Aqoursと沼津市の布屋さん   作:春夏秋冬2017

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はじめましてこんにちは
アニメ10話の後半になります。


少女の決意と布屋さん

『何があったのか教えて欲しい』

 

あの後、すぐにそういうメッセージを送った。

返信はすぐに来た。

 

『見てたの?』

『偶然だけどね』

 

そのまま、続けてメッセージを送る。

 

『もちろん、話せないならそれでもいい』

 

1分程してから、返信が来た。

 

『さっきのとこ、来れる?』

 

 

 

「すまないね。何度も外出させてしまって」

「んーん。大丈夫。ハルくんにも相談しようと思ってたから」

「そうかい。話し、聞かせてくれるかい」

「うん。…あのね」

 

聞くところによれば。

 

ラブライブの予備予選が8月20日にあるそうだ。

そしてその日は、ピアノのコンクールの日でもあるらしい。

 

梨子ちゃんには、そのコンクールに対する招待が来ていた。

でも彼女は、今はスクールアイドルを優先したいからと、それを断るつもりらしい。

 

「梨子ちゃんがね、大事なのはAqoursなんだって言ってくれたのは、すごく嬉しかったんだよ」

「そうだね」

「でもね、私ね」

「ああ」

「梨子ちゃんがスクールアイドルやって、何かが変わって、もう一度ピアノに前向きになれたらいいなって、そう思ってたんだ」

「そうかい」

「だからね…」

 

千歌ちゃんは、そこで言葉を止める。

 

「だったら」

「え?」

「だったら、それを伝えてあげるといい」

 

千歌ちゃんは黙って聞いてくれている。

 

「君の気持ちも、考えも。梨子ちゃんにどうして欲しくて、どうなって欲しいのか」

「で、でも…」

「梨子ちゃんがピアノを選んだら、君はあの子を裏切り者っていうのかい?」

「そ、そんなわけないよ!だって梨子ちゃんにとって、ピアノだってすごく大事なものなんだもん!」

 

身振り手振りで伝えてくれる千歌ちゃん。

思わず笑いがこみ上げる。

 

「はは。ああ、そうだろうね」

「…だからその気持ちに、こたえを出して欲しいの…」

 

大事なピアノに、梨子ちゃんが出すべき『こたえ』。

それは、正解という意味での『答え』なのか。

または、反応という意味での『応え』なのか。

 

「それが、千歌ちゃんの考えなんだろう。じゃあ、伝えてあげたらいいじゃないか」

「梨子ちゃんなりに、どうするかは決めちゃってるんだよ?」

「それは梨子ちゃんだけで考えた場合だろう。君の想いは、まだあの子には伝わってない」

「それは…」

「君の考えと梨子ちゃんの考え、どちらも間違ってなどないんだ。どちらも正しい。だから、その2つを踏まえて出した結論が、梨子ちゃんなりの『答え』ってやつなんだよ」

 

我ながらカッコつけた言い方である。

結局、俺が言いたいことなど簡単なのだ。

 

『自分の気持ちを、話せばいい』

 

それだけのこと。

千歌ちゃんなら、それだけでちゃんとできることは、よく知っているのだ。

 

「…ふふ。ハルくん、今カッコつけたでしょ」

「気のせいだよ」

「わかるよ。長い付き合いなんだもん」

 

考えを見透かされた上に、普段のセリフまで取られてしまった。

 

「でも…ありがとう」

 

少々恥ずかしいとは思った。

 

けどまあ。

千歌ちゃんの表情がだいぶ良くなったのだ。

収穫はあったということにしておこう。

 

 

 

 

『ズウウ〜ン』

 

そんな効果音が聞こえてきそうなポーズをとっているのは、善子ちゃんとマリーちゃん。

 

「今日も売れなかったんだね…」

 

そういうことらしい。

そらそうだろ。

 

「できた!カレーにしてみました!」

 

曜ちゃんが何かアレンジしたらしい。

そこにあったのは

 

「船乗りカレーwithシャイ煮と愉快な堕天使の涙たち」

 

だそうだ。

 

まあアレンジは曜ちゃんだし、カレーなら大体のものは合うだろう。

Aqoursのみんなも美味しそうにしていた。

 

ふと気になって千歌ちゃんを見る。

少し、考え事をしているようだった。

 

今日あたりにでも、梨子ちゃんに話しをするんだろう。

 

そう思っていたら、曜ちゃんがそれに気付いたみたいで、千歌ちゃんに話しかけていた。

 

そういえば、梨子ちゃんが来てからというもの、あの子達が2人きりになる機会は減った気がする。

そんな、全く関係ないことを考えていた。

 

 

 

「どう?千歌たちは」

「よく頑張ってると思いますよ」

「そうだねー。まさか千歌があんなに頑張るなんてねー」

 

ロビーで、美渡さんとそんな雑談を交わす。

この人も、なんだかんだで面倒見がいい。

 

「それでそれで、毎日みんなの水着見れてどう?」

「眼福です」

「あっはっは、相変わらず正直だねー」

「自分の長所ですから」

「短所兼用にならなきゃいいけどね」

「というか、女子高生の水着みて楽しくない方が不自然じゃないですか」

「まあそりゃそうかもしれないけどねえ。あ、じゃあ私の水着でも楽しいの?」

「………」

「何か言いなさいよ」

「チェンジ…ごふ」

 

言い切る前に殴られた。

痛い。

他のお客さんに見られたらどうするんだ。

 

そんなやりとりをしている時だった。

 

「あぎゃあああああああ〜!」

 

悲鳴が聞こえてきた。

今の叫び方、多分ダイヤちゃんだ。

 

昨日釘を刺されたばかりだというのに。

 

「はあ…。まったく、注意してくるわ」

「行ってらっしゃいませ」

 

怒らせたら怖いのは、たった今痛感した。

みんなも、賢明な判断をした方がいい。

心の中で、そう祈ることにした。

 

 

 

『学校まで送ってほしいの』

 

まだ夜が明けてもいない頃、そんなメッセージがやってきた。

聞きたいことは沢山あったが、まずは返信する。

 

『いつ?』

『今から』

『急ぎなのかい?』

『うん』

『全員は乗せられないよ』

『私と梨子ちゃんだけ』

『学校、開けられるのかい?』

『多分、大丈夫』

 

そんなやりとりをした。

ここで梨子ちゃんの名前を出されては、断りにくいじゃないか。

 

『いいよ。駐車場で待ってる』

『ありがと!』

 

スタンプと一緒に送られてきた、そんなメッセージ。

日の出までは、まだ2時間くらいある。

 

「居眠り運転、気をつけないとな」

 

昨日の今日で、あの子なりにやるべきこと、言うべきことを考えたのだろう。

止めるつもりは毛頭ない。

 

 

 

2人を乗せて、車を出す。

当然目的は、浦の星女学院。

 

「こんな夜中にどこいくの?」

「いいからいいからー」

 

まだ行き先は伝えていなかったようで、梨子ちゃんからそんな質問が飛ぶ。

 

「大丈夫、すぐにわかるよ」

「ハルさんまで…って、この道…」

 

さすがに、毎日バスから見ている景色だけあり、すぐわかったらしい。

 

学校の門は開放状態だった。

駐車場に車を止める。

 

「門が全開の時点で、防犯もクソもないが…校舎、開くのかい?」

「部室の鍵で開くんだよ」

「…生徒を信用しすぎじゃないかな」

 

3人で、校舎の中を歩いていく。

やがて、ある教室の前で立ち止まった。

 

『音楽室』

 

教室のプレートには、そう書いてある。

 

「考えてみたら、聞いてみたこと無かったなって。ここだったら、思いっきり弾いても大丈夫だから」

 

そう言いながら、千歌ちゃんは楽譜を梨子ちゃんに手渡した。

 

「梨子ちゃんが自分で考えて、悩んで、一生懸命気持ち込めて作った曲でしょ?」

 

手渡した楽譜。

それは梨子ちゃんが作ったものらしい。

 

「聞いてみたくて!」

「…でも…」

「おねがーい。少しだけでいいから」

 

千歌ちゃんなりの説得。

 

「…そんな、いい曲じゃないよ」

「俺も、聞いてみたいんだがね」

「え?」

「梨子ちゃんのピアノ、よく考えたら俺は聞いたことないんだ。だから…聞いてみたい」

 

そこに、嘘はない。

千歌ちゃんに加勢するとかではなく、ただ単純に、梨子ちゃんのピアノを聴いてみたいと思ったのだ。

 

やがて、梨子ちゃんが演奏の準備を始めてくれた。

鍵盤に、指を添える。

 

少しだけ、指が震えているのがわかった。

 

「梨子ちゃん」

「…なにかしら?」

「弾く前に、一度深呼吸だ」

「…どうして?」

「いいからいいから」

 

少し納得はいかないようだったが、応じてくれた。

ゆっくり息を吸い、ゆっくり吐き出す。

 

「聴かせるなんて考えなくていい。弾きたいように弾いてくれ」

「…うん」

 

震えは、治ったようだ。

表情も、さっきよりずっと柔らかい。

千歌ちゃんも、それを見て微笑んでいた。

 

演奏が、始まった。

夜の静寂を、引き裂くわけではない。

調和するような、綺麗な音色。

 

初心者の俺に、難しい技能のことなんてわからないけど。

心地よい音だった。

 

お客が2人だけのささやかなコンサート。

 

でも俺は

人生初のこのコンサートを、忘れることはないだろう。

 

 

 

日の出が近づいてきた。

車を海沿いの駐車場に停める。

 

千歌ちゃんから、日の出を見たいとリクエストをもらったのだ。

2人が、車から降りて行く。

 

「俺はここで待ってるよ」

「ハルくん」

「言いたいこと、決めたんだろう?伝えてくるといい」

「…うん」

「どんなこたえになったって、それも一つの正解なんだ。気楽に行くといいよ」

「うん!」

「…2人で何の相談?」

「なんでもないよ。向こうの方が、日の出は綺麗に見れる。少し歩くことになるけどね」

「そうだね。梨子ちゃん、行こうっ」

「あ、ちょっと待って千歌ちゃん」

 

駆けて行く千歌ちゃん。

その後を追う梨子ちゃん。

 

背中を見て思う。

どちらも、頼りない背中なんかじゃない。

色んなことを考えて、背負って、傷ついて、それでも進んできた強さが、ちゃんとそこにある。

 

「気付いたら、立派になっちゃったなあ」

 

思わずそんな言葉が漏れてしまったけど。

多分俺の口元は、気持ち悪いくらいニヤついてたんだろうな。

 

 

 

 

日の出から少しして、手をつないだ2人が戻ってきた。

その表情は、どちらも笑顔だった。

どうやら、無事に話を終えたようだ。

 

「おかえり、2人とも」

「「ただいま」」

「缶コーヒーで良ければ飲むかい?」

 

結果として。

梨子ちゃんはピアノの大会に出るらしい。

 

車のすぐ横で話しを聞く。

なんとなく、そこで聞きたい気分だったのだ。

 

「千歌ちゃん、ちゃんと待っててくれるって言ってくれたんです」

「そうかいそうかい。待つためには、予備予選勝たないとね」

「うん!負けられないよ!」

「応援するよ。ぜひ頑張ってくれ」

「あら?私は応援してもらえないの?」

「まさか。梨子ちゃんの応援だってするよ」

「東京で?」

「ええ!?ハルくん、東京行っちゃうの!?」

「なんでそうなるんだい」

「え?一緒に来てくれてもいいのよ?」

「それはだめ!」

 

別に東京まで応援に行くつもりはなかったのだが。

千歌ちゃんがわりと本気だ。

 

そりゃあ親友とこんな男を2人きりにはさせたくないんだろうけどね。

 

「冗談を真に受けすぎだよ。梨子ちゃんも、あまり千歌ちゃんをからかいすぎないように」

「ふふふ。そうね」

「へ?冗談?」

「そりゃあそうでしょ」

 

東京に行くお金が、俺のどこから捻出されるというのか。

 

「ふ、2人してからかったな〜っ」

「それは梨子ちゃんだけだよ」

「ハルくんのバカー!」

 

耳元でそう叫んで走って行ってしまった。

 

「あら〜…」

「み、耳が…っ」

 

まだキーンって言ってる。

 

「ハルさん、迎えに行ってあげたら?」

 

梨子ちゃんは笑っている。

 

「何だが嬉しそうだね」

「ええ」

「…いいこと、あったのかな」

「ふふ。そうね。…この町に来てよかったって、そう思ったの」

「それはまた壮大だね」

「ほら、迎えに行ってあげないと、千歌ちゃん余計に怒っちゃうわよ?」

「はあ…行ってくるよ」

 

少し遠くで、こちらに向けて舌を出している千歌ちゃん。

 

背中は立派になったが、振舞いが大人になるには、まだかかるらしい。

 

 




ご視聴ありがとうございます。
小鳥ちゃんを止めたμ'sと、梨子ちゃんを送り出したAqours。
どちらも正しいにせよ、すごく好きな対比でした。
それでは何かありましたらお願いします。

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