Aqoursと沼津市の布屋さん   作:春夏秋冬2017

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はじめましてこんにちは。

アニメ1話後半の話になります。
本編未視聴の方はネタバレにご注意ください。



2ndシリーズのスタートと布屋さん

「うわー!ひろーい!」

「すごーい!」

「ここ、カーテン開けると鏡もあります!」

「いざ!鏡面世界へ!」

 

みんなの声が、スタジオに木霊する。

とてつもなく広い場所ではないものの、でっかい鏡に、防音設備の整った壁。

 

練習するにはもってこいの空間だ。

なんでも、曜ちゃんのお父さんの友人が借りている場所らしい。

 

新しい練習場所へ行くからと呼ばれたついさっき。

電話を終えたマリーちゃんと合流し、この場所にやってきたのだ。

 

「これは…立派なスタジオだね」

「なんでさも当然のようにハルさんがいるずら」

「君たちの新しい門出と聞いてね。居ても立ってもいられなかったんだ」

「新しい門出って…練習場所変えただけよ?」

「重要なことじゃないか」

「重要かもしれないけど、別に門出っていうほどじゃ…いや、ハルくんにこれ以上言っても意味ないか」

「お、よくわかってるじゃないか。邪魔はしないから、ここで練習の見学をさせてくれると嬉しいね」

「見てても面白くないと思うよ?」

「そんなことはないさ。美少女9人を自由に眺められる機会なんて、そうそうあるもんじゃないからね」

「曜、窓開けて。こいつ放り出すから」

「はーい、窓開けるねー」

「おやおや善子ちゃん。そんな悪魔のような発想、いつからできるようになったんだい」

「堕天使だからね」

「あ、あはは…」

 

これ以上口を開くと、どんどん立場が悪くなりそうなので一旦黙ることにする。

その様子を見て、ルビィちゃんは苦笑い、その他の1,2年生は呆れているようだった。

 

しかしながら。

普段なら真っ先に怒りに来るであろう3年生たちは、口を挟もうとはしなかった。

 

きっと、説明会中止の話を切り出すタイミングを考えているんだろう。

やっぱり、ここは俺が話した方がいいのかもしれない。

 

そんなことを考えていたら、曜ちゃんがフォーメーションの確認をしようと言い出した。

 

「ちょっと待って」

 

そしてそれを、果南ちゃんの一言が止める。

 

「その前に、話があるんだ」

 

真面目な顔をして言う彼女を見て、1,2年生の子達もただ事じゃない雰囲気を感じ取ったのだろう。

黙って、次の一言を待っている。

 

「…鞠莉」

「…うん」

 

整った場を見て、果南ちゃんがマリーちゃんに次の言葉を促す。

やがて、その言葉は放たれた。

 

 

「実は…学校説明会は…中止になるの」

 

 

先ほどまでの騒がしさはどこへやら。

マリーちゃんの言葉に、みんなそれぞれの反応こそあれど、言葉を発する子は居なかった。

 

「中…止」

 

ようやく漏れた千歌ちゃんのそんな言葉も、きっと意識して発した言葉ではないのだろう。

 

「どういう意味?」

 

聞いたのは梨子ちゃんだ。

その質問に果南ちゃんが答えを返す。

 

「言葉通りの意味だよ。浦の星は正式に来年度の募集をやめる」

 

受け止め難い現実を、それでもはっきりと言葉にする果南ちゃん。

その目に映っているのは、同じ言葉をマリーちゃんから言われた時と同じ反応をしている1,2年生のみんな。

 

「そんな…」

「き、急すぎない?」

「そ、そうずらっ。まだ、2学期も始まったばかりで…」

「うん…」

 

そんな反応が返ってくることだって、3年生のみんなからすれば想定内だったのだろう。

 

「生徒からすればそうかもしれませんが、学校側はすでに2年前から統合を模索していたのですわ」

 

そしてそれを、マリーちゃんが必死に説得して先延ばしにしていた。

果南ちゃんとダイヤちゃんが、そうやって説明する。

 

説明の最中。

千歌ちゃんがマリーちゃんに詰め寄った。

 

「鞠莉ちゃん。…どこ?」

「ち、千歌っち…?」

 

マリーちゃんが何かを言う前に、千歌ちゃんが外へ飛び出した。

 

「私が話す!」

 

話すっていうのは。

浦の星女学院の魅力を、マリーちゃんのお父さんにってことかな。

 

千歌ちゃんの思わぬ行動に、梨子ちゃんと曜ちゃんがストップをかける。

 

「千歌ちゃん!」

「待って!鞠莉さんのお父さんはアメリカなのよ!」

 

それを聞いてもなお、千歌ちゃんは引かなかった。

 

「…志麻姉や美渡姉やお母さんにお小遣い前借りして、前借りしまくって、アメリカ行って、もう少しだけ待って欲しいって話す」

 

背中越しに、千歌ちゃんの表情は伺えない。

 

「…千歌ちゃん」

「できると思う?」

 

二人の問いに、千歌ちゃんは答えるのだ。

 

「できる!」

 

表情は見えないけど、きっと迷いの無い顔をしているのだろう。

 

千歌ちゃんの言葉に、皆何も言わない。

できるとならそうしたいという思いと、実際にはほぼ不可能であるという現実。

 

場を支配するのは、重い空気。

ようやく、俺が口を開けるタイミングがやってきた。

 

「千歌ちゃん」

「…何?」

「マリーちゃんはさ、1年生の頃からお父さんを説得し続けてきたんだ」

「…うん」

「留学を途中で中断したり、自ら理事長になったり、これでもかってくらい学校存続に力を注いだわけだよ」

「……」

「そのマリーちゃんが、今度ばかりはどうしようも無いと言ってるわけだ」

「…っ!でも!」

 

言葉を続けようとした千歌ちゃん。

そんな千歌ちゃんの前に、マリーちゃんが立つ。

 

「千歌っち…ごめんね」

 

泣きそうな笑顔。

さすがに、千歌ちゃんも言葉を失ったようだった。

 

みんなの反応を見るためにこうしてノコノコ着いてきたわけだが。

笑顔じゃないAqoursを見るのは、本当に辛いものだった。

 

 

 

 

「ということがありましてね」

「ハルくん、なんのために行ったのよ、それ」

「様子見で行ったんで、まあ目的は達成できたわけです」

「女の子相手にまともに励ましの言葉すらかけられないなんてねえ」

「全くその通りですね」

「他人事じゃないんだから」

 

翌日、発注されていた商品を届けるべく、十千万旅館にやってきた俺。

千歌ちゃんの様子も知りたかったので、こうして美渡さんとお話ししているわけである。

 

「それで千歌はあんなテンションだったんだねえ」

「やっぱり千歌ちゃんは変でしたか」

「逆逆。千歌が変なのはいつもでしょ。なのに昨日の夕方から普通になってたからね。何かあったんだろうなーとは思ったんだよ」

「ひどい言われようですね」

「最初は、てっきりハルくんに振られたのかと思ったけどね」

「?なんでそういう話になるんですか?」

「理由はまた後日考えたまえよ朴念仁。まあそれはともかく、何かしら励ましてあげてよ」

「力になりたいのは山々ですけどね。んー…まあ何か考えてみますよ」

「頼んだよー。あ、これ、依頼料のみかん」

「一個ですか」

「千歌が元気になったらダンボールごとあげるよ」

「契約成立です」

 

 

 

 

 

その日の夜。

美渡さんに言われたというのもあるけど、俺自身も気になってしょうがないので、早速千歌ちゃんに電話。

 

説明会がなくなった以上、ラブライブで学校の名を上げて入学希望者を集めるのはほぼ不可能になった。

Aqoursの最初の活動理由がなくなったということだ。

 

それでもあの子達はラブライブを目指すのか。

それとも…。

 

『はい、もしもし。ハルくん?』

「こんばんは、千歌ちゃん。急に電話してごめんよ。今、時間大丈夫かい?」

『うん、大丈夫だけど…どうしたの?』

「なに。大した用事では無いんだけど…ちょっと君を励まそうと思ってね」

『…普通、そういうの言う?』

「回りくどいのは苦手でね」

『ふふ。ハルくん、結構おバカさんだよね』

「不本意だけどよく言われるよ。…元気、無いんだってね」

『誰かに聞いたの?』

「美渡さんからね。まあ、説明会中止の話を聞いて、君が元気とは思えないしね」

『うん…そうだね。今回ばっかりは、結構…キツイかも』

「そうかい。スクールアイドル、やめるのかい?」

『やめたくなんかないよ。…でも、私が頑張っても、どうしようもないのかもって。…どうしたらいいか、わかんないの』

「どうしたら、かい。そもそも、君はどうしたいんだい」

『そんなの、廃校を阻止したいに決まってるよ。…そのために生徒の募集をまだ続けて欲しい。説明会もやって欲しい…』

「声、どんどん小さくなってるよ」

『だ、だって!だって…』

 

声は、そこで途切れてしまった。

次に話すことを考えているんだろうか。

 

それとも、言いたいことは決まっているけど、言葉にならないのかな。

 

いずれにせよ。

申し訳ないけど、俺の話を少し聞いてもらおうじゃないか。

 

どうしても聞いてもらいたいことがあるのだ。

 

「ライブをやっているときの君たちは、すごく輝いてたね」

『…へ?』

「常日頃、君たちの魅力は十分に感じているつもりなんだけどね。それでも、ライブのときの君たちは眩しいくらいに輝いてるんだ」

『ハルくん…?』

「廃校阻止のためのライブもそれはそれで結構。…でもね」

『…………』

「廃校のことだけ考えてやるライブは、なんというか、君たちの魅力を発揮仕切れないと思うんだよ」

『廃校のことだけ…』

「この状況で、ライブを楽しめとか言うつもりはないけどね。…廃校が決まったからもうライブはできませんなんて、寂しいじゃないか」

『でも、廃校はもう決まっちゃったんだよ?』

「うん。だからこれは、俺のわがままなんだけどね」

『…うん』

 

この一言だけ。

これだけは、伝えておきたいという一言。

 

「俺はまだ、君たちが輝くところが見たいんだ」

『…っ』

 

Aqoursの一ファンとして。

ちゃんと、伝えたかった言葉。

 

「そうしたら…何か一つくらい、奇跡ってやつが起こるかもしれないよ」

『ハルくん…』

「俺の言いたかったことはこれだけだよ。まあ、参考程度に聞き流してくれ。ここから先は、君たち次第だからね」

 

もともと。

千歌ちゃんがスクールアイドルを始めたのは、廃校を阻止するためではなかったのだ。

 

今年の春。

東京で初めてμ'sを見たとき。

 

その輝きに触れて、憧れて、彼女はスクールアイドルになったのだ。

そしてAqoursも、やがて自分たちの輝きを持つようになった。

 

それが、こんな形で消えてしまうのは、悲しいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

「それで、スクールアイドルを続けることになったんだそうです」

「いやー、びっくりしたよ。元気が無いと思ってた翌日に、早朝から家を飛び出してったんだから」

「俺も、学校にみんなが集まり始めたときは驚きましたよ。みんなが来るだろうとは思ってましたけど、あんな早朝から来るとは思ってなかったので」

「そういえば、ハルくんはみんなが来たときは学校にいなかったの?」

「さすがに、生徒でもないのにあの時間は入れないですからね。店の前からみんなが学校に入っていくのを見てましたよ」

「…千歌が出て行ったの、6時半くらいだった気がするんだけど、どんだけ前から学校見てたのさ」

「朝の3時くらいからですね」

「…ハルくんはやっぱり馬鹿だねえ」

 

呆れ顔の美渡さん。

千歌ちゃんとの電話の翌日のことだ。

 

今朝、校庭に集まったAqoursのメンバーたちは今後も活動を続けていくことを決めたらしい。

いやはや、よかったよかった。

 

「安心した表情しちゃって。Aqoursの子達より、ハルくんが一番喜んでるんじゃない?」

「ファン1号ですからね。そりゃあ喜びますよ」

「確かに、どんだけアタックされても手を出さないあたりは、ファンの鑑かもね」

「なんの話です?」

「ハルくんはやっぱりおバカさんって話だよ」

「さっきの続きですか?」

 

残念ながら、美渡さんが何を言いたいかはあまりわからない。

あ、それはそうと。

 

「美渡さん、千歌ちゃんが元気になったらみかん一箱くれるって言ったの覚えてます?」

「もちろん覚えてるよ。えーと…ほら、これがそのダンボール」

 

店の外に置いていたらしいダンボールを抱えて、美渡さんが持ってきた。

時期は完全にずれてるけど、まあ秋のみかんというのも、これはこれで良いだろう。

 

そんなことを考えながら、ダンボールを受け取った。

そしてすぐに、その中身が空であることに気付く。

 

「ってこれダンボールだけしかないんですけど」

「ダンボールごとあげるって言ったでしょ」

「『ごと』ってついてるんだからみかんもくださいよ」

「中身はみかん一個だったから、ダンボールごとあげたのと同じでしょ」

「詐欺もいいとこです」

「もー、文句多いなあ。あ、じゃあ中に千歌入れてあげるよ」

「意味がわかりません」

「ほら、ああ見えて千歌、胸にみかん二つ…」

「発想が最高にオヤジくさいです」

 

今度は俺が呆れる番だったらしい。

 

実際、あの子達が再び頑張ろうって思えたのはお互いの励ましだろうから、俺の力は関係なかっただろうけどさ。

…お腹、空いたなあ。

 

 




ご視聴ありがとうございました。

早朝の校舎に集まってリスタート宣言は、アニメではきっちりやってくれています。
本作品では淡白に感じた方は、ぜひ本編のご視聴を。

それでは何かありましたらお願いします。

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