今回は一年生3人組とのお話になります。
ベルトコンベアに乗せられ、皿が周る。
皿に乗せられている寿司たちは、自分たちが人間の腹に収められるのを今か今かと待ちわびている。
それは果たしてどんな気分なのだろうか。
噛み砕かれ、腹に入れられ、消化液で溶かされるのを待つその時間は、死刑の時間を待つ死刑囚のそれと同じ気分なんだろうか。
「…いや、食事中になんてこと考えてるのよ」
「ハルさん、なかなか詩人ずらね」
「うゅ…ちょっと食べ辛くなっちゃうね」
「おっと。それは申し訳なかったね」
謝罪を口にしつつ、みんなのコップにお茶の粉を入れていく。
それが4つできたら、机に装備されている蛇口からお湯を入れてお茶が完成である。
時刻は夕方のお食事時。
道を歩けばどこかしらの家から、美味しそうな晩御飯の香りが漂ってくるこの時間。
俺は1年生3人組を連れて回転寿司のお店にやってきた。
一皿100円の全国どこにでもあるチェーン店だ。
誘ったのは俺。
彼女たちを呼んだのは特に理由はなく、偶然うちにいたからだ。
「さあさあ。好きなものを食べてくれたまえ」
「おおー!ハルさん太っ腹ずら!」
「で、でもいいのかな?」
「まあハルが良いって言ってるしいんじゃない?」
「その通りだよ。今日は遠慮なく食べておくれ」
「了解ずら!」
「ずら丸は普段から遠慮なく食べてるじゃない!」
そんな会話をしながら、今日のお昼のことを思い出す。
この子たちをこのお食事に誘ったときのことだ。
※
「回転寿司?」
「そうそう。一緒にどうかな?」
Aqoursの練習を終えた1年生3人組。
今日も今日とて特に理由もなくうちへやってきた彼女たち。
そんな彼女たちに、俺は晩御飯をご一緒しないか声をかけた。
行き先は回転寿司のお店。
「そりゃあ連れてってくれるならありがたいけど…」
「ハルさん、お寿司屋さんに連れてってくれるずら?」
「まあ100円寿司だけどね」
「いくら100円寿司って言ったって、4人分ってなるとそこそこ値段はるわよ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「今更だけど、食事を誘った女子高生にお金の心配をされるって、なかなか笑えないね」
「女子高生に制服の魅力語るよりは幾分ましだと思うけどね」
「誰のことを言ってるか分からないね」
「お金より頭の心配したほうがよかったかしら」
「あっはっは。今日は辛口だね善子ちゃん」
話がそれた。
「まあそれはともかく、お金のことなら心配しないでくれ」
「何かあったんですか?」
「回転寿司を誘っただけで何かあったと心配されるのは、さすがに情けなくなってくるね」
「それだけみんなに愛されてるってことずら」
「なるほど。花丸ちゃん、いい解釈をするね」
「えへへ〜。そうずら?」
「そうじゃなくて!お金の話はどこいったのよ!」
再び話がそれたところで、善子ちゃんが机をバンバンし始めた。
「何を隠そう、この前宝くじに当たってね。一万円だけどね」
「宝くじですか?」
「おおー!ハルさんすごいずら!」
「そんなわけで、普段から世話になっている君たちに幸せのおすそ分けをと思ってね」
「そうやってすぐ使うから常に金欠になるんじゃないの?」
「まあまあ、そう言わずにね。こういう形で入ったお金は、あまり手元に置いておかないようにしたいのさ」
「にしたって、他に使い方あるんじゃない?」
「君たちの為に使う以上の使い道は、残念ながら俺には思いつかないからね」
「…そ、そう」
「善子ちゃん、照れてるずら」
「ま、まあ、急にあんなこと言われたら、誰だって照れちゃうよね」
善子ちゃんが少しの間こっちを見てくれなくなった。
なんでだろうという表情をしていたら、花丸ちゃんとルビィちゃんが苦笑いをしていた。
はて。
※
「回転寿司って、普通のお寿司屋さんではまず見ないお寿司とかあるわよね」
「そうだね。正直ネタにしか思えないのとかもあるね」
「寿司だけにね」
「……………」
「ちょっと、なんか言ってよ」
「え、今、なにか言うとこだったずら?」
「は、花丸ちゃん、今のはね、お寿司の具を指す『ネタ』とギャグっていう意味の『ネタ』で意味が被ってて…」
「説明やめて!余計恥ずかしくなるから!」
「まあまあ善子ちゃん。寿司でも食べて落ち着きなさいよ」
「ネタの話振ったのはハルでしょうが!」
言いながら机をバンバンしそうになったところで思いとどまった善子ちゃん。
そうやってブレーキがかけられるなら、うちでもちゃんとブレーキかけて欲しい。
特に必要もなかったやり取りの後、みんなでお寿司に手をつける。
回る寿司を見て未来ずらと叫ぶ半丸ちゃんを横目に、俺はとりあえずサーモンをチョイス。
「じゃ、とりあえず注文入れるけど、あんたちも何かいる?」
「善子ちゃん、その機械は何ずら?そこから寿司が出てくるずら?」
「ち、違うよ花丸ちゃん。その機械で注文するとね、欲しいお寿司を直接流してくれるんだよ」
「おおー!未来ずら〜!」
「これ、今から5年以上前からあるシステムなんだけどね」
「ずら丸からしたら機械は全部未来よ」
「当たり前に存在する機械に対して、あえてそれが特別だと感じる感性を持ってるんだね」
「そんな難しいこと考えてないわよ」
「あ、俺は炙りサーモンをよろしく頼むよ」
それから数分。
みんなで寿司を食べている時、ルビィちゃんがこんなことを言った。
「お寿司って、上手に食べるのが難しいですよね」
「上手に、かい?」
「はい。ルビィ、いつもネタとご飯が離れちゃって…うゅ…また」
「ああなるほどね。箸で食べるならネタを下にして食べたらいいよ。下からネタを支えるようにしてね」
「えっと…あ、いけそうです」
そのままなんとか一口で食べるルビィちゃん。
こうやって箸で食べる際は、ネタを下にして一口で食べるのがマナーなんだと昔婆さんが言っていた。
マナーなのはわかるけど、シャリに醤油つけた瞬間に鉄拳制裁はどうかと思った。
「でも、ルビィは口が小さいから、一口でっていうのはちょっと大変ですね」
「まあゆっくり食べたらいいさ。あんまり堅苦しくならずにね」
「あはは。はい。そうします」
まあ確かに、ルビィちゃんくらいの子には一口では食べ辛い寿司もあるだろう。
なんて思ってふと横を見たら、花丸ちゃんがいとも容易くお寿司を丸呑みしていた。
しかも次から次に口に放り込んでいる。
「もぐもぐ…う〜ん、おいしいずら〜」
「堪能してるね、花丸ちゃん」
「ずら!まだまだいけるずらよ」
「そうかい。今日は好きなだけ食べてくれ」
一方、善子ちゃん。
「…善子ちゃん、その醤油はなんだい?」
「なんだいって…そりゃ醤油でしょ」
「俺の使ってるやつと、なんか色が違うんだけど」
「わさびのせいじゃない?」
「いやどんだけわさび入れたの君」
「多少辛いほうが美味しいのよ、ほら、ハルも使ってみる?」
「遠慮しとくよ。ネタの味が死にそうだし」
「逆よ。際立って美味しくなるの」
「お寿司屋さんによっては追い出されそうな暴挙だね」
善子ちゃんの醤油皿。
そこに存在する醤油の色は、なんか少し緑色っぽくなってる。
見てるだけで食べているお寿司が辛くなりそうだ。
ルビィちゃんに至ってはわさびが相当苦手だったはずだし、間違って使わないように見ておかないと。
「あ、花丸ちゃん、醤油取ってくれる?」
「ん。って、もう残ってないずらね」
「本当だね。店員さんが補充し忘れていたんだね」
「とりあえず店員呼んだから、その間は私の醤油使っていいわよ」
「いいの?善子ちゃんありがとね」
「…あ、ちょ、ちょっと待って…」
俺の制止もむなしく。
善子ちゃんの悪意のないトラップをもろに受けたルビィちゃん。
その瞬間に大きな悲鳴があがったことは、まあ言うまでもないだろう。
※
「うわー!これ美味しそー!」
「千歌ちゃん!こっちもこっちも!」
「ちょっとお二人とも!あんまり大声を出すのははしたないですわよ」
「とか言いながらダイヤもずっとそわそわしてるじゃん」
「ダイヤもきっと本当なら一緒にはしゃぎたいんでーす」
「そ、そういう訳ではありませんわ!」
仲良くお寿司を食らう二年生と三年生。
昨日の話をAqoursの練習中に聞き、早速うちへやってきた彼女たち。
なんとなくこうなる気はしてたけど、実際彼女たちの食欲を前にすると腰がひける。
宝くじで当てた金額は一万円。
…足りるのか、これ。
「…あの、ハルさん」
「…なんだい、梨子ちゃん」
「さっきからお寿司にも全然手をつけてないし、大丈夫?」
「…どうってことはないさ」
「顔、真っ青よ」
「わさびの色がうつっただけさ」
「それはそれで大分問題あるでしょ」
「まあ心配しないでくれたまえ」
そう。
俺はこの子たちの笑顔があればそれでいいのだ。
うん。
例えこれで彼女たちの食事代が宝くじのあたり金額を遥かに凌駕しようとも。
そして俺の財布に大打撃を与えようとも。
彼女たちが笑ってくれればそれで…
ってああダイヤちゃん、そんな初っ端で高いプリンをなぜ頼むんだい。
ちょっ、千歌ちゃんと曜ちゃん、それは一貫で200円もするやつじゃないか。
マリーちゃんはなんでお寿司屋さんでポテトを食べてるんだい。
「…顔、ますます青くなってるけど」
「…わさび、食べ過ぎたみたいだ」
その日久しぶりに。
俺は女子高生に恐怖を覚えたのだった。
ご視聴ありがとうございました。
久しぶりに回転寿司を食べたので、それをネタにしました。
寿司だけに。
失礼しました。
それでは何かありましたらお願いします。