今回は梨子ちゃんと花丸ちゃんとのお話になります。
練乳の入ったカップを片手に、食べられるイチゴを探してまわる。
といっても、見つけるのにそんなに苦悩はなく、見渡せばあちこちに獲物はあるのだけどね。
「ん〜。おいしいずら〜」
「うんうん。ほんとにおいしいね。手が止まらないよ」
「焦らなくても、イチゴは逃げないんだから。あ、ほら、花丸ちゃん、練乳口についてるわよ」
「ん。えへへ。梨子ちゃんありがとうずら」
花丸ちゃんの口元を、梨子ちゃんがウエットティッシュで拭く。
それを見つつ、俺は改めて口にイチゴを放り込むのだった。
春のとある1日。
俺は梨子ちゃん、花丸ちゃんと共にイチゴ狩りへやってきていた。
※
「ハルー、ストロベリーハントに興味はない?」
「すとろべりーはんと?…イチゴ…狩り」
「イエース」
「イチゴは好きだし、イチゴ狩りももちろんできるならしたいとこだけどね。そんなお金はないよ」
「あはは!それはわかってまーす」
「それはそれで癪だけどね」
ことの発端はイチゴ狩りの前日。
マリーちゃんがうちへやってきたときの話である。
「行きたいのに縁がないハルを、うちのイチゴ狩りへ招待してあげまーす」
「招待?」
「イエース。うちの提携してるとこに、そういうのをやってるとこがあってねー。そろそろ季節も終わりってことで、好きなように食べてくれていいって言われてるんでーす」
「え、そういうのって、そうやって後処理されるものなのかい?」
「よくわからないけど、ビニールハウス一個分、好きなように食べていいから、フレンズでも呼んでストロベリーハントしてくれって言われてるよ」
「…改めて、住んでる世界に違いを感じるよ」
しかもマリーちゃんのお知り合いの農園。
イチゴの価格もそれなりに高いやつになりそうだ。
「ああ、それで、俺をそれに招待してくれるのかい」
「イエース。あとは梨子っちと花丸っちが来ることになってるので、その保護者役も兼ねてねー」
「二人なんだね。あれ?君は来ないのかい?」
「私はちょっと時間の都合が悪いのでーす。人数が少ないのは、さすがにタダで9人みんなっていうのはねーって」
「おや。いい気遣いじゃないか」
「うん。ダイヤがそう言ったの」
「…ああ、納得だよ」
「で、じゃんけんで勝った二人が行くことにしたんでーす」
「なるほど。それでその二人なんだね」
保護者代わりと言っても、その二人なら特に注意して見る必要もなさそうだ。
うん。
せっかくだし、楽しませてもらおうじゃないか。
※
そんな経緯の元、今日ここへ来たわけである。
予想通り、二人とも特に注意して見張る必要もなく、俺は食べる方に集中できている現状だ。
「しかしあれだね。贅沢な食べ放題だね」
「一個一個のイチゴもすごい甘くて美味しいしね」
「しかも大きいずら。幸せずら〜」
特に何も考えずに口にイチゴを放り込んでいる最中。
よく見ると、梨子ちゃんだけ食べるペースがゆったりなことに気付く。
「おや。梨子ちゃん、イチゴはあまり好きじゃないのかい?」
「え?別にそういうわけじゃないけど…」
「その割にはゆっくり食べてるね」
「そ、そうかしら?」
「そうずら。丸もハルさんも、もう50個以上食べてるのに、梨子ちゃんだけまだ10個くらいしか食べてないずら」
「いや、それはどう考えても二人が食べすぎだから!というか、花丸ちゃんはともかく、ハルさんは普段そんなに食べないじゃない。どうして今日はそんなに食べてるのよ…」
「どうしてって…そりゃあ、食べれるときに食べておかないと、この先いつこんな贅沢な食事ができるかわからないじゃないか」
「…思ってたより悲しい理由だったわ」
「ちなみに昨日の晩御飯は何を食べたずら?」
「白いご飯と味噌汁だね」
「…おかずは?」
「味噌汁」
「……………」
「おやおや。なんて悲しい目をしているんだい」
「誰のせいだと…」
「は、ハルさん、お腹減って死にそうになったら、死んじゃうまえに丸のお寺に来るずらよ?」
「そうならないように気をつけるよ」
イチゴの話をしていたはずなのに、なんでか俺の話になってた。
しかも結果的に女子高生二人に同情された。
理由はわかるけど、情けないからそういう目をしないでおくれよ。
「まあ、それはともかくだね。梨子ちゃんと花丸ちゃんは、普段イチゴ狩りに来たら何個くらいイチゴ食べるんだい」
とりあえず話題を変える。
「普段って言っても…そもそも、私イチゴ狩りなんて初めてなのよね」
「おや」
「向こうに住んでたときはそもそもこういう農園を目にすることもあまりなかったしね」
「さ、さすが都会ずら」
「いや、このくらいで都会っぽさはないと思うけど…」
「ま、丸は生まれたときから畑ばっかり目にしてきたから、見たことないなんて信じられないずら…」
「私も別に見たことなかったわけじゃないけど…」
花丸ちゃん特有の都会に対する考え方。
相変わらず、なんか若干おかしい。
「それで、花丸ちゃんは普段のイチゴ狩りでは何個くらい食べてるんだい」
「んー…普段は数えることもないから…。どれくらい食べてるかはわからないずら」
「なるほど」
「確かに、食べ放題なのにわざわざ数える必要はないわよね」
「モトを取ろうとする人は数えるらしいよ」
「今日は取るべきモトなんてないのに、なんで数えてるのよ」
「多分癖になってるんだね」
「…ダイヤさんじゃないけど、はしたないわよ」
ため息まじりにそう言われた。
確かに否定はできない。
それからさらに30分ほど。
食べていたイチゴもいよいよお腹に溜まり始めたくらいのタイミングである。
「私はそろそろお腹いっぱい。二人は?」
「丸はもう少しだけ入るずら」
「俺も、もう少しだけ詰め込んでおきたいね」
「…その表現はやめましょう」
梨子ちゃんはとりあえずもうご馳走様のようだ。
20個も食べてないんじゃないか?
「先に言っておくけど、20個って結構多いからね?」
「「え」」
「え、じゃないでしょ。普通は…あれ?普通ってどれくらい食べるんだろう」
「「100個くらい」」
「それはないから」
今度はジト目で言われた。
実際、普通のイチゴ狩りってどれくらいみんな食べるんだろう。
…食べ放題なんだし、食べられるだけ食べようと思ってしまうのは、やっぱちょっと違うんだろうか。
「それにしても本当、二人ともよくそんなに入るわね」
「丸は普段から食べてるから平気ずら」
「なんでそれで太らないんだろう。…羨ましい」
「そうは言ったって、君も全然太ってないじゃないか。羨ましがるようなことはなさそうだけどね」
「食べても太らないのと、太らないように食べないのじゃあ天と地の差があるのよ」
「そんなもんかね」
「丸は気にしたことないずら」
「…ずるい」
「な、なんだか梨子ちゃんの視線が怖いずら」
睨む…というよりは、呪うような視線を向ける梨子ちゃん。
別に梨子ちゃんだってこれっぽっちも太ってないんだから、気にする必要なんてないと思うんだがね。
「まあ、太る太らないはともかく、たくさん食べるのは良いことだと思うよ」
「そう?」
「ああ。ほら、女の子が美味しそうにものを食べてる姿って、可愛いじゃないか」
「…そ、そう?」
「幸せそうに食べている姿は、こっちまで幸せな気分になるからね」
「…わ、私が食べてる姿も…その、か、可愛いとか、お、思うの?」
「そりゃそうさ。もともと可愛い梨子ちゃんが、より可愛く見えるよ」
「……イチゴ、もう少しだけとってくるわ」
「梨子ちゃんちょろいずら!今日はマシだと思ってたけど、やっぱりハルさんが絡むと、梨子ちゃんポンコツずら」
「な、何が?わ、私はちょっとお腹が減っただけよ?」
「動揺が全然隠せてないずらよっ。別に止めるつもりはないけど、そんなに露骨だとさすがのハルさんにもバレるずら」
梨子ちゃんと花丸ちゃんが急に小声で話し始めた。
よくわからないけど、梨子ちゃんがもう少しだけイチゴを食べるのはわかった。
「せっかくだし、さっき俺が見つけた良いスポットを教えてあげるよ。甘いのが多い場所があるんだ」
「…ハルさん、全然気づいてなかったずら」
「は、ハルさんが可愛いって…うへへ」
「こっちはこっちでポンコツ化が治っていないずら…。善子ちゃんのツッコミ疲れ、今だけちょっとわかった気がするずら」
なんでか別方向に気合が入っているように見える梨子ちゃん。
これまたなぜだか疲れの色が見える花丸ちゃん。
そんな二人を連れて、俺は先ほど見つけた絶好のストロベリーハントスポットへ向かうのだった。
※
翌日。
浦の星女学院二年生の教室にて。
「あれ?梨子ちゃんどうしたの?今日随分元気ないね」
「…うん、朝ごはん、抜いたからね」
「ええ!?ど、どうしたの!?体調でも悪いの?」
「いいえ、そういうわけじゃないのよ。…ただのダイエット」
「だ、ダイエット?」
「なんでまた急に…?」
「…昨日、食べすぎちゃって…体重、増えた」
「昨日って…鞠莉ちゃんの言ってたイチゴ狩り?」
「イチゴ狩りで太るって…どれだけ食べたのさ」
「ハルさんと花丸ちゃんと同じくらい」
「へー。あれ?でも花丸ちゃん、朝練のときに太ったーなんて言ってたかなあ」
「ハルくんとも朝偶然会ったけど、特にそんなことなさそうだったよ?」
「…同じ量食べたのに、太ったのは私だけ…」
「納得…いかないぃ…」
誰に伝えるともないその声は。
朝の教室に溶けていくのだった。
ご視聴ありがとうございます。
たくさん食べようと思って案外食べられないのがイチゴ狩り。
筆者は20個が最高です。
それでは何かありましたらお願いします。