本編合流2話目になります。
本編を見てない方は、先にそちらのご視聴をお勧めします。
ピアノを弾く手が、震える。
こんなことが、最近はだいぶ増えてきた。
楽しくて、嬉しくて、始めたはずのピアノなのに。
ここでこうして弾くそれは、そんな感情とは程遠いものを、私に供給する。
お客さんが見ているのに。
指が、思うように動かない。
詩を、思うように追えない。
思うように、弾けない。
そして。
※
「ごめんなさい」
今日、もう幾度となく聞いたセリフだ。
どれだけスクールアイドルのいいとこをアピールしても、梨子ちゃんはそう返してくるのだった。
でも、絶対作曲してもらうんだからー!
「…で、やっぱり大敗だったと」
「あー…あはは」
「はー…前途多難すぎるよお…」
「梨子ちゃんの件に関しては、まあコメントを控えるけどね。μ'sの件に関しては、千歌ちゃんにも問題があるよ」
「だってー。あれがuじゃなくてμだなんて思わなかったんだもん」
あれで、ダイヤちゃんはμ'sの大ファンなのだ。
それも、崇拝のレベルで。
そりゃ、名前の読み方を間違えれば怒られるだろうさ。
ダイヤちゃんはそれを隠してるつもりらしいが。
「あ、そういえばね!ここに来る前に、花丸ちゃんって子と、ルビィちゃんって子と会ってね、すっごい可愛いの!きっとあの子達もスクールアイドルに向いてると思うんだけどなあ」
「ああ、あの2人かい」
「え?ハルくん知ってるの?」
これは曜ちゃんの質問。
「ちょっとご縁があってね」
「なにそれ!聞いてないよー!じゃあじゃあ、ハルくんからも2人を説得してほしいな!」
「残念ながら、時間外労働は受け付けてないんだ」
「じゃあ今度みかん持ってくるから!」
「…そもそも、会ったことがあるというだけで、そんなに話す仲ではないんだけど」
「そこをなんとか!」
「まあ、考えておくよ」
ルビィちゃんはともかく、花丸ちゃんとはこの前初めて会ったのだ。
とても説得なんてできる間柄ではない。
「あ、あと梨子ちゃんの説得もお願い!」
「君は俺の仕事場をどこだと思ってるんだい」
花丸ちゃんと同じだ。
会って間もないというのに、何をどう説得しろというのか。
その後、バスが出るということで2人は帰って行った。
学校がある日に彼女たちが来るのは、だいたいこのパターンだ。
目的があってうちに来るというよりは、バスがくるまでの暇つぶし。
今日も、10分ほど居座ってから帰ったのだった。
翌日、夕方に千歌ちゃんの家へ向かった。
千歌ちゃんのお家は大きな旅館なのだが、そこで使っている布団に穴が空いたので、修繕依頼を受けていたのだ。
きっちりと品物を渡し、滞りなく仕事を終える。
帰る前、千歌に会っていきますか?とお姉さんに言われたが、いつでも会えるのでと断った。
帰ろうとしたとき、海に人影が見えた。
体育座りをしているようだがあれは…梨子ちゃんかな。
「夕焼けに染まる海、それを眺め、ため息をつく美少女。いい絵だね」
「は、ハルさん!?ど、どうしてここに!?」
「随分悩ましげな背中が見えたんでね。知らない人ならいざ知らず、君みたいな美少女を放っとくことはできないよ」
「あ、あんまり美少女とか言わないで///」
思ったことを言っているだけなのだがね。
嘘をついたり、オブラートに包んだりというのは、得意ではないのだ。
「『海の音』、聞けたかい?」
「…いえ」
「そうかい。ピアノ、弾くんだったかな」
「ええ。小さいときから、ずっとやってきたの。…でも、最近はスランプで。それで、環境変えてみれば…『海の音』が聞ければ、変われるかなって」
「なるほど。そういうことだったのか」
「なんだそれって、笑われても仕方ないことだけどね」
「笑わないさ。というかね」
何も笑うことなんてない。
失敗続きでもやめずに、自分なりに活路を見出そうとしているのだ。
俺よりずっと立派じゃないか。
梨子ちゃんの方を向く。
「変われるさ。梨子ちゃんなら、絶対」
会ってそんなに経ってはいないけど。
なんとなく、そう思ったのだ。
「……ふふっ」
一瞬キョトンとして、笑顔を浮かべる梨子ちゃん。
はて?
「何かおかしなことを言ったかな?」
「いえ。昨日、千歌ちゃんに全く同じことを言われたなーって」
「なんてこったい」
まさかの二番煎じ。
しかも千歌ちゃんの後追いとは。
確かに千歌ちゃんなら言いそうとか思ってはいたが。
なんとも複雑な気分だ。
「これはあれだね。俺は今、とてつもなく恥ずかしい状態だね」
「ふふ。そんなことないわ」
気恥ずかしくて、思わずそっぽを向く。
直接は見れないが、梨子ちゃんは相変わらず笑っているようだ。
「2人とも、本当に変な人だけど…」
そのまま、顔が見える位置まで移動して
「ありがとう」
そう、口にした。
次の日。
相変わらず長くはないバス待ちの時間に、うちへやってきた千歌ちゃんと曜ちゃん。
「ハルくん、昨日うち来たんだって?」
「ああ、仕事関係でね」
「どうして声かけてくれなかったの!?」
「…それに関しては、こちらも反省しているよ」
千歌ちゃんから梨子ちゃんのことを聞いておけば、あんな恥ずかしい二番煎じを演じることはなかったのだ。
ちくしょう。
「そういえば昨日、梨子ちゃんに会ってね」
「なんか言ってた!?」
「日曜日、『海の音』を聞きに行く約束をしたそうじゃないか?」
「…なんでちょっとやさぐれてんの?」
「ほっといてくれ」
どうやら表情に出てしまっていたらしい。
これはよくないな。
「ハルくんも、日曜日くる?」
「残念だけど、日曜は休みじゃないからね。君達で楽しんでくるといい」
「そっかー。残念」
「朗報を期待しておくよ」
※
日曜。
偶然にも、果南ちゃんのうちから仕事が来てたので、俺もダイビングショップへ向かった。
偶然、あくまで偶然さ。
お父さんがあまり体を動かせない状態だから、店を手伝いに来てくれという依頼だった。
毎週というわけではなく、偶然人が多い時などにこうして呼び出されるのだ。
店で商売するより、こちらの方が収入がいいというのは、なんとも言えない気分になるが。
「うち、本格的に何でも屋になった方がいいのだろうか」
「何をいきなり言ってるの?ほら、仕事仕事。ボンベ、運んどいてね」
「りょーかい」
お客さんが減ってきて、大分手が空き始めた頃、千歌ちゃんたちがやってきた。
潜る、とは直接言ってなかったが、ここに来るのはだいたい予想通りだ。
「あれー?ハルくんがいるー」
「ほんとだ!なんでなんで?」
「えと…こんにちは、ハルさん」
「今日はこちらでバイトですお客様方」
手慣れたお客、手慣れた店員、互いをよく知る間柄。
そんなわけで、手続きはかなり早く終える。
梨子ちゃんは、果南ちゃんから手ほどきを受けていた。
3人を乗せたボートがスポットに向かう。
大分余裕が出てきたこともあり、俺と果南ちゃんも同乗する。
と、そこまでは流れでそうなったのだが。
「確かに君達が少し心配だったのは否定しないさ。だけどね」
視界が、揺れる。
足元が、ふらつく。
胃の中身が、本来とは逆方向に…
「な、なぜ、船に弱い俺まで乗ることに…うぷ」
「いい加減それ直さないと。まだ乗って3分くらいだよ?」
「ハルくん、相変わらず船ダメなんだねー」
「この町で船に弱いって、結構大変だよねー」
「だ、大丈夫なの?」
君達は鬼かい?
まともに心配してくれるのが梨子ちゃんしかいない。
「ごめん、やっぱ俺降りるよ。というかここで降ろして」
「この季節でこの距離を、スーツ着ないで泳ぐのはほとんど自殺行為だよ」
「いや、でもやばい。海の音、もうさっきから俺には害悪でしかないもん」
「はーい。じゃあこの辺で潜るよー。梨子ちゃん、心の準備はいいかな?」
「え、あ、私はいいけど…ハ、ハルさんは」
「あーいいのいいの。いつものことだから」
鬼3人と天使1人。
とはいえ、彼女達の言うことももっともだ。
こうなることはある程度予測した上で来たのだから。
梨子ちゃんは気にしなくていいのだよ。
「大丈夫だよ梨子ちゃん。間違っても、海にはリバースしないから」
そういって、手に持ったビニール袋を見せる。
「『海の音』聞いておいで。そうだな。せっかくだから明るいところに行くといいよ」
記憶の限りでは、1回は船に上がってきた彼女達だったが、その後、何かを思いついたようでもう一度潜りなおしていた。
結局、彼女達が海に入っていたのは何分くらいだろうか。
終始酔いと戦っていた俺は、まともなアドバイスなどできなかった。
それでも、上がってきた彼女達の表情は、明るかった。
結果はどうだったとか、聞く必要はなさそうだ。
彼女達の楽しそうな表情を見て、俺は安心して。
ビニール袋にリバース。
3人はこっちを見て何か言っている。
いや。
恥ずかしいからあんまり見ないで。
「明るいとこ、行ってきたよ。ハルさん」
梨子ちゃんが何か言っていたようだが、さすがに聞きとる余裕は、自分にはなかった。
ご視聴ありがとうございました。
本編2話の前半部分ですね。
いつも通り、何かご意見ありましたらお願いします。