槌を振いし職人鬼   作:落着

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四振り目

 

 

「ねぇ、これは何の術式?」

「黙って見ていろ、小娘。教えねぇつったろ」

「小娘じゃ無い! 名前教えたでしょ!?」

「あぁ、あの××って奴か? 呼びにくいんだよ。舌を噛んじまう。産巣の野郎も気取った名前つけやがって」

「だから永琳(エイリン)で良いって言ったじゃないの」

「あぁあぁ、やかましい。耳元でギャンギャンわめくな」

「煙灰がちゃんと私の名前を呼べば良いのよ」

「おう、気が向いたら呼んでやらぁ」

「いじわる!!」

 

 槌を振るう煙灰の隣で少女、永琳が疑問の声を上げるも煙灰はけんもほろろに切り捨てた。しかし、永琳が嚙みつくところは自身への呼称。

 永琳がやってくるようになってすでに月の満ち欠けが二巡りはしただろうかと、煙灰は今も喧しく名前を呼べと憤る目の前の少女を見ながら考える。

 よくも飽きもせずに通うものだとか、産巣も気がついていないとは嘆かわしいとか色々と浮かぶ思いもあるのだが。

 けれども、この時間をいつの間にか煙灰自身は心地良いと感じていた。

 初めてその感情に気がついた時には心底驚いた物で有るが、考えを整理するような時間を永琳本人が与えてくれない。

 時には泊まり込みで煙灰の仕事を観察することもあるほど、永琳はこの工房に入り浸っている。

 

「というわけよ、分かった?」

「んあ? なんの話だ、聞いてなかった」

「どうして目の前で話しているのに聞いていないって状況が生まれるのよ!?」

「話が長い。短くまとめろ」

「名前でちゃんと呼びなさい!」

「はんっ!」

「あー、鼻で笑った!」

「悔しかったら俺に認めさせてみろ」

「うぅぅぅ……」

 

 煙灰が意地の悪い笑みを浮かべて述べれば永琳は悔しげに唸り声を上げた。黙った永淋を確認すると、煙灰は再び槌を振った。

 永淋は槌を振るい、叩きつけるたびに様々な術を込めていく煙灰の業を見逃さないようにと目を皿のようにする。ひた向きな永琳の様子に煙灰は口元を緩ませ小さく笑う。

 カン、カンと目の前で槌を打ち付けられ鍛えられる細い弧を描く金属を永琳は必死に観察する。煙灰が叩けば叩くほど目の前の金属に力が込められていく。

 まるで次々とめまぐるしく見え方の変わる万華鏡を見ているようだ。数十、数百の術が瞬く間に込められていく。

 瞬きする間さえ惜しいと永琳は瞳に霊力を通わせ、渇きを防ぐ。知っている術でも考えた事のない組み方や連結のさせ方をしていた。

 先ほど聞いた知らない術も他の術が入るにつれて何であるか正体が絞れていく。

 

 

――破魔の術? 違う、精神を削る術……こんなこと出来るの?

――すごい、すごい! やっぱり煙灰は本当にすごいんだ!!

 

 

 煙灰が込める術を理解すると永琳の内にある憧憬と尊敬がさらに強まった。もっともっと、彼の持つ業を、知識を、発想の多様さを見たいと心が叫び出す。

 無意識のうちに永琳は笑みを浮かべていた。カン、カンと鳴り響く音が酷く心地良い。会話は無い。しかし、確実に伝わる物の存在する時間が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 しばらく、無言の時間が続くも煙灰が槌を置くことでそれも終わる。

 

「完成?」

「いや。だが今日は終いだ」

「疲れたの?」

「いいや」

「じゃあ、どうして?」

「そろそろ帰る時間だろ。これで続けたらまたお前は喚き散らすだろう、小娘」

「永琳!!」

「あぁもう、うるさい。いちいち叫ぶな。しっしっ」

 

 煙灰が虫でも払うように手を振れば永琳の頬が不満で膨らんだ。煙灰はそれに取り合わずに窯の妖炎に向けて煙を吐き、火を消す。

 

「やっぱり、そういう所を見ると妖怪っぽいね」

「あん? テメェにはこの額の二本角が見えないのか?」

 

 煙灰が自身の額から延びる角を親指で示す。けれども、永琳はそう言う事では無いと首を振る。

 

「そうじゃない。煙灰の雰囲気が妖怪っぽく見えないのよ」

「けっ、危機感の鈍い。そんなんじゃすぐ死んじまうぞ」

「どうして意地悪ばっかり言うのよ……」

 

 永琳は煙灰の言葉に悲しげに目を伏せた。煙灰は永琳の様子に頭を掻くと声をかけようと口を開く。

 

「おい、こ――」

「煙灰! ちと、話がある! 入るぞ!?」

「嵬? 何だってこんな時に……おい、小娘。奥の物置で隠れていろ」

「え? え?」

「にぶくせぇ」

 

 煙灰が疑問の声を上げる永琳に向け煙を吐き身体を捕えると、煙ごと永琳を奥の物置へと押し込む。反発の声を出そうとする永琳の口をついでとばかりに塞いでおく。

 

「嵬! 何の様だ!?」

「お? いるならさっさと返事くれぇしろや」

 

 煙灰は永琳が見えなくなると嵬に向けて言葉を返す為に声を張る。しかし、嵬から帰ってくる声は思いのほか近い。煙灰は外へつながる洞窟の通路へと近づく。

 無意識に背後の倉庫の入り口を嵬の視線から隠すため通路の前に立ちはだかる。煙灰がその位置につくと同時位に嵬の姿が目視できる距離に現れた。

 

「よ、煙灰」

「何の用だ? 事と次第によっちゃ叩き出すぞ」

「かかっ、それも良いが今回はまともな用事だ。何も前回の続きをここでやろうなんざ考えちゃいないさ」

「そりゃ結構だ。んで、何の用だ?」

「ん? えらく急ぐじゃねぇか」

「そうか? 変わらんだろ」

「ふーむ? ま、そういうことにしといてやらぁ」

「えらく気にくわねぇ物言いだな」

「まぁまぁ、そう喧嘩腰で対応すんなや。それで話ってのはなお前の持ち物に関してなんだわ」

「俺の持ち物?」

「そうだ。お前が作るだけ作って埃かぶっている道具をくれよ」

「構わねぇが、そんなもんどうすんだ。お前が使うのか?」

「いんや、見込みのある都の奴らにやるんだよ。そうすりゃちっとは楽しめるだろ、くかかっ」

「なるほどな。それじゃあそのうちお前の所に持っていく。それでいいか?」

 

 煙灰は嵬の申し出を悩むことなく受諾した。もとよりそのつもりで作っていたところもあるのだから問題は無い。

 煙灰が勝手に配り、他の妖怪が被害を受けて軋轢が生まれると面倒だからと死蔵していた面もある為に嵬の申し出は嬉しいものだ。鬼の大将の嵬がそうするのなら誰も文句など言わない。

 

「ん、構わねぇが。せっかくここまで足を延ばしたんだちょいとどんなものが有るか見せてくれよ」

 

 しかし、嵬の次の言葉に煙灰は肝が冷える。動揺を出さない様に刹那の内に自制するも観察力に長ける鬼、それもその大将が相手だ。僅かでも何かしらを読み取られたと煙灰は己の迂闊さを悔やむ。

 

 

――何を視られた?

 

 

「煙灰?」

「いや、なんでもねぇが今は無理だ」

「どうしてだ?」

「……見せられねぇモノがある」

 

 嘘を嫌う鬼の気質が今ほど恨めしいと煙灰は思ったことは無い。だから中途半端にぼかすような物言いになってしまう。嵬の目が面白げに歪む。

 強行されるのはまだ許容できるが、それで嵬が永琳に何かをするような事があれば本気を出すことも辞さないと煙灰は覚悟をする。

 そして、その思考に気が付くと随分と入れ込んものだと煙灰は自身の思考に可笑しさを感じた。

 だが、そのことが嫌ではない。嵬が歪ませた口を開く。煙灰が言葉を聞き逃すまいと耳に意識を集中させる。

 

「そうか、なら構わねぇよ。持ってきたときに見せてくれや」

「あ……いや、そうか。悪いな」

「気にするな。見られたくねぇならしかたあるまい」

 

 嵬は楽しげに一度笑うと背を向け歩き出す。煙灰は嵬の物わかりの良さに一抹の不安を覚えた。

 

「いつかその見せられねぇとっておきも見せてくれや」

 

 嵬は背を向けたまま、手をひらひらと振り一度も振り返ることなく帰っていく。嵬の姿が完全に見えなくなると煙灰は安堵に息を漏らす。

 普段通りにしていたつもりでも身体が強張っていたことを知覚した。

 後ろ暗い隠し事をしている事が嵬には筒抜けだったと理解できてしまう。

 だからこそ、嵬の態度が不気味に映る。

 

「気味がわりぃ」

 

 煙灰は不安を吐き出す様に言葉にした。一度力強い眼差しで出口の闇を睨みつけると倉庫に向けて進む。

 

「────!」

 

 倉庫の入り口から中を見れば、煙の拘束を解こうと暴れている永琳がいる。暴れる音も、口から出る声も煙に吸収され無音ではあるが、その様は大変喧しい。煙灰の姿を永琳が見つけるとより激しく暴れ出す。

 何を言っているのか聞こえないが、煙を取れば罵詈雑言の嵐だろう。まったく呑気なものだと永琳の姿に毒気を抜かれるも、煙灰は気を抜くまいと意識する。

 

「落ち着け、小娘」

「──!」

「何を言っているか分からんが少し大人しくしろ。じゃないと煙は外さんぞ」

 

 永琳! と叫んでいる事は今までのやり取りから明白ではあるが、煙灰はあえてとぼけてみせる。定型通りの返しに安心感を覚えた。

 煙灰が頬を緩めてさらに言葉を続ければ、永琳が静止し呆けたような顔をした。一応静かになったがその様子に疑問がわくが、大人しくしたからと約束通り煙の拘束を外す。

 

「馬鹿みたいに呆けた面してどうした?」

「馬鹿って言った! 私頭いいもん!!」

「はっ、確かに出来は良いが使い方が壊滅的だな」

「また意地悪ばっかり! そんなに優しく笑っているのに、詐欺だよ!!」

「あん?」

 

 永琳の文句に煙灰は虚を突かれた様に反射的に意味のない気の抜けた声が出た。永琳の言葉の意味を理解すると、まさかと自分の口元に手を当て自問する。

 

 

――俺が? 優しく笑うだと? 馬鹿馬鹿しい、人間相手に優しく笑うなど

――腑抜けすぎだ、煙灰。煙灰、貴様は鬼だろう。妖怪だろう。自覚を持て

 

 

 煙灰は信じられないと手から伝わる口角の上がった感触に驚愕した。自身を叱咤する様に、言い聞かせるように、心の中で自らに言葉を投げかける。

 腑抜けるなと、油断するなと己を今一度戒めんとす。口角が次第に元に戻るのを認識すれば、煙灰は口元から手を離して顔をあげた。

 

「あぁ……またいつもの仏頂面だ」

「うるせぇ、元から優しく笑ってなんざいねぇ。例え笑っていたとしても嘲りだ、馬鹿め」

「鬼のくせに嘘ついた。私見たもん!」

「知らねぇな。そうだ、小娘」

「永琳! それで、どうしたの?」

「今日は泊まっていけ。別段いつも突発で止まるから産巣への言い訳は問題無かろう?」

「え!? 良いの!! いつもは帰れ帰れうるさいのに」

「あぁ、今日は特別だ」

「さっきのお客さんが関係あるの?」

 

 永琳が察し良く原因を言い当て、不安げに煙灰へ問う。煙灰は不安そうな永琳を安心させようと、視線を合わせる為にその場でしゃがむと頭をぐりぐりと少しだけ乱暴に撫でつける。永琳は少しだけ抵抗する素振りを見せるも、ふりだけで口元を緩めながら煙灰の手を受け入れる。

 

「念の為だ。心配するな、俺がいる」

「うん!!」

「さて、それなら続きでもするか」

「見る!」

 

 煙灰が永琳の頭から手をどけ立ち上がり窯の前へと歩を進めれば、永琳も置いて行かれまいと煙灰の後を元気についていく。カン、カンと槌を振う音が夜中絶えることなく響き続けた。

 しばらくして煙灰が槌を振り終えれば、隣で力尽き安心しきった顔で眠る永琳を見つける。本当に危機感の無い娘だと心配になりながらも煙灰は僅かに笑う。

 眠る永琳にふぅっと煙灰が煙を吹く。煙は永琳に触れると消えてゆく。それはまるで吸い込まれるようだ。

 

「全くもって世話の焼ける……子供などいらんな。産巣の気持ちが知れん」

 

 声が形作るのは憎まれ口ではあるが、含まれる声色はどこか楽しげにも聞こえた。煙灰は眠る永琳を起こさぬように煙で寝台を作り、永琳をそこへと横たえる。

 打ち終わった弧を描く金属棒に最後の仕上げを施していく。煙で彫刻刀を作り出し、紋様を掘り込む。最高の出来になる様にと丁寧に、起こさぬようにと慎重に煙灰は作業を進める。

 掘り込みに血と煙と妖力を込めて完成するのは弓。弦を張れば後は使うだけだ。

 

「正しく使え」

 

 眠る永琳に向け煙灰が優しい声でそう告げた。すると、永琳は了承したとでも言う様に寝顔にあどけない笑みを浮かべる。

 

「大物になるよ、小娘。くくくっ」

 

 煙灰の押し殺した笑いが洞窟に広がる。目の前の少女の未来に広がるものは無限の可能性だ。きっと偉大な人物になるのだろうと、目を細め眩しい物でも見るように永琳を見守る。

 

「全く、人生とは分からんものだ」

 

 本当に何が起こるか分からないと煙灰は心底思う。この出会いが、この出来事が未来で何を形作るか自分には知る術は無いが、今この時は決して無駄ではないと思う。

 自分にも残せる物が出来たことに心から愉快だと笑う。永琳の目覚めはまだ遠い。しばし、この平穏を謳歌しようと煙灰も少女を習って眠りにつく。

 人と鬼、寄り添う様に眠る両者の姿からは、恐れる者と恐れられる者と言う関係は見いだせない。どこか歳の離れた兄弟の様にさえ見える。

 それはきっと幸せなことなのだろう。

 それはきっと奇跡なのだろう。

 だからこそ、それは薄氷の上の儚いものなのだ。

 二人の運命(みち)の交差が一度終わる。

 別れの時は近い。

 

 

 


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