9話の後半になります。
3年生が沢山出せて私は満足です。
『放課後、3人を部室に呼びました!詳しい話をここで聞くのです!』
敬礼するよくわからないキャラクターと一緒に、そんなメッセージが送られてきたのは少し前。
確か今日は、果南ちゃんの休学か明ける日だったはずだ。
そんな日からこうして3年を部室に呼びつけるとは。
「さすが千歌ちゃん。動きが早いね」
感心感心。
千歌ちゃんの事情聴取に、あの子達がどれだけ正直に答えてくれるものか。
3人が学校で顔を合わせたのは、ずいぶん久しぶりのこと。
ここで仲違いをすれば、おそらく今後にも支障がでるだろう。
今日、ちゃんと心の内を明かせるかどうかが、以後の生活に関わってくる。
「今日が勝負どころかな」
空を仰ぐ。
少し遠くに雲が見える。
「雨、降らないでくれよ」
外に出る予定なんてないのに、そんな言葉を口にしていた。
『果南ちゃんが怒って出て行っちゃいました(泣)』
そんなメッセージが届いたのは、心配していた雨が少しずつ降り始めていた時だった。
※
少しずつ降り始めた雨が、石の階段を湿らせる。
ところどころ、滑りやすくなっている階段を、注意して登っていく。
目的地は、私の好きな場所。
淡島神社。
ランニングのゴールで、隠れて歌やダンスの練習にも使う場所。
千歌達にはばれちゃったけど、昔は、私がここで練習しているのは、一人しか知らなかった。
『ここ、ダンスの練習にはいいんだよ』
『ほうほう。頂上なのに踊り場とは、なかなか洒落ているじゃないか』
その朴念仁はそんなことを言っていたっけか。
最高に寒いギャグだった。
『ちなみに今のは、ダンスの場所で踊り場っていうのと、階段の踊り場というのをかけていて…』
『いや、説明しなくていいから、余計に哀れになるから』
彼は納得いってなかったが、そんな彼しかここで私が練習していることは知らなかった。
何か悩んだり、落ち込んだりした時も、よくここに来ていた。
何も考えずにここで体を動かすと、それだけで気が晴れるのだ。
さっきまで、千歌達としていた話しを思い出す。
何を隠しているのかと聞かれた。
私が隠し事をしてるって、あの子達は確信していた。
それは正しい。
スクールアイドルが嫌いなわない。
まして、やりたくないなんて大嘘だ。
未練だってもちろんある。
自分でやりたいと言ったことをやりきらないなんて、私らしくないのもわかってるんだ。
でも、そんなことより
ずっとずっと大切なものが、私にはあるんだ。
「鞠莉の大切な未来を、私なんかが潰しちゃいけないんだ」
東京でのライブの時、鞠莉は足に怪我を負っていた。
そのまま踊れば、大けがになるかもしれないほどだった。
鞠莉の性格だ。
言ってもやめないのなんてわかってた。
だから、私は歌わなかった。
そうすれば、ライブは始まらずに終わるから。
鞠莉には、海外の学校への留学という話しが来ていた。
タイミングとしては、ここしかないと思った。
だから、スクールアイドルを私はやめた。
これで、あの子は正しい未来へ進めるから。
そう。
正しい、未来に。
あの子の進むべき未来に、私はいない。
「これで…いいんだよ」
すぐそこにある鳥居に向かってつぶやく。
誰に言ったのかもわからない言葉。
返事はない…はずだった。
なのに
「いや、残念ながらよくないんだ」
そんな声が、聞こえた。
※
果南ちゃんが出て行った。
そう連絡を受けた俺は、迷いなくこの神社に向かっていた。
ここに来ることに、根拠はないが、確信はあった。
長い付き合いからくる勘だ。
どうやら、正しかったらしい。
散々やれ朴念仁だとかやれ鈍感だとか言われる俺だが、そんなことないじゃないか。
「なんのことかは全くわからないけど、とりあえずその結論は間違ってると思うよ」
「ハル…なんでここに」
驚いている果南ちゃん。
理由なんて、わかっているだろうに。
「決まっているだろう。君を迎えに来たんだ」
「…千歌達に何か言われたの?」
「そんなんじゃないさ。君がここに来たのは、俺以外は誰も知らないよ」
「……」
果南ちゃんは何も言わない。
今彼女は、何を考えているのか。
表情からは読み取れない。
「そんなに警戒しなくていいじゃないか。ほら、傘。そろそろ雨も本降りになる。長居は得策じゃないよ」
そう言って傘を渡そうとするが、果南ちゃんは受け取ってくれない。
これは困った。
などと思っていたときだった。
「聞かないの?なんでスクールアイドルやめたのか」
そんなことを、果南ちゃんが口にした。
「ここに来たってことは、いろんなこと、千歌達に聞いてるんでしょ?」
「そうだね。君たちを勧誘しようとしていることは聞いてるよ。その度に、断られていることもね」
雨粒が、少しずつ大きくなってきた。
もうあと数分もすれば、傘なしじゃ厳しくなるだろう。
雨と同じように。
果南ちゃんが、ポツポツと話し始める。
「私がスクールアイドルをやったら、多分鞠莉も付いて来ちゃうんだ」
「そうだろうね。多分、ダイヤちゃんも一緒に来るだろうさ」
「でもね、それって、鞠莉から未来を奪うってことなんだよ」
「…ほう。詳しく聞かせてくれよ」
傘も受け取らず、果南ちゃんは話してくれた。
独り言のように。
自分に言い聞かせるように。
この2年、どういうつもりでいたか。
マリーちゃんの言葉を、どんな気持ちで躱してきたか。
早い話。
果南ちゃんが、どれだけマリーちゃんを好きかってことを話してくれたのだ。
ちょうど、話がひと段落したくらいだろうか。
『ブルルルルルル』
携帯のバイブが鳴った。
長い。
電話みたいだ。
「ちょっとごめんよ、電話だ。もしも…」
『ハルくん!大変!鞠莉さんが出てっちゃった!』
「落ち着いてくれ。出てったって、この雨で?」
『うん!ダイヤさんから、果南ちゃんの話を聞いて…』
「あー、なるほど。…そうだね。そっちはしばらく待機しててくれ」
『え!?ちょ、ハルくん!?』
「大丈夫だ。マリーちゃんの居場所は大体想像つくから。俺が今から君たちのとこ行くから、それまで待機」
『ほんとに?ほんとに大丈夫!?』
「大丈夫大丈夫。じゃ、またあとで」
そうして、電話を切る。
俺は改めて、果南ちゃんに向き直った。
「マリーちゃんが、部室で待ってるそうだ」
「鞠莉が?どうして?」
「さあねえ。まあ行ってあげてくれ。言いたいこと、そこでぶちまけてくるといい」
「…どういうこと?」
「君の想い、素晴らしいことだよ。でもそれは、マリーちゃんだって同じなんだ。あの子だって、留学や編入なんかよりずっと大事にしたいものがある。それをちゃんと、聞いてあげるといい」
何か心当たりがあるのか。
それとも何もわからないから考え込んでいるのか。
黙り込む果南ちゃん。
「それに、だ」
「?」
「お互い、我慢の限界だろう。いい加減、喧嘩の一つでもしてきたらいい」
どっちも、お互いを思いすぎているが故に、互いに身動きがとれていないのだ。
いっそ、ぶつかって砕けてしまった方がいい。
大丈夫。
彼女たちなら、壊れてもすぐ治るから。
走っていく果南ちゃんの背中を見て、そんなことを考えていた。
果南ちゃんが学校へ向かって30分くらいしてからだろうか。
千歌ちゃんたちにも学校へ来るように電話し、自分も学校へ向かう。
部室の前まで行くと、そこにはダイヤちゃんの姿があった。
「おや。てっきり、千歌ちゃんたちといると思ってたよ」
「一応様子見で、先に来たのですわ」
「そうかい。で、様子はどうだい?」
「…ちゃんと、お互いの気持ちを理解できたみたいですわ。今あそこに割り込むのは、いくらハルさんでも野暮ってものです」
「はは。違いない。門のとこまで行こうか。千歌ちゃんたちもそろそろ来るはずだよ」
「ええ。そうですわね」
2人で、ゆっくりと校門まで歩く。
ダイヤちゃんの横顔は、憑き物が落ちたようにすっきりしていた。
「仲直り、できてよかったね」
「もともと、彼女たちは険悪になどなっていないのです。ただ、すれ違っていただけ」
「そんな2人をずっと見守ってきたんだろう?君も、大概世話焼きだねえ」
「お互い様ですわ」
「まったくだよ」
大好きな親友2人がすれ違っているのを、ずっと横で見守り続けてきたダイヤちゃん。
その胸の内は、言葉になどせずとも伝わってくる。
そして俺も。
「ハルさん、さっきからニヤニヤしすぎでは?」
「女子校を歩いているんだ。健全な男子なら当たり前だろう」
「出禁にでもいたしましょうか」
「手は出さないんだ。勘弁してくれよ」
「生徒会長にそういう話をするのですよ?誠意ってものを見せていただかないと」
「おっと、そうくるかい。いいだろう。今度、その誠意とやらを見せることにするよ」
「ふふふ。楽しみにしときますわ」
軽口をたたき合う俺たち。
誠意…ね。
考えておこうじゃないか。
校門のとこまで来ると、千歌ちゃんたちが待っていた。
「ダイヤさんて、ほんとに2人が好きなんですね」
顔をあわせるなり、いきなりそんなことを言う。
ダイヤちゃんの方は、少し顔を赤らめている。
間違ってはいないし、否定もできないのだろう。
「それより、これから2人を頼みましたよ。ああ見えて、2人とも繊細ですから」
それは君もでしょうに。
なんて思っていたら、千歌ちゃんがダイヤちゃんに寄って行って、こう言った。
「じゃあ、ダイヤさんもいてくれないと!」
「えっ?私は生徒会長ですわよ。とてもそんな時間は…」
ここに来てまだそんなことを言うのかい。
素直じゃないね、まったく。
「ハルさん、なんですのその顔は?」
「いやいや。なんでもないよ」
「なんかムカつきますわね」
「不本意ながらよく言われるよ」
「生徒会の仕事なら大丈夫です!鞠莉さんも果南ちゃんも、それに」
千歌ちゃんが、視線をやる。
そこにいたのは、Aqoursのメンバーたちだ。
千歌ちゃんだけじゃなく、ちゃんとみんな来ていたらしい。
ルビィちゃんが、何か持っていることに気づく。
あれは…衣装?
「ルビィ?」
そう言われたルビィちゃんが、ダイヤちゃんに歩み寄る。
とても嬉しそうだ。
「親愛なるお姉ちゃん!ようこそ、Aqoursへ!」
言って、衣装を手渡す。
どうやら、ダイヤちゃん用の衣装だったらしい。
見たことのない衣装。
Aqoursの子達が作った訳ではないだろう。
つまり。
2年前からずっと、ダイヤちゃんたちを待ち続けた衣装なんだ。
俺と、同じで。
※
空いっぱいに、光の花が咲く。
それを背景に、彼女たちAqoursが舞う。
2年前にすでに存在したスクールアイドルグループ、Aqours。
はじめは、3人だったそれは
今では9人になった。
その9人で初めてのライブ。
曲名は
「『未熟DREAMER』か。すくなくとも今の彼女たちは、俺なんかよりずっと大人なんだが」
そんなことを呟いてしまう。
綺麗だ。
彼女たちを見て思う。
こんな景色を見れる日を、ずっと、ずっと、待ってたんだよ。
ご視聴ありがとうございました。
これでシリアスラッシュが一時終了です。
ストックがなくなったので、次回から投稿ペースを少し落とします。
それでは何かありましたらお願いします。