「――フェイトよりは火力は上だ。当たりさえすれば、落とせるかもな」
少年は肩を回しながらなのはの火力の高さに舌を巻いていた。
なのはの砲撃魔法『ディバインバスター』は、スタンダードな砲撃魔法と差異無く、多量の魔力を一点に集め、線にして放つというもの。
見てくれは正に『光線』そのもので、魔導師から凄まじいスピードで放たれる砲撃は、某少年漫画の主人公が扱う必殺技にも見える。
魔力を籠めれば込めるほど砲撃は太くなるため、範囲は広く、威力は高くなるという代物。加え、理論的には砲撃魔法が出せる威力に制限は無いため、魔導師の技量、魔力量、そしてデバイスの強度など条件さえそろえば星さえ破壊することができるという、威力面ににおいては正に最上級の魔法である。
しかし、今の魔法技術では星を破壊するほどの砲撃に必要な魔力を個人で備えている魔導師も居なければ、それほどの砲撃に耐えられるだけのデバイスは開発されていない。それに加え砲撃適正を備えた魔導師そのものが希少であるため、星を破壊するなどといった話は、机上の空論でしかない。
なのはは破格の魔力量を持っているが、それでも個人が所有する魔力量にしては珍しい部類に入るというだけだった。
しかし、砲撃適正の高さに関してはなのはは既存の魔導師の中でも一、二を争うレベルの逸材だった。それは魔法に触れて数ヶ月にも関わらず砲撃の余波だけで根っこから木を引っこ抜きビルを倒壊させたのを見れば自明だろう。
「やった! じゃあこれは私の必殺技ってことで。よーし頑張るぞー!」
なのははレイジングハートをぐわっと両手で掲げて可愛らしく気合を入れる。
そんなに大きく動くとパンツ見えるぞ、と少年は言おうとしたが、俺が見なければいいだけかと何も言わずユーノの居るベンチにシャツを取りに行った。
「まさか耐えるなんて思ってなかったよ。フェイトって魔導師の時も思ったけど、その筋肉はどうなってるんだい?」
「日々筋トレの賜物だ。正しい努力を続ければ、こうなるさ。ノーペインノーゲンだ。ユーノも筋トレするか?」
「僕は支援型だから、遠慮しとく……」
「残念だ。鍛えたくなったらいつでも俺のところに来い」
「その時はよろしくね」
「おう」
少年がシャツを羽織ってなのはを見上げると、なのはは先ほどと同様に真剣な表情でレイジングハートの先端に魔力を集めては霧散させてを繰り返していた。
「おーいなのはー。なにやってるんだー、そろそろ帰るぞー」
「あ、はーい!」
なのはは静かに地面に降りると、バリアジャケットを解除して少年に走り寄る。
「なにやってたんだ?」
「んー? 発射までの時間がちょっとかかるから、こう、ぎゅっとしてドーン! みたいに素早く連発できないかなぁて思って」
なのはは両手で握りこぶしを作ってそれを前に突き出すと同時に開いた。砲撃のイメージとしては間違っておらず、なのははこれを連発しようと頑張っているようだった。
「あれを連発か。できれば強いだろうが……まぁ、要練習だな。フェイトとぶつかる時までに完成させられれば御の字といったところか」
「そだねー。発射までいかないならお家でもできるから、あとは帰ってからやってみるよ」
「そうだな。さて、ぼちぼち暗くなってきたから、帰るか」
少年は軽く屈伸運動をしてなのはに言った。砲撃のダメージは本当に残っていないようで、寧ろ筋肉をほぐす良いマッサージになった程度にしか感じていないようだった。
「そうだなのは、一応聞いておきたいんだが、毎日家でどんな飯を食っている?」
「ご飯? うーん、お米とか野菜とかお肉とか……色々!」
「そうか。やはり桃子さんの食事はバランスが良いんだな。良い母親だ」
「自慢の母です!」
「はは、そうかそうか」
少年は笑い、なのはも笑う。
「筋肉とは、トレーニングだけでは育たないのだ。正しい栄養。正しい筋トレ、正しい休息、この三つが揃うことによって、筋肉は育つ。まぁあの士郎さんと恭也の体を作っている食事を摂っているんだ、栄養管理にはそれほど気を配らなくても構わない」
「へぇ~、お母さんってやっぱりすごいんだぁ」
二人の会話を聞きながらユーノは結界を解き、ついでにこの世界にジュエルシードを追ってきてから癖のように繰り返してきた魔力探知を行う。
すると、魔力探知に二つの大きな魔力反応と、それ以上に大きな規格外の魔力反応が引っ掛かった。
「……! なのは! 魔力反応……ジュエルシードだ!」
ユーノが探知したのはフェイトとアルフ、そしてそれ以上に大きな。ジュエルシードのソレ。
街の中心からは程遠い海沿いの公園に居ても尚震えるほどの魔力の流れは、放っておけば魔力に耐性の無い地球の人間に悪影響を与える可能性があるほど。
少年となのはは、最短でジュエルシードがある場所まで向かうために、直線距離を行くことを決めた。
「レイジングハート!」
「Set up」
「俺も行く。アルフが居れば抑えておくから、お前は話をつけてこい」
「うんッ!」
なのはは魔法で空を飛び、最速で最短距離を一直線に進んでいく。
少年も空に跳び上がり、そのままビルの屋上を自慢の脚力で次々に飛び移って移動する。
ユーノは移動の最中に広域結界を張り、ジュエルシード暴発の際に一般人を巻き込まないための措置を取った。
ジュエルシードが起動する際に発するまばゆい光は、暗く光のない街の中でひときは大きな光源だった。
大きな道路の交差点で煌くジュエルシード目がけてなのはが距離を詰める。それとタイミングを同じくしてフェイトも髪を靡かせて一直線に迫ってきていた。
「なのは! 彼女より先に封印を!」
「うん!」
なのははさらに加速して、夜の街を翔ける。
「フェイトの邪魔はさせないよッ!」
なのはの飛行を邪魔するように、下から一直線になのはに拳を叩きこみに来る人影。アルフだ。
だがなのはは止まらない。自分がアルフに止められることなどないと確信している。
「おぉぉぉぉッ! マッスルッ!!」
アルフがなのはにアッパーを放つ直前、地面からビルの壁に飛び、ビルの壁をへこませるほどの脚力で跳躍した少年のマッスルドロップキックがアルフの横っ腹に突き刺さる。
「ドロップキックッ!」
そしてそのままアルフを蹴り抜いた。
「がッ?!」
そのままアルフはビルの壁にめり込んで、身動きが取れなくなる。
「ふむ……必殺技、というのは、難しいものだな。非常に心惹かれるものなのだが……っとと、助けに行かねば」
着地した少年はアルフめがけて再び跳躍し、壁の崩れている部分に足と手を引っかけてアルフに手を伸ばした。
「そら、手を伸ばせ。出してやる」
「……出られるよ」
瓦礫を砕きながら這い出るアルフは、切った口内から出た血を吐き捨てる。
マッスルドロップキックとか、それドロップキックでいいじゃないかと、アルフは脇腹の痛みと同じぐらいマッスルドロップキックに思考のリソースを持っていかれていた。めっちゃ無駄。アホ。
起き上がったアルフを横目で見ながら、腕を組んでなのはが進んだ方向に目を向ける少年を見て、アルフはいらだちを覚える。
「私を気絶させたりとか、しないのかい」
「気絶させる必要が無い。なのはの邪魔をしに行けば俺が止めるし、しなければそれでいい」
「はっ、甘いね」
「性分だ」
いつかのやり取りをしながら、アルフは逃げられないと悟り、いざという時のために体力を温存しておく。
(無茶をすれば逃げられるけど、まだその時じゃない)
アルフは餌付けモドキをされるほど単純だが、それは頭が悪いことを意味しない。アルフは彼我の戦力差を指折り、攻め時と退き時を見誤らない『戦士』であった。
なのはは再び、封印のためにデバイスを変形させる。
フェイトもデバイスを変形させて、自身の魔力を打ち込んでジュエルシードを安定させる方法を選んだ。
ジュエルシードを挟んで相対する少女たちは、互いに一瞥をくれた後に愛機に魔力を流し始める。
双方、砲撃による封印選択した。
フェイトもなのはも戦闘の知識、技術はあるがロストロギアの基礎知識がいくつか抜けていた。
ロストロギアは――
「ジュエルシード」
「封印ッ!」
――過度な魔力に触れれば、誤作動を起こし暴発する可能性がある。
「?! なのは! ジュエルシードの暴走が!」
フェイトの電気質の魔法となのはの莫大な魔力のぶつかり合い。
なのはの魔導師としての特徴は、莫大な魔力量と砲撃適正という希少な魔法適正からなる大火力の魔法砲撃であるなら、フェイトの魔導師としての特徴は、なのは同様高い魔力量とその魔力の性質を体内で変化させ、雷を起こすことのできる『魔力変換資質』による速度が早く鋭い雷魔法攻撃だ。
どちらにも共通して言えるのが、魔力量の多さ。
その二人が相手に負けじと魔力を込めた砲撃はジュエルシードに直撃し、暴走を招いた。
起動時とは違い、ビルをいくつも飲み込むほどの光の柱と魔力爆発。
それは少しの間で収まった暴発であったが、それが交差点の真ん中で脈打つジュエルシードが持つ制御機能に依るものなのか、次元断層を引き起こすほどの『次元震』の前触れなのかは、この場の誰にも判断がつかなかった。
「っ、このままじゃ、暴走する!」
なのはとフェイトは一瞬の暴発の際に吹き飛ばされたが、フェイトは流石の状況判断で封印に乗り出した。
出遅れたなのはも地を蹴って初速を稼ぎ、飛行魔法でさらに加速した。
二人が振りかぶったデバイスが、封印のためジュエルシードを捉える――それがいけなかった。
「だめだ! 刺激しては!!」
ユーノの静止もむなしく、振り下ろされた二つの魔法の杖が発動させた封印術式がジュエルシードに干渉し、魔力を流し込まれたジュエルシードはついに臨界へと達した。
「まず……っ!」
ジュエルシードの暴走。結界の破壊、一般人への被害、街への被害、星への被害、次元への被害、世界の消滅。
思いつく限りの最悪が走馬灯のようにユーノの脳裏を駆ける。
ロストロギアは常に規格外な結果を残す。それを理不尽と呼ぶ者も、大勢居る。
魔法世界のこんなはずじゃなかったことは、そのほとんどがほろんだ魔法文明の遺物、ロストロギアの事故であるものが多い。中には世界を滅ぼし続けることを目的に作られた魔法道具がロストロギアとして発見されることもある。
だが、理不尽はさらなる理不尽によって踏みつぶされる。
誰かが言った。神の前では等しく平等だと。
誰かが言った――
―――筋肉はすべてを解決する、と。
「全く、魔法の取り扱いはお前達の管轄だろう。ちゃんと教えておいてくれ、ユーノ、レイジングハート」
少年は、暴発し大量の魔力を破壊力として放出している暴走状態のジュエルシードのエネルギーを『握力』という運動エネルギーだけで押さえつけていた。
筋肉