筋肉はすべてを解決する   作:素飯

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筋肉


筋肉はアングリー

 フェイトは、起き上がる気力が出ずにベッドの上で横になっていた。

 最後まで微笑んでくれなかった母、拒絶された事実、失った拠り所に今もなお縋り付いている自分、そんな事実だけがぐるぐると頭の中を回って、ただただ悲しくなる。辛くなる。

 

(私は……)

 

 視界の端には傀儡兵相手に大暴れしている筋肉と、なのは達。

 少年はいつか言っていた。話さなければ伝わるものも伝わらない。

 白い少女――なのはは言っていた。逃げればいいってわけじゃない。捨てればいいってわけじゃもっとない。

 

 フェイトの胸中に、何かが灯った。筋肉ではない。まだない。

 それは果たして、後悔か、怒りか、悲しみか、はたまたただの自暴自棄か。

 きっとどれでもない。

 人間が人間らしく生きていくのに最も必要な誓いの一つ。困難に立ち向かい、踏破し、己の望むものを掴み取るための、何かだった。その一つが、フェイトの胸中には生まれていた。

 

「このままじゃ、終われないよね。バルディッシュも、私も」

 

 軋む相棒へ、軋む主が声をかける。

 その言葉に答えるように、バルディッシュは瞬いた。

 

≪Get set≫

 

 

 

 

 

 

「オーバーロードさせた所でその程度、そんなものでこの俺を殺せるなどと」

 

 少年の筋肉が脈打つ。空気は揺れ、壁が軋み、肉の歴史が鉛の兵隊に追いつく。

 重力を操作する行動疎外の一点に機能を集約された大型の傀儡兵に、少年を除くすべての人間は地に伏していた。魔法すらその重力には逆らえず、シューターも、砲撃も、バインドですら地に堕ち砕ける。地に伏した魔導師は、自身の周囲にプロテクションを張り巡らせることで、他の傀儡兵からの攻撃をしのいでいた。

 しかし、少年は止まらない。その四肢は研鑽により生み出され、シンプルかつ強靭な人の誇る世界最強の武装。増幅する人の力の究極系。

 

「彼我の実力差を嘆くのは良い。弱さは罪ではなく、弱さ以外の意味を持ちえない」

 

彼が歩を進めるごとに揺れる時の庭園。

生物として一種の到達点を既に過ぎ去り、前人未到の領域をただ一人で進み続けるソレは正に”唯一”。黄金の肉。

 

「だが、これほどまでの実力差を見せつけて尚、己の至らなさを認めぬというのであれば話は別。即刻、鉄屑へと果てるが良い」

 

 傀儡兵はさらに重力を強めるが、それでも少年の歩みは止まらない。止められない。彼がそうだというのなら肉は確かにそうあるのだ。

 歩を進めるごとに重力は強くなるが、そんなもの筋肉の前には無意味である。筋肉の前には叡智の炎すら生ぬるく、筋トレ後の血管に流れる血の方がよほど熱い。

 

「俺に勝てぬ未熟ではなく、弱さを認められぬ未熟さを恥じろ……と言っても、肉持たぬ機械には理解できんか」

 

重力を発生させることにリソースの全てを使った傀儡兵は、その能力の全てをもって少年の体を押し潰しにかかる。

 少年の体に掛かる負荷は既に、生中な魔導師であれば圧死するレベルを超えている。傀儡兵もあまりにも強すぎる重力故、耐えられるのは己の力といえどあと数分が限界だろう。

 だが、少年には効かぬ。筋肉には効かぬ。人が自力で空を飛べぬように、魚が地上では生きられぬように、筋肉に抗い適う道理など次元世界広しといえどどこにだってありはしない。筋肉はすべてを解決する。重力など、その最たる例であろう。人が筋肉で最初に殺した偉大な存在は、重力であったのだから。

 

「……この重力を無くすのは、些か惜しいがな。良いトレーニング器具になるはずだ」

 

 少年の手が、傀儡兵の核を抉り出した。

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふ、あははははッ!!」

 

 男は笑う。少年の偉業を見て尚笑う。

 圧倒的なまでの巨躯、二百センチ弱ある少年の体すら超えるデカさを持ち、その体に収まっている筋肉量は規格外すら生温い。

 デカいッ!! キレてるッ!! タンクローリーッ!!

 そんな声も聞こえてくる程だ。聞こえてくるだろ。

 

「相変わらず出鱈目な力だな、ガキ」

 

 男の眼光は鋭く、獰猛で、戦士の持つ冷静さとは真逆の己の熱に狂ったような眼をしている。

 明確になる敵意の律動はその勢いを増して、時折噴き出す様に男の精神を蝕んで行く。

 止まらず、止まらず、止められぬ。膨れ上がった男の憎悪が、嫉妬が、そして己への惨めさが男の精神を汚し削って貶めるのだ。

 

「早くこちらに来い。貴様の五体を跳ね除けて、貴様より俺の筋肉の方が優れているという事を教えてやる……ククククハハハハハハハッ!!」

 

 

 

 

 

 

少年が重力特化型の傀儡兵を屠り、息つく間もなく大型の砲台を備え付けた、これまた大型の傀儡兵が姿を現した。

 

「……デカいな」

「感心してる場合かッ! あの規模、今までの傾向から見て最も戦闘力が高いッ!!」

「とりあえず、殴ってくる」

「あ、ちょっと――」

 

クロノが声をかけるよりも先に、螺旋階段上の通路から空中へ躍り出た少年。一直線に、弾丸のように飛ぶ少年の拳によって傀儡兵は砕け――――

 

「……なんだと」

 

砕けることはなく、そこにははじき返された少年が不可思議な声を上げる光景が広がっていた。

 何かにはじかれた。それも、並ではない速度で突っ込んだ少年ほどの巨躯を弾き返すほどの何かに。

 生身の人間があの速度で何かにぶつかればひとたまりもないのが普通だが、もはやそれに関しては誰も触れることはない。道中で彼の頑丈さに疑問を抱くことはなくなっていた。

 

「あれは――」

 

 何かを悟ったクロノが口を開こうとするが、その前に傀儡兵から放たれた巨大な魔力弾に、正確にいえばそれが少年に着弾したことにより起きた爆風に遮られる。

 

「大丈夫かい?!」

 

アルフが目の前の傀儡兵を屠りながら少年に問う。なまじ威力を詳細に知っているからだろう。流石の少年も無事では済まないのではと勘繰ったのだ。

 

「問題ない。ただ、あの不可視の障壁のようなものが厄介だ。間合いが測れないのでは拳を振っても大きな威力にはならない。さらに近づいて間合いを確認している暇は、おそらくない。遠隔からの大火力が最も効果的だろう」

「……君は、妙に戦い慣れていないかい?」

「……昔取った杵柄だ。気にするな」

 

 クロノの言及をひらりと躱して、思案する。眼前の、おそらく”溜め”に入った傀儡兵を見るに、そう時間はない。

 

「だったら私が――」

「いや、私達が」

 

なのはが声を上げると、それを遮るように凛とした声が上空から響く。

マントをはためかせ、赤い瞳を輝かせ、確かな決意を感じさせる佇まいで、フェイト・テスタロッサはなのはの隣に降り立ったのだ。確かな覚悟の元に。

 

「フェイトちゃん……ッ!」

「……」

 

 感極まるなのはとは対照的に、少年は気付く。

 赤くなった目、少しの鼻声。

 女の子が人知れず、泣いていたことに。

 少年も男の端くれ。女の子が泣くというのはただ事ではない、いや、ただ事で済ましてはいけないことだと、少しその輪から外れ、借り受けていた通信端末を手にリンディへと連絡した。

 

「リンディさん」

「……かいつまんで話します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(圧倒的……ッ! 圧倒的すぎる……ッ!)

 

 フェイトは戦慄していた。

 あのデカブツをなのはとフェイトが破壊したのち、プレシアのいる場所へと続く一本道で最後に構えていた傀儡兵十数機、それを少年はただ頑丈さと力だけで滅ぼした。

それら一つ一つの戦闘力は並みの魔導師レベルだとしても、そのタイプは他の同型機と連携して敵対対象が対処しづらい攻撃を行ってくる言わば知性派な傀儡兵であった。実際その動きはほかの傀儡兵とは一線を画すほど効率的であった。しかし少年の剛腕は当然、そんな連携など頭から叩き潰す。一機、また一機と確実に、最短で潰し、今しがた最後の一機を叩き潰した。当然、その獰猛ともいえる戦いぶりに戦慄していた。同時に頼もしさも感じていたが。

 

「先を急ごう。この通路の先か」

「あ、うん……」

 

 言われて己の放心に気付き、フェイトは気合を入れる。

 この通路の先に自らの母が居るのだ。

 

「言うまでもないだろうがな、一応言っておく。お前は恐らく拒絶されるだろう」

 

 先ほどリンディから聞き及んだ情報を思い返しながら、少年は口を開く。あの胸糞の悪くなるような話を蒸し返すのは、少年としても本意ではない。

 フェイトは少年の話を聞く。おそらく正しいであろう話を聞く。

 足を動かし続けて、その否定をされるだろうことも分かっていて、しかし歩みは止めない。少年もフェイトと共に、眼前の部屋を目指す。

 

「だが、それでもお前は話をするために行くと言った。だから俺はついてきた」

「うん」

 

 フェイトは話をすると言った。プレシアに、母に会って内容を問わず自分の言葉を伝えると決めた。

 周りに煽られたからではない。空気に飲まれたからではない。真っ当な、極めて年相応な、しかし力強い意志でもってその決定を下したのだ。

 歩みは止まらず、強く、堅く、他の全てを置き去りにする決意だけがフェイトの胸中に根付いている。それは高町なのはがフェイト・テスタロッサという、悲しい眼をした少女に抱いていたある種の執着、意地にどこか似た何かであった。

 

 

 

 

 

 

「……久しぶりだな、ガキ。ここに来る前に死んじまうんじゃねぇかって心配したぜ」

「……アンタ、何でここに居るんだ」

 

 なのは達は数多の傀儡兵を滅ぼし、とうとうプレシアのいる部屋にたどり着いた。

 次元震も大きくなってきた。いよいよ時間がない。そんな状況で、母と話をしようとフェイトが一歩前に出たのを少年が制し、プレシアに――否、プレシアの座る玉座の裏に居る何物かに出て来いと声をかけたのだ。

 

「何でってまたつれねぇな。お前と喧嘩しに来たんだよ。あの日の借りを返しに来たんだ」

「そんな下らない事でこんなことに首を突っ込んだのか」

「下らねぇだと? 手前が俺にしたことを忘れたとは言わせねぇぞ!!」

 

 何やら因縁浅からぬ様子に、魔導士の面々も理解が追い付いていない様子だ。

 

「あの時にお前がしたことに比べれば、あんなもの制裁とすら呼べん。それを指して借りだと言うのであれば、貴様のその腐りきった性根、俺がもう一度叩いて砕いて木っ端にしてやろう」

 

 少年は大げさに肩をすくめて、大男をにらみつける。

 

「抜かせボンクラ。お前程度の筋肉で今の俺の筋肉をどうこうできると思うな」

「吠えたな。後悔するぞ」

「お前がな」

 

 一触即発、今にも殴り掛かりそうな大男と、静かな、しかし確かな怒りを露わにする少年に、少年をよく知るユーノと、そして何よりなのはは驚いていた。

 普段は誰よりも温厚で、滅多なことでは――それこそ、なのはの知る限り一度も怒りという感情を露わにしたことがない少年の怒り。その意味を、一同が測りかねていた。

 

「俺はこいつをどうにかする。なのは達はプレシアを。クロノ、頼んだぞ」

「……わかりました。あまり熱くなり過ぎないでください」

「頭はクールに、体はホットに。筋トレをやる人間なら心得ていることだ」

 

 大男が出張ってきて問答を始めた際、興味を失ったように玉座の裏の扉に消えて行ったプレシアをクロノ達が追う。

 残された少年と大男が、部屋から他の気配が消えたことにより、再び口を開く。

 

「行かせて良かったのか?」

「いや、駄目だね。だがそれはあのオバハンの契約だ。お前ならわかるだろ? 俺がそんなもの守るはずがない」

「だろうな。お前の目的は最初から俺だったと」

「そうだな。お前をブチのめす事だけ考えていた」

「……あきれた男だ。昔のお前ならまだ勝負になったかもしれんが、今のお前では、あの時の二の舞だぞ」

「試してみるか?」

「そのつもりだったのだろう。もとより俺はプレシアの前に立つ必要も、意地もなかった男だ。今ここでお前を倒してなのは達の憂いを取り除いておくぐらいはしておこう」

 

 少年が構える。いつものように、隙の多い構えだが、一番力を籠められる構えだ。

 大男は構えない。どこからでもかかってこいと言わんばかりの、脱力した姿勢だ。

 

「行くぞ」

 

 宣言と同時に少年は跳ぶ。

 圧倒的脚力によって撃ち出された少年の体は、一気にトップスピードに乗って十数メートルあった距離を一瞬でゼロにした。

 

少年が拳を振り抜き、大男の大胸筋を穿つ。大男のTシャツがその威力に耐えられず、吹き飛ぶこともなく塵と化した。

 

「弱くなったんじゃねぇか、お前」

「なに?!」

 

 しかし、大男は微動だにせず、健在。

 殴った少年を見下ろして、嗤う。

 少年は飛びのき、さっきと同じほどの距離を取って、また構え直す。

 

(加減はしたとはいえ、それでも一撃で仕留めるつもりで殴った。だというのに、手ごたえがない……衝撃を逃がす技か何かか……?)

 

 少年は考える。筋肉はインテリジェンスだ。

 だが少年が高町一家から聞き及んだ武術の知識から、微動だにせず衝撃を逃がす技の存在は否定された。受け身も構えも無しに衝撃を逃がすなど、物理法則の観点から鑑みてもあり得ない話である。

 

「お前もよく知ってる術だぜ。魔法だよ、魔法」

「なんだと……」

 

 魔法。地球の技術ではなく、異世界の技術。そして高町なのはが巡り合った、力の総称。

 その魔法を、この大男は用いている。

 少年がユーノから聞き及んだ話では、この地球には魔法を扱う文化は無く、存在すら知られていないという。同じく、魔法を扱う際に必要となる魔力を持っている人間は、突然変異的に生まれることはあってもかなり稀であるとされていた。

 この大男がその突然変異、なのはと同じようなタイプではないと言い切ることはできないが、それでも可能性は低い。であるならば――

 

「……プレシアか」

「せぇかいだ。あのオバハン、聞くところによれば中々優秀な魔導師兼科学者らしいじゃないか。協力するって言ったら道具として昔作ったとかいうデバイスとかいうのをくれてよ、なんでも魔力が無くてもデバイスの中の魔力だけで少しは戦えるらしいぜ。俺はそれを身体強化に全部使ってるってわけだ。ま、もちろんほとんどは俺の筋肉の力だがな」

 

 デバイスによる魔法運用は主に、魔導師のリンカーコアという魔力の源から吸い出した魔力で魔法を発動させるのが普通だ。

 しかし、デバイスそのものにも多少の魔力は供えられており、これは非常用、もしくは簡易な魔法をデバイスが単独で使用する場合に用いられることが多い。この大男はその魔力をすべて身体強化に使っていると言っている。

 

「なるほどな。その魔法に加え、その筋肉……腹が立つが、貴様の筋肉も含めて認めよう。その防御はなかなかのものだ」

「何上から目線で喋ってんだボケ。拳が届かなかったってのに余裕じゃねぇか」

「余裕だ間抜け。俺は一度も、それこそあの時すら本気で筋肉を使ったことはない」

 

 少年はそういうと、着ていたシャツを引きちぎり捨てる。半裸である。

 

「本気の半分を出す。さっさと沈め」

「舐めてんのかコラ全力で来いや」

「出させてみろ。俺への憎悪で鍛えた肉と、俺の肉、どちらが上か決めよう」

 

 少年が先ほどとは段違いのスピードで接近し、瞬く間に三発の拳を打ち込む。

 大男は一撃目を躱し、続く二撃、三撃目を拳で迎え撃った。

 少し遅れて空気が震える。近くにあった玉座は倒れ、少年の体にはビリビリと二、三撃目の衝撃が伝わっていた。

 同じ力で相殺されたのだと、少年は悟る。

 

「ならば」

 

 足だと。少年は右足を振り抜き、大男の膝を狙う。

 少年も馬鹿ではない。むしろ、そこいらの一般人よりも人体への理解は深く、効率よく体を破壊するにはどこを狙えばいいかという事も一応頭には入っている。入っているが使う機会がなく、戦いになった時も基本的に殴れば勝てるので狙いやすいところを狙う癖がついており、このように膝などの要点を狙う事は稀である。そもそもマッチョはそんなに喧嘩とかしないし、戦いとかなのはが魔法に関わり始めてからしばらくしてからなので稀というか初めてである。

 

「えげつねぇなぁ正義の味方さんよッ!」

 

 大男は足を上げて、その蹴りを防ぐ。圧倒的少年すら上回る太さのふくらはぎは、その衝撃を魔法の力も手伝って完全に消し去った。

 少年が壊すつもりで放った蹴りを、受け止め、無力化した。

 

「ちィ……ッ!」

「今度は俺からだッ!!」

 

 そういうと大男は目にもとまらぬ速度で、少年の鳩尾に一発の拳を打ち込んだ。

 少年は撃ち込まれる寸前、少しだけ足を延ばして拳が当たる位置をずらし、急所を外す。少年の腹直筋はその衝撃を問題なく受けきり、その力を緩めた。

 

「ぐッ?!」

 

 それがいけなかった。

 少年の体は拳を受けて、その衝撃を受けきったが”その後の衝撃に備えていなかった”。

 遅れてもう一撃分、衝撃がやって来たのだ。

 鈍痛、吐き気、浮遊感。

 少年の体は吹き飛び、壁面に体をめり込ませた。

 

「く、ふふ、アハハハハハハハ!! ざまぁねぇなガキ!!」

(何が起こった……?! 拳を受けきり、その数瞬あとにまた同じレベルの衝撃が来た……ッ!)

 

 一撃で、二度の衝撃。それが今少年が体験した現象だ。

 少年は筋肉を動かすことにより、万力のごとく力を壁に伝え、壁を砕いて立ち上がる。

 

(二度目の拳を目にも止まらぬ速さで繰り出した……? いや、いくら予備動作がなくとも筋肉は力を籠める際にどうしても”動く”ものだ。奴の筋肉はデカさだけで言えば俺を超えるレベル。であればその動きはより一層捕らえやすい。俺がそれを見落とすはずはない)

 

 少年は考える。二度の衝撃、数舜後、まごうことなき一撃。そこから導き出された答えは――

 

「わからん! 二度目の衝撃も耐えてぶっ飛ばせば良いという事だなッ!」

「やってみろこのウスノロッ!」

 

 筋肉ですべてを解決した方が手っ取り早く確実であるという答えに行き着くのである。筋肉はかしこい。

 

「フッ」

 

 少年が地を蹴り大男へと迫る。

 

「馬鹿の一つ覚えかよッ!」

 

 大男はカウンターを決めるつもりで構える。

 

「いつだって筋肉が最善手だッ!」

 

 カウンターを狙っているという事も見越して、それでも尚進み、殴る。

 少年の重さ重視の拳が大男の顔面を襲う。当たれば有効な一撃になると、双方が理解し大男が紙一重で回避する。

 

「がら空きだぜ」

 

 少年は武術に精通しているわけではない。

 であるが故にその動きには無駄が多く、すべてを筋肉で解決してきた少年は圧倒的な隙を大男に晒してしまっていた。

 がら空きのボディに大男の左フックが突き刺さる。

 

「効かんッ!」

「衝撃は一度じゃねぇぞッ!」

 

 襲い来る二度目の衝撃。

 轟音と共に少年の体へ襲い来る衝撃を、少年は踏ん張って耐える。だがその衝撃に耐えている間に、大男はさらに拳を打ち込んできた。

 

「オラどうだ! 一撃で二度美味しい俺の拳はァ!!」

 

 一度目の拳での衝撃も、その後に来る二度目の衝撃も、少年にとっては少し重い程度のものだ。少年の防御は硬い。だが、問題はその衝撃に備えていれば必然的に次の行動が遅れ、そのせいで大男の次の拳までも受けなければならないという現状だった。

 一撃目と同時に来る一度目の衝撃、純粋な拳の衝撃を防ぎ、その後に来る謎の衝撃を耐えればその防御中に拳が飛んでくる。二度目の防御を緩めれば、身体強化も相まって少年にダメージを与えるほどにまで大きくなった衝撃をモロに食らうことになる。

 折を見てインファイトのように反撃してはいるが、それでも、少年には不利な状態だった。

 

(やり合って分かった。回避できるほど、コイツは遅くはない。俺が相手にしているのはどれだけの大馬鹿野郎でもマッチョだ。研鑽により練り上げられたコイツの肉体は、悔しいが筋肉でできている。筋肉はどんな馬鹿でも鍛えれば強くなる……。マッチョが相手ならば堅実な手は通用しない。すべてを筋肉で解決するだけのスペックを持つ新人類こそがマッチョ。そのマッチョに魔法が加われば、これだけ厄介な相手になるのも頷ける)

 

 浅はかだったと、少年は自責する。流石にもっと策をめぐらせるべきだったと反省する。

 何せ、相手はマッチョ。動機は同じではないが、それでも鍛えることをやめなかった努力の鬼、マッチョであるのだ。少年は大男の”悪”に目がくらみ、大男もひとかどのマッチョであるという事実を見逃していた。

 

 拳を耐えながら、少年は大男の隙を探す。

 しかし、魔法で強化された大男の攻撃は緩まない。限界はまだ先のようだ。そこまで時間をかけていては、なのは達が戻ってくるまでに決着がつかない可能性が高い。

 

(やはり、短期決戦……)

 

 少年は覚悟を決め、負傷覚悟で今も尚自身へ降り注ぐ拳の嵐から、防御を緩めて男の腕を掴んだ。

 

「ぐっ」

 

 少年の脇腹めがけて繰り出された拳を腕を掴んで捕らえ、その前に繰り出された拳の二度目の衝撃を受ける。が、吹き飛ばされることはなくしっかりと踏ん張って耐えることができた。

 

(あとはこいつを、魔法の護りの上から落とす――ぐァッ?!)

 

 しかし、拳を受けていないにもかかわらず、二度目の衝撃が少年を襲った。

 男の拳と同等、少年の筋肉を抜きダメージを与えるに至る二度目の衝撃はその一撃目を防いだにもかかわらず、少年の脇腹へと突き刺さっていた。

 少年はその衝撃で大男の腕を話してしまい、大男に蹴りを入れられて再び壁へとめり込む。

 

「何でって顔してるぜ、わかんねぇよなぁ筋肉だけに頼って生きてきたお前には。筋肉があれば何でもできたお前にはッ!」

 

 大男は楽しそうに笑う。少年を罵倒する。

 

「俺がプレシアから貰ったのはデバイスだけじゃあねぇ。このグローブとブーツ、なんだかわかるか?」

 

 大男はそういうと、右足で壁の中の少年に向かって蹴りを放つ。距離は十数メートル離れているというのにだ。

 しかし、その蹴りと同等の衝撃は、余すことなく少年へと叩き込まれた。

 

「ぐッ?!」

 

 少年の大胸筋が軋む。これほどまでの痛みを筋肉に感じたのは、少年には久しぶりの事だった。

 足は腕の三倍の力を持つという。人体の筋肉はその半数以上が下半身へと集約しているのだ。無理のない数字である。そしてその力は今、十数メートルの距離を超えて少年の体に襲い掛かっていた。

 

「このグローブとブーツはな、使用者の肉体によって生み出されてあたりに散らばる衝撃波に指向性を持たせるものなんだとよ。だからこんな風に、すげぇ力で拳を振れば――らぁッ!!」

 

 大男が拳をふるう。すると瞬きするほどの時間を置いて、その衝撃は拳と同等の重さとなって少年へと襲い掛かった。

 少年はとっさに腕を交差させ防御するが、それでも力めない状況でこの重さの衝撃を食らえばいくばくかのダメージが入る。

 

「ちっ」

「おぉ~いいねぇその顔。あの時のアイツと同じような顔だよ。高町のツラ思い出して笑っちまうぜ……ククク……」

 

 その瞬間、抑えていた少年の何かが切れる音を、少年自身が理解した。

 

「やはり、そうか」

「あ?」

「そんなことだろうとは思っていたが、いや、俺もほとほと甘い男だ」

 

 少年の周囲に存在する壁が、圧倒的な圧力によって砕け散る。

 がらがらと音を立てて崩れ去る壁面、巻き上がる砂と煙。その中から、少年が姿を見せた。

 

「これは俺が始末をつけなければならない問題だと、今ようやく理解した」

「何言ってんだ気持ちわりぃ。黙って伸びてりゃそのまま楽になれたのによ。なにも俺はお前を殺そうってわけじゃねぇんだ。プレシアがもし負けたら、管理局? だとかと話付けて、お前も含めて全員地球に――」

「喚くな」

 

 大男が少年の声を聴いたと同時に、大男の体は地面へと沈み込んでいた。

 

「――な、に?」

「俺も同じだ、殺しはしない。そんな覚悟、俺もお前も持ち合わせてはいないだろう」

 

 いつの間にか、少年は大男の背に足を起き、踏みつけながら立っていた。

 少年は上を向いており、大男から少年の顔を見ることはできないが、その声音には覚えがあった。

 

「今の俺は、増量期だ」

 

 完全にキレている時の少年の声だった。

 




筋肉

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