筋肉はすべてを解決する   作:素飯

7 / 21
筋肉


筋肉はグロウ

 あの日から、なのはと少年の筋トレは数週間続いた。

 なのはは未だ子供であるため、器具等を使用したハードなトレーニングはできないが、自重トレーニングでも十分効果はあったようだ。

 今は少年宅の庭でなのはが少年に打撃を打ち込んでいる。

 

「ふっ、はっ、やあッ!!」

 

 なのはの拳、足、杖での殴打が少年の筋肉に叩きつけられる。

 数週間前とは違い、徐々に物理的な力を付けてきたなのはの打撃は、依然少年の体を傷つけるには至らないが、それでも魔力強化を施せばそれなりのものに仕上がっていた。

 

「よし、確実に強くなっている。体幹も安定しているし、体の運用方法についてもレイジングハートから指導を受けたのか?」

 

 なのはは少し距離を取って、肩の調子を確かめるように腕をぐるぐると回す。

 頬は少し種に染まって額から汗をかいている様子を見れば、なのはの体温が以前と比べ上がりやすいようになり、代謝がよくなっているのがわかる。

 

「うん。レイジングハートすごいんだよ! 魔法も、格闘も、剣も槍もなんでも知ってるの!」

「遺跡から発掘されたと言っていたが、今で言うところの古武術的な物にも精通していたのか……? インテリジェントデバイスとは、よく言ったものだな」

「Thanks」

 

 なのはの首でレイジングハートが閃く。

 庭には出ず、室内でなのはのトレーニングを見学していたユーノは、フェレットの様な体で器用にもなのはに拍手を送っていた。

 

「僕は戦闘は専門外だから魔法関係について教えてるんだ。なのはは魔力量が多いからやれることが多くて、その分上達も早い」

「そうなのか。確かに、この間の大樹の際も大きい魔力砲を用いていたな」

「えへへ、砲撃適正っていうんだよ。めずらしいんだって」

 

 砲撃適正。

 所有者の魔力を用い、媒体を通して放つ高密度高威力の魔力の砲撃。それを扱えるだけの魔力量と魔力の性質を備えている者に認められる。

 一般的に地球人は魔力を生成する器官である『リンカーコア』を持たないが、なのははそのリンカーコアを所持している上、極めて魔力量が高い。これは魔法文化圏では突然変異扱いをされていて、原因は未だわかっていない。リンカーコアに関しても謎が多く、現代の魔法技術では解明することはできないでいる。

 そんな莫大な魔力を持つなのはだが、事ここに至り希少な砲撃適正をも認められていた。

 今まで魔法初心者のなのはがジュエルシードを回収できていたのは、研鑽の成果であると同時に、その膨大な魔力量に物を言わせ雑な魔力運用でもガス欠を起こさなかったことが大きな要因だ。

 

「そうか。なら一層トレーニングだな。ユーノがこの間言っていたが、莫大な魔力でかけられた身体強化は時として魔導師の体を蝕む諸刃の剣と化す。大幅な強化に耐えられるだけの強靭な肉体も必要というわけだ」

「うん! 砲撃を撃った時に後ろに吹き飛ばされない様にもなりたいし!」

「だがまぁ、無理は禁物だ。今日は予定通り肩をやるから、そのつもりで」

 

 少年はそういうとなのはに先に自宅ジムへ行くように指示し、自分は冷蔵庫から牛乳を取り出した。

 キッチンに置いてあったシェイカーに常温にしておいたミネラルウォーターを五分の一ほど入れ、ホエイプロテインを五十g投入する。

 そこで一端シェイカーに蓋をし、よく振る。

 

「ふむ……そろそろすこし量を増やした方が良いか」

 

 少年は更にホエイプロテインを十g追加し、少量の水を加えダマにならない程度にシェイカーを振る。

 冷蔵庫から取り出した牛乳を入れ、今度は水平に回す様に中身を混ぜる。

 すでになのは用のプロテインを用意し始めてしばらく経つ故、その動きに無駄はない。

 少年の見た目からは想像できない繊細な手際でプロテインを完成させ、はちみつレモンと一緒に自宅ジムへ持って行った。

 

「おう。どうだ」

「んーもうちょっとー」

 

 自宅ジムではなのはが水の入った五百mlのペットボトルを使って肩のウォームアップを行っている。

 なのはも筋トレの基礎――少なくとも自分のやっている種目の――は身についてきたため、少年が指示せずとも適したウォームアップを適した強度で行うことができるようになっていた。

 服装はTシャツにハーフパンツと動きやすく気発性の服装をしており、髪はすべて後頭部で纏めている。少年がプロテインを用意している間に着替えを終えていたのも数週間継続していたが故の慣れだ。

 

「この間まではウォームアップだけで音を上げていたというのに、逞しくなったな」

「それ、女の子に言うセリフじゃないよ……。はい、アップおしまいだよ」

「一応褒めているつもりだ。やることは前と同じだから、無理せずな。終わったら声をかけてくれ」

 

 フォームも問題ない。メニューをこなすのも問題ない。なのはの筋トレレベルは一応及第点というレベルにまでは達していた。

 少年はなのはが見える位置で自分の筋トレをするようになり、少し前からはこのスタイルが二人のスタンダードとなっている。

 昨日のデッドリフトの疲労が未だ筋肉に少し残っているのを感じながら、少年自身もフロントレイズ、サイドレイズ、リアレイズを順繰りにこなしていく。

 現在なのはも行っているこの筋トレは、肩の中でも特に腕の付け根辺りにある三角筋を鍛えるために行うもの。

 三角筋は主に前部、中部、後部の三つの筋肉群で構成されている部位で、それぞれ鍛え方が異なるわけだが、初心者はダンベルを上に持ち上げる動作、所謂『ショルダープレス』を肩トレに用いていることが多い。しかしこれだけでは三角筋の前部しか鍛えられず怪我の原因にもなってしまう。筋トレは全体のバランスが大事なのだ。

 三角筋の前部にはフロントレイズ、中部にはサイドレイズ、後部にはリアレイズが効き、ダンベル種目の中でもメジャーな種目。

 レイズ系は複雑なフォームが存在せず、チューブやダンベル、バーベルを用いて行える筋トレで初心者がとっつきやすい筋トレの一つとして広く知られている。

 

「……ふぅ」

 

 なのはが一息つく。インターバルの十秒だ。

 

「なのは、そろそろウェイト……じゃなくて、重さを一㎏ほど増やしてやってみるか?」

 

 現在、なのはがレイズ系の種目で用いているダンベルはカラーダンベルの二㎏。

 それを十二回三セットインターバル十秒でこなしている。

 筋トレを初めてそろそろ三週間。体に筋肉がつき始める、とまではいかずとも、現在の筋肉が十分な性能を発揮するための神経適応期間は経ているはずだと考えた少年は、試しに最後のセットを三㎏のダンベルでこなしてみるのはどうだと提案した。

 

「うーん……今でも結構きついんだけど……一セットだけならやってみようかな」

「よし、とりあえず重量が上がったから回数を四減らして八回でやってみろ。ほれ」

 

 そう言って少年は自作のダンベルラックから三㎏のダンベルをなのはに手渡した。

 カラーダンベルの様な可愛らしいダンベルではなく、いかにも『筋トレ用』の様な見てくれ、重量が一㎏増えた事による感触の変化。なのはは「おぉ……!」と目を煌かせる。

 

「いかにも、といった感じだろう。重量も見た目も変わって心機一転、これからお前はさらに強くなる」

「なんか、なんか今の私なら何でもできそうな気がする……」

 

 今まで使用していたダンベルから、重量を大きくした新しいものへと交換する際の高揚感、万能感。それは正に掛け値なしの『成長』に他ならない。

 人間的に成長した、という人がよく居るが、それは単に心境の変化、考え方の変化など、安易な変化が多い。

 子供が夢を語る様を見て「現実的じゃない」「そんな甘くない」「どうせできない」など、安易な変化を少年は成長と呼ばない。妥協の末の割り切りは、成長だなんて決してない。

 何かを捨てて、何かを得る。そんな対価ありきの成長など、筋肉の前にはただの変化に過ぎないのだ。

 

「成長とはそういうことだ。単純に、できることを減らさずに増やすことこそ、究極の成長。なのは、三週間前のお前は、それを三回上げるだけで音をあげていたが今はどうだ?」

「やってみる!」

 

 新しいダンベルを持って、肩だけをぐるぐると回す。

 なのはがダンベルを持ち上げていく。

 五回を超えたあたりからなのはの顔は苦しそうに歪み、多少反動を用いなければダンベルを上げられなくなっている。

 だが、なのはにとってはこの程度の苦痛など、この数週間で嫌というほど経験したものの一つに過ぎない。

 筋トレとは体を鍛えるだけの行為に非ず。

 目標を定め、厳しい過程を経てメニューをこなしきった時の達成感。そのメニューをこなしたという『事実』から来る自信。こなしたメニューの数だけ積み重ねられる自分への尊敬。

 筋トレは、自分との戦いである。

 昨日の自分よりも一歩前へ、明日はさらにその先へ、推し進め、成し遂げ、さらに進む。

 そうして昨日の自分より体も、そして心も強くなることこそが、筋トレの本質。意味。

 筋トレ歴数週間のなのはだが、元来聡明ななのはは、そのことを誰に教えられるでもなく、おぼろげながらだが理解していた。 

 フロントレイズ、サイドレイズ、リアレイズ……そのすべてを一セット分終わらせたなのはは、額に汗を浮かべながらも、その全てをやりきって見せた。

 高町なのは、過去の自分に勝利した瞬間である。

 

「ふぅーっ……。むっ!」

 

 にかっと笑ってピースサイン。

 なのはの顔は、いつかの日の少年と同じものだった。

 時代は、筋肉は受け継がれる。

 

「よし、よし! よく頑張った」

 

 くしゃくしゃと乱暴に少年はなのはの頭を撫でる。

 なのはは嬉しそうに撫でられ続けた。

 

「よし、今日はこれで終わりだ。お疲れさま」

「おつかれさま!」

 

 着替えの邪魔になるからという理由と、洗濯機にマットを入れてさっさと洗ってしまおうという思いから少年は部屋をそそくさと後にした。

 なのははカバンの上にかけていたタオルで汗をぬぐい、水を飲む。残ったプロテインを飲んで、はちみつレモンをパクパクと平らげ、咀嚼しなが着替えを済ませたなのはは荷物をもって少年を追いかけた。

 

「おう。水飲んだか?」

「うん。プロテインも飲んだしレモンも食べたよ」

「よし、じゃあ今日はもう終わり……と、そうだ、魔法の練習に付き合う約束をしていたな」

「うん! 的、おねがいね!」

「任せておけ」

 

 魔法の技術は間違いなく劣っているが、火力は勝っているかもしれないという思い付きから、なのははどうにかして自分の最大火力とフェイトの火力を比べられないかと思っていた。

 そこで白羽の矢が立ったのが、少年。

 そのはちきれんばかりの筋肉でフェイトの魔法の悉くを弾き飛ばし、その場から一切動かず、フェイトを魔力切れ一歩手前までに追い込んだことのある男。

 そんな少年の筋肉なら、フェイトと自分の魔法の火力を比べられるのではと、なのはは思い至った。

 当然、そんなこと普段のなのはなら考え付いても頼むことなどしないだろう。

 だが、既になのはの中では『魔法<<<<<筋肉』の式が出来上がってしまっているし、少年は少年で自分の筋肉が魔法に負けるなどとは一切思っていない。事実負けない。筋肉は最強。筋肉はすべてを解決する。筋肉は万能である。

 筋肉はすべてを解決する故、なのはは少年に「どっちの魔法が強いか実際に食らって教えて!」と言えたのであった。

 




筋肉

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。