我は張遼!   作:賽の目

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二話 居酒屋と猫耳フード

 

 

次の日の朝、俺たちは朝っぱらから居酒屋に来ていた。星曰く、情報収集するなら人が集まる居酒屋が最適らしい。朝から居酒屋に人がいるわけねーだろ、と思わなくもないが特にやることも無いので付き合う事にした。

 

宿を出たところでどこに居酒屋があるのかと問うと星は俺の手を引きすいすいと人混みの中を避けながらあっという間に酒場に着いてしまった。

 

「この趙子龍に抜かりはない」

 

との事らしい。恐らくただ酒を早く呑みたかっただけだろう。昨夜にこの居酒屋の事を今俺たちが泊まっている宿主に聞いたんだとか。まあ、路銀は賊退治の依頼や飯屋なんかで短期で働いたりしていたので余裕はだいぶある。しばらくは大丈夫だろう。星だって居酒屋行こうと言うくらいなので払う金は持っているはずだ。

 

俺の予想は当たっていたようで、星は着いて早々酒とメンマを壺ごと頼んでいた。壺って……壺って……。

 

ちなみにパッと見たところやはりと言ったところか客は俺たち以外に存在しなかった。早速抜かってんじゃねーか。星に情報収集する気が無いのは確実となった。

 

そんな事を思いながら壺の中身がどんどん消えてゆく様子を呆然と眺める。

 

「……ん? なんだ、霞。我がメンマが欲しいのか? それとも、私の麗しい横顔に見惚れていたのかな?」

「……あんた、そうゆうの好きやんな」

「いや、霞の反応が薄いからな、しつこく言っているだけの事」

「……さよけ」

 

まさかガン無視が逆に仇になっていたとは。しかし、ここで星の望む反応をしたらなんだか負けな様な気がするので今後もオールスルーでいこう。

 

「しかし、そろそろやめないと年がら年中誘っている尻軽女だと思われてしまうな。それは不本意だ。……ふむ、霞よ。今後私はお主にどう接近すれば良いのだ?」

「うちに聞いてどうすんねん……そないなこと思うとらんから安心せい。あと、気にしとるんやったらやめーや」

 

「それを聞いて安心した。今後も諦めずに続けよう」

 

「だからやめんかい!!」

 

 

俺がツッコミを入れた後、星は急に顔を俯けると心底愉快だと言いたげな含め笑いを始めた。その後ゆっくりと上げた顔は、いつもの得意げな表情が更に得意げになっていた。

 

これを通称ドヤ顔という。

 

「ふふふ、霞、まだ気付かぬのか?」

「な、何ゆうて……ハッ!!」

「くくく、ようやく気が付いたか。そう、霞は既に我が掌で裸踊りしていた、という訳だ」

 

や、やられた……完敗だ……。

 

星の言葉に乗らないようにと気をつけていたはずが、無意識にツッコミを入れていた。裸踊りのチョイスは謎ではあるが。

 

俺は自分の顔が羞恥で赤くなっていると自覚した。同時に苦虫を噛み潰したような表情をしているだろう。それと並行して星の顔はどんどんしてやったりという顔になっている。

 

「おやおや、顔が赤いではないか。風邪でも引いたか? んん〜?」

「……ちっ」

 

くそ、整ってる顔なだけにこのドヤ顔が凄まじくムカつく。正にドヤ顔するためにあるような顔の作りである。だが、今回は……今回だけは甘んじて受けてやろう。いつか必ず何らかの形で復讐してやる。

 

「覚えとれよ、星」

「ふっ、負け犬の遠吠えにしか聞こえぬ」

「ぐわーッ! こいつムッカつくぅー!!」

 

俺は思わず気持ちが昂り、店の中にも関わらず大きな声を上げてしまった。煽りに関しては一級品の物を持っているようだ。

 

「こ、ここまでおちょくられたの生まれて初めてや」

「はっはっは、褒めても奢らんぞ?」

「なんっも褒めとらんわ!」

 

「ぬあーッ!! もうッ! さっきからうるっさいわねぇッ! 頭に響くからやめてくれないかしら!!」

 

「ん?」

「誰かおるんか」

 

その声を聞いた俺は急激に頭が冷えた。

 

あれ、俺たち以外に客なんていたっけ?

 

そう思いながら俺たちは声の聞こえた方向を同時に振り向く。しかし、誰もいない。そこにはガラリとした空席だけが存在を露わにしているだけであった。

 

「ふむ、飲みすぎて幻聴でも聞こえたかな?」

「まだ言うほど飲んどらんわ。でも確かに誰もおらへんな」

「何が誰もいないよ! あんた達が来る前からずっとここに居たわよっ!!」

 

未だに何も見えないが声の主がそう言うので、席を立ち、声が聞こえる反対のカウンター席に近付く。すると確かに客はいた。

 

しかし、その存在はあまりにこの居酒屋に合っていなかった。というのも、先程の声の主は綺麗な茶髪の猫耳っぽいフードを頭に被せている、顔を赤らめた幼気(いたいけ)な少女だったのだ。もっとも顔を赤らめたといってもただ酔っ払っているだけだろうが。何故ならその少女の周りには何杯も飲み干したであろう酒の残骸と料理の皿が散らばっていたからだ。その姿はまるでおっさんのようである。それにちっこいので見えなかったのも納得だ。

 

「……店主さんや、あんたこんな幼い子に酒なんて出したんかい。流石にマズイんとちゃう?」

「失礼ねあんた!! これでも成人過ぎてるのよ!! ……うっ、頭に響いて痛い……二日酔いだわ……」

 

俺の言葉に反応し、その少女は寝伏せていた身体を起き上がらせ、凄い剣幕で俺にそう言い放つ。が、キツそうな様子ですぐ俯いた。

 

しかし、いくら睨みつけようとも見た目がただの可愛い少女なので何を言われようが特に怖くはなかった。むしろ可愛い。

 

「ご、合法ロリやと……!?」

「何言ってるか分からないけどとても不愉快な事を言われた気がするわ……」

 

その少女はそう言うと、不貞腐れたかのように俺の方を向いていた顔をぷいと逆の方向へ向けた。その仕草も残念ながら可愛かった。

 

「その子仕事で一悶着あったらしく、一晩中ずっと飲んでたんです」

 

店主さんがそう口を開く。

 

「ヤケ食いヤケ酒ちゅうわけか」

「……見知らぬ誰かに話す事なんて何一つないわ。店主、余計なこと言わないでよ、あと水頂戴」

「まあまあ、そんなん言わんといてーな。これも何かの縁や。どや、お姉さんに相談してみ?」

 

俺は私が聖母ですよと言わんばかりの慈愛たっぷりな笑みを浮かべ、少女へと近付いた。

 

少女は店主さんから受け取った水をゴキュゴキュと可愛らしく飲み干し、何を考えていたのか少しの間空白を作り、話を切り出した。

 

「……あんた何年生まれよ」

「延熹8年や」

「私は延熹6年……ってことは私の方が年上じゃない!! 何よこの成長の差!! 理不尽だわッ!!」

「い、いや、そんなん言われてもやなぁ……」

 

手に持っていたコップを叩きつけるかのように机に置くと、少女は両腕を枕に不貞寝を始めた。

 

すると彼女は辛み妬み嫉み僻みといった純粋な負のオーラを醸し始める。ただの嫉妬である。

 

ごめんな、俺も別に好きでこんな身体してる訳ではないんだ。君は悪くないよ。

 

「……袁紹は莫迦で話聞かないし……ブツブツ……顔良は顔良であれだし……ブツブツ……あんな脂肪の何がいいのよ……ブツブツ……貧乳の何が悪いのよ……ブツブツ……」

 

何やらぶつぶつぶつぶつ言っているが、重要なことは結構聞こえたので悩み事が何なのか大体わかった気がする。

 

彼女は恐らく四世三公を輩出した名家の中の名家である袁本初の所の文官か何かだろう。そしてその袁紹に色々な策を提案するも相手にされなくて怒っているようだ。後半については俺から彼女に言える事は何もない。言ったところで嫌味になるだろう。なにせ俺は見た目ナイスバディでクールビューティなお姉さんだからな。

 

それにこれは彼女の自尊心との戦いだ。彼女が自分の中で折り合いをつけていかなければならない。

 

……いや、一言だけ言うべき事があったな。

 

「嬢ちゃん、大丈夫や! 貧乳は希少価値やで」

「ぐわぁぁ!! あんたが言うと嫌味なのよ!! それと嬢ちゃんって言うな!! 貧乳っていうなぁぁぁッ!! うわぁぁぁん!!」

 

彼女は認めたくない現実から逃避しながら泣き叫び、乱暴に扉を開けて出て行ってしまった。その後の空間は、まるで嵐が去ったかのように静かであった。慰めるはずだったこの俺が彼女へ会心の一撃どころか三撃も放ってしまったようだ。

 

俺は思わず呆然と立ち惚けてしまったが、心の中では流石に悪い事をしたと、罪悪感が生まれていた。しかし、追ったとしても何か出来るわけでもない。

 

戻ってきたら取り敢えず謝ろう。俺はそう考えて店主さんに注文を済ませ、元の席へと戻る。すると星が腹を抱えて笑っていた。

 

「あっはっはっは! ……いやぁ、なかなか乙な演目であった! もしやこの趙子龍を笑わせようと事前にネタ合わせでもしていたのでは?」

「アホ言うな、途中から空気やった癖に」

「……」

 

俺が先程のお返しとばかりに少し冷たく返すと星は笑っていた顔をピタリと止め、何か考えるように顔を俯かせる。どうやら少し気にしていたようだ。

 

……そういえばあの少女の名前を聞き損ねたな。

 

「ま、それも戻ってきた時にでも聞いたらええか」

 

そう言って俺は思案げな顔の星を隣に酒を煽った。

 

 


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