槌を振いし職人鬼   作:落着

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お久しぶりです。
また間が空いてしまい申し訳ありません。
リハビリがてら短めですが更新致します。
ちょっとでも更新しないと永遠にしない気がしたので……。
次はもうちょっと早く出せるように頑張ります。


九振り目

 堕ちていく浮遊感。もしくは粘性のある液体に浸かっている不可思議な心地。

 少しずつ、少しずつ沈んでいく。抗いようもなく深みへ堕ちていく。

 視界に広がる光景は黒。光は無く、色は無く、濁り混ざり淀んだ黒だけがあった。

 身体が重い。声が出ない。

 分かる事は一つだけ。酷く、酷く疲れていた。

 

 

 最後に何をしていたのだろうか。

 記憶を探ろうと問いかけが浮かび、ずるりと黒が蠢いた。

 その問いかけを待っていたとばかりにずるりずるりと自らを取り巻くように渦巻いていた。

 

 

――また……

――また……

 

 

 声なき声が聞こえた。

 

 

――また舞台にさえ立てなかった

――また何もすることなく敗れた

 

 

 嘆きだった。

 

 

――何故だ

――何故約束を違えた

 

 怨嗟だった。

 

 

――我らは不要か?

――我らは重荷か?

――我らは、我らは

 

 

 慟哭だった。

 

 

――仲間ではなかったのか!!!!!

 

 

 剥き出しの想いが突き刺さる。返す言葉は存在しない。

 手を差しのばそうにも身体は動かず、言葉をかけようにも声が出ない。

 助力を断り敗れた己には何かを示す事も言う事も許されるはずがない。

 あぁ、何と無様な姿だろうか。最後の記憶は思い出せていた。

 全力で抗い、戦い、挑み……そして羽虫を払うように敗れた。

 無様でないはずがない。闘う事も出来ず敗れた同胞達が納得するはずがない。

 袋小路に迷い込んだように思考が空転していた。どれほどそうしていたのか。

 一分だっただろうか。一日だっただろうか。はたまた一秒にも満たない時間だったろうか。

 

 

――しょうがねぇな

 

 

 手がかかると言いたげな様子の、懐かしい声。

 

 

――まだまだ眠りかけの寝言みてぇなもんに惑わされんな

 

 

 あぁ、またお前は

 

 

――本能であって本心じゃねぇよ、こいつ等も

 

 

 俺の背を押してくれるのか

 

 

――だからこれは景気づけだ

 

 

 塊清

 

 

 殴りつけられるような感覚を最後に意識がスッと薄れていった。

 

 

 

 

 

 懐かしい顔にあった気がする。

 落ちていた意識が覚醒を始める。

 瞼の先の視界で何かが揺らめいていた。

 光源の前を揺れ動いているのか浅く明滅を繰り返す。

 

「……はぁぁぁ」

 

 深い吐息が漏れた。溺れていて久方ぶりに息をしたような心地を覚えた。

 身じろごうとして全身を駆け巡る痛みを自覚する。

 感じた痛みを呼び水に意識が完全に覚醒し、そして

 

「ッ!!」

「い、ッたぁぁぁぁ!!」

 

 意識を失う前の出来事を思い出して跳ね起きた。

 跳ね起きた際に何かに頭部をぶつけた。

 覚醒直後であることが原因か、開いた視界は僅かにぼやけておりぶつかった物が何であるか判然としない。

 不確かな視界で解る事は赤と青それと金の色合いを持った何かであるという程度。

 強いて推測するならばその何かは生き物で蹲っているのではと思われる。

 

「あ、いたたたぁぁ。ぐおぉ、頭割れるぅぅぅう」

 

 視界が明瞭となる前に浮かんだ予想を裏付ける呻きが聞こえてきた。

 数度目元を擦れば視界が定まっていく。

 紅白の横縞、青地に白の星形。身体の正中線、腰元で上下左右に分かれた奇抜な模様の衣類。

 煙灰が今まで出会ってきた中ではもっとも印象的な様相といえるかもしれない人物。

 それ故に意識を奪われ、ソレに気が付くのが遅れた。

 

「んははー。元気そうだね、煙灰君」

「テメェ……ヘカーティア!?」

 

 蹲る人物のさらに先、ヘカーティアは居た。一気に臨戦態勢まで心身を高ぶらせる煙灰。

 しかし、ヘカーティアはまるで応えることなく気を抜いたままだ。

 空中に腰かけたまま手元で()()()()を弄ぶ。投げて、受け止め。投げて、受け止め。

 ぽん、ぽんと楽しげに弄ぶ。

 弧を描くその口元を見た瞬間、視界が真っ赤に染まった。全ての思考が掻き消える。

 

「ヘカァァーティアァァァァアア!!」

 

 周囲の地面が怒号によりひび割れた。力を込められた肉体が膨張する。

 もはや体の痛みなど感じない。それ程の狂乱。

 けれど飛び込もうと足に力を込めた瞬間、()()が飛んできた。

 

「ほい、返すよ」

 

 何でもない軽い調子でぽんと投げられた煙管。あまりに想定外の行動に煙灰の威勢が削がれる。

 思考に一瞬空白が生れ落ちた。煙灰の中で一瞬が引き伸ばされる。

 ゆっくりと煙管が宙を飛びながら自転する。くるり、くるりと放物線をえがく。

 

「落ちちゃうよ?」

 

 気軽な問いかけ。投げ掛けられた言葉に刺激され思考が戻る。

 同時に引き伸ばされていた時間ももとに戻った。

 反射的に煙灰の手が伸びる。危うく地面を転がるかという直前、煙灰の手が煙管を手に収めた。

 地を転がろうと破損する事などない。けれども煙灰には許容できなかった。それだけの話。

 大仰な隙を晒す事になろうともこれ以外の選択肢は煙灰に無かった。

 煙灰のその反応にヘカーティアは予想通りだと楽しげに声をあげる。

 機先を制され、直前まで高ぶっていた感情が僅かばかり鎮火した。冷却された脳内で思考がめぐる。

 きゃっきゃと手を叩いているヘカーティアの姿がまた更に毒気を抜いていく。

 

「……何のつもりだ?」

「別に。何でもないよ」

 

 煙灰の問いかけにやはりヘカーティアは軽く応える。何でもないように。気安い友人であるかのように。それが当たり前と言いたげに気負いはなかった。

 その様子が不気味だった。気を失う前との乖離に思考がまとまらない。確かに気まぐれな所はあった。しかし、何故今の様な対応をするのかが煙灰にはまるで分らなかった。不気味で気味が悪い。

 喉の奥に何かが詰まる様な不快さを覚える。煙灰に視線がヘカーティアを見定める為に鋭さを増す。しかし、その反応さえ楽しいのかヘカーティアはただ笑みを深めただけだった。

 

「腕を斬られた時の激発はどうした? 盗人からとられた物を取り返すのではなかったのか? お前は……お前は一体何を考えている?」

 

 ヘカーティアは応えない。ただただ笑みを深め、瞳を細くする。まるで「君はどう思う?」と、問い掛けられているかのようだった。

 沈黙が両者の間に降りる。ヘカーティアから答えを得られないと思ったのか煙灰はその場にいたもう一人に声をかけた。

 途中から混ざりたくないとでも言いたげに気配を消して、両者の視界から逃れようと離れていた奇抜な服装の少女へ。

 

「一体全体どういった状況かお前は知っているな」

 

 スッと交わっていた視線がヘカーティアから外れ少女へ向けられる。視線を外された事が不満だったのか僅かにヘカーティアは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 煙灰に見据えられた事か、ヘカーティアが鼻を鳴らした事か、そのどちらが原因かは分からないが少女が肩を跳ねさせる。

 断定的な煙灰の物言いに少女は視線をあちらこちらに彷徨わせる。あー、とか。うー、とか。考えをまとめているのか言葉にならないうめき声を少女は漏らす。

 しばらく視線が彷徨うと最終的に少女の視線はヘカーティアへと固定された。両手の人差し指をもじもじとすり合わせてへらっと笑った。

 それはどこか助けも求めるように、許可を求めるようにも見えた。見る者の主観で受け手の印象が変わるそんな曖昧な笑み。

 

「ヘカーティア」

 

 ヘカーティアが何かしらの動きをみせない限り状況に変化が起きないと悟り、再びヘカーティアに問う。ヘカーティア自身も、現状に飽きたのか満足したのかは分からないがようやく口を開いた。

 

「さてそれじゃ何から聞きたい?」

 

 興味深く煙灰を観察しながらヘカーティアが問いかける。両者の意識から外されて少女は助かったと言いたげに再び身を小さくした。

 ヘカーティアの問いかけに煙灰の中にいくつもの問いが浮かんでは消える。何から聞いた物かと問いを吟味する。

 僅かな間逡巡して一番気になる事を最初に聞こうと口を開く。

 

「結局何が目的だったんだ、お前?」

「結局の目的か……そうだね、やっぱり暇つぶしって言うのが一番しっくりくる答えかな」

 

 少しの間どう言うべきかと言葉を選びながらも最終的には面倒くさくなりヘカーティアが答えを述べた。

 ヘカーティアの回答に煙灰は僅かばかり眉間に皺を寄せるが次の言葉を投げかける。

 

「何故、煙管に何もせずに返した?」

 

 問いを発した煙灰の身体が僅かに強張った。煙灰の持っていた黒い煙管に対し、何もせずに返したヘカーティア。結果だけをみれば煙灰に不都合な点は何もない。

 だがヘカーティアは言っていたはずだ。私から掠め取ったと。それであるのにヘカーティアの行った対応。それがどうしても解せず、気味が悪かった。

 再び話の流れ次第では抗わねばならないかもしれない。それ故に煙灰の気配が緊張するのは仕方のない話であった。意識が張りつめ、妖気が燻る。

 近くにいた少女の顔色が煙灰の状態に顔を青くしていく。だがそれも長くは続かなかった。

 

「別段固執するほどの物でもないから」

 

 やはりなんでもないと言いたげな返答。声色、表情、雰囲気。そのどれもが雄弁に語っている。()()()()()()()()()()、と。

 だからこそ困惑した。煙灰はヘカーティアがどういった存在かを理解していた。争いの前と最中に語られた僅かな言葉。放つ気配に力。そして自らの魂がヘカーティアはどんな存在であるかを解っていた。

 故に解らなくなった。仲間の魂がヘカーティアの物であると認めるわけではない。だが、ヘカーティアの言い分も理解できる。生命の巡る世界の管理者たるヘカーティアには権利も権能もある。

 どうとでも出来たはずだ。障害たる煙灰の意識は無かった。手元に煙管を回収した。それであるのに今煙灰が握っている煙管には何もされていなかった。困惑している事を表情から読み取ったのか、二の句が続かない煙灰を待つつもりはないのかヘカーティアは言葉を続けた。

 

「大海から杯一汲み分取られたからと目くじらを立てる奴なんていないだろう? 私からしたらそれだけの話だよ」

 

 自らの言葉にどう反応するかとヘカーティアが煙灰を見据えた。向けられる瞳に居心地の悪さを覚える。

 平静を装いながら煙灰は懐古していた。ヘカーティアとのやり取りを。思い出される言動。ヘカーティアは取り返すとは一言も言っていなかった。

 取られたら取り返すという行為は当り前である。だからこそ煙灰は死ぬ気で抵抗したのだ。それでも今、ヘカーティアは取り返すつもりはないと言った。普通であれば信じられない。

 だが、掠め取ったとは言ったがそれを取り返すとは言わなかった。だからだろうか、ヘカーティアの言葉をすんなりと納得できたのは。

 匂わせたり勘違いさせたりはするが、決定的に嘘をつこうとしない。そしてその態度を理解した時、煙灰の内から明確な敵意は消え去った。

 

「本気の俺と遊びたかったってだけの話か……はた迷惑な」

 

 本気を出させたかった。行きついた結論に思わず深いため息が漏れ出る。正解だったのだろう。ヘカーティアがまた笑う。

 

「そうだよ。本気の君と遊びたかった」

「そうかい。それで満足できたかい?」

 

 疲れが滲む声色で煙灰が問えば、ヘカーティアが快活に応えた。

 

()()の所は」

 

 端的な言葉の後にちろりと茶目っ気たっぷりに舌を出して笑うヘカーティア。

 これからの先行きに多大な不安を覚えてとうとう目元を手で覆った煙灰。

 そしてそんな二人を眺めながら、一先ず嵐は去ったと胸をなで下ろす少女が一人。

 

 




ヘカーティア「えーんかーいくーん、あーそーびーましょー!!」

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