健康な体は、規則正しい生活リズムとバランスの取れた食事から成る。
偏った食事では、十分な栄養を得られず、仕事の効率は下がり、筋肉は落ち、無駄な脂肪が増え、気分が優れないなどといった事態に陥ってしまう。
特に、筋肉が落ちるのはよくない。
筋肉はすべてを解決する万能なサムシング。それを失うとはつまり、人生のハードルを引き上げることに他ならない。
「あ、あの」
少年はそのことをよく知っている。
彼は筋肉に助けられたことは幾度となくあるが、筋肉に困らされたことは皆無なのだ。
故に、少年は他人の筋肉をも愛し、慈しむ。
故に、少年は少女の筋肉をも慈しみ、敬意をもって栄養のある食事を振る舞うのだ。
「というわけで、まずは食事だ。話は食事が終わってからゆっくりとしようではないか、フェイト、アルフ」
「いや、どういうわけだい」
少年の意味不明な筋肉思考に基づいて話された「とりあえず筋肉のためにも食事をとりたい。話があるから俺の家に来い。飯も出す」的な説得という名の拉致により、フェイトとアルフが少年宅にお邪魔する形となっていた。
「どうもこうも、お前の主人はいささか痩せすぎなのだ。不摂生な主を見過ごすのはお前の望むところではないのだろう?」
「いや、確かにフェイトは痩せすぎな気もするけど……って、違うよ、なんでアンタが私たちの飯を作ってんのかって話だよ!」
「年長者として、年下の不健康一直線な食生活を見過ごせなかっただけだ。女性はその体の特性上どうしても男性より疲労をため込み易く、体力も少ない。体の発達も男性より速いから、今の時期にたくさん栄養を取っておかないと健康な体を作れないのだぞ」
「……アンタ、私たちが今ここであんたを襲って拘束、白い嬢ちゃんの事を吐かせるみたいな展開は考えなかったのかい」
「お前たちでは俺を拘束することなどできない」
フェイトの金髪が少し揺れ、雰囲気が変わる。
アルフも同様に、瞳孔が開き牙が光る。
「やめておけと言っている。フェイトは自分の攻撃が俺に通らなかったことを、アルフは主の攻撃が俺に通らなかったことを理解し、納得するべきだ」
「……」
「……」
「とにもかくにも、飯だ。毒などという格好のつかない物は入れていない。まずは食え」
そう言って少年は、二人を席に着くように諭す。
テーブルには良い焼き色のついた肉、肉、肉。
鶏、牛、豚、その他諸々様々な肉が並べられていた。
肉以外にも一応ポテトサラダやオムレツ等の料理もあるようだが、七割は肉だ。
「……肉しかないんだけど」
「俺の体を見て肉が主食じゃないとでも思っていたのか? 動物の肉は、筋肉の元だ」
「私は肉好きだからいいんだけど、フェイトが肉の脂っこさが苦手だって……」
多少の不満はあれど、このオレンジ美女はすっかりご相伴にあずかるつもりらしい。
フェイトの方は、テーブルの肉々しい料理の数々にぶっちゃけドン引きである。
「肉が苦手、そういう人類もいるのか……」
少年が珍しく驚きの顔を見せる。生まれた時から一緒に居るなのはですら少年の驚いた顔を見たことは少ないほどのレア顔だ。そんなことこの二人は知る由もないが。
「まぁ、物は試しだ。その白い肉は脂身が少ないから食ってみろ」
「え、いや食べるとは言ってない……」
「あ、フェイトこの白いの美味いよ!」
「アルフ……?」
椅子に腰かけてガツガツと白米と肉をかっ食らっているアルフ。基本的に敵対しているから気を張っているが、彼女は元来楽観的でちょろいのだ。敵対関係だが、すぐには手を出してこないと判断したアルフが注意を飯に向けるのにそう時間はかからなかった。
使い魔がこうなれば、なんか自分だけ立ってるのもアホらしいと思い、フェイトも席について行儀よく食事を始めた。
「あ、美味しい……」
「当然だ。肉はただ単に筋肉を増やすための食材ではない。マッチョは筋肉を鍛えるために多量の肉を摂取しがちだが、本来食事とは体を作る目的以外に楽しむべきものでもあるのだ。作業の様に行うべきものではない」
少年は、筋肉に対しては当然ながら、筋肉以外の事でもしっかりと人生を楽しんでいた。
「アンタ、あの白い子の仲間やってないでうちで働かないか?」
「抜かせ、俺がなのはを裏切ることはない」
「そうかい。平行線だね」
「平行線だ」
「ちなみにこれは裏切りに入らないのかい?」
アルフがニコニコと茶碗と箸を持ち上げて少年を見る。
「このぐらい、どうということはない。それに俺もなのはも、お前達を敵だとは思っていない」
「ハッ、甘いね」
「性分だ」
「……私たちは、事情を話すつもりはありません」
「結構。ジュエルシードを追っていればいずれぶつかる。拳を交えれば伝わるものもあるであろうからな。気長に待つ、それぐらいの甲斐性はある」
「……」
「あぁそうだ。食事は多めに作った。完食する必要はない。俺一人分より少し多い程度だ」
「それはアンタが食いすぎなだけさね……」
張り詰めた顔から一変、微妙な顔で少年を見る美女と美少女。
少年の筋肉は、日々の食事で作られている。
少年は箸をおいて、少女を見る。
「フェイト、話せばわかる、などと無責任なことは言わない。世の中相容れない者というのは存在する」
フェイトは答えない。
「だが、話さなければ伝わるものさえ伝わらない」
フェイトは答えない。
「なのはは、お前と話したがっていたぞ」
少年はちらりとアルフを見た。
アルフの目は心配そうにフェイトを捉えており、食事の手は止まっていた。
「なのははお前と戦って、勝って、話を聞くと言っていた。次会う時のなのはは強い。お前も腕を磨いておけよ」
「……ごちそうさまでした」
「……お粗末様」
返事をせずに、フェイトは少年の家から出る。食器を流し台に置いていくあたり、やはりいい子なのだと少年は思った。
アルフも手を合わせ、フェイトの後を追った。こいつは食器ほったらかしかと、少年は思った。
少年は食事を続ける。
関係はぶっちゃけ複雑だけど、あの二人との食事も楽しかった、などと思いながら。
筋肉