「これは……」
「あぁ……」
なのはと少年の眼前にある空間は、正に『和』。
伝統的で、ともすれば日本の芸術ともいえる純粋な『和』がそこにはあった。
魔法文明が栄えた地にも生えていたのだろうか、植えられた小さな桜の木からは桜の花びらがひらりひらりと控えめに舞い、無機質な艦内とは思えないほどのシャレオツでハイカラな茶屋を思わせる謎の空間がそこには広がっていた。
しかし、その『和』は、完全であるがゆえに、その周囲の空間との差が凄まじかった。
コテコテの日本風景とでもいうべき謎茶屋の、その外側は無機質な無彩色の壁と、床、そして天井。
少年たちが入ってきた扉も、赤外線センサーで人の存在を感知し、機械的な開閉をする自動ドア。
極めつけは、この時空航行艦体『アースラ』は、ワビもサビもすっ飛ばした完全魔法科学のシロモノである。高級マンションの一室が和室にとか、そんなレベルはとうに通り越しているのだ。
「すまない。艦長の趣味だ。君たちの世界の物であるから、まぁ勝手知ったるところだろうが、気にせずに」
クロノが苦笑しながらフォローを入れるが、戸惑う少年たちの気持ちがわかるのだろう。半笑いの中にわずかに少年は同情を見た。
「どうぞ、かけてください」
麗しい髪を揺らしながら茶をたてる美女、リンディが、少年たちを謎茶屋へ招き入れる。
話をしに来たのだったと、少年となのはとユーノは我に返り、勧められるまま謎茶屋に足を踏み入れ、そしてそのまま何となく、居住まいを正し正座で腰を落ち着けた。
「姿勢を崩していただいても構いませんよ?」
「心配には及びませんよ。問題ありません」
「……? どうしたの?」
リンディが少年に言った意味が分からず、なのはは少年に意味を問う。
「マッチョは、肥大化し過ぎた筋肉により体の動きが制限されてしまうことがあるんだ。正座ができなかったり、二頭が引っ掛かって肩に手がつかなかったりな。この人は俺には正座が辛いんじゃないかと心配してくれたのさ」
「はぇ~……」
「しかし、俺の筋肉は最強だ。体の動きを阻害するほど無駄な肥大はしていないのだ」
「流石だね!」
「あぁ!」
「そういう意図はありませんでしたけどね。……いや、そうじゃなくってですね」
リンディが話に置いてけぼりを食らってしまい、話を始めたそうに困り顔を浮かべている。
「あぁすいません。男の中の男であるマッチョとしたことが女性への配慮を……お話の続きをどうぞ」
「え、えぇそれでは……その前におひとつよろしいですか?」
「はい。筋肉の話ですか?」
「違います。どうして上に服を着ていらっしゃらないのかということです」
「あ、筋肉の話ですね」
「どこがですか?」
まるで意味が分からないという内情を隠し切れず、やや裏返った声でリンディは問い直す。しかしマッチョには愚問に等しい問であった。
「鍛え抜いたこの筋肉は、この俺の全力の意です。これを表に出し相手と対面するということ、これすなわち「俺はあなたとの対話に最高の敬意をもって臨む」という意思表示です。服を着ていないのには意味があるんです」
「実際はどうなんですか?」
「ジュエルシードに服が弾け飛ばされました」
「どうしてボケたんですか?」
「マッチョはユーモラスですから。……いえ、いや、普通に魔法案件で一般人に被害が出たとかだと管理局でしたっけ? そちら的には色々具合が悪いかなと……」
「そういうことでしたか……」
マッチョは気配りさんなのだ。
「えぇと、お気遣い感謝します。それで、話を戻しますが、いえ始まってすらいなかったので脱線も何もないのですが……」
かくして、ようやく話し合いは進むのであった。
ユーノは、自らがジュエルシードを発掘したことを、包み隠さずリンディに話した。
そして、ロストロギアとは、次元世界とは、などの大まかな説明を受けつつ、少年たちは決断を迫られることになる。
「――と、こういう事情がありますので、今回の件は時空管理局が引き継ぎます」
「君たちは君たちの日常に帰ると良い」
それは、ジュエルシードが引き起こした様々な事柄に背を向けて、各々の日常に帰るか否かという決断。
これは当然の帰結である。
魔法文明の危険物が、魔法文明の存在しない世界で発見されるという異常事態。しかもそれは魔法文明側の不手際で意図せず散らばった物。そしてそれは現地の人間で対処され、遅れて駆け付けた魔法関係者が引継ぎをするため、当事者と話を付けるという、真っ当に順を追って事態を処理すれば、こうなることは自明であった。
しかしそれは、一見すれば不意の超常からの離脱。危険からの退避を意味するが、なのはにとってはそうではない。
ここで手を引けば、なのはは『フェイト・テスタロッサ』という少女の闇からも手を引くことになる。なのはが胸に抱く意地を果たせなくなるのだ。
そしてそれを悟れぬ少年ではなく、既に答えが出ていることも承知していた。
なのはは、退かない、折れない、諦めない。
それは少年が無意識の内になのはに抱いたイメージであり、事実『高町なのは』という少女の本質でもあるのだ。
高町なのはは諦めず、高町なのはが諦めなければ、少年とて諦める理由はない。
固まりきった答えを胸に、リンディの勧めでとりあえずの帰宅を果たす少年達の想いは、今は管理局に保護されたフェイトたちへと向いていた。
筋肉