雨の日のお話の3話目になります。
「…今日は降らないんじゃなかったのか…」
公園の木陰に隠れながら、そんな一言を呟く。
木陰に隠れている理由は、雨を避けるため。
そう。
またしても雨宿り中なのである。
しかし今回はこれまでと違い、ちゃんと天気も持ち物も確認してから家を出た。
天気予報では降水確率は10%となっていたし、それを確認した上で傘は持ってこなかったのだ。
そのはずなのに…
「なーんで雨降ってるんですか…」
今日は仕事でも買い物でもない。
ただの散歩で外に出ていた。
出た時はいい天気だったし、外出の際は
『うん、今日はいい天気だ』
とか言っていたのだ。
「はあ…」
家を出る時のことを思い出しつつ、ため息をはく。
今日は幸いにも荷物はないし、このまま走って帰るとしよう。
そう思い、いつものようにスタートの構えをとったときだった。
「…雨の日にクラウチングスタートを切るというのは本当だったのですね」
聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
姿勢を変えずにそちらを向くと、そこにいたのはダイヤちゃんだった。
「やあこんにちは、ダイヤちゃん」
「こんにちは、ハルさん」
「こんな天気の日に、公園までくるなんてどうしたんだい?」
「どうしたというセリフは、その姿勢の方が言う言葉ではありませんわ」
「返す言葉もないね」
「いいからその姿勢はやめていただけますか?」
言われて姿勢を正す。
そんなとき、向こうからさらに二人の女の子が近づいてくるのがわかった。
「あれは…マリーちゃんと果南ちゃん?」
「ええ」
「三人で公園まで来ていたのかい?」
「そうですわ。理由とかそういうお話は、揃ってからいたしましょう」
傘を閉じてダイヤちゃんが木陰に入ってきた。
すぐにマリーちゃんと果南ちゃんがこちらにやってきたかと思えば、彼女たちも傘を閉じて木陰にやってきたのだった。
「ハルー、ちゃお〜」
「やっほー、ハル」
「二人ともこんにちは。今日はどうしたんだい?」
「どうって?」
「雨の日の公園に、君たちが用があるとは思えないんだけど」
「ああ、ここきた理由?ハルを探しに来たんだよ」
「俺を?」
「イエース!」
「…話が見えてこないよ」
「まあ要するにね」
今日特に用事もなくうちにやってきた三人。
来たはいいけど、店には俺がいなかった。
しかし車は置いてあり、店と家のどちらにも鍵がかかっていたことから、外出していることを察したらしい。
普段だったらそこで帰るとこだったのだが…
「一年生も二年生も最近ハルと相合傘をしたって聞いてたんだよね」
「一年生とはしてないけどね」
「私たちもハルとレイニーをエンジョイしたのよー」
「雨を楽しむって訳せばいいのかな?」
「一応、傘を忘れている心配もあったので、こうして軽く探しに歩いていたのですわ」
「探しにって…よくここが分かったね」
「すぐに分かったわけじゃないよ。一時間くらい探したしね」
「一時間!?」
思わず大きな声を出してしまった。
「傘を貸すために一時間歩いてたのかい?」
「私は歩くの好きだし、そんなに嫌でもなかったよ。ハルの心配もあったしね」
「わたーしもノープロブレム!たまにはレイニーも悪くないです」
「わ、私はお二人に付き合っただけですので。別にハルさんの心配はしてませんわ」
「そんなこと言ってー。バカでも風邪をひく時はひいてしまうのですわ…とか言ってたのに」
「ネー」
「ふ、二人とも!」
わざわざ心配して探し回ってくれたらしい。
バカとか言われてる気がするけど、まあうん、照れ隠しってことにしとこう。
※
「ハル、もう少しこっち寄らないと濡れちゃうよ」
「ああ、そうだね」
「あ、果南ずるいよー。こっちも空いてるよー」
「マリーちゃんもありがとね」
「お二人とも、ハルさんがそこにいてはなおさら濡れてしまいますわ。ほら、こちらへ」
「ちゃっかりハルを持ってかないでよ!」
三人に引っ張られながら傘の中へ入れてもらう。
美少女三人に引っ張りだこ。
これ自体は至福の時間と言っていいだろう。
状況が状況でなければ。
「…あの」
「ん?どうしたのハル」
「…いや、傘に入れてほしいんだけど」
「何を言ってるの?こうしてちゃんと入れてあげてるじゃん」
「…入れてもらってるって言えるのかい、これ」
さて、現在の状況についてだが。
まず俺は彼女たち三人に囲まれた状態となっている。
ダイヤちゃんが俺の前。
右後ろをマリーちゃん。
左後ろに果南ちゃんが配置されている状態だ。
歩き出す時にこの配置にしようという提案をしたのがマリーちゃん。
『三人で話し合った結果でーす』
そんなことを言っていた。
『それで歩くのはいいけど、傘はどうするんだい。俺一人で三本も持てないよ』
『傘をハルが持つのは前提なんだね』
『借りる身なんだ。それくらいは当たり前だろう』
『そういう考えも嫌いではないですけど、今回はハルさんは傘を持たなくていいですわ』
『え、そうなの?』
『ええ、傘は私たち三人で持ちますので』
『…どういう状態になるのか分からないんだけど』
そんな会話の末、木陰から出る俺たちだったが…
どうなるかはすぐ分かった。
俺を取り囲む三人とも傘を差したのである。
つまり。
前方に傘を差すダイヤちゃん。
右後ろに傘を差すマリーちゃん。
左後ろに傘を差す果南ちゃん。
という布陣。
そして俺はその中央。
そう。
ほとんど傘の恩恵を受けていないのである。
「あの、気を使ってくれるのは嬉しいんだけど、できれば普通に入れてほしいんだ」
「ノー。それをやるとハルと相合傘をやれる時間が三分の一になっちゃうでしょ!」
「言いたいことと聞きたいことがあるけど、とりあえずこれは相合傘ではないと思うんだよ」
「一緒に傘に入ってたら相合傘でしょ?」
「入ってたらね。俺の体は見ての通りもうベッタベタなんだよ」
「あら、なんでそんなに濡れてますの?」
「状況をもう一度よく見直してくれ」
三人がそれぞれの傘を差している状態。
そして、そのど真ん中に位置する俺。
俺の頭上には、ちょうど三つの傘の端が存在しており、定期的に頭部に水を流し込んでいるのだ。
人によってはいじめに見えると思う。
というか最早傘ないほうがマシな気がするんだけど。
そんなことを思っていたら、どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「もー、ハル、そんなに不満?」
果南ちゃんからそんなことを言われた。
「不満がないといえば嘘になるね。…何度も言うけど、気を使ってくれるのはありがたいんだ。できれば普通に入れてほしいんだよ」
「ハル、そもそも何で私たちが相合傘をしたいか分かってる?」
「急にどうしたんだい。…相合傘をしたい理由…?」
そうだな…
今回は彼女たちが傘を持っているから、傘持ちがほしいということではないだろう。
だとすれば…
「高校時代、女の子とそういう経験がない俺に、同情してくれている…とか」
「…二つの意味で悲しくなりますわ」
「うわあ…」
「ハル…」
三人に同情と呆れが混ざったような表情をされる。
間違っていたらしい。
「はあ…まあ理由はいいや。なんにしても、私たちはハルと相合傘をしたいんだよ」
「まあそれはもちろん良いんだけどね。できればもう少しくらい誰かの傘に入れてくれると嬉しいんだ」
「そうだねえ…じゃあ、はい」
そんな言葉とともに、果南ちゃんに腕を引っ張られた。
そのまま、ほぼくっつきそうなくらいの距離で果南ちゃんの傘に収まる。
「こ、これで、濡れないね」
「そうだね。とはいえ、あんまり近いと果南ちゃんの服を濡らしちゃうから。もう少し離れて良いよ」
「あ、だ、大丈夫だから」
なぜかうつむく果南ちゃん。
嫌がってはいなさそうだが…。
「あー!果南が抜け駆けしてる!」
「果南さん!それは契約違反ですわ!」
俺と果南ちゃんを見てそんな声をあげる二人。
なんの契約なんだろう。
「いやー、ハルが傘に入りたいって言うから、つい」
「うん。やっぱ傘に入るならこういう形だよね。ありがと…」
お礼を言おうとした直後。
今度はマリーちゃんから腕を引っ張られた。
「おおっと」
「ほらハル!こっちの傘のほうがビッグだよー」
そしてマリーちゃんの傘に収まる俺。
「あ、鞠莉、ハル取らないでよ」
「今度は私の番だよ!」
「ふ、二人とも!ハルさんも何か言ってください」
「何かって言われてもね。とりあえずこうして傘に入れてくれるのはありがたいよ」
「そうではなくて!」
何でかダイヤちゃんが怒っている。
やっぱりダイヤちゃんから見たら、親友二人がこんな男の至近距離にいることに我慢ならないんだろうか。
それについてはちゃんと彼女の心配を消しておくとしよう。
「ダイヤちゃん」
「な、なんですの?」
「心配しなくても、俺は彼女たちに手を出したりしないよ」
「急になんの話ですの?」
「あれ?」
怒っていた理由は間違っていたらしい。
「…ハル、何を考えたらそんなセリフが出てくるのさ」
「手を出さないってどういうことデスかー!」
呆れる果南ちゃんとまた声をあげるマリーちゃん。
そんなとき。
今度はダイヤちゃんに腕を引っ張られた。
「おお?」
「か、傘の大きさなら私のが一番大きいですわ。だから、傘のサイズで判断するなら私のに入るのが一番かと」
そういうダイヤちゃんの頬には、少し赤みがかかっているように見える。
こういうことに慣れていないだろうに、優しいものである。
そんなことを思いつつ、これでひと段落するかなと思っていた矢先。
「ちょっとハル!最初は私の傘に入るって話だったでしょ!」
「ぐええ」
首元を掴まれて果南ちゃんの傘に入れられる。
苦しい。
「ちょっと果南!それを言うなら始めは三人で分割って約束だったじゃん!」
「ぐええ」
そう言いつつ果南ちゃんから解放された俺の首元を掴むマリーちゃん。
今度はマリーちゃんの傘に入れられた。
「鞠莉さんだって、傘のサイズでって言いましたわよ!傘のサイズなら私の傘に入るのが妥当ですわ!」
「ぐおお」
ダイヤちゃんの傘に入れられた。
もちろん首元を掴んで。
「「「ぐぬぬぬぬぬぬ〜」」」
そもそも何でこんなことを争っているのかが分からない。
しかし、酸欠になりかけている俺の頭は、その疑問に答を出すほど活動ができない状態である。
ひとまず休息がほしい。
そんなことを思っていたのだが。
運命というやつは、なんとも残酷なもので。
「ハルはこっち!」
「ノー!こっちだよ!」
「こちらにいただきますわ!」
「三人とも、あんまり揺さぶられると…」
三人にたらい回しにされた俺。
いや、これはたらい回しと言えるのか?
まあそれはともかく、あちこちに細かく移動をさせられた俺はやがて平衡感覚を失っていた。
つまり。
立ってられなくなって足がもつれたのである。
それだけなら良かった。
でも、そうは問屋が降ろさなかった。
「あ」
思わず漏れる、そんな一言。
足がもつれ、転倒しそうになっている俺の眼前には、田んぼが広がっていた。
こんな雨の日だ。
そこに存在する土は、それはさぞ良い感じに服を土色に染め上げてくれるだろう。
姿勢の立て直しを諦めた俺は、せめて顔くらいは汚れないよう頭の位置だけ考えて。
そのまま田んぼにダイビングしたのであった。
「わー!ハルー!」
「ハルが田んぼにフォールインしたよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃありませんわ!とりあえず今助けますわ!」
三人がそんなことを言っている中で。
「そういえば、一年生といた時は水たまりに倒れただけで済んだんだったなあ…」
つぶやいたのは、そんなしょうもない一言だった。
※
「…あれ、ハルくん?」
「美渡さんじゃないですか。どうしたんですか。バスならもう終わってますよ」
「それくらい分かってるって。雨宿りだよ、雨宿り」
「傘忘れたんですか?」
「そうなんだよねー。スマホも忘れちゃって助けも呼べなくてさー」
「なるほど。じゃあ…はい、これどうぞ」
「…折りたたみ傘?」
「そうです。使ってください」
「…ありがたいけどさ。…ハルくん、傘差してるのになんでもう一本持ってるの?」
「一本じゃないです。あと八本持ち歩いてます」
「多すぎでしょ!何考えてるのさ?」
「ちょっと色々ありまして」
「ハルくん、雨の日に対してトラウマとかあったっけ?」
「最近少しできました」
「最近?何で?」
「いや、理由を一言で説明するのは難しいんですけどね」
「うん」
「…人の傘を借りたり、相合傘をすると、碌なことがないなあ…って」
「…何かあったの?お姉さんが聞いてあげるよ」
俺がいかに相合傘というものに幻想を抱き。
俺がいかに女の子と傘を共にするということを舐めていたのか。
そしてその結果どうなったのか。
人の雨具を借りるということがどれだけ重大なことか。
美渡さんにそんな話をしつつ、帰り道を歩いたのだった。
話していくにつれて、美渡さんが少し頭を抱えていき。
「鈍感と不運が合わさるとこういうことになるのね…千歌、御愁傷様」
そんなことを言った気がするが、何でかは俺には分からなかった。
ご視聴ありがとうございました。
行ってまいりました聖地巡礼。
4ヶ月ぶり通算2度目でした。
ちょうど雨が上がったくらいに淡島神社を登ってきましたが、相も変わらず凄まじい坂(階段)でした。
しかも雨のせいで所々滑るという有様。
次は晴れの日だといいなあと思った次第です。
すみません、完全に私事でしたね。
それでは何かありましたらお願いします。