少年と少女の戦いは、短時間ではあったが激しいものだった。
少女の放つ魔力弾を少年の筋肉が弾き飛ばし、周囲の森を余波だけで蹂躙してゆく様は正に圧巻。今回は先の不意打ちを防御した様にユーノの治癒魔法で傷を治すことをしなかった。少年曰く「こういう時、男は己の身一つで戦わねばならない」ということだそうだ。
結界を張っているから大した被害は出ないものの、当人たちの周囲は既に枯れた荒野のようだった。
「……っく」
苦しそうに肩を上下させながら呼吸をする少女と、先ほどの一から一切動かずに同じように隙だらけの体制で拳を引く少年。一応二人は未だに戦闘態勢を崩していないものの、結果は明らかに少年の勝利だ。
それを示す様に、ふらふらとした様子で地に足をつけ膝を折る少女の姿がった。
尚、少年は少女に指一本触れていない。少女の放つ魔法の数々を、一切動かずに筋肉に力を入れることで防御したのみである。筋肉は防御にも使えるのだ。
「なんて、なんて筋肉……」
「そうだ。俺の武器はただ一つ、鍛え上げたこの筋肉だけだ。君に足りないものを教えてあげよう。筋肉だ」
「それはない」
ユーノがたまらずに声を張る。
少年は気にせずにずしずしと少女へ歩み寄る。身長百八十後半の屈強なマッチョが近づくのは十歳未満の少女には相当恐怖なようで、自身の得物をふらつく両手で構えながら数歩後ずさった。
二人の距離が縮み、やがて少年の拳が届くかという処まで来たとき、空からいくつもの鎖が伸びて少年の体を絡めとり、宙に浮かせた。
「ごめんフェイト! なんかマッチョに足止め食らってた!」
「アルフ……」
アルフと呼ばれた女性は、少女フェイトを抱えて上空に立つ。
その瞳はフェイトを気遣うものから一転して、獰猛な獣のソレに変わった。
「覚悟はできてるんでしょうね」
「誤解だ、ご婦人。俺はその少女に指一本触れていない」
「……本当かい? フェイト」
視線を少年に向けたまま、アルフはフェイトに問うた。
フェイトは悔しさに苛まれながら、首肯する。
「私が、攻撃してたけど、一つも効かなかった。私はただ、魔力不足で……」
「なっ、一つも……」
当たらなかったではなく、効かなかった。
これが意味することはつまり、攻撃が当たったとしても少年に傷を負わせる事が叶わなかったということ。
アルフも馬鹿ではない。屈強な半裸のマッチョメンが生身であることは重々承知していた。
アルフは警戒レベルを最大まで引き上げて、情報を引き出すための舌戦に持ち込もうと考えた。
頭の中で言葉を選んで、組み立てる。
「アンタ、管理局かい?」
「俺はマッチョだ」
「あー……」
アルフはこの短いやり取りで「こいつ脳みそまで筋肉なのか」と思い、少年との舌戦をあきらめた。代わりに後ろのなのはに向けて、威嚇を兼ねた問いをかける。
「アンタ、見たところ管理局でもなさそうだが、なんでこんなもん集めてるんだい?
理由もないのにしゃしゃり出てくるんじゃないよ、鬱陶しいね」
「理由はあります! ユーノ君に協力するって言ったから!」
「ハッ。そこの小動物かい。ただ集めるだけなら良いのかもしんないけど、今は私たちって敵が出てきたんだ。こっちは殺す気で行く。殺される危険を冒すほど大事な約束なのかい?」
殺す。その単純だが現実味を帯びた脅迫に、十歳未満の少女がたじろがないわけがなく、なのはは数歩後ずさった。それでも視線を外さずにアルフに向けているのは、流石と言える。
「大事かどうかは関係ない。約束は約束だ。交わしたからには命に代えても守り抜くというのが男というものだ。俺は約束もなのはも守る」
何も考えていないような少年の回答。あまりにも楽観的。その思慮の浅いとも取れる返答に、ついにアルフは激昂した。
「私達はアンタ達みたいに仲良しこよしのおためごかしでやってんじゃない!
目障りだ! ここは退くけど、次邪魔したらフェイトが止まろうと私はアンタ達を絶対につぶすッ! フェイトの邪魔をするなッ!」
そう言うとアルフは転移魔法でどこぞへと消えていった。
オレンジの魔力の残光が漂う空中を見ながら、なのははバリアジャケットを解除する。
「アルフさんと、フェイトちゃん……」
「話し合いは、できそうにないな」
「でも――」
「だからとりあえず、相手を叩き伏せて事情を吐かせよう」
「――ん?」
「筋肉はすべてを解決するんだぞ、なのは。俺の筋肉とお前の心があれば彼女とも友達になれるさ。それは絶対に絶対だ」
自分が筋肉して、なのはが話をすれば、きっとフェイトとも友達になれる。少年はそう信じて疑わなかった。特に理由はない。あるのは筋肉だけだ。
筋肉