筋肉はすべてを解決する   作:素飯

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筋肉


筋肉はビクトリー

 桃色の魔力弾と、金色の魔力弾がぶつかり合い、砕けて消える。

 この結界の中のビル群の間を縫って幾度となく繰り返した魔力弾とデバイスでの殴打の応酬。並みの魔導師であれば、その攻防だけですべての魔力を使い果たしてしまうほど熾烈を極めた撃ち合いは、しかし未だ拮抗を保ち、なのはとフェイトの体力をじわじわと削り続けていた。

 

「っ、くぅッ!」

「いい加減、当たれッ!!」

 

 一切精度を落とさずに繰り返される魔法戦は、寧ろ管理局の局員とも渡り合えるほどにその精度を増していた。

 魔法を撃ち合い、デバイスで打ち合い、そうするごとに攻撃は精度を増し、重みを増し、相手に勝つという意思は意地となって二人の心に根を張った。

 ただ勝てばいいというわけではない。

 その先に、目的は違えど果たすべき想いがあった。

 話し合いを望む少女は、その過程で勝利を欲し。

 ただ痛ましいまでにジュエルシードを求める少女は、やはりその過程で勝利を欲する。

 

「墜ちろッ!!」

 

 フェイトが高速発射した四発の魔力弾。それをなのははシールドを斜めに張って後ろに流した。

 なのはの魔法技術や身体能力は、間違いなく成長した。

 戦いの前に手に入れた意地は、決して気持ちで負けない強さになった。

 ただ、それでも足りないものは確かにあった。

 

「逃がさないから!」

 

 構えたレイジングハートの先から放たれた桃色の魔力弾が、不規則にフェイトに迫る。

 視線で追いきれないほど軌道を変え、速度を変え迫る魔力弾を、フェイトはバルディッシュを振って落とし、残りは頭上から雨の様に撃ったの魔力弾の壁で防いだ。

 

「っ」

 

 なのはに足りなかったものは、経験。

 人を相手に魔法を使い、戦いのイメージを明確に頭で描けるだけの経験がなのはに唯一足りないものだった。

 だが、それももうじきフェイトに追いつく。

 能力のわりに実戦経験の少なかったフェイトになのはが追いつくことは、そう難しいことではなかったのだ。

 フェイトの強みは冷静な思考能力と、豊富な魔法知識、そして素早く動くことにより相手の攻撃を余裕をもって躱すことで得られる選択肢の多さにあった。

 だが、思考能力はなのはの隙が減れば活躍の場が減り、豊富な魔法知識は一個の戦場においてはその能力を万全に発揮できず、速度に至ってはなのはの圧倒的な魔力量からなるごり押しともいえる魔力弾の数々で殺されていた。

 結果、なのはとフェイトの戦いは、存外拮抗したものになっていた。

 

「はぁ、はぁ……」

「ふぅ、ふぅーっ……」

 

 向かい合う二人の息は上がり、しかしその二人の集中力は未だ上昇を続けている。

 実力が拮抗する者同士の本気の戦いは、二人の思考を最適化し続け、結果として一秒の間に何度も攻撃を仕掛け、受け、いなすという常人離れした動きを成しえることとなった。

 また、戦場が動き出す。

 

「――ソニックフォーム」

「Yes,sir」

 

 フェイトがそう静かに呟くと、彼女のバリアジャケットはマント、スカート、ベルトなど、バリアジャケットにおいて防御面で有用とされる装飾すべては取り払われ、ボディスーツと籠手、鉄製の靴のみを残した姿に変わる。

 ソニックフォーム。それは防御を捨て、速度に特化することで攻撃と回避に重きを置いたフェイトの戦闘スタイルのうちの一つ。

 

「もう、時間はかけていられない。ジュエルシードの暴走は未だに続いている。私は、あなたを倒してジュエルシードを封印する」

 

 フェイトは静かに目を細め、バルディッシュを構えた。

 なのはもレイジングハートを構え、応答する。

 

「ジュエルシードは私が封印する。それで、お話聞かせてもらうよ」

「あなたに話すことなんて、何もない」

 

 取り付く島もない様子のフェイトに対し、なのはは一瞬目を伏して、それでもまた目を開いて、空を踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはとフェイトが激戦を繰り広げている頃、ユーノはなのはから離れ少年の下に移動していた。

 

「君は何というか、本当に出鱈目だね」

「はは、石ころ一つ握ることができないのなら、俺の筋肉は魅せ筋になってしまうからな」

「石ころって……前にも言ったけど、それは崩壊した魔法文明の技術の結晶で、世界すら壊しかねないほどのものなんだよ? 現にそれは今、世界を壊すほどではないにしろ十分な力を解き放っている最中なんだ。それを抑えるのは、たとえ魔導師でも難しい」

「そうだろうな。俺もこんなに筋肉に負荷をかけられるのは久しぶりだ」

「筋肉尺度……」

 

 少年の判断基準は大体筋肉である。

 

「あんた、筋トレしすぎてやっぱり脳味噌も筋肉になってんじゃないの」

「脳味噌が筋肉ならばよかったのだがな。筋肉なら鍛えやすい」

「うーん……」

 

 アルフが少年のマッスルロジックを理解するのは、もう少し先のお話なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アースラと地球間の転移可能範囲まで残り十分です」

 

 次元間航行艦体アースラの演算担当班の主任が、艦内アナウンスで地球との接近を知らせる。

 未だジュエルシードの暴走は継続しており、少年が握力のみでジュエルシードの魔力放出とそれに伴う物理的な被害を抑えているのだが、そのことを知らないアースラ館内は焦燥と困惑で精神的にかなり摩耗してしまっていた。

 原因不明の高密度魔力の収縮。それが解き放たれれば現地の被害は免れず、魔法文化のない地球でどれほどの混乱が生じるのか、それを想像できないほどアースラの乗組員は無能ではない。

 

「……魔導師部隊A隊は出撃準備。出撃後は暴走状態のジュエルシードの封印、現地のスクライアから状況の確認と引き継ぎの手続きをした後、現地のスクライアと、存在すれば協力者を連れて帰還に当たる様に」

 

 リンディは魔導師隊隊長に出撃の準備をするように伝え、非常時には自分も出られるようにと頭のスイッチを入れる。

 リンディが出張らなければならないほどにジュエルシードの暴走が深刻であれば、最早地球での魔法技術秘匿は難しいだろうとあたりを付け、若干憂鬱になる。

 魔法技術の存在を知らずに独自の発展を遂げた文明に魔法技術という新たな領域の科学が加われば、世界規模でのあらゆる社会的システムのテコ入れが必須となってしまう。

 いっそ魔法技術の存在を知ったうえで関わらないという判断を下せるのであればその限りではないが、人間というのはそこにある物をないものとして扱うことができない生物である。

 周りにマッチョが居ればその空間にマッチョが居ないことにして生活することはできない。自分に筋肉があればその筋肉を気遣わずにはいられない。

 

「私も出る準備はしておきます。演算班は地球までの距離を再演算しておいて。観測班は結界内の様子を観測出来次第報告して」

「了解」

「了解」

 

 アースラ、地球到達まで残り数分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトのソニックフォームはただ装甲が薄れ、その分速度が上昇した話ではない。

 バリアジャケットの維持を最低限に留めて、その分の魔力と演算能力を飛行魔法や射撃魔法の制御、出力の上昇に充てているため、より高出力、より高精度の魔法戦闘をフェイトに可能とさせていた。

 それゆえ、先ほどの攻防から一転してフェイトは攻めの一手にてなのはを上回り、優位に立っている。

 なのはも生来の適応能力の高さからその速度に慣れてきてはいるが、なのはが慣れる速度よりも早く鋭くフェイトの魔法はなのはの体力を削っていた。

 

「このままじゃ、墜ちる……!」

「このまま、墜とすッ!」

 

 フェイントを混ぜたフェイトのデバイスでの攻撃に、なのはは防御が間に合わずクリーンヒットを貰う。

 なのははビルの窓ガラスを突き破り室内を転がって、壁に当たって動きを止める。

 レイジングハートがオートで防御を張ってくれていたため、フェイトの攻撃以外のダメージはゼロだが、それでも横っ腹に感じる痛みは消えない。

 

「っくぅ……」

 

 割れた窓から入ってきたフェイトが、バルディッシュを向けて問いかける。

 

「降参して。これ以上あなたを攻撃するのは無意味」

「……しない、しないよ」

 

 蓄積されたダメージによってバリアジャケットは煤け、破れ、体にもいくばくかのダメージが入っている。

 痛いはずなのに、なのははそれでも真っすぐに、フェイトの事を見続けていた。 

「私はまだ負けてない。私はまだ、あなたからお話を聞いていないッ!」

 

 ふらつく足に力を入れて、走る痛みをすべて殺して、高町なのはは立ち上がる。

 不屈の心。

 少年との筋トレよりも辛く、厳しい状況において尚、高町なのはは折れなかった。

 超回復。

 筋肉が破壊され、再生する過程で起こる超回復。それは人間の精神においても同じことが言える。

 倒れても倒れても起き上がり、その度に少しだけ打たれ強くなる。

「あの時に比べれば」と、そうして起き上がることができる。

 昨日の自分よりも強くなる。

 成長をする。

 高町なのはの精神は、筋トレによって少しだけ強くなっていた。

 

「バスター!」

 

 威力を殺して、今までで出が最も早い砲撃を撃ち放った。

 防御の薄いフェイトは、これですら当たれば墜ちるだろう。

 それでもフェイトには楽々回避され、後ろをとられる。

 

「知ってるよッ!」

 

 幾度となく繰り返した戦闘パターン。

 もう何度も、なのははフェイトに後ろをとられていた。

 だから、なのははフェイトが攻撃を避けて後ろに回り、反撃をしてくると信じていた。

 なのははレイジングハートを手放し、素早く後ろに向き直ってフェイトの振るったバルディッシュを右腕で防ぎ、そのまま鷲掴みにする。

 素早く、鋭い一閃を威力が乗り切る前に防げたため、なのはのダメージは少ない。

 

「ッ?!」

「もう、逃がさない」

 

 フェイトが武器を捨てる可能性を考えて、そのまま左手で右手首をつかむ。

 右手を離し、腰を落として拳を握る。

 フェイトは束縛から逃れようとするが、なのはの少年の筋トレを一切怠らずにこなした故の地力の強さがそれを許さない。

 脱出は不可能と判断したフェイトがフリーの左手でなのはを殴ろうとするが、なのはは手首をつかんでいる左手を少し動かしてそれを防御。魔法と筋肉の防御は、堅い。

 

「起きたらお話、聞かせてね」

 

 そしてなのはの力任せの一撃が、フェイトの意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  魔法少女フィジカルなのは、誕生。




筋肉

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