筋肉はすべてを解決する   作:素飯

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筋肉


筋肉はヒーラー

「――おいおい」

 

 アースラから帰宅した少年は、家の前でひどく衰弱したアルフを発見した。

 魔力弾を受けた腹直筋は、動物形態となっていてもかなり張れているのが見て取れる。筋肉に負荷がかかった結果一時的に起こるパンプアップという訳ではないのは一目すれば瞭然であった。

 耳一つ、しっぽ一つ動かさないアルフに少年は駆け寄って、おっかなびっくり無傷な頬を撫でるが変わりなく耳は垂れ、意識は沈み切ったままだ。

 

「とりあえず、家に運ぶか」

 

腹に刺激を与えないようにアルフを抱き上げて、少年は思案する。

 

(敵……アルフに敵対するという事は、フェイトの敵か? だが管理局では無いはずだ。彼らの目的は逮捕であって傷を負わせる事ではない。それにここまで傷を与えたとしても放置する理由がない。逃げてきた? いや、アルフとて俺が管理局と――、いや)

 

「とりあえず、飯だな」

 

 考えるのはあとでもできる。今はまず、アルフの飯の支度するべきだと少年は結論付けてアルフを抱えて家に入った。

 アルフを抱えたまま器用に電気を付けると、そう長い時間家を開けていたわけではないにもかかわらず、随分と懐かしい感覚が胸に湧いて出る。

 しんと静まり返った我が家を大股で歩き、抱えたアルフをとりあえず揺すってみる。

 

「アルフ」

 

 返事は無い。先ほどと変わりなく耳は垂れ、目蓋も落ちきっている。

 

(とりあえず、温めれば食える飯と、温い寝床だな……犬の寝やすい姿勢とか俺知らないぞ……)

 

 冷蔵庫を開け、食材を見ながら黙々と考えを巡らせる。

 特に買い物をしてきたわけではなく、冷蔵庫の中は少しの野菜と肉、肉、肉。牛乳、スポーツドリンク、プロテイン、各種サプリメントetc。

 トレーニーたる者決して途切れぬ栄養の供給は基本中の基本である。

 プロテインバーを三本ほど剥いて口に入れ、咀嚼してプロテインで流し込む。

 久方ぶりのたんぱく質に恍惚としながらも、毅然とした態度で少年は鍋を作り始める。

 

(あいつキノコとか食えるのか……まぁいいか、入れてしまえ)

 

 少年の筋肉に感化されて沸騰したお湯に、繊細ではないが、雑でもない手つきでキノコ、鶏の筋肉、野菜、鶏の筋肉、野菜、キノコ、牛の筋肉、愛情を投入していく。

 鶏ガラスープの素を投入し、ガスコンロの炎に熱の維持を任せて調理を終えた少年は、早炊きで炊飯器のスイッチを入れた。

 しばらくすれば、筋肉鍋が完成する。

 

(あとはアルフが起きるのを待つか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り留めのない寝起きのような思考回路。重い体の感覚と、鈍い五感の合わせ技で、自分が正に眠っていたことを認識する。

 眠りから覚めた。そう自覚するとともに、連鎖的に己を満たしていた物が蘇る。

 紫の光、痛み、恨み。

 蘇るたびに震える体。震える度に疼く痛みを皆殺しては、痛みで目も開けられぬというのに、体を起こそうとその四肢になけなしの力を込め続ける。が、最早そんな体力はない。

 

「グゥッ!」

「ん、起きたか」

 

 近くで少し低い少年の声がした。

少し前に聞いた声。心のどこかでまた会うことになるだろうと思っていた少年の声。

 

「まぁ待て、酷い怪我だ。俺の家だから、少しはゆっくりしていくと良い」

 

 目を開け、少年の姿を認める。

 ラフな部屋着に身を包んだ少年が、自分が寝ているソファにもたれ掛かって本を読んでいた。

 

(こいつ、本なんて読むんだね)

 

 栞を挟んで、ぱたりと本を閉じた少年はアルフの方へと向き直って、普段の凛々しさを感じさせない穏やかな目でアルフを見ている。

 

「話せるか?」

 

 アルフは、獣形態をやめて人間形態へと変身する。多少魔力は食うが、今は魔力よりも傷の手当をするのが先決だ。この男に手当してもらおうなどとは考えていないが、そも獣形態では自力で傷の確認すらままならない。意志の疎通も同じくだ。

 

「あぁ」

「ふむ、やはり人の形の方がいろいろと分り易いな。どれ、見せてみろ」

 

 そう言って少年は無遠慮にアルフの腹に手を当てる。

 これが真っ当な人間の女であればセクハラで訴えられても文句は言えないが、アルフは元々人ではない。動きやすい露出過多な服装からも伺えるように、人間としての女の恥じらいはそれほど持ち合わせていなかった。

 少年は青あざのついている所は避けて、その周辺に手を当てアルフに問う。

 

「痛むか?」

「待ちな。アンタに傷の手当てをしてもらうつもりは無いよ」

「いらん意地を――」

「意地を通してこその武闘派。アンタならわかるんじゃないのかい」

「……。等価交換でどうだ」

 

 鋭い眼差しのアルフを見据えながら少年は提案する。

 事情を聴かせてくれ、と。

 

 

 

 

「……」

 

 半分とは言わずとも、事情を話してフェイトだけでも助けてもらおう、という打算が、無いわけではなかったのだろう。少し迷ってアルフは少年に事情を話した。

 

 少年は言葉に詰まっていた。

 思っていたよりもヘビーな話というのもあったが、何よりも『プレシア・テスタロッサ』の実力の大きさに、驚愕していた。

 

 アルフの証言ではこうだ。

 絶大な技術力を誇る管理局の船に、堂々と、おそらくはユーノ以上の技術の転移魔法で傀儡兵を送り込み、その傀儡兵でクロノと少年を相手取り、もう二機の傀儡兵を介してアルフとフェイトを自らの根城へと転移させる。

 この間、管理局側に悟られないレベルにまで外に漏れる魔力を抑えていたというのだから、驚き以外無いだろう。

 加えて、その後に行われた暴虐の数々を鑑みれば、少年が力むのも仕方がなかった。

 

「凡そは理解した」

「そうかい」

「色々やることはあるが、その前にお前の傷の手当だ。まず手当、飯、休養。のちにお前を管理局へと連れて行く」

「あんた……ッ!」

 

満身創痍で少年の胸倉へ食って掛かる狼を、少年は優しく窘める。

 

「お前にとって第一はフェイトの安全、違うか?」

「当たり前だッ!」

「なら少なくとも、俺が会った管理局員へ協力を要請するのは問題ないと考えていい。悪いようにはされないさ。理由はいろいろあるが、まぁ、あちらにも利があるとだけ言っておく」

「……」

「まずはお前の手当てが先決だ」 

 




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