荒れ狂う海上、世界の終わりを彷彿させる海の荒れ。それはジュエルシードによるもの。高町なのはは空に立っていた。
眼前に立つは、かつて下し、しかし対話に至れなかった少女、フェイト。
何度目かの対峙に、お互い油断も隙もなくただ相手を見続けていた。
「多分、フェイトは負ける」
「……それをお前が言っていいのか」
そんな彼女らをアースラから見守る二つの人影。
筋骨隆々、MUSCLEの極致に至り未だなお進化し続ける現在は暴走するジュエルシードを掴んでいたおかげで右前腕が筋肉痛でちょっと幸せな少年と、フェイトの使い魔であるアルフである。
あの後、少年の家で簡易的な傷の治療と食事を受けたアルフはそのまま少年宅で一泊、翌朝に少年が持たされていた通信端末でアースラと連絡を取り、アルフは事情聴取を受けたのちに監視、拘束の元ブリッジに招かれていた。
残りのジュエルシードを回収するためにフェイトは一人、海に向かって魔力流を打ち込み、ジュエルシードを暴走させた。それを一人で封印し回収するつもりなのだろうと読んだ管理局の面々はフェイトが疲弊したところに戦力を送り込み漁夫の利を得るつもりだったようだが、そこはなのはとユーノが年相応の無鉄砲さで作戦をぶち抜いて、今に至る。
「あたしは馬鹿かもしれないけど、無能なつもりはないよ。彼我の戦力差はわかる」
「そうか」
「それほどまでに、今のフェイトは疲弊している。もうあたしにはどうしようもないけどね……」
「違うぞそれは。お前が話してくれたから、お前が手伝ってくれるから、あいつは助かる」
アルフが提供した情報は、この事件を大きく前進させるに至った。
フェイトの母、大魔導士プレシアの事。
プレシアはフェイトの母であり、フェイトに虐待まがいの事をしでかした極悪人でジュエルシードを集めるように命令したのもこのプレシアだと。
そしてそのプレシアの居城、時の庭園の座標データと知りうる限りの城内の地図。その城内にはプレシア謹製の傀儡兵が跋扈しており、先日自分たちがアースラから逃げおおせたのもこの傀儡兵が転移させてくれたからだと。
信じていいのかという声ももちろん上がったが、指定された座標に時の庭園らしき巨大建造物が存在していた事実と、プレシア・テスタロッサの魔力と先日アースラを襲った傀儡兵の帯びていた魔力が似た波形を放っていたこと、そして何より”主を救って、罪を問う際にいくらかの温情を”という打算に信憑性は高いと判断したリンディは、油断こそしない物のある程度有用な情報としてアルフの情報をとらえていたし、艦内の魔導士もアルフではなくリンディを信じるという結論でまとまったようだった。
縦横無尽に駆け巡る。
砲撃が飛び、斬撃が裂き、魔力弾が炸裂する。
避け、引き、防ぎ、攻めぶつかり合う二人の戦いはあの日の戦いよりもなお苛烈で、ギアが上がっている。その最中に、まるで馬に蹴られるように封印されるジュエルシードを、アースラに居る面々は理解ができないと言ったように眺めていた。
「話、聞いたよッ! お母さんのこともッ!」
「……アルフ」
「……逃げればいいってわけじゃない。捨てればいいってわけじゃ、もっとないッ!」
最後の一つをなのはが封印し、レイジングハートに格納する。なのはの言葉は、未だにフェイトには届かず、空に溶ける。
フェイトは少し悲しそうな顔をして、眼前に迫った魔力弾に正気に引き戻される。寸前で回避して、フォトンランサーを数発牽制で放って距離をとる。
プレシアからはアルフが逃げ出したと聞かされていたが、そんなはずはないと思っていた。だから、自分の元を離れたアルフが管理局に駆け込んで、自分の罪を軽くするために母親の事を喋ったのだという事も推測できたし、自分を思っての事だという事だと理解できた。
であるならば、アルフとはここで袂を分かつことになるのだろうとフェイトは思った。
(大丈夫。私は、母さんのために)
娘は母のために武器を取る。無条件の愛情であればまだ良かったが、その記憶は確かに少女の脳裏に焼き付けられていた。
結論から言えば、勝負はつかなかった。
満身創痍な二人、最後の最後、高町なのはが練り上げた魔導の究極系である”収束魔法”の発動を待たず、天からの雷によってフェイトは撃墜され、バルディッシュからはジュエルシードが引き抜かれていた。
プレシアには時間が残されていないのだろうという事を、ただ一人リンディは想像できていた。
筋肉