話は纏まった。
いや、もとより纏まっていたのかもしれないが、それでも此度、確実に認知される形でなのはと少年、ユーノの意思が纏まったのだ。
アースラの応接室、リンディとクロノを前にして、少年は口を開く。
「不肖このマッチョ、此度のジュエルシード捜索に民間協力者に志願する」
「同じく、高町なのは、ジュエルシードの捜索に民間協力者に志願します」
「同じくユーノ・スクライア、引き続きこの案件に協力することを望みます」
「……よく考えた末の結論なのね?」
リンディは問いかける。
これより先は超常に次ぐ超常。ともすれば異常の連続である。
ロストロギア・ジュエルシードをめぐる事件ともなれば、これは歴史の教科書にも載ることになるであろう大事件だ。何しろ扱い方を間違えれば世界が滅ぶ可能性のあるシロモノを、いくつも扱う事件なのだから。
それを受けてなお、君たちは足を踏み入れるのかと、リンディは問う。
少年達は淀みなく言い切った。
「はい。乗り掛かった舟です。それに、そちら側の都合でジュエルシードが落ちたのなら、こちら側の都合で事態を処理していたのです。俺たちも貴方たちも、ジュエルシードに関わり、最後まで始末をつける責任があると俺は考えます」
「僕も同意見です。元々は僕の不手際で散り散りになったわけで……」
「……なるほど。わかりました。ご協力痛み入ります。それでは、軽い状況説明から――」
ここまでリンディが話して、アースラ艦内にけたたましいアラートが鳴り響いた。
館内は一気に騒々しくなり、数瞬後にはリンディの眼前に空中ディスプレイが浮かび上がっていた。
「報告です! ただいま艦内で朧気ながら魔力反応を確認、先行して状況の確認に向かった魔導師四名が戦闘不能と思われます!
出現した魔力反応はアルフちゃんの聴取室を経過後、フェイトちゃんの聴取室に一直線に壁を破壊しながら進んでいます。A-2、G-3、U-1損傷、人員退避後に進行方向上に存在する区画のエネルギーの供給を先だって絶ちますッ!」
そう話すオペレーターの後ろでは、てんやわんやと局員たちが走り回り、指示を飛ばし合っている。リンディが居ないことによる指示系統の麻痺が原因だ。
「了解です。クロノ執務官を先行させます。私はブリッジへ」
リンディはすぐさま応接室を出ていき指示を出すためブリッジへ、クロノは既に凄まじいスピードで魔力反応へと最短ルートで向かっていた。
取り残された少年と、なのは、ユーノに緊張が走る。
「フェイトちゃんの……!」
「落ち着けなのは。お前はここに居ろ」
「でも……!」
少年は、努めて冷静に服を脱ぎながらなのはに言った。
「なんで脱いだの?」
「ユーノ、マッチョが脱ぐ時は本気の時だ、覚えておけ。
俺たちの立場はあくまで協力者。ここで勝手に動けば後々の行動に制限がかかる可能性がある。ごまかすにしてももっと切羽詰まった状況でないと厳しい」
なのはは何故服を脱いだのかに一瞬意識を取られたために、少年の別に類まれでも何でもない話術に嵌まってまぁ話ぐらいは聴いてやるか、という気持ちになった。なぜ脱いだのかという疑問が冷静さを取り戻したのである。マッチョ策士。
「加えて、この船に囚われたタイミングでフェイトに接触しようとしているということは協力者がフェイトを救出しようとしている可能性がある。奪取されるという万が一のために俺はフェイトの所に行くが、先ほどの様に誰かからの連絡がないとも限らない。お前はここに残って連絡を受け取れるようにしてくれ」
「……わかった」
少年の普段より少しだけ真剣な表情に圧されて、なのはは首を縦に振る。
少年はふっと微笑むと、なのはの頭を一撫でし、地を蹴って目で追えぬ速さでフェイトの元へと向かっていった。
「フェイトちゃん……」
虚空に響くなのはの声は、空気に溶ける潮騒のごとく。
鞘走った少年の眼前には、滑らかな飛行魔法で廊下を飛行するクロノ執務官が迫っていた。少年には気づいていない。
「見つけた、執務官ッ!」
轟音と凄まじい風圧と共に自身の眼前に出現する屈強な半裸マッチョを前に、さしものクロノも少々たじろいだが、そこは伊達で執務官をこなしていない。一瞬で持ち直した。
「貴方でしたか」
「俺だ。執務官殿、来客の対処に当たるのだろう。俺も協力する。戦闘能力はないが、まぁ魔法程度なら問題なく盾になれる」
「いや盾にはしませんけど……まぁ貴方はもう協力者ですから、ある程度は好きに動いてもらって構いません。危なかったら僕が護ります」
「頼りにしている」
クロノに前を行ってもらい、少年は走る。
緊急事態のため通路には誰もおらず、危険を気にして走る必要はないため、クロノはひたすらに速く飛ぶ。
少年もクロノが速度を出すなら問題ないだろうと思い、加速してクロノに追いすがる。
しばらく走っていると、聴取室が見えてきた。
「ここだ」
クロノが停止して、少年停止する。
少年は超体力で全く息が乱れず、筋肉も絶好調のまま、ベストコンディションである。マッチョはフィジカルナンバーワン。
「ここが、聴取室か」
「はい。まだ侵入者は来ていませんが、油断はしないようにお願いします」
「あぁ。それはそうと、自分で言うのもなんだが俺は生身だぞ? 魔導師相手に立ち回れるか疑問に思わないのか?」
「レイジングハートが記録していたあなたの戦闘記録の中には、魔導師フェイトの攻撃を微動だにせず受け切った貴方の姿もありました。こう言っては失礼かもしれませんが、魔法を使わぬ人の身で、よくここまで練り上げられたと感服しました」
周囲の警戒を怠らず、クロノは少年に賛辞を贈る。
「なるほど、嬉しい限りだ。俄然やる気が出てきた。執務官殿、俺の見立てでは侵入者はフェイトの救出か、……口封じと睨んでいるのだが」
「同意見です――」
クロノは一拍置いて、視線を向けずに左に向けてシールドを張った。
一瞬の後、轟音を響かせながら壁が崩壊する。濃く煌く紫色の魔力光、魔力コーティングしているにもかかわらずピリピリとひりつく肌、凄まじい衝撃がクロノのプロテクションを抜け少年の筋肉に襲い掛かる。筋肉には効かない。
電力が途絶え、ひたすらに暗い区画から明かりのあるこちらにのそりと歩み出る人影。
光を反射して鈍色に輝く装甲、角ばったパーツの集合体と言える美しさと重苦しさを備えた洗礼された外観、紫に光る双眼を観察するように少年達に向け、各関節部分から威嚇の様に排熱する。
「傀儡兵ッ!!」
魔法文明の発達したミッドチルダでも見ることのできる、機械仕掛けの魔導師である。
「兎に角応戦します! 貴方は自分の身を最優先に考えてください、相手は魔導師四人を無力化できるスペックですッ!!」
「応さ!! 悪いな機動戦士、戸棚にえげつない勝ち星を飾らせてもらうぞッ!!」
その頃聴取室では。
「え、なんか破壊音が近くなってる気が……怖い……」
金髪幼女が怖がっていた。筋肉が足りないからである。多少でも筋肉が鍛えられていれば、どんと構えてステゴロで応戦する選択肢も浮かび上がっただろうに。
聴取室の前で繰り広げられる傀儡兵とクロノたちの戦いは、熾烈を極めていた。
苛烈に攻め立てる傀儡兵に、艦内の損傷を気にしながらの立ち回りを要求される二人は、次第に押されていく。
「くっ、痛くもなんともないが素早い上に位置取りが上手いな。ホームグラウンドが故に状況が相手に利するとは……」
「こちらの攻撃も当たっているには当たっていますが、外して艦内に当たることも考慮して威力を抑えているせいか有効打になっていませんね」
傀儡兵の目的はフェイトの抹殺か奪還の二択。そのフェイトは少年とクロノの後ろの聴取室に居る。
傀儡兵はどうにか聴取室への扉を破壊して中に入ろうとしているが、立ちはだかる筋肉はその攻撃を通さない。
「まだるっこしいな、もっと簡単にカタが付くと思っていたが……。筋肉が最強でも、俺が筋肉に答えられるだけの技術を得ていないというのは、無様極まる……。もっと上手く扱ってやらねばな」
「己を顧みるのは優秀な人間の性質ですが、できれば今はこいつを何とかする手立てを考えてください――スナイプッ!!」
クロノの魔力弾は四つ。一直線に飛んでいくが、威力が低いと判断した傀儡兵は一切を無視し、蹴散らしながらクロノに蹴りを放つ。
「威力が弱ければ突撃、強ければ回避で確実にこちらの嫌な部分を突いてくるなッ!!」
「さぞ頭が良いと見える……臨機応変さといい、こちらの嫌なところをチクチクと……本当に機械か?」
少年は傀儡兵の放った魔力弾を広背筋で受けながら疑問に思う。
少年の知っている機械と言えば、精々がスマホの人工知能だ。ファンタジックな世界の機械など理解の外である。
「往々にして人が操っているのがこのタイプです。人が活動できない環境での作業を目的にプロトタイプが造られ、そこから遠隔操作できる命無き兵士として重宝されています。僕は個人的には好きませんが……」
「なるほど、それで傀儡か。筋肉が武器の俺には理解できそうにない考えだ。合理性はあると思うがな」
クロノが杖で傀儡兵のラッシュを防ぎ、少年が背後から殴りかかり躱され、顔面に蹴りを打ち込まれる。
同じような攻撃を、少しずつタイミングをずらしながら行ってくる傀儡兵に、武術の心得が無い二人は感覚を狂わされる。
「無駄に芸達者だなコイツ……! このままじゃ一向に明かない埒の前で右往左往だッ!! 執務官殿、多少船を壊しても構わないかッ?!」
「この際仕方がありません!」
最早機会を脱するには多少の損害は止む無しと判断した二人は、火力任せの少年の一撃でケリを付けようとする。
「逃がすことなく、避けられることなく――」
最速で、最短で、真っすぐに、一直線に。
「明かない埒をこじ開けるッ!!」
少年の筋肉が唸りを上げる。
少年本人ですら視界が定まらず、己が射手で、己が拳銃で、己が銃弾として一直線に飛んでいく感覚だけがあった。
少年の体は一瞬で目の前の空気を押しのけて進んでいく。それは正にトップスピードに至った戦闘機の様に衝撃波をまき散らし、クロノや艦内の壁すらも吹き飛ばしながら一瞬で傀儡兵に到達した。
無論、そんな速度に傀儡兵を操っている人間が対応できるわけもなく、通路全壊という代償を払いながらも少年のタックルは傀儡兵の機能を停止させるのだった。
筋肉