アニメ本編3話の後半になります。
未視聴の方は、まずそちらのご視聴をお勧めします。
浦の星女学院スクールアイドル、Aqours。
まさか、この名をもう一度目にし、耳にするとは思わなかった。
ずっと歳下の子供だと思っていた千歌ちゃんたちが、まさかこうして、再びこの名を表に出してくれるとは、夢にも思わなんだ。
俺には、人を呼ぶことはできないし、ましてパフォーマンスに関わってやることはできないけど、大人にやれることを、全力でやるとしようじゃないか。
「おーい、ハルくん。注文したやつ、できてるかい?」
「こんにちは、鈴木さん。できてますよ。はい、一応確認してください」
「ありがとうね。お、こんなポスターここにあったかい?」
「ああ、これ。今度の土曜日に、そこでライブがあるんです。よければ、見に行ってやてください。」
「ライブ?ハルくんがやるのかい?」
「いやまさか。自分のよく知る子がやるんです。内容は保証しますよ」
「そうかいそうかい。ハルくんがそこまで言うなら、行ってみようかねえ」
「そこにチラシもあるんで、よければ持ってってください」
チラシを10枚ほど持ってってくれた。
これで、ちょっとでもお客さんが呼べればいいのだが。
※
いよいよ当日。
ダイヤちゃんに頼まれた発電機の整備は、きっちり終わらせてある。
大きな故障もなく、ほとんど掃除しただけで終わったが、ありがたい額の報酬をいただいた。
体育館のステージ、照明機材の整備も問題ない。
天気は、雨。
天気予報では雷の予報も出ていた。
「もうちっとだけ、頑張ってくれよ」
空に向かって、思わずつぶやいた。
今自分は、沼津駅のあたりにいる。
珍しく、沼津駅あたりの宿泊施設から注文が入ったのだ。
この辺りの宿泊施設は、まだまだ元気なところも多い。
できるかぎり仲良くしておこうと、配達もこちらが受け追うことにしたのだ。
ポスターに書いてある開場時刻まで、あと5分くらい。
開演はそのさらに30分後。
開場直後にお客さんがやってくるということもないだろう。
車で行けば、そこそこいい時間になるだろう。
店の看板は、すでに『本日休業』となっている
と、その時気付いた。
自分のスマホに、SNSのメッセージ受信ランプが点灯している。
なんとなく、嫌な予感がして。
普段はこんな時間には開かないSNSアプリを起動すると、そこには千歌ちゃんからのメッセージが記されていた。
受信時刻は、今から1時間ほど前。
そのメッセージは
『今日の開演、13時半だよ!絶対来てね!私がんばるから!』
…開演、13時半?
今の時刻は、13時25分。
開演、5分前。
ポスターには、14時開演とはっきり示されている。
時間が30分前倒しになった?
いや、そんな話は聞いてない。
…まさか
「開演時間と開場時間、間違えてる?」
いやいやいやいや。
いくらなんでも、2人もついてるんだ。
そんな間違い、するわけがない。
でも、もし2人も気づいてないんだとしたら。
いや、逆だ。
気づいたとしたら、千歌ちゃんから訂正のメッセージくらいあるはずだ。
慌てて、車を走らせる。
Bluetooth機能を使い、運転に支障がないように電話をかける。
その電話相手は
『はい、もしもし?』
「あ、ダイヤちゃんかい?今どこにいるかな?」
『今?…一応、学校ですわ。彼女たちが、問題を起こさないように…って、なんか慌てているようですけど、何かあったんですの?』
「千歌ちゃんたち、何してる?」
『何って、そりゃあ準備を…ちょっと早いですわね』
「ダイヤちゃん、ちょっと聞いてくれ。実は…」
ダイヤちゃんに、俺の考えを話す。
千歌ちゃんが、時間を勘違いしている可能性があること。
周りの2人も、それに気づいていない可能性があること。
できれば、それを2人に伝えて欲しいこと。
『なるほど…。事情はわかりましたわ』
「じゃあ…」
『ですが』
そこでダイヤちゃんは、俺の話を遮って進める。
『時間管理も、本来はアイドルの立派な仕事ですわ。それを誤ったなら、そのツケも自分で回収していただかないといけません』
「なっ、それはっ」
『ハルさん』
ダイヤちゃんが、声を出す。
そうして、続ける。
『彼女たちは、ここで何かしないと、スクールアイドルとしてやっていけなくなるのですか?あなたの信じた子たちは、お客がいないと心が折れるような子たちですの?』
「…それは…」
スクールアイドルのことを、それはそれは楽しそうに語っていた。
自分も、ああなりたいと話していた。
今日まで、全力で努力もしてきた。
そして
あの子は今
一人じゃない。
「…わかった。こっちも今から向かうよ。あの子達を、頼む」
『…ええ。急いでいらしてください。そうじゃないと』
『ハルさんが入る場所、無くなってしまいますわ』
そう言って、ダイヤちゃんが電話を切った。
最後のは、どういう意味なんだ?
そんな疑問の答えは、会場に着いてすぐわかった。
考えるまでも、心配するまでもなかった。
学校は
お客さんでいっぱいだった。
車を停める場所なんてなくて
仕方ないから店の方に車を置いて
体育館まで走った。
到着したのは
本来の開演1分前。
立つ場所が、本当になくて
やっと探しだしたその場所には、ダイヤちゃんが立っていた。
「時間、ギリギリですわ」
「はは…。そうだね。どうやら俺は、とんでもないバカ野郎だったみたいだよ」
「それは、いつも言ってるではありませんか。バカでセクハラ野郎で鈍感で、そして」
「そして?」
「いつまで経っても、過保護ですわ」
「そう、みたいだね」
ステージの上を、踊り
ステージの上で、歌う。
なんだ。
「みんな、輝いてるじゃないか」
「当たり前ですわ。みんな、いつまでも子供ではないのです。彼女達も、私たちも。いい加減、見方を考え直した方がいいのではなくて?」
「ははは。違いない」
いつまでも子供だったのは、俺の方だったらしい。
これは、彼女たちに対する態度を、改めないとな。
その後。
ダイヤちゃんが、終わった直後の千歌ちゃんたちに何か言っていた。
俺はその場を動けなかったから、何を言っているかは聞こえなかったけど。
あの子達の輝きは、まだ目に残っていた。
※
「で、今後は君たちを大人扱いするから、食事代をとることにしたよ」
「「ええええー!!」」
ライブの後、ボランティアで片付けをやっているときの会話である。
「なんでなんで!よくわかんないー!」
「横暴だー!ハルくんの横暴だー!」
「ええいやかましい。自分は子供じゃないって、日頃言ってたじゃないか。大人扱いなんだ、喜びなさいよ」
「ごはんくれないなら私子供でいいからー!」
「私もー!」
「子供か君たちは」
「「うん!」」
「いや、そうじゃなくてね」
どうやら何を言ってもダメなようだ。
と、梨子ちゃんが妙に大人しいことに気づく。
「あれ?梨子ちゃん、どうしたんだい?」
「あ、いえ。さすがに私はそこまでできないので」
苦笑い気味の梨子ちゃん。
この子は割と大人だな。
「…梨子ちゃん、何か食べたいものあるかい?」
「え?」
「がんばったからね。何か食べに行こうじゃないか。もちろん、俺が出すよ」
「で、でも」
「いいんだ。こういうときは甘えないと、もったいないよ」
梨子ちゃんの頭に手を乗せる。
「…あ///」
「おっと。すまない。昔の癖で」
千歌ちゃんたちには昔、よくやっていた。
そういえば最近はあまりしなくなっていたが、つい出てしまった。
まずいことをした。
そう思ったのだが。
「だ、大丈夫。その、嫌ではないから」
「嫌ならちゃんと言ってくれていいよ。ほんと、申し訳なかった」
「だ、大丈夫だから。びっくりしただけ。その、むしろもう少し…」
ん?
声が小さくて聞き取れなかったのだが。
そう言おうとしたら
「ずるいずるい!私もー!」
横から千歌ちゃんが割り込んできた。
「癖でやっちゃうなら、私でもいいでしょー」
「ハルくん、私でもいいよ!」
「いや、だからその癖を直そうとしてるんじゃないか」
「「直さなくていいの!」」
「君たちが俺のことを、セクハラ野郎というから直すことにしたというのに…」
その呟きは聞こえていないのか。
ものすごい形相で迫ってくる2人。
頭を撫でられる顔じゃないだろう。
まったく。
「大人になったって、思ったんだけどなあ」
浦の星女学院スクールアイドル、Aqours。
その初ライブは
大成功で、幕を閉じた。
ご視聴ありがとうございました。
ちょっとシリアスが多くなってしまいました。
ご意見等ありましたらお願いします。