筋肉はすべてを解決する   作:素飯

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筋肉


筋肉はスタンバイ

「種が割れていれば、こんなもの」

 

 少年の蹴りが炸裂する。

 空気を押しつぶしながら男の左腕の魔導具の左側に直撃した蹴りは、凄まじい破壊音と共に少年を苦しめた魔導具を粉みじんに吹き飛ばした。

 

「クソッ」

 

 男が右の拳で地を殴り、二つの衝撃から来る反作用で逃げようとするが、浮かび上がった男の体を少年は蹴り飛ばし、壁に押し込める形で自由を奪った。

 

逆さ鱗(さかさうろこ)に触れたのだ。相応の覚悟はできているだろうな」

 

 悠々と男に歩み寄る少年を恨みがましく睨みながら、男は思案する。

 

(マズった。種を割った挙句調子に乗って煽り過ぎたか)

 

 男は本来、狡猾なキレモノである。念願敵うその手前、油断して少年に塩を送ってしまったがここまでは間違いなく、少年に迫る筋肉と搦め手で少年の筋肉を完封していたと言っていい。

 壁にめり込む際、打ち据えられた頭がぐらぐらと不快に揺れる。脳震盪が起きている事を理解しながら、状況を分析する時間を稼ぐために口を開いた。

 

「ハハ、キレんなってガキ、昔の話だろ? 死んじまったらどうすんだ。さっき言ってただろ、殺す覚悟なんざねえってよ」

「時間稼ぎか。無駄な事を」

「そのつもりだが、そうとも言い切れねえぜ」

 

 男は狡猾かつ、精神的にタフであった。

 

「あの時の二の舞になるかもしれねえつったら、どうする」

 

 あの時。

 それは少年がここまで激昂するに至る原因の話だ。

 

「俺が慎重な男だってのは、お前も知ってるだろ」

「臆病かつ、狡賢いの間違いだろう」

「どっちでもいいさ。重要なのは、今、俺とお前がこうしてる間に高町の女、忍だったか? 

 そいつがまた同じような目にあってると言ったらどうだ?」

「……貴様」

「おっと待ってくれよ。俺を伸したところで状況は変わらないぜ」

 

 肝心な情報を出し渋り、男は時間稼ぎに徹する。プレシアのためではなく、己のために。

 男の脳震盪は収まりつつあった。

 

「ま、ウソかホントかはてめーで考えな。ただもし本当なら……あの女、今度こそただじゃ済まないだろうな」

「……。いや、どちらでもいい」

「は?」

 

 男はいぶかしむ。少年が義理堅い人間だと知っていたからだ。

 男の話は、全て嘘っぱち。ハッタリではあった。だが、親友の彼女が危険な可能性があるというのに少年が動かない理由を、男は見つけられないでいる。

 いっそ不気味なまでに冷静な少年に、今度は時間稼ぎのつもりなく問いかけた。

 

「なんだ、てめえ。ツレの女のピンチだってのに。いつの間にそんな薄情になった?」

「貴様から薄情などという言葉を聞く羽目になるとはな。いやなに、逆だクソ野郎」

「逆?」

「俺の親友は、二度同じ轍は踏まん」

「……く、はは! そうか! ようは何も考えてねえって事か!!」

 

 脳震盪が回復した男は、面白そうに笑うと、壁から抜け出し迫って来ていた少年へと蹴りを入れた。

 

「二度の衝撃、厄介だなやはり」

「お褒めに預かり恐悦の極みだッ!」

 

 種も割れた、ハッタリは潰えた。ならば男は少年へ猛攻撃を仕掛け、有無を言わさずシバキ倒すことに決めたのだ。

 殴る、蹴る、殴る殴る殴る。男の猛攻撃に、片腕の魔導具を砕いたとはいえ少年は手こずっていた。

 

「四肢を掴まれそうになればとっさに引き戻す。引き戻したとしても衝撃はこちらに届く。なんとも喧嘩仕様な道具だ。魔法の産物とは思えんな」

「結局物理で殴れば全部解決するんだッ! なら、これが技術の正しい使い方だッ!!」

「だが気付いているか。先ほどとは違い、俺の拳は確実にお前を捉えているぞ」

 

 そうなのだ。

 少年が隙をついて男を殴る事に、先ほどとは違い成功している。

 左手の魔導具を破壊してからというもの、左手の攻撃は確実に男の隙となって少年へ付け入る隙を与えていた。

 

「実践空手の有名選手が聞いて呆れるな」

「てめえ……!」

 

 男は、実践空手の選手であった。かつて、という枕詞が付くが。

 当時は名を馳せ、新星と謡われたその技術でもって格闘技界へ名を連ねた生粋の実力派。

 だが、薬物、暴行等の問題行動が目立ち格闘技界は追放、一時ニュースの人気者となった男は、そのまま表舞台から姿を消したのだ。

 

「格闘技を辞めて、俺に対抗するために筋肉にだけ的を絞って鍛え続けた、と言ったところか。だがな」

 

 少年は男の拳を大胸筋で受け止める寸前、温まってきた筋肉を一気に強張らせた。

 刹那、起きる衝撃波。

 

「ぐっ……!」

「そんな雑に鍛えられた筋肉が、俺に通用するかッ!!」

 

 男は衝撃によって吹き飛ばされ、またしても壁にぶち込まれた。

 

「なんだってんだよ……今までは手を抜いてたってのか……!!」

「違う。今まではただ筋肉が温まってなかっただけだ」

「あんだけ傀儡兵をぶち壊しといて、それでも準備運動にすらなってなかっただと……」

「肉の無い物風情、俺のウォームアップにはならん。筋トレ器具ほど崇高な物でもない限りな」

 

 少年の筋肉は、魔導の叡智すら突破しうるのではない。魔導の叡智風情では、少年の筋肉の前には鉄屑以下、百円ショップで売られているダンベル以下の存在であったのだ。

 筋肉に勝る物など、人の命、尊厳ぐらいのものであるとは少年の談である。

 

「化物め……」

「さて、そろそろ良いだろう。貴様はいい加減、反省しろ。俺の筋肉の前に、散れ」

 

 少年が屈む。直立の状態から足首を動かし、下腿三頭筋だけですさまじい跳躍力を生み出せる少年が屈み、飛ぶという事はすなわち、自身の肉体を弾丸として敵を粉砕することの意。

 

「クソ、がぁぁぁぁぁッ!」

 

 男が意識を手放す間際に見たのは、超高速で迫るサイドチェストをした少年であった。

 




筋肉

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