しく、俺は命知らずの旅を続けた。

 

 ただただ、楽しかった。満ち足りた日々だった。

 だけどそんな時間は、ある日急に無くなってしまった。

 理由は覚えていない。世界が潰えたその日から、俺の意識は消えてしまったのだから。

 それだけ俺にとってその時間は大切な物だったのだろう。

 その世界の終わりが、俺の人生の終わりだったらしい。それ以降の出来事を夢見る事は、一度も無かった。

 

 悔しかった。悲しかった。虚しかった。

 言い得ぬ絶望が俺の精神を黒く蝕んだ。

 もっと旅を続けたい。もっと強敵と戦いたい。もっと剣を振るっていたい。

 

 そんな前世の無念が、俺に剣を取らせたのだろう。

 魔法使いに成るべくして生まれた俺に。

 魔法使いに成るべくして育てられてきた俺に。

 敷かれたレールから、定められた運命から逃れようと、気づけば俺は剣を握っていた。

 

 また同じ様に剣を振るっていたいと。

 あの楽しかった日々をもう一度と送る為に、俺は今日も剣を背負う。

 

 何時しか忘念は、俺の夢へと変わっていた。

 夢は呪いと同じだという。ならば俺は呪いにかけられているのかも知れない。

 剣の道に生き、剣の道に死なねば解けない、そんな呪いが。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 剣を振る。

 朝、起きたら必ず行う毎日の日課だ。

 軽く二百回。時間があればもう百回。追加でこれを行う。

 

 頭の中に浮かぶ前世の記憶。

 それが毎日、俺に剣を握らせる。前世で高名な剣士であった俺は、どうにも剣を振るわない自分自身の怠惰を許せない様だ。

 

 朝の静謐な空気の中には、俺が息を吐く音と、練習用の木剣が空を切る音以外聞こえない。これで二百回。少し休憩しよう。

 額に滲んできた汗を拭い、白んできた空を見上げると、丁度太陽がオレンジ色の光を放ちながら登って来るのが見えた。

 

 今日もまた、一日が始まる。

 俺は和やかな気持ちのまま、素振りをさいかーー

 

「あ、兄ちゃんだ! また兄ちゃんが朝から『前世の因果に囚われた努力系主人公の朝の一幕ごっこ』してる! 凄い! かっこいい!」

 

 ーーいすること無く、俺はずっこけた。

 台無しである。折角シリアスな雰囲気を醸し出してたのに。本当は十回くらいしか素振りしてないけど、二百回やって息切らしてない体でいたのに。

 俺は勢いあまって飛ばしてしまった木剣を拾って、此方に向かって走ってくる妹を抱きとめた。

 

「おっと。おはようこめっこ。朝早くから元気だなお前は。んで、俺になんか用か?」

 

「兄ちゃん、お腹減った!」

 

「……あー、はいはい。だと思ったよ」

 

 満面の笑みで俺の腹に抱きついてくる欠食児童に向けて、俺は苦笑いを返す。

 俺の朝の一時を邪魔しに来た理由は、空腹が我慢出来なかったから、らしい。

 こめっこの黒い髪を撫でながら俺は言う。

 

「もうすぐ朝ごはんにするから、もう少しだけ我慢してくれないか?」

 

「無理! だってもウチにご飯ないもん!」

 

「いい笑顔で言い切るなぁ、お前」

 

 まあ、事実なのだが。我慢させたとこでウチの冷蔵室に何か食物が有るのかと聞かれれば、NOと答えるしかないのだが。

 仕方ない。可愛い妹の為だ。朝から面倒だが食材の調達をしてくるしかあるまい。

 俺はこめっこの頭を今一度撫でると、五歳の妹がしっかり理解出来る様に、今度はゆっくりと言う。

 

「よし。我が妹、こめっこよ。よく聞くのだ。兄ちゃんはこれから森に狩りに行ってくる。この時期ならそこそこ肥えた肉食モンスターが彷徨いているだろう。だからそいつらを適当に仕留めて、お肉を確保する」

 

「おお、お肉!!」

 

「しかし、こめっこ。お肉を美味しく頂くにはお米が必要だとは思わないか? お肉と食べるお米こそ、この世界で一番のご馳走だ。一番美味い食べ物だ。そうは思わないか?」

 

「……じゅるり」

 

「だが、悲しい事にウチにはもう俺たちが食べるだけのお米は残っていない。このままでは折角兄ちゃんが仕留めて来たお肉を、充分味わう事が出来ないのだ、こめっこよ」

 

「そ、そんなっ。あんまりだよ、兄ちゃん!」

 

 こめっこが涙目になる。

 さて。ここからが肝心だ。俺は一層シリアスな雰囲気を作り出して妹にいう。

 

「だからな、こめっこよ。お前にはお米を調達して来て貰いたいのだ。方法は簡単だ。ウチのご近所にぶっころりー、とかいうニー……、自宅の警備員をしているお兄さんがいるだろ? 今からお前はぶっころりーの家に向かい、彼の部屋の前で嘘泣きをするんだ。なるべく声を潜めて、静かにな。お腹が減って目が覚めて、気を紛らわせる為に散歩してたらここに辿り着いてしまった、と。家から出て隠れて一人で泣いてる風に」

 

「でも声が小さかったら気づいてくれないんじゃ?」

 

「大丈夫だ。あやつがこの時間に寝ている可能性は低い。人目が無い夜中に里を徘徊し、家族が起きている昼間は寝ているアイツなら、この時間は起きている筈だ。寧ろ寝る準備を始めるところだろう。だからこめっこ、行くのだ。ぶっころりーが寝る前に。ぶっころりーからお米を掠めて来るのだ!」

 

「わかった! 行ってくるね、兄ちゃん!」

 

 こめっこはぶっころりーの家に向かって駆け出した。

 俺はその小さな背中を見送りながら、軽い罪悪感に襲われる。

 また妹に良からぬ知識を教え込んでしまった。でも仕方ないじゃないか。俺だってお肉をおかずに白いご飯が食べたかったんだから。

 俺は悪くない。空腹と貧乏が悪いんだ。

 

 こめっこはもう行った。ならば俺も自分の仕事をしなければ。

 これで収穫ゼロだったら、空腹のこめっこに俺の肉が齧られてしまいそうだしな。気合を入れよう。

 俺は木剣を肩に担ぎながら、里の外にある森へと向かった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 早朝の森は静かだった。

 辺りに獣の気配は無い。つい最近、里の大人が安全を確保する為に大規模な魔物の討伐を行ったから、里から離れたこの辺りの森の魔物も何処かに逃げてしまったのだろうか。くそが。余計な事をしやがって。少しくらい残しといてくれよ。わざわざ森の深くまで行くの面倒くさいんだぞ。

 

「……と。いたいた。獲物を発見」

 

 里の不特定多数の大人達に文句を言いながら草を掻き分け進むと、頭から角を生やしたウサギのような魔物を発見した。

 すぐに身を近くの茂みに隠し、背中から下げた木剣を引き抜く。外見は非常に可愛らしいモンスターだが、相手はれっきとした肉食獣。頭から生えた角の突撃で、獲物を穴だらけにして食す残忍な怪物だ。

 

 こんな虚弱そうなモンスターでも、今の俺にとっては油断ならない大敵である。

 全盛期は巨大なドラゴンを一人で狩る生活が続いていたというのに、全くゼロからのスタートとは歯痒いものだ。

 こんな低ランクのモンスターにも死力を尽くさねばならぬとは……。

 

 呼吸を整えるように静かに息を吐く。

 紅魔族。それが俺の生まれた種族の名前だ。

 生まれつき強い魔力と知能を兼ね備え、高位の魔術師を数多く排出する一族。

 魔術の才能は言うまでもなく、更に俺たち紅魔族は身体に魔力を浸透させる事で、一時的にだが身体能力を強化する能力を持っている。

 俺が獲物を前にしてすぐに跳びかからず、呑気に空気を吸っているのはその為だ。

 意識を身体の隅から隅まで巡らせ、全身に強化をかけていく。この能力が無ければ、一体だけとはいえ子供の俺が木剣でモンスターを仕留める事は出来ないだろう。

 

 本来なら魔術が使えない時に施す予備の策の様なものなのだが、まだ魔法を何一つ使えない俺にとってはこれがメインウェポン。

 いや、魔法が使えたとしても俺はきっと剣しか振るわないのだろう。

 それが俺という生き物だ。剣に魅せられ、剣に生きる。そんな生き方しか出来ない、不器用な男さ……。

 

 しっかりと無言で強化を身体に施した俺は、木剣を握り直しながら身を隠していた茂みから飛び出した。

 

「ふっ。遅いーー!」

 

 短く息を吐き、ウサギの後頭部を木剣で殴る。

 俺の華麗な剣さばきについて行けず、ウサギは大きくよろめいた。不意打ちなんだからついて行けなくて当たり前だろ。とか、無粋な突っ込みをしてはいけない。

 

「ーー()ッ! 喰らえーー!」

 

 息を吐く間を与えず、俺はウサギの頭を再び殴る。

 皮が裂け、肉が開き、骨が砕けて空に血が舞う。

 残酷な光景に見えるかも知れない。弱いものイジメをしているだけの様に見えるかも知れない。

 しかしこれは自然の摂理に従った当然の行為。弱肉強食、弱者は強者に食われてその血肉となる運命(さだめ)

 

 故に俺は強者として、空腹を満たす為に狩りをしているだけに過ぎない。

 若干、というか大分俺の剣尖がブレているせいで、余計な痛みを生んでいる様な気がしないでも無いが。きっと気のせいだ。そうに違いない。

 

「ーーこれで、終わりだ!」

 

 ぐしゃり。と、木剣を握る俺の手になんとも言えない感触が返ってきた。

 頭を完全に破壊されたウサギは、力尽きその場に倒れる。割れた頭部からは派手に血が流れ出していた。

 

 よし。結構グロい感じになっているが、上手く仕留められた。

 後はこれを家まで持ち帰るだけだ。腹を空かせたこめっこがこれを見たらさぞ喜ぶ事だろう。

 俺は動かなくなったウサギの死体の足を持って、その身体を引きずりながら来た道を戻り出す。またあの距離歩かなきゃならんのか、と若干憂鬱になりながら。

 

 さて。仕留めたコイツ、どう料理してやろうか? まだ焼肉のタレはある筈だし、捌いてそのまま焼いて食べるか。シンプルイズベスト。想像しただけで美味そうだ。

 口の端から流れたヨダレを拭く。

 いけない。帰り道でこんな事を考えては。この前貰った本にも書いてあったじゃないか。

 狩りを終えた帰り道で獲物の味を想像してヨダレを垂らすのは、立てちゃいけないフラグだって。

 

「グルルルル……」

 

 聞こえちゃいけない鳴き声がした。

 というか聞きたくない鳴き声だ。ちらっと後ろを振り返る。

 すると俺のすぐ後ろに、ヨダレを垂らして此方に目を向ける巨大な熊の姿が見えた。

 俺の数倍は有るだろう巨体だ。魔力で身体能力を強化したところで、俺が今持っている武器で致命傷を与えるのは不可能だろう。相手は話が通じない獣だ。負けたら仕留めたウサギごと、森の熊さんの朝ごはんになってしまうだろう。

 ならば俺が取るべき道は一つだけ。

 俺は再び身体能力を強化すると、前に向き直り全速力で駆け出した。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!? 暴力反対! 暴力反対! 誰かお助けぇぇぇぇぇ!?」

 

「グルァァァァァァァ!!」

 

 爽やかな朝の森の中で、俺と熊、命を賭けた鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「……それで。持ち帰って来れたのは、仕留めたウサギの足一本だけ、と」

 

「だってあの熊本気だったんだもん! ガチで殺る気マンマンだったんだもん! ウサギ食わせてなきゃ俺が食われてたんだもん!!」

 

 未だ乱れたままの荒い呼吸で言う。

 俺の双子の姉、めぐみんは俺が片手に握っている熊の食べ残しのウサギの片足を見て溜息を吐いた。

 

「こめっこの前でカッコつけたいからって、森に狩りになんて行くからそんな目に遭うんですよ。ロクな武器も無いのに。魔法なんて全く使えないのに。我々は紅魔族はカッコつける生き物ですが、ほどほどにしてないと死にますよ」

 

「ちくしょう悔しいけど何も言い返せない」

 

 歯噛みする俺。

 別に前世の記憶があるのは設定じゃないのに。本当にそういう人生で経験した事の無い記憶が、確かに俺の脳内には存在するのに。

 話しても誰も信じてくれない。やっぱりショックだ。凹む俺。

 そんな弟から姉さんはウサギの足をひったくると、ため息まじりに台所に向かって行った。

 

「まあ、一部だけでも肉が手に入っただけ良しとしますか。少ないですがこれで今日の朝ごはんは確保出来ましたし。一応褒めてあげますよ、よろろん」

 

「……ふっ。我が半身よ。その名で呼ぶのは止めるのだ。よろろんとは仮初めの名前。我が姉よ。今後俺の事は前世で授かった真名、『ダークネスナイトメア』と呼ぶが良い」

 

「は? 何言ってるんですかよろろん。よろろんはよろろんじゃないですか。前世とかそういう設定は良いですから、早く朝ごはんの準備手伝って下さいよ、よろろん」

 

「あ、うん。わかった。手伝うからあんまり名前連呼しないで下さいお願いしますお姉様」

 

 真顔で名前を連呼する姉さんに懇願する俺。

 ちくしょう。なんで俺はこんな変な名前なんだ。基本的に紅魔族のセンスは素晴らしいと思っている俺だが、名前のセンスだけはどうかと思う。なんだよ、めぐみんによろろんって。アダ名かよ。それにしても出来が悪いわ。

 

「そういえば。こめっこがどこに行ったか知りませんか? 今日は一度も、起きてから姿を見てませんが」

 

「え? まだ帰って来てないの?」

 

 姉さんの言葉を聞いて首を傾げる。

 俺が狩りに出てから大体二時間。ぶっころりーの家までは大体片道五分。いくらちびっ子のこめっこの足でも帰って来てなければおかしい時間が経過している。

 

「……その口ぶりだと、こめっこがどこに向かったのか知っているみたいですね? 答えなさい、よろろん」

 

「たぶん、ぶっころりーの家だけど」

 

「さて。あのクソニートをぶち殺しに行きますか」

 

 姉さんは台所から包丁を取り出して、玄関に向かって行った。

 

「待て待て待て待て! 落ち着け姉さん! その結論は流石に音速過ぎる! 冷静になって考えるんだ! アイツに誘拐なんて犯罪に手を出せる程の度胸は無い! そんな甲斐性があるなら今頃定職に就いてるはずだ!」

 

「ええい離せ! 離しなさい! いいから離すんです! 今からあのロリコンを解体しに行くんですから!!」

 

「ただいまー! ってあれ? 姉ちゃんと兄ちゃん、二人で合体してるの? 楽しそう!」

 

 荒ぶる姉さんを羽交い締めしていると、こめっこが両手に大荷物を抱えて帰って来た。

 なんだか誰かに聞かれたら誤解を招きそうな言い回しをされた様な気がするが、まあ別に気にすることはないだろう。

 

 この辺りには小高い丘の上にポツンと我が家があるだけで、周りには家も畑も無いのだから。多少騒いだところで、誰かの耳に会話が聞こえるはずが無い。

 そんな事で気を揉むよりも、帰宅が遅かったこめっこに注意を払わなくては。

 こめっこが帰宅して多少落ち着きを取り戻した姉さんから手を離し、俺はこめっこが抱えている物品へと目を向ける。

 こめっこの小さな両腕の中には、小さな厚紙で出来たの箱と、その中から顔を覗かせる溢れんばかりの食材があった。

 

「……えっと、こめっこ? この食べ物、どうしたの?」

 

「貰ったの!」

 

「ぶっころりーから?」

 

「ううん、それ以外の人たちからも! 姉ちゃんと兄ちゃんがお腹を空かせて待ってるんです! って言ったらみんながくれたの!」

 

「そ、そうか。それは凄いな」

 

 予想以上の、いや全く予想していなかった収穫を得てきた妹の姿に困惑する。

 野菜から干し肉から、もちろんお米も。様々なレパートリーの食材を見て俺は呟いた。

 

「……うちの妹が魔性すぎる件」

 

 

 


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