Aqoursと沼津市の布屋さん   作:春夏秋冬2017

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はじめましてこんにちは
本編合流2話目になります。
本編を見てない方は、先にそちらのご視聴をお勧めします。


海の音と布屋さん

ピアノを弾く手が、震える。

こんなことが、最近はだいぶ増えてきた。

楽しくて、嬉しくて、始めたはずのピアノなのに。

ここでこうして弾くそれは、そんな感情とは程遠いものを、私に供給する。

お客さんが見ているのに。

指が、思うように動かない。

詩を、思うように追えない。

思うように、弾けない。

 

そして。

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

今日、もう幾度となく聞いたセリフだ。

どれだけスクールアイドルのいいとこをアピールしても、梨子ちゃんはそう返してくるのだった。

でも、絶対作曲してもらうんだからー!

 

 

「…で、やっぱり大敗だったと」

「あー…あはは」

「はー…前途多難すぎるよお…」

「梨子ちゃんの件に関しては、まあコメントを控えるけどね。μ'sの件に関しては、千歌ちゃんにも問題があるよ」

「だってー。あれがuじゃなくてμだなんて思わなかったんだもん」

 

あれで、ダイヤちゃんはμ'sの大ファンなのだ。

それも、崇拝のレベルで。

そりゃ、名前の読み方を間違えれば怒られるだろうさ。

ダイヤちゃんはそれを隠してるつもりらしいが。

 

「あ、そういえばね!ここに来る前に、花丸ちゃんって子と、ルビィちゃんって子と会ってね、すっごい可愛いの!きっとあの子達もスクールアイドルに向いてると思うんだけどなあ」

「ああ、あの2人かい」

「え?ハルくん知ってるの?」

 

これは曜ちゃんの質問。

 

「ちょっとご縁があってね」

「なにそれ!聞いてないよー!じゃあじゃあ、ハルくんからも2人を説得してほしいな!」

「残念ながら、時間外労働は受け付けてないんだ」

「じゃあ今度みかん持ってくるから!」

「…そもそも、会ったことがあるというだけで、そんなに話す仲ではないんだけど」

「そこをなんとか!」

「まあ、考えておくよ」

 

ルビィちゃんはともかく、花丸ちゃんとはこの前初めて会ったのだ。

とても説得なんてできる間柄ではない。

 

「あ、あと梨子ちゃんの説得もお願い!」

「君は俺の仕事場をどこだと思ってるんだい」

 

花丸ちゃんと同じだ。

会って間もないというのに、何をどう説得しろというのか。

 

その後、バスが出るということで2人は帰って行った。

学校がある日に彼女たちが来るのは、だいたいこのパターンだ。

目的があってうちに来るというよりは、バスがくるまでの暇つぶし。

今日も、10分ほど居座ってから帰ったのだった。

 

 

翌日、夕方に千歌ちゃんの家へ向かった。

千歌ちゃんのお家は大きな旅館なのだが、そこで使っている布団に穴が空いたので、修繕依頼を受けていたのだ。

きっちりと品物を渡し、滞りなく仕事を終える。

帰る前、千歌に会っていきますか?とお姉さんに言われたが、いつでも会えるのでと断った。

 

帰ろうとしたとき、海に人影が見えた。

体育座りをしているようだがあれは…梨子ちゃんかな。

 

「夕焼けに染まる海、それを眺め、ため息をつく美少女。いい絵だね」

「は、ハルさん!?ど、どうしてここに!?」

「随分悩ましげな背中が見えたんでね。知らない人ならいざ知らず、君みたいな美少女を放っとくことはできないよ」

「あ、あんまり美少女とか言わないで///」

 

思ったことを言っているだけなのだがね。

嘘をついたり、オブラートに包んだりというのは、得意ではないのだ。

 

「『海の音』、聞けたかい?」

「…いえ」

「そうかい。ピアノ、弾くんだったかな」

「ええ。小さいときから、ずっとやってきたの。…でも、最近はスランプで。それで、環境変えてみれば…『海の音』が聞ければ、変われるかなって」

「なるほど。そういうことだったのか」

「なんだそれって、笑われても仕方ないことだけどね」

「笑わないさ。というかね」

 

何も笑うことなんてない。

失敗続きでもやめずに、自分なりに活路を見出そうとしているのだ。

俺よりずっと立派じゃないか。

梨子ちゃんの方を向く。

 

「変われるさ。梨子ちゃんなら、絶対」

 

会ってそんなに経ってはいないけど。

なんとなく、そう思ったのだ。

 

「……ふふっ」

 

一瞬キョトンとして、笑顔を浮かべる梨子ちゃん。

はて?

 

「何かおかしなことを言ったかな?」

「いえ。昨日、千歌ちゃんに全く同じことを言われたなーって」

「なんてこったい」

 

まさかの二番煎じ。

しかも千歌ちゃんの後追いとは。

確かに千歌ちゃんなら言いそうとか思ってはいたが。

なんとも複雑な気分だ。

 

「これはあれだね。俺は今、とてつもなく恥ずかしい状態だね」

「ふふ。そんなことないわ」

 

気恥ずかしくて、思わずそっぽを向く。

直接は見れないが、梨子ちゃんは相変わらず笑っているようだ。

 

「2人とも、本当に変な人だけど…」

 

そのまま、顔が見える位置まで移動して

 

「ありがとう」

 

そう、口にした。

 

 

次の日。

相変わらず長くはないバス待ちの時間に、うちへやってきた千歌ちゃんと曜ちゃん。

 

「ハルくん、昨日うち来たんだって?」

「ああ、仕事関係でね」

「どうして声かけてくれなかったの!?」

「…それに関しては、こちらも反省しているよ」

 

千歌ちゃんから梨子ちゃんのことを聞いておけば、あんな恥ずかしい二番煎じを演じることはなかったのだ。

ちくしょう。

 

「そういえば昨日、梨子ちゃんに会ってね」

「なんか言ってた!?」

「日曜日、『海の音』を聞きに行く約束をしたそうじゃないか?」

「…なんでちょっとやさぐれてんの?」

「ほっといてくれ」

 

どうやら表情に出てしまっていたらしい。

これはよくないな。

 

「ハルくんも、日曜日くる?」

「残念だけど、日曜は休みじゃないからね。君達で楽しんでくるといい」

「そっかー。残念」

「朗報を期待しておくよ」

 

 

 

 

日曜。

偶然にも、果南ちゃんのうちから仕事が来てたので、俺もダイビングショップへ向かった。

偶然、あくまで偶然さ。

お父さんがあまり体を動かせない状態だから、店を手伝いに来てくれという依頼だった。

毎週というわけではなく、偶然人が多い時などにこうして呼び出されるのだ。

店で商売するより、こちらの方が収入がいいというのは、なんとも言えない気分になるが。

 

「うち、本格的に何でも屋になった方がいいのだろうか」

「何をいきなり言ってるの?ほら、仕事仕事。ボンベ、運んどいてね」

「りょーかい」

 

 

お客さんが減ってきて、大分手が空き始めた頃、千歌ちゃんたちがやってきた。

潜る、とは直接言ってなかったが、ここに来るのはだいたい予想通りだ。

 

「あれー?ハルくんがいるー」

「ほんとだ!なんでなんで?」

「えと…こんにちは、ハルさん」

「今日はこちらでバイトですお客様方」

 

手慣れたお客、手慣れた店員、互いをよく知る間柄。

そんなわけで、手続きはかなり早く終える。

梨子ちゃんは、果南ちゃんから手ほどきを受けていた。

3人を乗せたボートがスポットに向かう。

大分余裕が出てきたこともあり、俺と果南ちゃんも同乗する。

と、そこまでは流れでそうなったのだが。

 

「確かに君達が少し心配だったのは否定しないさ。だけどね」

 

視界が、揺れる。

足元が、ふらつく。

胃の中身が、本来とは逆方向に…

 

「な、なぜ、船に弱い俺まで乗ることに…うぷ」

「いい加減それ直さないと。まだ乗って3分くらいだよ?」

「ハルくん、相変わらず船ダメなんだねー」

「この町で船に弱いって、結構大変だよねー」

「だ、大丈夫なの?」

 

君達は鬼かい?

まともに心配してくれるのが梨子ちゃんしかいない。

 

「ごめん、やっぱ俺降りるよ。というかここで降ろして」

「この季節でこの距離を、スーツ着ないで泳ぐのはほとんど自殺行為だよ」

「いや、でもやばい。海の音、もうさっきから俺には害悪でしかないもん」

「はーい。じゃあこの辺で潜るよー。梨子ちゃん、心の準備はいいかな?」

「え、あ、私はいいけど…ハ、ハルさんは」

「あーいいのいいの。いつものことだから」

 

鬼3人と天使1人。

とはいえ、彼女達の言うことももっともだ。

こうなることはある程度予測した上で来たのだから。

梨子ちゃんは気にしなくていいのだよ。

 

「大丈夫だよ梨子ちゃん。間違っても、海にはリバースしないから」

 

そういって、手に持ったビニール袋を見せる。

 

「『海の音』聞いておいで。そうだな。せっかくだから明るいところに行くといいよ」

 

 

記憶の限りでは、1回は船に上がってきた彼女達だったが、その後、何かを思いついたようでもう一度潜りなおしていた。

結局、彼女達が海に入っていたのは何分くらいだろうか。

終始酔いと戦っていた俺は、まともなアドバイスなどできなかった。

それでも、上がってきた彼女達の表情は、明るかった。

結果はどうだったとか、聞く必要はなさそうだ。

彼女達の楽しそうな表情を見て、俺は安心して。

ビニール袋にリバース。

3人はこっちを見て何か言っている。

いや。

恥ずかしいからあんまり見ないで。

 

「明るいとこ、行ってきたよ。ハルさん」

 

梨子ちゃんが何か言っていたようだが、さすがに聞きとる余裕は、自分にはなかった。

 

 




ご視聴ありがとうございました。
本編2話の前半部分ですね。
いつも通り、何かご意見ありましたらお願いします。

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