Aqoursと沼津市の布屋さん   作:春夏秋冬2017

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はじめましてこんにちは。
キャンプの話の4話目になります。


キャンプと布屋さん4

肝試しが始まった時、俺はコースのゴール地点にいた。

実は、肝試しの準備自体はほぼできていないのだ。

 

理由は、準備中に他の事をしていたため。

 

気づいたら時間がだいぶ経過してしまっており、まともに準備ができなかったのである。

諦めた俺は、誰かが持ってきた驚かせグッズを適当に配置し、自分はゴールで待機する事にした。

 

人を感知して、音を出したりするような装置だ。

真っ暗なところでやれば、びっくりさせる事くらいはできるだろう。

 

Aqoursの子達には、気合が入っていると言ったが、あれは嘘。

ああ言っておけば、それなりに警戒心くらいは煽れるだろうし、市販のグッズでもそこそこ怖く見えるだろうと思ったのだ。

 

ところが。

事態は、思わぬ方向に転んだ。

 

俺が用意した驚かせスポットには辿り着いていないはずなのに、悲鳴が聞こえてきたのである。

 

はて。

どうしたのだろうか。

 

確かに、森は暗く音もないため、ちょっとした光や音ですら、恐怖心を煽る材料にはなるだろう。

 

しかし、それくらいで悲鳴をあげるような子達ばかりではない。

よほど大丈夫だとは思うが、何かあったのか少し心配になる。

 

念のため、すぐにでも動けるようにしておこう。

 

そう、考えていた時だった。

 

「ぴぎゃあああああああああああああああああ!」

 

「うひゃあああああああああああああああああ!」

 

ものすごい声を出しながらこちらへ走ってくる陰が2つ。

よく見なくても、ルビィちゃんと曜ちゃんだとわかる。

 

あと10分はかかると思っていたのだが。

ずいぶん早いゴールだ。

 

2人はそのまま勢いを緩める事なくこちらへ走ってくる。

そしてそのまま…

 

「ハルさあーん!」

「ハルくーん!」

 

2人に飛びつかれた。

 

「ぐえ!」

 

「は、ハルくん!ゆ、幽霊!幽霊いた!」

「あ、あ、あわわわわわわわわ」

「は、話は聞くから手を離してくれ」

 

ルビィちゃんは首、曜ちゃんは腹に抱きついている。

というよりは、もはや締め上げられていると表現するべきか。

 

 

 

彼女達をなんとか落ち着かせ、話が聞けるようになったのはその数分後だった。

おそらく、次のペアが出発した頃だろう。

 

「そ、それで、どうしたんだい?」

「うう、ぐす。ゆ、幽霊、出たんです」

「さっきも言っていたね。その、疑いたくはないが…」

「ほ、本当にいたんだよ!」

「曜ちゃんも見たのかい」

「うん…」

 

話を聞くと。

森の中を歩いていたら、何かの気配を感じたらしい。

 

最初は俺のしかけた何かだと思って近づいたら、明らかに人でも機械でもないものがそこにいたそうだ。

 

姿だけなら、長い黒髪をした女性。

でも、その姿からはまるで生気を感じなかったらしい。

 

「見間違いとかではないのかい?」

「ち、違うとおもいます…」

「…何か理由があるのかな」

「…透けてたの…体」

「…そうかい」

 

そもそも、俺は人型のグッズを置いていない。

設置中に、そんなものがあった記憶もない。

 

幽霊の存在の有無に関わらず、俺のあずかり知らぬ状況が構築されている事は確かなようだ。

 

「とりあえず、ほかのみんなを待とう。何かするのはその後だよ」

 

 

 

 

その後、続々とみんながゴールしてくるが、ことごとく口を揃えて幽霊が出たという。

 

「あぎゃああああああああああ!」

「ごふっ」

 

「ノオオオオオオオオオオオオ!」

「あがっ」

 

「きゃあああああああああああ!」

「あべしっ」

 

その度に彼女らの体当たりを受け止める。

 

というかなんでみんな突撃してくるの?

それが目的じゃないよね?

 

8人が帰ってきて、残りは果南ちゃん1人だ。

 

「果南ちゃんはなんで1人?」

「よくわからないけど、私は後から行くから先に行っててくれって」

「うーん…少し危ないね」

「私もそう言ったんだけどねー」

「…仕方ない、少し様子を見てくるよ」

「き、気をつけてね!ゆ、幽霊出るから!」

「…まあ、心に留めておくよ」

 

 

 

 

山道を戻り、果南ちゃんに合流を試みる。

めちゃくちゃ長いわけでもない距離だ。

すぐ合流できるだろう。

 

少しして、懐中電灯の明かりと思わしき光が視界に入る。

おそらく、あれが果南ちゃんだろう。

 

「おーい、果南ちゃー…ん?」

 

見えた明かり。

それは、ものすごい勢いでこちらへ向かってきた。

 

その明かりが、投擲された懐中電灯である事に気付いたのは、俺の顔面にそれがヒットした直後だった。

 

『バゴオ!』

 

「ぐうおおおおおおっ!い、痛い!さっきまでよりさらに痛いっ!」

 

あまりの痛みに、顔を抑えて地面を転がりまわっていたら、人影が近づいてきた。

 

「あれ?ハル?」

「あれじゃないだろう。何をしているんだ、君は」

「いや、ちょっとゴーストハントを」

「幽霊がいるかいないかは別として、懐中電灯は投擲していい道具じゃない」

「いやー、他に投げるものが無くてね」

「懐中電灯も投げるものじゃない!」

 

まるで反省する様子がない。

というか、この子だけは幽霊に対して全く怖がる様子がない。

 

「君も幽霊と出くわしたのかい?」

「うん。だからハンティング中」

「どういう発想をしたらそうなるんだ…」

「と言っても、ずっと見えてるわけじゃないけどね。それより、ハルこそ出くわしてないの?」

「幽霊?あいにく、そういうのは信じていないんだよ」

「いや、私も信じてはいなかったんだけどね…」

 

そのときだった。

 

 

『幽霊は…いますよ…』

 

 

頭に直接語るかのように、そんな声が聞こえた。

 

「…果南ちゃん?」

「いや、違うよ…でも、私にも聞こえた」

「…なんてこったい」

 

 

『あなたは、心底幽霊を信じていなかったから見えていなかったんです…』

 

 

声が続く。

とても低い、女性の声。

 

 

『でも、みんなの様子やその子との会話で、少しだけ信じようという気持ちが生まれた』

 

 

ノイズが混ざったかのような音。

それなのに、言いたい事がはっきりと聞き取れる。

 

 

『今のあなたは、私の姿を見れるはずですよ…』

 

 

「だったら、見せて欲しいものだね…」

 

遠くから話しているようにも聞こえる。

近くでつぶやいているようにも聞こえる。

 

 

『何を言ってるんです…最初からいるじゃないですか…』

 

「…どういうことかな…」

 

 

 

『あなたに見えていなかっただけで…私は…』

 

 

 

声が、徐々に大きく、はっきりとしてくる。

 

そして。

 

 

『今は…あなたの後ろにいいいいいいいいいいい』

「そおおおおおおおおおおおおおおい!」

『ぐあああああああああああああああああ!』

「って、ええええええええええええ!?」

 

 

それは一瞬だった。

 

おぞましい声とともに俺の後ろに現れた幽霊。

慌てて振り返ろうとした直後。

 

果南ちゃんが、俺の頬をかすめるようにストレートを繰り出したのだ。

 

その拳は幽霊の顔面を直撃。

さっき懐中電灯を投げられた俺のように、地面をのたうち回っている。

 

「…えっと…状況が掴めないんだけど」

「ああ、うん。これが幽霊。あと、これが食塩」

「いや、そうじゃなくてね」

 

とりあえず、塩を握った手で殴ったから効果があったと言いたいらしい。

…そうなのか?

 

緊迫した空気が一転。

 

してやったり顏の果南ちゃん。

 

状況を掴めない俺。

 

地面を転がる幽霊という、とてもシュールな光景がそこには出来上がっていた。

 

「…誰か、説明を頼むよ」

 

パニックを通り越して、呆然である。

 

 

 

 

『ぐすっ…そのですね、私、ここで幽霊をやってます。名前はない…というか忘れました』

「ああ、まあ、うん。幽霊なのはわかるよ」

 

とりあえず落ち着いたところで、話を聞くことにした。

よく見ると、意外に綺麗な顔立ちをしている。

 

『ここで、幽霊として細々生きてました』

「いや、生きてない…いや、続けてくれ」

『でもそろそろ、成仏しようかと思ってたんです』

「成仏って、自分でできるものなの?」

『未練さえなければ、割とすんなり』

「へえー…」

 

そんなものなのか。

なんかすごい変な感じだ…。

 

『ただ、一つだけ未練があって、成仏しきれなかったんです…』

「「未練?」」

『はい…お墓のことです』

「お墓?」

「…まさか、あのお墓のことかい?」

「ハル、心あたりあるの?」

「ああ、ちょっとね…」

 

果南ちゃんに事情を話す。

肝試しの準備が適当になってしまった最大の理由である。

 

準備のために森に入った時、俺は古びて汚れてしまっていたお墓を見つけた。

霊というのはもっぱら信じていなかった俺だが、死者に対して敬意を払わないほど腐ったつもりはない。

 

手の込んだことはできないが、最低限見栄えくらいは良くしようと、土を払い、枯れた花を撤去、水をかけておいたのだ。

人様のお墓に触れるのは気が引けたが、そのまま放置というのも同じくらい気が引けたので仕方ない。

 

『私の未練は、お墓がみすぼらしくなってしまったことだったんです』

「…それが未練になるのか」

『私たち幽霊にとって、生きた人間に魅せられる唯一の姿がお墓なんです。だから…』

「あー…私はなんか分かる気がする」

「へえ…あれ?でもあの時、お墓の前を人が通り過ぎたような」

 

そう。

そもそもお墓を見つけたのは、この幽霊にそっくりな女性がいたのを見つけたからだ。

 

近づいていったところで、気づいたら彼女は消えていたのだが。

 

『それ、私です』

「え?でも、幽霊を信じていないハルには見えないんじゃ…」

『幽霊を信じていない人には、一瞬だけ姿を見せるんです。それだと人間だろうっていう考えの人は見ることができますから』

「人間と勘違いして見ることができるってことかー。曖昧な判定だなあ」

「そもそも、幽霊という存在自体が曖昧な存在だろう」

 

『話を戻しますが、お墓を綺麗にしてもらったことで、私の未練は晴れました。もう成仏しようと思ったんですけど』

「うん」

『彼が、困っていることを知って、最後に恩返しをしようと思ったんです』

「…それが、肝試しの手伝いってこと?」

『はい』

「…本物のお化けで肝試しは、今後は一生経験しないだろうね」

 

というか、勘弁願いたい。

 

道理で、みんなが尋常じゃないくらい驚いているわけだ。

 

 

 

『それじゃあ私、そろそろ行きますね』

「えっと…成仏するってことかな?」

『はい…これで、未練は無くなりましたから』

「その…協力には感謝するよ。ありがとう」

『こちらこそ、お墓、ありがとうございます』

 

彼女の体が、徐々に透けていく。

この世から、その存在を消去しようとしているのだ。

 

ああ、そうだ。

伝えることがあったんだ。

 

「君の名前、だけどね」

『?』

「お墓に、『愛』って掘ってあったよ。それが君の名前じゃないかなって。苗字は、残念ながら読み取れなかったがね」

『…愛…ふふ…そうですか』

「いい名前だよ。あの世で自慢するといい」

『ええ…そうします』

「えっと…ごめんね、何回も殴っちゃって」

『いえ…でも、幽霊と知って攻撃してきたのは、あなたが初めてでした』

「あー…つい」

「つい、で拳を出すのはどうなのかな」

「あ、つい拳が出そう。ハルの方に」

「勘弁してくれ」

「あ、ねえ、一個だけ聞いていい?」

『ええ、どうぞ』

 

もう時間もないだろうに。

どうしたんだろうか。

 

「なんで、肝試しの前にハルに張り付いてたの?あれ、手伝いと関係ないよね?」

『あー…それはですね。最初は、気付いて欲しくてやってたんです』

「それは申し訳なかったね」

『でも、その…だんだんその背中にいると安心するようになっちゃって…離れられなくなっちゃったんです』

「ほう」

「なあ!?そ、それってまさか…!」

『ふふ。そろそろ時間です。2人ともさようなら』

「ああ、さようなら」

「ちょ、ちょっと!」

 

彼女の姿が見えなくなる。

果南ちゃんは何か言いたげだったようだが。

 

 

私が生まれ変わったら…

絶対、会いに行きますね

 

 

耳に、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

「さて…みんなの元に帰ろうか。…どうしたんだい、果南ちゃん」

「いや…なんでもないよ。なんでも。はあ〜」

「なんでもないならため息なんてつかないでくれよ」

「まさか…こんなところで、あんなライバルが…」

「さっきからなんなんだい」

「うるさい朴念仁」

「なんか最近、そのセリフをよく聞くなあ」

 

 

キャンプ1日目。

 

その日の肝試し。

 

そこで出会った幽霊は。

 

ちょっと可愛らしい女の子だった。

 

 




ご視聴ありがとうございました。
ちょっと変な話になってしまいました。

矛盾等あると思いますが、暖かい目で見てください。ごめんなさい。

それではなにかありましたらお願いします。

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