キャンプの話の4話目になります。
肝試しが始まった時、俺はコースのゴール地点にいた。
実は、肝試しの準備自体はほぼできていないのだ。
理由は、準備中に他の事をしていたため。
気づいたら時間がだいぶ経過してしまっており、まともに準備ができなかったのである。
諦めた俺は、誰かが持ってきた驚かせグッズを適当に配置し、自分はゴールで待機する事にした。
人を感知して、音を出したりするような装置だ。
真っ暗なところでやれば、びっくりさせる事くらいはできるだろう。
Aqoursの子達には、気合が入っていると言ったが、あれは嘘。
ああ言っておけば、それなりに警戒心くらいは煽れるだろうし、市販のグッズでもそこそこ怖く見えるだろうと思ったのだ。
ところが。
事態は、思わぬ方向に転んだ。
俺が用意した驚かせスポットには辿り着いていないはずなのに、悲鳴が聞こえてきたのである。
はて。
どうしたのだろうか。
確かに、森は暗く音もないため、ちょっとした光や音ですら、恐怖心を煽る材料にはなるだろう。
しかし、それくらいで悲鳴をあげるような子達ばかりではない。
よほど大丈夫だとは思うが、何かあったのか少し心配になる。
念のため、すぐにでも動けるようにしておこう。
そう、考えていた時だった。
「ぴぎゃあああああああああああああああああ!」
「うひゃあああああああああああああああああ!」
ものすごい声を出しながらこちらへ走ってくる陰が2つ。
よく見なくても、ルビィちゃんと曜ちゃんだとわかる。
あと10分はかかると思っていたのだが。
ずいぶん早いゴールだ。
2人はそのまま勢いを緩める事なくこちらへ走ってくる。
そしてそのまま…
「ハルさあーん!」
「ハルくーん!」
2人に飛びつかれた。
「ぐえ!」
「は、ハルくん!ゆ、幽霊!幽霊いた!」
「あ、あ、あわわわわわわわわ」
「は、話は聞くから手を離してくれ」
ルビィちゃんは首、曜ちゃんは腹に抱きついている。
というよりは、もはや締め上げられていると表現するべきか。
彼女達をなんとか落ち着かせ、話が聞けるようになったのはその数分後だった。
おそらく、次のペアが出発した頃だろう。
「そ、それで、どうしたんだい?」
「うう、ぐす。ゆ、幽霊、出たんです」
「さっきも言っていたね。その、疑いたくはないが…」
「ほ、本当にいたんだよ!」
「曜ちゃんも見たのかい」
「うん…」
話を聞くと。
森の中を歩いていたら、何かの気配を感じたらしい。
最初は俺のしかけた何かだと思って近づいたら、明らかに人でも機械でもないものがそこにいたそうだ。
姿だけなら、長い黒髪をした女性。
でも、その姿からはまるで生気を感じなかったらしい。
「見間違いとかではないのかい?」
「ち、違うとおもいます…」
「…何か理由があるのかな」
「…透けてたの…体」
「…そうかい」
そもそも、俺は人型のグッズを置いていない。
設置中に、そんなものがあった記憶もない。
幽霊の存在の有無に関わらず、俺のあずかり知らぬ状況が構築されている事は確かなようだ。
「とりあえず、ほかのみんなを待とう。何かするのはその後だよ」
その後、続々とみんながゴールしてくるが、ことごとく口を揃えて幽霊が出たという。
「あぎゃああああああああああ!」
「ごふっ」
「ノオオオオオオオオオオオオ!」
「あがっ」
「きゃあああああああああああ!」
「あべしっ」
その度に彼女らの体当たりを受け止める。
というかなんでみんな突撃してくるの?
それが目的じゃないよね?
8人が帰ってきて、残りは果南ちゃん1人だ。
「果南ちゃんはなんで1人?」
「よくわからないけど、私は後から行くから先に行っててくれって」
「うーん…少し危ないね」
「私もそう言ったんだけどねー」
「…仕方ない、少し様子を見てくるよ」
「き、気をつけてね!ゆ、幽霊出るから!」
「…まあ、心に留めておくよ」
※
山道を戻り、果南ちゃんに合流を試みる。
めちゃくちゃ長いわけでもない距離だ。
すぐ合流できるだろう。
少しして、懐中電灯の明かりと思わしき光が視界に入る。
おそらく、あれが果南ちゃんだろう。
「おーい、果南ちゃー…ん?」
見えた明かり。
それは、ものすごい勢いでこちらへ向かってきた。
その明かりが、投擲された懐中電灯である事に気付いたのは、俺の顔面にそれがヒットした直後だった。
『バゴオ!』
「ぐうおおおおおおっ!い、痛い!さっきまでよりさらに痛いっ!」
あまりの痛みに、顔を抑えて地面を転がりまわっていたら、人影が近づいてきた。
「あれ?ハル?」
「あれじゃないだろう。何をしているんだ、君は」
「いや、ちょっとゴーストハントを」
「幽霊がいるかいないかは別として、懐中電灯は投擲していい道具じゃない」
「いやー、他に投げるものが無くてね」
「懐中電灯も投げるものじゃない!」
まるで反省する様子がない。
というか、この子だけは幽霊に対して全く怖がる様子がない。
「君も幽霊と出くわしたのかい?」
「うん。だからハンティング中」
「どういう発想をしたらそうなるんだ…」
「と言っても、ずっと見えてるわけじゃないけどね。それより、ハルこそ出くわしてないの?」
「幽霊?あいにく、そういうのは信じていないんだよ」
「いや、私も信じてはいなかったんだけどね…」
そのときだった。
『幽霊は…いますよ…』
頭に直接語るかのように、そんな声が聞こえた。
「…果南ちゃん?」
「いや、違うよ…でも、私にも聞こえた」
「…なんてこったい」
『あなたは、心底幽霊を信じていなかったから見えていなかったんです…』
声が続く。
とても低い、女性の声。
『でも、みんなの様子やその子との会話で、少しだけ信じようという気持ちが生まれた』
ノイズが混ざったかのような音。
それなのに、言いたい事がはっきりと聞き取れる。
『今のあなたは、私の姿を見れるはずですよ…』
「だったら、見せて欲しいものだね…」
遠くから話しているようにも聞こえる。
近くでつぶやいているようにも聞こえる。
『何を言ってるんです…最初からいるじゃないですか…』
「…どういうことかな…」
『あなたに見えていなかっただけで…私は…』
声が、徐々に大きく、はっきりとしてくる。
そして。
『今は…あなたの後ろにいいいいいいいいいいい』
「そおおおおおおおおおおおおおおい!」
『ぐあああああああああああああああああ!』
「って、ええええええええええええ!?」
それは一瞬だった。
おぞましい声とともに俺の後ろに現れた幽霊。
慌てて振り返ろうとした直後。
果南ちゃんが、俺の頬をかすめるようにストレートを繰り出したのだ。
その拳は幽霊の顔面を直撃。
さっき懐中電灯を投げられた俺のように、地面をのたうち回っている。
「…えっと…状況が掴めないんだけど」
「ああ、うん。これが幽霊。あと、これが食塩」
「いや、そうじゃなくてね」
とりあえず、塩を握った手で殴ったから効果があったと言いたいらしい。
…そうなのか?
緊迫した空気が一転。
してやったり顏の果南ちゃん。
状況を掴めない俺。
地面を転がる幽霊という、とてもシュールな光景がそこには出来上がっていた。
「…誰か、説明を頼むよ」
パニックを通り越して、呆然である。
『ぐすっ…そのですね、私、ここで幽霊をやってます。名前はない…というか忘れました』
「ああ、まあ、うん。幽霊なのはわかるよ」
とりあえず落ち着いたところで、話を聞くことにした。
よく見ると、意外に綺麗な顔立ちをしている。
『ここで、幽霊として細々生きてました』
「いや、生きてない…いや、続けてくれ」
『でもそろそろ、成仏しようかと思ってたんです』
「成仏って、自分でできるものなの?」
『未練さえなければ、割とすんなり』
「へえー…」
そんなものなのか。
なんかすごい変な感じだ…。
『ただ、一つだけ未練があって、成仏しきれなかったんです…』
「「未練?」」
『はい…お墓のことです』
「お墓?」
「…まさか、あのお墓のことかい?」
「ハル、心あたりあるの?」
「ああ、ちょっとね…」
果南ちゃんに事情を話す。
肝試しの準備が適当になってしまった最大の理由である。
準備のために森に入った時、俺は古びて汚れてしまっていたお墓を見つけた。
霊というのはもっぱら信じていなかった俺だが、死者に対して敬意を払わないほど腐ったつもりはない。
手の込んだことはできないが、最低限見栄えくらいは良くしようと、土を払い、枯れた花を撤去、水をかけておいたのだ。
人様のお墓に触れるのは気が引けたが、そのまま放置というのも同じくらい気が引けたので仕方ない。
『私の未練は、お墓がみすぼらしくなってしまったことだったんです』
「…それが未練になるのか」
『私たち幽霊にとって、生きた人間に魅せられる唯一の姿がお墓なんです。だから…』
「あー…私はなんか分かる気がする」
「へえ…あれ?でもあの時、お墓の前を人が通り過ぎたような」
そう。
そもそもお墓を見つけたのは、この幽霊にそっくりな女性がいたのを見つけたからだ。
近づいていったところで、気づいたら彼女は消えていたのだが。
『それ、私です』
「え?でも、幽霊を信じていないハルには見えないんじゃ…」
『幽霊を信じていない人には、一瞬だけ姿を見せるんです。それだと人間だろうっていう考えの人は見ることができますから』
「人間と勘違いして見ることができるってことかー。曖昧な判定だなあ」
「そもそも、幽霊という存在自体が曖昧な存在だろう」
『話を戻しますが、お墓を綺麗にしてもらったことで、私の未練は晴れました。もう成仏しようと思ったんですけど』
「うん」
『彼が、困っていることを知って、最後に恩返しをしようと思ったんです』
「…それが、肝試しの手伝いってこと?」
『はい』
「…本物のお化けで肝試しは、今後は一生経験しないだろうね」
というか、勘弁願いたい。
道理で、みんなが尋常じゃないくらい驚いているわけだ。
『それじゃあ私、そろそろ行きますね』
「えっと…成仏するってことかな?」
『はい…これで、未練は無くなりましたから』
「その…協力には感謝するよ。ありがとう」
『こちらこそ、お墓、ありがとうございます』
彼女の体が、徐々に透けていく。
この世から、その存在を消去しようとしているのだ。
ああ、そうだ。
伝えることがあったんだ。
「君の名前、だけどね」
『?』
「お墓に、『愛』って掘ってあったよ。それが君の名前じゃないかなって。苗字は、残念ながら読み取れなかったがね」
『…愛…ふふ…そうですか』
「いい名前だよ。あの世で自慢するといい」
『ええ…そうします』
「えっと…ごめんね、何回も殴っちゃって」
『いえ…でも、幽霊と知って攻撃してきたのは、あなたが初めてでした』
「あー…つい」
「つい、で拳を出すのはどうなのかな」
「あ、つい拳が出そう。ハルの方に」
「勘弁してくれ」
「あ、ねえ、一個だけ聞いていい?」
『ええ、どうぞ』
もう時間もないだろうに。
どうしたんだろうか。
「なんで、肝試しの前にハルに張り付いてたの?あれ、手伝いと関係ないよね?」
『あー…それはですね。最初は、気付いて欲しくてやってたんです』
「それは申し訳なかったね」
『でも、その…だんだんその背中にいると安心するようになっちゃって…離れられなくなっちゃったんです』
「ほう」
「なあ!?そ、それってまさか…!」
『ふふ。そろそろ時間です。2人ともさようなら』
「ああ、さようなら」
「ちょ、ちょっと!」
彼女の姿が見えなくなる。
果南ちゃんは何か言いたげだったようだが。
私が生まれ変わったら…
絶対、会いに行きますね
耳に、そんな声が聞こえた気がした。
「さて…みんなの元に帰ろうか。…どうしたんだい、果南ちゃん」
「いや…なんでもないよ。なんでも。はあ〜」
「なんでもないならため息なんてつかないでくれよ」
「まさか…こんなところで、あんなライバルが…」
「さっきからなんなんだい」
「うるさい朴念仁」
「なんか最近、そのセリフをよく聞くなあ」
キャンプ1日目。
その日の肝試し。
そこで出会った幽霊は。
ちょっと可愛らしい女の子だった。
ご視聴ありがとうございました。
ちょっと変な話になってしまいました。
矛盾等あると思いますが、暖かい目で見てください。ごめんなさい。
それではなにかありましたらお願いします。