「おまたせ」
「あぁ。こいつは大分おとなしくなったぞ」
少年の前になのはが降り立つ。
ドラマチックな決着ではなかったけれど、これはこれで一つのケリであるだろう。レイジングハートも静かに光り、一仕事終えた後の満足感に浸っているように見える。
少年はジュエルシードをつかんだままなのはの前にぐいっと差し出した。
指の隙間から漏れる魔力は少年の言う通り少し弱まっており、それでも一般人が触れれば大けがは免れず、並みの魔導士では手に負えないような状態である。
「あんた、勝ったのかい」
ジュエルシードに意識が向いていたなのはは、アルフに声をかけられてハッとする。
主人を倒された使い魔がどういう反応をするのか、そういう状態に初めて遭遇したなのはですら、この問答の後に起きる戦闘の臭いを嗅ぎ取った。
ユーノは少年の肩に乗り、同じくアルフを警戒している。
「……勝ちました」
「そうかい。フェイトは?」
目を瞑ったまま腕を組み、アルフは静かに問う。
なのはは警戒を解かず、死闘の終着点である廃墟と化したビルを指す。
「わかった。
……なに、別にこれからおっぱじめる気はないよ。主の身が優先さね」
アルフはそう言うと、背を向けてビルに向かって跳躍した。
魔力による身体強化済みの脚力はかなりのもので、なのはと少年の元からビルまでの距離を一瞬で移動する――はずだった。
「がっ――?!」
青い魔力光が縦に線を引き、アルフは地に叩きつけられた。
うつ伏せのまま地に伏せもがくアルフの手足は、いつの間にかバインドで拘束されており、自由を失っていた。
「ジュエルシードの回収、ご苦労」
少年の声。
しかしながらその明朗な声は、いくつもの修羅場を潜り抜けた戦士の様に研ぎ澄まされた声音。およそ少年の声とは思えないほどの『格』があるように思える。
「時空管理局ジュエルシード捜索隊、クロノ・ハラオウン執務官だ。これよりジュエルシード捜索の任は我々『時空管理局』が引き継ぐ。民間協力者はそこの二名のみか? スクライア」
黒を基調としたバリアジャケットに身を包み、鈍色に輝く機械的な杖を持つ少年はあっけにとられたなのはの肩に乗るユーノを見据えていた。
「あ――あ、はい。民間協力者はこの二名のみです」
「結構。ではそのまま待機していてくれ。僕はあの使い魔と、その主を回収して、君たちと一緒に我々の船に向かうつもりだ。今回は話だけで大した時間は取らないはずだから、安心してくれ」
クロノは笑むと、踵を返してアルフに歩を進める。
その笑みには、なのはと少年をこのような超常の事件に巻き込まれた不安感から解放する意味もあったのだろう。少年は筋肉がある限り、なのはは少年がいる限り気が動転することなどないので意味なきことだが。
多量の魔力攻撃を受けたからか、アルフは意識を飛ばしており、バインドで拘束しても無意味なように思えるが、そこはクロノなりの警戒と安全策というやつだ。
「その前に、ハラオウン執務官……で合っているか? くれぐれもその二人を丁重に扱ってやってくれ。双方女である上に、主の方は未だここのなのはと同じほどの年齢だ。それにどうやら訳ありらしい」
「呼び方はお任せします。ただ、同姓の者がこれから向かう場所に居ますので、ハラオウンで呼ぶ際は今のように執務官を付けていただけると助かります。二人の扱いに関しては承知しております。手荒な真似はしません」
少年の声掛けにも丁寧に対応するその様子からして、クロノは年のわりにかなり落ち着いているように見える。あと半裸のマッチョに動揺しないのも流石のメンタルだろう。その心の強さがあればクロノもマッチョになれるはず。
なのはも少年も知らないが、執務官という称号はクロノのような少年が手にするにはあまりにも難しい試験をいくつも突破するのが必須条件となっている。そこには普段の素行等も尺度の一つとなっているため、必然的にクロノは大人びた振る舞いを意識せずできるようになっていた。
「さてなのは、これで俺たちの役目は終わりになるだろうが、どうする?」
少年はなのはが未だフェイトと話をできていないことをちゃんとわかっていた。
勝負には勝ったが、それだけ。
「まだ、お話聞いてないからね」
「そう言うだろうと思った」
少年となのは、そしてユーノはフェイトたちを回収しに行ったクロノを、そのまま待った。
「クロノ執務官からの連絡です。スクライアと民間協力者二名、それとは別にジュエルシードを違法回収する魔導士とその使い魔一名ずつを確保したとの報告です」
現地魔導師との通信員が言うように、クロノは無事に少年たちとフェイトたちを回収してアースラへと帰還する準備を進めていた。
「わかりました。転移しやすいように艦体はこのまま衛星軌道上に停止」
「了解」
クロノを迎え入れるための準備を整え、そのままクロノの転移の補佐を行う。
時空間転移より簡単に行えるとはいえ、衛星軌道上に存在するアースラと地上間での転移は、クロノといえど個人で行うには危険が過ぎるため、座標を送り、クロノが術式を組みあげ、クロノの転移魔法とそれに重なるようにチューンした召喚魔法の併用でアースラ内部へとクロノたちを転移させるのだ。
「クロノ執務官から、これより転移するとの報告がありましたので、クロノ執務官の居る場所に召喚魔方陣を設置します」
「おねがいします」
リンディは、これから艦内に転移してくるであろうスクライアと、民間協力者。そして違法回収者二名の扱いを既に決定していた。
「さて、向こうも準備ができたようだ。この魔方陣の上に立ってくれ」
「おう」
「はーい」
クロノが言う通りに、少年となのはは白く発光する魔方陣の上に立つ。
ユーノはいつものようになのはの肩に乗っており、気を失っているフェイトとアルフを少年が抱えている。
「これでいいか?」
「結構。それでは転移を開始する。すこし浮遊感を伴うが、できるだけ動かずにそのまま立っていてくれ」
「了解した」
クロノはそのまま虚空をしばらく見つめ、一言「転移」と呟いた。
少年たちを一瞬の浮遊感が襲い、すぐに足裏に体重がかかるのを感じる。転移完了の合図だ。
「……ふむ」
目を開けた少年が見た物は、殺風景な部屋。
どこを見ても白やら灰色で統一された四角い部屋。
その部屋にある物と言えば、少年たちの背後にある大きな機械の箱のような物ただひとつ。
「転移完了だ。……なんだ、これが気になるのか? これは転移・召喚魔法対応大型デバイスで……と言っても、わかりにくいな。要はこの船と外界を移動するときに使う扉みたいなものだ。さ、行こう。あ、君はバリアジャケットを解除していてくれ。あと君も、変身魔法を解くように」
ここは彼らの分岐点。
魔法の世界に立ち入る扉は既にに叩かれ、今少年と少女はその扉をくぐる間際。
少年は半裸である。
筋肉