筋肉はすべてを解決する   作:素飯

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筋肉


筋肉はリッチ

「むぅ……」

 

 少年はスーパーの肉売り場で、あごに手を当て考える。

 眼前にある鶏肉を吟味しながら唸るマッチョはスーパーでは随分と目立つが、その光景ももう半年ともなれば従業員や他の客ももう慣れきっていて、今ではこのスーパーのよくある光景だった。

 

「お、兄ちゃんいらっしゃい。今日は鶏肉全般安いよ」

「む、島田さんか。いや、今日も迷惑にならないだけ買っていく。どのぐらいなら持って行って良い?」

「おぉ景気がいいねぇ。今日は後から追加で出すから、ここに並んでるの全部持って言って良いよ。しかし兄ちゃん、またでかくなってねぇか?」

 

 少年に話しかけたスーパーの従業員、島田。

 中肉中背の気の良いおっちゃんの島田は、少年を初めて見た時に仰天した人間の一人だが、今ではもう常連になった少年の相手をする従業員のうちの一人だ。

 買い物かごに肉類をしこたまぶち込んだ少年は、ふと思いたったことを島田に聞いた。

 

「筋肉はあって困ることはない、増やすが吉故な。ところで島田さん、業務外のことを聞いて申し訳ないのだが、ここ最近長い金髪の少女かオレンジっぽい髪の女性を見かけなかったか?」

 

 少年が聞いているのはこの間一悶着あったフェイトとアルフの事だった。

 彼女たちがこの町に住んでいない可能性もないではないが、彼はこうして街で見かけた知人友人に彼女たちのことを聞いて回っているのだ。

 

「金髪にオレンジ……いやぁ知らねぇな。知り合いか?」

「ちょっと、な。知人がその子らに用事があって探してるんだ」

 

 そう言いながらも少年の手は肉売り場に陳列されている肉と買い物かごの間を往復していた。その量は既に買い物かご二つ分。

 

「そうかい。じゃあまぁ見かけたら教えてやるよ」

「助かる。それでは俺はこれで」

 

 島田に軽く頭を下げて、少年はレジへと向かった。

 買い物かごに山の様に積まれた肉も、少年と同じくこのスーパーでは日常の一つだ。レジ打ちのアルバイトにとっては、かなりの脅威だが。

 そんなレジ打ちのアルバイトが、少年を目視した。

 

「くっ! 来やがった!!」

「今日はどこだッ?! どのレジに行くんだッ!!」

「こっちにはこないで! こないで!」

「あの筋肉野郎週に三回は来てるが、どんだけ食うんだよ肉!」

「それよかあいつ普段何やってんだ! 鶏肉牛肉豚肉その他、爆買い出来るほど稼いでんのか?!」

「バックヤードから人を回せ! あの量は一人では捌ききれねぇッ!」

「了解、バックに内線を入れる。

 レジ軍からバックヤード各位へ、コード『マッチョ』。繰り返す、コード『マッチョ』」

 

 などと、対少年用レジ打ちフォーメーション、コード『マッチョ』がこの半年で完成していた。

 少年はしっかりとした足取りでレジ軍――その統率された動作は正に軍—―へと歩を進める。

 

「あっちは一番レジ! 五番レジの俺は勝ちを拾えた!」

「あーくっそこっち来やがった!! バックヤードからの増援はまだか?!」

「――いらっしゃいませ」

 

 絶望する一番レジの悲痛な叫びに答えるように、バックヤードからいらっしゃいませの声と共に現れた白髪の男性。

 彼こそは『億代・海鳴店』ではなく、億代第一号店……元祖億代、所謂『億代本店』で高校時代から大学卒業間際までアルバイトを経験し、そこでの働きを見込まれ大学卒業と共に億代へ就職を果たした男。数々の功績を残し定年で同僚後輩社長アルバイトパート人事部仕入れ先の重役総理大臣アメリカの大統領時空管理局提督などなど、様々な人間に惜しまれながら億代を去った後、数年後パートとして再度億代で働き始め未だその手腕を振るう億代のすべてを知り尽くした男、山田さんその人である。

 そんな山田さんがパートとして面接に来た際、億代海鳴店の店長はこう語る。

 

「本人を見たことはなかったが……一目でわかる。彼は億代の――」

 

 

 

 

 英雄だ。

 

 

 

 

「コード『マッチョ』の通信を受け、ただいまよりレジ軍へ加勢する」

「山田さんッ!」

 

 絶望を塗り替えるのは、英雄だ。

 絶望を壊すのは、英雄だ。

 今この億代に求められているのは、英雄だ。

 求められればそこに現れる。それが英雄だ。

 なればこそ、山田さんが英雄であることは、誰の目にも明らかだった。

 

「状況は?」

「ハッ! ただいまマッチョは通常の三割増しの量の肉をかごに乗せこちらに接近中。マイバッグは所持しておらず、必要レジ袋枚数は八枚と思われます」

「承知した。お主は儂がレジに通した商品を籠に綺麗に並べておけ」

「イエッサー!」

 

 かくして、少年はレジへと至る。

 

「お願いします」

 

 買い物かごに山のように積まれた肉類を軽々と持ち上げ、少年はレジ台へと乗せた。

 レジそのものが小さく揺れたのではと思うほどの質量を持ったそれは、山田さんの「いらっしゃいませ、ありがとうございます」の声から一泊置いた後、音もたてずに上から消えていく。

 

 山田さんはバーコードリーダーの機能する範囲を完全に知り尽くし、商品に張られているバーコードの位置も瞬時に把握し、まるで工場のレールの上を規則的に流れてゆく物体のように肉という肉をレジに通す。そこには一切のもたつきが無く、そのスピードたるや電光石火。

 

 だが、そこにはアルバイトの技量も大きくかかわる。

 凄まじいスピードでレジに通され手渡される商品を、一切傷つけず丁寧に、しかし凄まじいスピードで籠に入れ、整理する。アルバイトのこの技術が無ければ、この流れに遅延が生じ作業効率は一気に悪くなるだろう。それこそ、一人でやってた方がマシというほどに。

 だが、このアルバイト、只者ではない。

 このアルバイトを研修し育て上げた人物こそ、山田さんその人なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 億代海鳴店の戦いは、これからも続く。

 そう、マッチョが居る限り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、今日のレジ打ちはなかなかだったな。まさか物の数秒で片づけてしまうとは」

「うわすごい量……あ」

「む」

 

 夜の海鳴市。その歩道にはふらふらとおぼつかない足取りで歩く金髪の少女と、パーカーを着ていてもわかるほどに出来上がったマッチョの姿があった。

 




筋肉

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