「なのは」
「うん、大丈夫。まだお話聞いてないもんね」
「……そうだな」
アースラから、海鳴へ転移してきたなのはと少年は、公園のベンチで間近に見える海を見ながら、さっきの話を思い返していた。
勿論、論ずるまでもなく高町なのはは不屈である。故にこの一件から手を引くなど毛の先ほども考えてはいない。子供特有の負けず嫌いや、頑固さとも言えるが、それでも高町なのはという人間として、譲れない物も存在するのだ。
「フェイトちゃんは、助けを求めてるとか、そういうんじゃないんだと思う」
「あぁ」
「多分、何を目の前に置いても譲れない何かがあって、それが何かはわからないけど、それに全霊をかけてるんだと思う」
「だろうな」
「きっと誰だって本当は、誰のことだって傷つけたくないはずだもんね」
「……そうだな」
海鳴る街の公園の、小さなベンチの二人の会話は、何かを確かめ合うように交わされる。
空気に溶けて混じる小さな海鳴りと二人の言の葉は、きっと二人がこれから先幾度も交わす問答の内の一つ。
しかしこの問答は、いつもの、そしてこれからの問答よりも幾何かの質量を伴って、二人の胸に暫く残る。
アースラ艦内に設けられている聴取室で、フェイトは聴取を受けていた。
といっても、それほど苛烈な物ではなく、ただのお話のような聴取であったが。
「どうしてもお話いただけませんか?」
「……」
穏やかな笑みを浮かべてフェイトに対面するリンディだが、その穏やかな笑みとは違い胸中では困惑一色であった。
この頃の年の子どもであれば、場数を踏んだリンディとの対話ですべて話すとまではいかなくとも、メンタルに多少の『揺らぎ』が生じるはずなのだ。
しかし、フェイトは未だ己の名前すら話していない。
少年達から聞いて、フェイトとアルフの名前だけは知っているが、ファミリーネームまでは少年達も知らなかったため、まずはファミリーネームをと思ったのだがそれすら口を割らない。当然他の事柄も。
既に一時間は経過し、子供であるということを鑑みればそろそろどこかが綻ぶはずなのだが、フェイトは一切口を割らず、一言も話さずに今を耐え忍んでいた。
一方でアルフはというと。
「離せッ! クソ、こんなバインドすぐに引きちぎってやるッ!!」
大暴れしたためクロノ執務官にバインドで拘束されていた。
「無駄だ使い魔。お前は優秀だが、それでも僕のバインドは解けない。ただ縛ってるわけじゃないからな」
魔導師の魔力が強力に結びつき固形化することによって構成されるバインドは、いわば魔力で編んだロープである。故にその魔力の結びつきをほどくか、強引に千切ることも、言ってしまえば可能であるのだ。
しかし、クロノは優秀な魔導師である。
人体を元に構成されている使い魔アルフは、当然関節や筋肉、内臓までもが人体のソレに限りなく近い。
故に、関節技が効く。
アルフほどの筋力でも、というか普通は筋力では関節技は解けないのだが、兎に角バインドを用いた関節技が決められてしまえば、その動きは完璧に封じられてしまうのだ。
「ナヨっちい執務官殿はこんなえげつない勝ち星拾って大喜びかいッ!」
「えげつなくて結構。それでアルフ、君たちの目的はなんだ。ジュエルシードを集めて何をするつもりだ」
「答える義理なんて世界のどこ探したってありゃしないねッ!」
「そうか」
クロノは思案する。
主人のフェイトと使い魔アルフ。
アルフに関しては情報が無いのも頷けるが、フェイトに関しては不審な点を挙げればキリがない。
デバイス、それもインテリジェントデバイスの入手経路は不明、管理局が保有するデータベースからも、名前や顔といった様々なデータを照合するが、沙汰はない。
すべてが謎。管理局の把握していない人間である。
加えてレイジングハートが記録していた高町なのはとの戦闘も閲覧したが、明らかに優秀な魔導師に師事したことが伺える戦闘内容だった。
「しばらく席を外す」
クロノはひとまずアルフの聴取を切り上げて、聴取室にアルフを残し、リンディの元へと向かった。
管理局が把握している人間であるなら、採取した血液からしばらくすれば親族は割り出せるはずだと思い、まずはその結果を待つことにしたのだ。
「さて、彼らはどうするかな」
クロノは、ひとまず聴取に関することを血液検査の結果が出るまでは棚上げし、少年達の動向を気にすることにした。
「……ふふ、ふははは」
同刻、海鳴市のとある雑居ビル群の路地裏で、大柄な男が獰猛な笑みを浮かべていた。
筋肉