「ふむ、しかしこれは中々……」
少年の視線はジュエルシードに向けられており、その双眼は大きく見開かれていた。
「ジュエルシードというのは随分と力が強いのだな。筋肉無しでここまでのパワー……感服した」
依然、少年の握るジュエルシードは暴走の最中。その魔力放出による圧は、少年の手の中に納まっていなければユーノの張った結界を破壊し、次元震を起こし、最悪この街はおろか、次元すら破壊しかねないほどだ。
少年はそのジュエルシードの魔力放出を、握力だけで抑えていた。もしこれが少年ではなく、そこらのマッチョならそのマッチョの手は電子レンジに入れられた卵の様になっていただろう。
だが、少年の筋肉はそこらの筋肉とは格が違う。ロストロギア? 崩壊した古代文明の遺産? 少年の筋肉が生み出す力の前には何の意味も持たない。
「さて、未だにコイツは暴れているが……結局、どちらが封印するん――」
少年が言い終わる前に、少年の手元めがけてフェイトが獲物を振り下ろす。
封印術式と物理衝撃耐性強化の術式が込められたバルディッシュの一撃は、少年の手からジュエルシードを弾き飛ばし、そのまま封印に持っていくためのもの。
それが分からない少年ではなく、フェイトの素早い一閃を反射的に肘を曲げて上腕三頭筋で防いだ。
「くっ……」
「おいおい、元気なのはいいことだが、まずなのはと話し合い……はするつもりが無いんだったな。まずなのはとどっちが封印するかを決めてくれ。それまでこいつの暴走は抑えておいてやる」
少年は自身の手の中で暴れまわるジュエルシードを握りしめながら未だ上腕三頭筋と競り合っているフェイトに言った。その顔は世界を破壊するだけの力を筋肉だけで抑え込んでいる者のそれとは思えないほど気楽そうだ。
対してフェイトは、少年のあっけらかんとした表情とは裏腹に、力を込めた一撃がまたしても少年の筋肉に通らなかったことが悔しかったらしく、少し顔をしかめていた。
得物を上腕三頭筋から離したフェイトは、少し考えた後、なのはに向き直る。
なのははその視線が帯びた真剣さに居住まいを正し、レイジングハートを構えた。
「お話は――」
「貴女に事情を話すことはない。ジュエルシードは私が封印する」
頑なになのはと話をしないフェイト。それを受けてなのはも覚悟を決めたのか、デバイスを握る力を少し強めた。
戦いが始まる。
魔力量、耐久力、筋力はなのはの方が上のため、巧さを力でごり押せる。
技術、速度、眼はフェイトの方が上のため、力を巧さで無力化できる。
少女二人の戦闘スタイルは、互いの戦闘スタイルを封じることもできれば、封じられてしまうこともあるという、良くも悪くも噛みあったスタイルだった。
「話は固まったようだな。良いだろう、俺がこいつを抑えておいてやる。思う存分やれ」
少年はその場にドカッと腰を下ろし、観戦の姿勢に入る。
「アンタ、速すぎだよ……」
息を切らしてやってきたアルフを一瞥して、少年は得意げに肩をすくめた。
「別にお前は転移してくればよかったのだ。魔法があるとはいえ、体の構造上、どうしても女より男の方が力が強くなりやすい。律儀に俺に合わせて走ってくる必要などなかったのだぞ」
「私はもともと狼なんだ! 人間に足で負けたかないのさ」
「狼? そうか、その耳はそういうことか。それは失礼をした。では、今回は俺の勝ちだな」
「ちっ……。んで、あの白いのはフェイトとなにやってんだい」
息を整えたアルフが、少年の隣に腰かける。
あの日、少年の家で食事をしたアルフは、少年の事を『白い魔導師の味方だが決定的にフェイトの敵ではない』と評価しており、それほど邪険には扱っていなかった。
少年もそのことは何となく察しているようで、特に警戒する素振りも見せず話を続ける。もちろんジュエルシードは絶賛暴走中だ。少年が手を離せばジュエルシードの魔力放出量によってもしかしたら世界は滅ぶかもしれない。
世界の滅びを筋肉で防ぐ男。筋肉は現在進行形で世界を救っている。
「意地と意地のぶつかり合いだ。話を聞く、ジュエルシードを獲る……お互いの目的は違うが、そこにかける熱量は等しく大きなものだ」
「フェイトと白い子の熱が一緒? っはん、惰性でジュエルシード集めてるような甘ちゃんに、フェイトが負けるわけないね」
「まぁ、そう思うのも無理はないな」
未だアルフはなのはの成長を知らない。
一生懸命の報酬として得た揺らがない必殺の一撃を知らない。
そして、フェイトもそれを知らない。
なのははただ一生懸命な女の子だ。
そしてそれは、フェイトも同じだった。
彼女たちは、何かに一生懸命な女の子だ。
「なのはは、既に惰性の域を超えている」
高町なのはは、最初は惰性で、なんとなく、成り行きでジュエルシードを集めていた。
目的が無かった。結局は『ユーノ・スクライアの手伝い』でしかなかったからだ。
自分のためじゃない事に本気になれない、という話ではない。寧ろ高町なのはは他者のために行動する時には自身のポテンシャルを大きく上回る結果を残すことが多いタイプの人間だ。
だが、そこに意地はない。
高町なのははジュエルシード集めに大した意地を持ち合わせてはいなかった。
ただ集める。ただ手伝いをする。そのことに一生懸命に、真剣になりはすれど、必死になることはなかった。
フェイトにあって、なのはに無かった物がそれだ。
だが、それももう既に、高町なのはの胸にある。
不屈の心、あきらめず食らいつき、何がなんでも欲しい結果が彼女の胸の中にできた。
「今のなのはは、強いぞ」
フェイトという少女と話をする。それがなのはの胸に芽生えた『意地』。
漸く同じスタートラインに立ったなのはとフェイト。
意地と意地のぶつかり合い。
己が欲しい結果のために、彼女たちは戦いを始めるのだ。
某所にて。
「高密度の魔力反応を局地的に検知! 情報出します!」
ディスプレイに大きく表示された座標と、その座標の通称。そして局地的に発生した高密度の魔力反応から候補に挙がったロストロギアの名称。その魔力の大きさ。
それは、ディスプレイを見ていた女性を驚愕させるに足るものだった。
「これだけの魔力量がどうしてこんな一か所に固まっているの……?」
魔力反応が検知された座標は、第九十七管理外世界の惑星『地球』。魔法文化のない世界だった。
緑色の髪の美女は、この場所の責任者である自覚から、取り乱しているように見えないようにしていたが、それでも頭の中は混乱そのものだった。
スクライア一族が輸送中のトラブルに巻き込まれて紛失したジュエルシードが、辺境の管理外世界で発見された。それはわかる。
封印状態にない不安定なのロストロギアが暴走を起こして強大な魔力を放出するのもわかる。
だが、その魔力が押しとどめられるかのように一点に収束し続けている理由がわからない。
魔力とは本来、空気の様な物だ。
一か所にとどまらず、基本的に大気中に漂う物。
それに手を加え、固定、攻撃や回復、結界として利用するのが魔導師である。
そしてその魔導師が扱える魔力量は、精々自分の最大魔力量より少し上が限度。寧ろそれほどの魔力量を制御下における魔導師の方が少数であると言える。
であれば必然、個人が所有する魔力量の何倍もの魔力を秘めているジュエルシードの魔力を制御し、一か所にとどめておくなどという芸当ができる魔導師など居るはずもない。
当然、ジュエルシードの機能で一か所にとどめているという可能性も否定できないが、そのような機能が備わっているのであれば以前からこの管理外世界での大きな魔力の拡散の説明がつかない。
「とにかく、出力の九十パーセントで航行を続行。観測を継続しつつ、魔導師は出撃に備えておいて。ジュエルシードの回収はこの船が現着した時点で管理局が引き継ぐことになるから、気を引き締めておいてね」
冷静な声で指示を出し、地球へと向かう。
次元間を移動するために開発された船、いやむしろ戦艦というべきこの『アースラ』を任された女性、リンディ・ハラオウンは、優秀な人物だった。
地球から発せられる高密度の魔力反応に気を配りながら、現在地と地球までの距離を考える。
(あと数時間……それまでにこの魔力反応が収まれば地球の重力につかまらない程度の距離で待機、人を送ってスクライアと接触、引き継ぎ。収まらなければ突入、封印ってところかしら。現地のスクライアの魔力反応はまだ捉えきれてないようだけど、一体何をしているのかしら……)
焦燥が蝕む。
しかし自分たちは、あと数時間はどうすることもできない。
これだけ高密度の魔力が外に漏れれば、次元震は免れない。最悪次元断層が起きて世界が一つ滅ぶことすらあるこの状況に、リンディは何一つ自分にできることが無いことを嘆いていた。
「ところでアンタ、私の監視をするとか言っときながら一瞬でジュエルシード抑えに行ったけど、あのまま暴走させてれば焦った白い子が封印しに行くと思ったのかい?」
「なのはもそうだが、フェイトだな。なのはより場慣れしているし、速度もなのはより上。立ち直りが早く、速度も上ならまず間違いなくジュエルシードに到達するのはフェイトが先だ」
「じゃあ、仕切りなおさせる意味もあったのかい。脳味噌まで筋肉ってわけじゃあなさそうだ」
「ん? いやそのままフェイトが封印に行ったら危ないだろう。俺が抑えてどっちかが落ち着いて封印の準備をしてくれた方が確実だ」
「……。私がこれ言っちゃあダメなんだろうけど、フェイトがジュエルシードのダメージを受けたところでジュエルシードを抑えて、白い子に封印させればよかったんじゃない?」
「いや……なのはに怒られるから……」
「あっ……」
筋肉