少年となのはは向かい合う。
夕焼けの海から吹く風は二人の髪を揺らしながら潮の香りを運んでいた。
「ユーノが結界を張った、パンプアップも済ませた。俺の筋肉は今、最高のコンディションだ」
「魔力は満タン。準備運動も終わった、私の砲撃は今、最高の威力だよ」
先ほどから少し時間は進み、今二人は海鳴の公園へと足を運んでいた。
開けた場所、踏ん張りの効く煉瓦色の地面、そして人気の少ない夕暮れ時は、結界を張った状態ではなのはの砲撃を少年にぶつけるには絶好のロケーションであった。
少年は服が汚れないようにとシャツを公園のベンチにかけ、タンクトップ一枚とチノパンだけの格好になっており、パンプした肩、上腕、前腕が少年の気合の入り様を表している。
「フェイトに勝ちたいか」
「勝ちたい。勝ってお話を聞きたい」
「ならば俺に示せ、生中な攻撃では、フェイトの雷には到底及ばない」
「うん!」
なのはがバリアジャケットを展開する。
白と青のカラーリングの制服の様なバリアジャケットに、魔法の杖、レイジングハート。見た目はファンタジー世界の魔法少女だが、今のなのはは、近接戦闘も十全にこなせるだけの技量を手に入れている。
少年の鍛えた筋肉は身体強化の恩恵を掛け算式に大きくし、レイジングハートの鍛えた体捌きや杖を用いた戦闘方法は、なのはの戦闘能力をフェイトとの打ち合いに耐えられるほどに昇華させ、ユーノの教えた魔法技術は身体強化、射撃、砲撃の威力や精度を上昇させ、魔力運用の無駄を省く結果になった。
魔法の力を偶然手に入れた頃とは、正に天と地ほどの差がついたと言える。
なればこそ、なのはが自分の実力と同年代であるフェイトとの実力、どちらが上かを知りたがるのは自然である。
「――」
「――レイジングハート」
「All right」
レイジングハートがデフォルトの形状から先端部分を変形させ、砲撃と刺突に適した形状になる。
なのはは空を飛び、少年を空から見下ろす。夕日をバックに空に浮くなのはの姿は、これまでとは一線を画す覇気を纏っていた。
腰を下げ、レイジングハートを腰だめに構えるなのはは、声を張り猛る。
「全力、全開ッ!」
それは溢れる星の息吹のひとかけら。脈打ち。膨張し、収束して密度と熱力を増す魔力の塊。それ一つで既存の兵器の悉くを鉄くずに変える『暴力』。
なのはは、それに指向性を持たせ速度を上乗せして砲撃と成す。
それが砲撃適正という希少な特性を持った魔導師の、最大の武器にして、個人が扱える最上級の威力を持つ魔法攻撃である。
「ディバインッ―――」
一瞬、桃色の魔力の塊が収縮し、点になる。
「バスターッ!!」
荒れ狂う桃色の暴力は、最速で、最短で、真っすぐに少年へと迫る。
なのはは自身の放った砲撃の威力に耐えるため、魔力で足場を作り踏ん張る。さらにはレイジングハートの後方から小規模の砲撃を放ち、本丸のディバインバスターで自分が吹き飛ばないように負荷を殺していた。
発射から着弾までコンマ三秒。十数mの距離は一瞬で桃色の魔力に飲まれ、少年に着弾した。
上空から地面に向けて斜めに打ち込んだ砲撃は、着弾地点から扇状に広がり、少年の後方に位置する木々を根元から引き抜き吹き飛ばす。さらには道路を挟んだ後方のビルを数個崩壊させ、着弾地点から五十m弱をさら地へと変えた。
あまりにも強大な威力。
もう少し範囲が広がれば、ユーノの張った結界に触れ、破壊してしまうことすらあり得たかもしれない威力。
決して、生身の人間に撃っていい代物ではない。
少年のシャツがかけられているベンチに待機していたユーノも、あまりの威力に冷や汗と動機が止まらない。
「ここまで、威力が……無事、なのか……?」
ユーノの心配はごもっとも。
この意味が分からないほどの暴力の中心地に、少年は『生身で』立っていた。
「……」
なのはは何も話さない。
肩で息をしながら、着弾地点からあがる土煙が晴れるのを待っている。レイジングハートも黙したまま、形態をデフォルトのモードに戻す。
「非殺傷設定でも、あれだけの威力、生身で食らえば後遺症は免れない――」
ユーノが愕然とそう言った。
これだけ魔力を込めて、本気の砲撃をなのはが行うとは思っていなかった。
いくら実力を測ると言っても、半分そこらの威力を当てて、少年の意見を聞いて、フェイトと自分の火力の差を大よそ測る程度だと思っていた。
だが、蓋を開けてみればなのはが生身の少年に撃ち込んだのは、管理局のSSSランクの魔導師でも耐えられるか微妙な程度の悪魔的な砲撃。
いくらなんでも――そうユーノが思った瞬間、立ち昇る煙が一瞬で吹き飛んだ。
「――フェイトよりは火力は上だ。当たりさえすれば、落とせるかもな」
そこには、面白そうに頬を緩め、ぐりぐりと腕を回す少年の姿があった。
筋肉