Aqoursと沼津市の布屋さん   作:春夏秋冬2017

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初めましてこんにちは。
今回は善子ちゃんとのお話になります。


運の悪い堕天使と布屋さん

 

『ふふふ…だてんしヨハネ!参上!』

 

『参上より降臨の方がそれっぽいんじゃないかな?』

 

『え?あ、そうね…だてんしヨハネ、降臨!』

 

『そうかい。あ、それで今回頼まれてた中二病の衣装についてだけどね』

 

『ちょっともうちょっと恐れ慄いてよ!それに中二病衣装じゃない!だてんしの衣装!』

 

『いやいや、まだ小学4年生で中二病にかかっているんだ。君から見たら大人な病気だよ』

 

『ばかにしてるでしょ!』

 

『褒めてるんだよ』

 

『むぐぐぐぐぐ…』

 

『まあまあ、そう怒りなさんな。しかめっ面をしてると、可愛い顔が台無しだよ』

 

『だれのせいよ!』

 

『ほら、もっと笑って笑ってー』

 

『またバカにしてるー!』

 

『してないってば。嘘も言ってないよ。笑顔の君は、本当に可愛いんだから』

 

『うっ…ほ、褒められても嬉しくないもん』

 

『そう思うならそれでもいいけどね。笑っている時の君の顔は…そうだね、堕天使なんかじゃなくて…』

 

 

 

『天使の笑顔ってやつだと思うんだよ』

 

 

 

 

 

「今日、尋常じゃないくらい運が悪いのよね」

「また唐突だね」

「たった今思い出したのよ」

「そうかい」

 

商品であるにも関わらず、もうこの店に来るほとんどの人がそれを忘れて平気で座る椅子。

今日も今日とてその椅子にはとあるお客様が座ってらっしゃる。

 

プリンを頬張りつつ俺と話す少女。

堕天使ヨハネこと、津島善子ちゃんである。

 

「まあ、Aqoursに入れた事自体がかなりの幸運だっただろうしね。運を使い切ったんじゃないかな?」

「うっ…た、確かに、悪い事ではなかったと思うけど…」

「中学までは、友達一人作るのでもそれはそれは苦労していたわけだしね。今は相当恵まれた環境だろう」

「う、うるさいわね。わかってるわよ、そんなこと」

 

善子ちゃんがAqoursに入ってから2週間ほど。

現在の様子とかを聞くために、今日は俺が彼女を呼んだのだ。

 

話を聞いている限りでは、なんだかんだ仲良くやれているみたいだ。

一安心である。

 

「…何ニヤニヤしてるのよ」

「善子ちゃんの成長が嬉しくてね」

「なんかムカつくんだけど」

「それは困ったね」

「私がね」

 

最近バタバタしすぎて、よくよく考えるとこんなやりとりも久しぶりである事を思い出す。

罵倒されて喜ぶ趣味は俺にはないが、こんな会話は悪くないだろう。

 

「それで、運が悪いって話だったね」

「そうなのよね。本当、呪われてるんじゃないかって思うくらい」

「呪われてるって…堕天使が言うととても不思議な言葉だね」

「そ、それはいいから」

「例えばどんな不運に見舞われてるんだい?」

「…今朝、自転車乗ろうとしたらね」

「うん」

「ブレーキ、切れてた」

「パンクじゃなくてブレーキ…」

 

地味に…いや、結構普通にきつい。

 

「…他には?」

「仕方ないから歩いてバス停まで行こうとしたら、ちょうど雨に降られたわ」

「こっちは降ってなかったから、そのあたりだけだったんだね」

「ちなみにバス乗った直後に止んだわ」

「…言葉が出ないよ」

 

確かに、十分不幸に見舞われていると言えるレベルだ。

 

「それで、ちゃんと終えてあった宿題が、雨で濡れたから提出できなかったんだけど」

「もうそれだけでも不幸だね」

「さすがに先生も同情して、別の宿題を出すからそれをやってこいってことになったわ」

「そりゃまた、なんとも言えない救済措置だね」

 

まあ、管理が甘いと一蹴されなかっただけでも不幸中の幸いだったというべきなのか。

 

「それで…その、ハルにお願いがあるんだけど…」

「うん」

「…宿題、手伝ってくれませんか…」

「…まあ、会話の流れでなんとなくそうくるとは思ったけどね」

 

珍しく申し訳なさそうな顔をしている善子ちゃん。

実のところ、今回雨で提出できなかった宿題も俺が手伝ったのだ。

 

だから、この短いスパンの間に同じような宿題を手伝ってもらうことに抵抗があるのだろう。

気がひけるのもわかる。

 

「べつに、手伝うのは構わないよ。範囲も前回と同じなら、手間もそんなにかからないだろうしね」

「ほ、ほんとに?」

「もちろんだよ。だから、そんなに不安な顔をしなくていい」

「そ、そっか…その、ありがとうね」

「うむ」

 

心底安心した表情の善子ちゃん。

断られる心配でもしてたんだろうか。

 

さすがに、さっきまでの話からこの申し出を断る人なんてそうそういないとは思うんだけどね。

 

「ただ、効率だけ考えたらAqoursの他のメンバーに頼むのも手だったんじゃないのかな?経緯を考えたら、ダイヤちゃんとかだって手伝ってくれたと思うよ」

「もちろん、それも考えたわよ。でも…」

「でも?」

「…みんな、用事がことごとく被ってて…」

「…そんなとこにまで不運の余波が…」

 

さすがに同情せざるを得ない。

 

と、そんな経緯で善子ちゃんの宿題を手伝うこととなった。

 

 

 

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

手を合わせて、晩御飯を終える。

 

あれから二人で宿題を終わらせ、時間も時間だということで、今日はうちで善子ちゃんがご飯を食べていくことにしたのだった。

 

「相変わらず、ハルのご飯おいしいわね」

「おいしいかは別として、君たちの好みはそれなりに把握してるからね」

「それでこんなにできるものなのね」

 

食後のお茶を二人で飲みつつ、そんな会話をする。

まあ善子ちゃんは極端に辛いもの好きだし、特に好みはわかりやすい方なんだけどね。

 

「「ずずず…」」

 

お茶をすする音。

静かでのどかな空気。

 

しかしながら。

実は先ほど、ちょっと問題が見つかっていたりする。

 

「いやいや、全然ちょっとじゃないでしょ」

「…まあうん。そうだね」

 

善子ちゃんを送るため、車を出そうとしたついさっき。

近所のおじさんから電話がかかってきた。

 

その内容は、小さな土砂崩れで道が途絶えてしまったとのこと。

規模も小さく、明日にでも復帰は十分可能だが、今日一晩はそのあたりを通らないようにとのことだ。

 

普段なら全く困らないのだが…

この道、善子ちゃんの家までに、通って避けられぬ道なのだ。

 

そういうわけで、帰る手段を無くしたわけである。

 

「マリーちゃんに頼んでヘリでも出してもらうかい?」

「そんな仰々しい帰宅はしたくないわね」

「上手くやればかっこよく帰宅できるよ。それこそ堕天使っぽく」

「できるか!…どうすんのよ」

「まあ…泊まってくしかないかなあ」

「いいの?」

「そりゃあもちろん。ここで外に放り出すほど鬼畜じゃないよ」

「それはわかってるけど」

「寝る部屋、分けた方がいいかな?」

「いや、そこまで気使わなくていいから」

 

会話の後。

善子ちゃんのご両親に連絡を取り、お風呂に入って早くも寝る時間となった。

 

「シャツ、ダボダボだね」

「そりゃあんたのシャツだからね」

「でも制服で寝るわけにはいかないからね。別に、商品のやつ使ってもいいんだけど…」

「そ、それは悪いから!」

「…普段から君たち、商品のクッション投げてるよね」

「き、気のせいよ!別にハルのシャツが着たいからとか、そういうのじゃないから!」

「ああ、それはわかってるよ」

「ああ、わかってないパターンね、これ」

 

話をしつつ、二人で布団を敷く。

もともとはばあさんと二人暮しだったこともあって、布団自体は1つじゃない。

 

まあ布団が一つだったところで、同じ布団で寝ようとするほどデリカシーがないつもりはないけど。

 

「…あんた、そういうとこは地味に紳士よね」

「普段から紳士なんだよ」

 

照明の消えた部屋で、二人布団に入りながらなんでもないことを話しつつ、眠気が降りてくるのを待つ。

 

「明日が学校なくてよかったわ」

「あったところで、ここからならすぐだと思うんだけどね」

「女の子は朝の準備がいろいろあるのよ。そういう道具、ここほとんどないじゃない」

「なるほど。あ、でも、千歌ちゃんとか曜ちゃんとか、いろいろ置いていってるから身だしなみを整える道具はそれなりにあると思うよ」

「それもどうなのよ…」

「ああでも、さすがに下着類はないよ」

「あったら即刻通報してるわよ」

「忘れ物や商品という線を疑ってほしいね」

「日頃の行いを反省することね」

「堕天使に言われると思わなかったよ」

「やかましいわ」

 

少しずつ、意識が遠のいていく。

女の子と話しながら眠りにつけるというのは、よくよく考えると贅沢なものだ。

 

 

 

 

横から、静かな寝息が聞こえてくる。

普段は減らず口を叩くその口も、今は規則正しく呼吸をしているのみ。

 

ていうか…

 

「なんで平然と寝れるのよ、こいつ」

 

少し自分の魅力に自信をなくす。

いや、多分魅力とかそういう問題じゃないんだろうけどさ。

 

普段から散々女子高生大好きって言っといて、いざ横にいると絶対手は出さない。

しかも自分には縁がないと思ってるみたいだし。

 

「…堕天使の黒魔術でも、こいつの鈍感は治せないわよね」

 

ハルとの付き合いは長い。

私が小学生のときにはもう知り合ってたし。

 

堕天使を名乗る私と、距離を取ろうとする人はやっぱり多かった当時。

分け隔てなく接してくれたのが、気になるようになったきっかけ。

 

中二病をやめろって、言われたことはない。

どんな姿でも、どんな形でも、こいつは受け入れようとしてくれた。

 

一言多いのは昔からだけど。

それでも、距離を置かれたことはなかった。

 

「…今日1日、色んな不運がつきまとってきたけど」

 

よくよく考えると、それ全部が積み重なってこその今この瞬間ね。

 

「そう考えると、不幸が積み重なってできた幸運なのね」

 

穏やかな寝顔のハルを見て、思わずつぶやく。

 

 

『笑顔の君は、天使のように見えるよ』

 

 

昔、彼が何気なく言ったそんな一言。

多分、こいつはそんなこと覚えてないんだろうなあ。

 

「ねえハル。天使はね、嫉妬を覚えたから堕天使になっちゃったっていう説もあるのよ」

 

「私が堕天使になっちゃった理由の一つは、きっとハルなんだから、ちゃんと責任とってよね」

 

口から出たそんな一言は、誰の耳に入ることもなく闇に溶けていくのだった。

 

 





ご視聴ありがとうございました。
これで個人回は全員分となりました。

善子ちゃんは堕天使名乗ってますけど、作中だとかなり常識人だと思います。
あとAqoursメンバーでみかん嫌いっていうのも目を引きました。

それでは何かありましたらお願いします。

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