筋肉はすべてを解決する   作:素飯

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筋肉


筋肉はスタディ

「昨日はその……体調がやっぱりよくなかったみたいだから、今日はちゃんとできるよ!」

「よし、じゃあ早速昨日話したトレーニングを、と言いたいところだが、少し待て」

 

 場所は先日と同じ少年宅の庭。

 背の高い塀に囲まれた家の庭は、特訓場所にするにはいささか狭い気もするが、そこは少年とて考えている。

 

「まずはなのはの全体の筋力と関節を調べたい。良いか?」

「ん? んー、なにするかわかんないけどいいよ。ちゃっちゃと終わらせてトレーニングだよ! フェイトちゃんに勝ってお話し聞かせてもらうんだから!」

「おう。魔法の練習はレイジングハートとユーノの分担だから、俺と居る時は筋肉の事だけ考えていればいいぞ」

「そこは俺の事だけ考えろとかがしっくりくると思うの」

「俺のことを考えても何にもならないだろう。さ、ジムに行くぞ。転ぶなよ」

「転ばないよ!」

 

 庭用の靴を脱いで部屋に戻る少年をぱたぱたと追いかけるなのは。

 少年は冷蔵庫から瓶に詰めたレモンのはちみつ漬けを取り出して、筋トレ器具の宝庫である自宅ジムへと歩を進めた。

 

「ねぇねぇ、なに? それ」

「これか? レモンをはちみつに漬けたものだ。一応軽い筋トレをこなすつもりだからな。疲労回復用にと思って昨日作っておいた。俺もよく世話になっている」

「ほぇ~」

 

 瓶詰されたはちみつレモンを興味深そうに見るなのはを毛ほども気にせず、少年はトレーニングルームへの扉に手をかけた。

 

「なのは、普段運動とかはするか?」

 

 はたと思い出したように少年がなのはに聞いた。

 なのはは少しばつが悪そうに頬をかく。

 

「運動は、その、体育の授業とか……」

「なるほど。まぁ問題はないが、一応普段から体を動かして筋肉をほぐずことは意識しておいた方が良いぞ。怪我の防止にもつながるからな」

「はーい」

 

 少年が扉を開けると、様々な筋トレ器具が置かれた大きな部屋。少年の聖地があった。

 壁には特大の鏡が一つ貼り付けられ、筋肉の調子を余すことなく確認できる様になっており、ダンベルも一㎏強から六十㎏もの調整ができるようになっている。また、ベンチ種目をこなすためにもいくつかのベンチが用途に合わせて設置されており、特殊なマシンこそないものの自宅で筋トレするだけであれば十分すぎるほどの筋トレ器具が置かれていた。

 

「なのは、腕立て伏せはできるか?」

「何回かはできる、と思うけど……」

「そうか。とりあえずそこに敷いてるマットの上でやってみてくれ」

「はーい」

 

 なのはは少年の言われた通りにマットの上で普段体育の授業で行っている腕立て伏せをする。

 

「なのは、腕立て伏せのやり方を間違えているぞ」

「え、そうなの?」

 

 少年が来ていたパーカーを脱いでベンチにセットされているバーベル用のバーにかけ、なのはの隣で膝立ちになる。

 

「まず手を置く位置だな。肩幅より少し広めだ。手のひら一つ分ぐらいはみていい」

「待って、どうして脱いだの?」

「分かりやすいだろう。服を着ていては筋肉の動きも見えまい。よく見ておけ。筋トレとはまず第一に『筋肉の構造と役割、動きを理解し意識する』事が大事なのだ」

 

 少年は昨日、なのはが筋肉フェチだと見破られて恥ずかしい思いをしたのを知らない。だからこそ今まで通りなのはの前で半裸になるし、誰の前でも半裸になる。筋肉こそ我が至宝。我が王道と言わんばかりの筋肉を魅せるために。

 少年は膝立ちの状態から腕立て伏せの基本姿勢をとる。

 その姿勢の良さたるや、王に忠誠と剣を捧げた騎士の立ち姿を彷彿とさせる程。

 地に付けられた大きな掌から延びる太い腕は地に根を張る大木の如し。

 大木に支えられる巨大な体は、ふもとから見上げる山の様に巨大だ。

 

「まず、筋トレ初心者にありがちな腕立て伏せの間違いは今言った手を置く場所。次に体の角度だ」

 

 そういいながら少年は腰を少し上げ、体を曲げる。

 

「これがさっきなのはがやっていた腕立て伏せのフォームだ。腰が上がっていた」

 

 曲げた体を再びまっすぐに戻し、ゆっくりと肘を曲げ体を落とす。そしてゆっくりと肘を伸ばし体を上げ、正しい腕立て伏せの動きを何度かなのはに見せる。

 

「正しいフォームは体をまっすぐにして……こんな風に動く。この時肘を伸ばしきってはいけないぞ。肘を少し曲げた状態で筋肉を緩ませないことが大切だ」

「ほぇー……」

「それと、腕立て伏せは名前に腕が入っているから、腕の筋肉を鍛えるものだと思っている人が多いが、これは間違いだ。腕立て伏せは大胸筋、つまり胸の筋肉を鍛える物なのだ」

 

 少年は腕立て伏せの姿勢を崩して胡坐をかき、なのはに向かって自分の大胸筋を指さす。

 

「そうなの?」

「あぁ。さ、大胸筋を意識して、もう一度やってみろ」

「……こう?」

 

 マットに再び手をつき、先ほどとは違い正しいフォームでなのはは腕立て伏せを行う。

 

「よし、そうだ。じゃあ次は力いっぱい。大胸筋を意識して俺のことを押してみろ」

 

 少年となのはは立ち上がって向かい合う。

 当然少年の方が身長は大きいため、少年のバキバキの腹周りを直視する形になるなのはは、少し照れた。

 少年はそんなことを気にすることもなく、というかそもそも気づかず、腰に手を当て「いいぞ」と一言。

 

「じゃ、じゃあ失礼しまぁーす……」

 

 なのはの手が少年のキレキレの腹斜筋に触れる。

 少し力を籠めれば、自身の体とは違い堅く逞しい男の体を感じとれる。美しい曲線、柔らかな肉体が女の肉体であるなら、男の肉体は凹凸が激しく、硬質な肉体だ。

 少年の体は正に男の中の男。護る者には背中で語り、好敵手には拳で語り、天と地には己の体全てで語る。そんな男の生き様そのもの。 

 

「あ、でも思ったよりも柔らかい」

「そうだな。筋肉とは普段柔らかいものなのだ。力を入れれば筋肉が張り、堅くなる」

「へぇ……」

「……なのは、押すんだぞ。撫でまわすのはまた今度だ」

「な、ななななでまわしてない! 力を入れやすい場所を探してるだけ! なでまわしてなんかない!」

 

 顔を真っ赤にして弁明するなのはだが、その手は依然少年の腹斜筋をつかんで離さない。

 

「それならいいんだが……別に触りたかったらいつでも言ってくれて構わないからな。というか、昔はよく触ってきたろう」

「昔は昔! もう、押すよ!」

「む、これが……これが、幼馴染離れ? まぁいい。こい」

 

 そういうが少年は一切力を入れない。自身の体重をなのはが動かせないと考えているからだ。

 

「むっ……! っだぁ動かないぃ」

「はは、まぁそうだろうな。今度は魔力で身体強化をしてからやってみろ。レイジングハート、頼む」

「ok」

 

 なのはの体に魔力が通り、膂力が大幅に強化される。

 そこらのアスリート程度の力であれば圧倒するであろうまでに上昇したなのはの力でも、少年の体には効果が無かった。

 

「筋肉ってなんなの……」

「筋肉は力だ」

 

 得意げに笑む少年を見上げて「わけわかんねぇ……」というような表情になるなのはを置いて、少年は少し距離をとる。

 

「押す力はわかったから、次は蹴りと殴打だ。蹴り方殴り方によって威力は変わるが、まぁその辺は今回は重要じゃない」

「う、うん……叩いて、蹴ったらいいんだよね?」

「あぁ、遠慮はするな」

「じゃあ、いきます……!」

 

 なのはの腰の入っていない、しかしその割にかなり力の強い拳が少年の腹に直撃する。

 少年の体は少し揺れただけで、その場にとどまっていた。

 次に連続で蹴りを放つ。

 これも少年の体を蹴りつけたなのはの体が後ろに下がってしまう結果に終わった。

 この流れで証明されたのは、なのはの力の無さではなく、普通なら吹っ飛ぶレベルの打撃にも少年は微動だにしない。ということだ。

 

「すごい納得いかない……」

「なのははまだ子供で、筋肉を付けられる時期じゃないから仕方ない」

「その筋肉がありとあらゆる理由になるのが納得いかないの……」

「ははは。まぁこれからだ。

 さて、なのはの筋力は大体わかったから、次は骨格だな。俺はプロじゃないから関節とかについては詳しく話せないんだが、それでも負荷に耐えられるタイプの関節かどうかというのはわかるのだ。なのは、何度か屈伸運動をしてみてくれ」

 

 少年に諭されるがまま、なのははその場で数回屈伸をした。

 

「パキパキ、みたいな音は鳴るか?」

「ううん、鳴らない」

「よしよし、じゃあ次は……これだ。肘を伸ばしきらない程度に伸ばして、持ち上げる。筋トレと言えばこれ、みたいなイメージがあるからな」

 

 そう言って少年は一㎏の鉄アレイをなのはに二つ渡した。

 

「持てる……よな流石に。魔力強化は切っといてくれ」

「持てるよー。これあれだよね、THE筋トレみたいなの」

 

 なのはが一㎏の鉄アレイをカールする。

 

「肘から音はするか?」

「ううん。こっちもしないー」

 

 これで少年は一安心した。

 関節から日常の動作で音が鳴るというのは、人よりも関節を痛めやすい人ということ。

 筋トレは正しいフォームで、ウォームアップをきちんとして、サポーターをつければ最大限関節への負担を減らすことができるが、それでも少年としては気にかかる部分であった。基本的になのはには甘めの少年である。

 

「それはよかった。じゃあ、今日はもう簡単な筋トレをしておしまいだ。大まかに分けて肩、胸、腹、背中、足とあるが、なのははまずフェイトに接近戦で競り負けないように上半身を鍛えよう。

 空中で戦うことが主だろうから、足は少し鍛えるだけでいいだろう。今日は肩と胸、腹を鍛えるぞ。前に力を出すとき、前からくる力を抑えるときに役立つ筋肉群だ」

「はい! 背中はいいの?」

「背中は基本的に『引く』力だからな。筋トレはバランスよくやらないと姿勢が悪くなる原因にもなるからバランスよくやるが、優先度は低いとみていいだろう」

「はーい」

「よし、じゃあまず胸だ。さっき教えた腕立て伏せを十回。辛いなら最初は足先で踏ん張らずに膝をついてやるといい。それからそれが終わったら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は筋肉が筋肉している筋肉故、筋肉に関する知識は途方もない量になっている。

 故に少年は筋肉に対する基礎的な事を教えるための授業もなのはに施していた。

 まず、筋肉は飴と鞭のメリハリが大事だということ。

 筋肉は筋トレにより損傷し、回復する過程で肥大化する。回復する前にまた筋トレをしてしまうと逆効果になってしまうから、筋トレ後はしっかり休むことが大事と少年は教えた。

 筋肉肥大化にはタンパク質をはじめ多量のカロリーが必要だということ。

 筋肉は自身が基礎代謝により消費するカロリーより多くのカロリーを摂取することにより肥大化が望める。もちろん筋トレをすればの話だ。そのことを少年は教えた。

 筋肉には『遅筋』と『速筋』があり、持久力を出す筋肉は遅筋、瞬発力なら速筋という風に役割が異なること。そして小さい筋肉が遅筋、大きい筋肉が速筋だと少年は教えた。

 そして最後に、筋トレはやり方を誤ると怪我をしてしまうから、やる時は少年の家に来るか、少年を家に呼ぶようにと少年は言った。

 その座学を聞いたなのはは、筋肉の奥深さと世の中のマッチョの頭良い感にひどくギャップを感じたという。




筋肉

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