我は張遼!   作:賽の目

1 / 4
一話 プロローグと張遼

 

 

俺には幼い頃から様々な記憶が存在していた。何が言いたいのかというと、俺には前世の記憶というものが残っているのだ。

 

前世、21世紀の日本という国で俺は生活していた。

 

そこは水道、電気、ガスなど、日常生活において必要な物が当たり前に存在していた。教育機関や医療機関も発達しており、食べ物も沢山あり、飢餓なんて言葉とは無縁の国だ。

 

生まれも育ちも日本だった俺はその事が当たり前の事だったのであまりその事を印象的に思う事はなかったが、何の因果か俺は平和という言葉とは無縁と言ってもいい‘‘三国志’’の世界に生まれ落ちた。

 

その事実に至った時は混乱し、そして状況を理解するにつれて ‘‘どうしてこうなった’’ ‘‘テンプレ乙’’ などという考えはいつの間にか地平線の彼方へと吹き飛んでいた。

 

そして今後の人生設計が脳内で構築されるに当たって生まれた感想はただ一つ。

 

 

 

俺TUEEEキタ--!

 

 

 

今思えば唯のアホではあったがその時の俺(の妄想)は只管に無敵であったのでそれ以上の感想が出る事はなかった。

 

そして、そこに至るまでの要因は俺の名前だ。俺が物心ついた頃、というより自分の名前に疑問(・・)を持ったその瞬間に、前世の記憶を思い出したのだ。

 

生まれた頃から使っている名前であるので、疑問を持つという事が出来ず、自分の名前を聞いても変な違和感を感じるという妙な感覚だけが残っていたのだ。

 

しかし、疑問を持てば後は簡単だった。

 

データを吸い出す様に頭の中に前世の記憶が流れ込み、そして思い出したという結果である。

 

思い出した後は、所謂知恵熱というものが出てしまい両親やマイブラザーを心配させてしまったが、1日寝たら完全に回復していた。俺という武将(・・)は本当の歴史では病死、演義では矢傷が元で死んでいるので少々身体は大丈夫なのか心配していたが、結構丈夫っぽい。寧ろ前より丈夫になった気さえする。

 

さて、病死と矢傷、というニュアンスで伝わった人もいるかもしれないが、俺は張遼として生まれ変わったのだ。あまりにも有名人過ぎて混乱するのは仕方のない事である。倒れなかっただけでも褒めてやってほしい。

 

それに何の為にあるの? と未だ非常に疑問が残る ‘‘真名’’ なる謎も存在していた。なんでもその名前を勝手に呼んだら殺されても文句は言えないらしい。物騒過ぎて何と言えば分からない。

 

そして記憶を取り戻して一週間目、ようやく気付いたが、この世界は三国志に似た何か(・・)だ。はっきりとは言えないが、俺が元いた世界の過去へトリップした訳ではないだろうと思う。恐らくは三国志というジャンルの何らかのゲームかアニメの世界だろうと睨んでいる。

 

だってみんなが話してる言語日本語だぜ? なんなら俺が話す言葉なんて自動的に関西弁になるし。流石に文字はしっかり漢文なんだけどね。恐らく日本の作品だからそういう仕様なんだろう。それ以上は言ってはいけない、というやつである。俺にとっては有り難いだけであるが。

 

そして最もたる要因を上げよう。だがその前に至極当たり前の事を提示させてほしい。歴史上の張遼は紛れもなく男だ。確実に全世界中何処を探しても「張遼は女に決まってるぜ! このタコ!」などという人物は存在しないだろう。

 

 

だが、俺は女だ。(張遼)は女だ。大事な事なので二回言いました。どういう事だってばよ。訳が分からないよ。

 

思わずネタのオンパレードが開催されるが、それ以上に俺の理解が及ばなかったのだ。ゲシュタルト崩壊しそうな勢いだった。まあ、今となっては最早ドブに捨ててもいいくらいどうでも良い事となったわけであるが。それに今の俺は女の身体を色々な意味で知り尽くした状態なので何ら問題はない。

 

しかし、一つだけこの出来事によって問題が発生してしまった。それはこの世界がギャルゲー、もしくはエロゲーの世界なのではないかという問題である。

 

俺が……ヒロイン、なのか……? ヒーローは差し詰め丁原、董卓、呂布、曹操、曹丕と言ったところだろうか。どういうゲームだよ。ここまで展開が読めないストーリーというのも中々無いぞりまあ、仮にそうだとしてもヒロインなんてやる気一切ないから関係ないけど。

 

ちなみに俺の真名は(かすみ)と書いて(しあ)と読むらしい。この字口頭で伝わったらその人天才だと思うよ。

 

話は打って変わるが、俺は張遼としてカッコよく生きていきたいなと考えている。俺の知ってる張遼といえば蒼天航路では非常にカッコいいし、三國無双でも非常にカッコいいし、俺の中ではとにかくカッコいい完璧キャラだ。

 

それに正史ではリアル三國無双をしている武将だったとも言われている。演義より正史の記述の方が派手という稀有な将、それが張文遠。

 

そんなすごい人に俺は生まれ変わった俺がやるべき事はただ一つ。

 

 

そう──特訓あるのみ!

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「そして現在に至る」

「文遠殿、どうかなされたか?」

「ただの独り言や」

 

俺は本来なら郷里である幷州の刺史、丁原に仕えるべきなんだろうが、どうせ仕えるならもっと将来性がある奴に仕えたいと考え、客将として雇ってもらおうと思っている。その為、現在は色々なところを旅していると言うわけだ。

 

だって丁原とか呂布に裏切られて殺されて終了ですやん。そして董卓、呂布、そしてようやく曹操。過程が辛過ぎる。

 

もう少し自由に尚且つ適当に名を上げていきたいという俺の我儘な願望だ。こんな言い草ではあるが、悩みに悩んで出た結果なのだ。俺は少々名のある武家の次女。長男がいるので跡取り的な問題は無かったが故に生まれた選択である。

 

もちろんこの旅に出たのは鍛錬をある程度終えての上での行動だ。

 

それはそれは只々きつい日々であった。自分と協力者を携えて作成したメニューながらも過労死させる気かとすら思えた。しかし俺は「めげないしょげない泣いちゃダメ」のガンコ三原則を遵守し、見事今日まで生き抜く事が出来たのだ。

 

今は位置的に冀州の常山に入った辺りだと思う。実家がある幷州からは近いが、これでもまあまあ旅の期間は長い。賊退治やバイトで日々を凌ぎながらの旅なのでこの世界は戸籍とか履歴書とか面倒なものがないのでバイトの面談も非常に楽だ。そして俺は自分で言うのもあれだが素材がいい。わかりやすく言うなら美人なのだ。程よく付いた女性らしさを損なわれていない筋肉にしなやかに伸びる肢体。それに衛生面も余裕がある時は考慮しているので身なりがいい為、浮浪者とも間違われないのだ。なので食いっぱぐれる事はほとんど無かった。

 

ちなみに隣にいるのは最近出来た旅路の仲間である自称‘‘常山の昇り竜’’こと趙子龍だ。

 

名前を知った時はびっくりした。だってあの蜀に趙雲ありと言われた趙子龍が女だったのだ。自分を棚に上げて言うが、驚きを禁じ得なかった。

 

だが自己紹介されて分かった事はこいつもヒロインだと言う事だ。もしかしたら有名どころは取り敢えず女になっているのかもしれない。まだ確信出来る段階ではないのだが。

 

まだ、一緒に旅を始めて1週間立つくらいだが、武人としても頼りになるし、話し相手としても面白いから全く暇しない。今のところ関係は良好である。

 

「しからば文遠殿、急ではあるが一度私との手合わせを願いたい」

「ん、子龍。ホンマ急にどーしたん?」

「いやなに、文遠殿の実力は身のこなしと立ち振る舞いで凡そ把握出来ているが、それ故に武人としての血が騒ぎましてな」

 

たまに生意気な事を抜かす事があるがそれもまたこいつの特徴であり、面白いと思える要素だ。

 

しかし、今回はあれだ。久々にキレちまったよ……という奴だ。少しだけカチンときた。この小生意気な小娘に身の程という物を知らしめなければならない。

 

我が血と汗と極稀に涙ありの鍛錬で作り上げたこの魔改造俺を見せてやろうぞ!

 

ふふふ、この俺が人生の先輩として後輩に指導をつけてやる。

 

歳で言えばだいたい同じだが、前世を合わせると親子くらいの差があるのだ。

 

「ほほう、この張文遠の実力を把握しとるっちゅーんか。なかなかおもろい事言うやんけ。ほな、早速始めよ……かい!!」

 

その言葉と同時に己の得物である偃月刀──飛竜偃月刀──を手に取り右斜め上からの振り落しの一撃を放つ。

 

それを予測していたのか、子龍はその一撃を己の愛武器──龍牙──により受け止めようとするが、その重く鋭い一撃を受け止めきることは出来ないと察し、すぐさま後方へと下がる。

 

しかし攻撃自体は避けきれておらず、子龍の頬からは鮮血がツーと流れ落ちていた。

 

──後一瞬でも行動が遅れていたら、確実に殺られていた──。

 

そう悟り、子龍は知らずのうちに存在していた慢心と油断を捨て去り、張遼が自分より格上の存在だという事を確信する。

 

しかし、子龍もたったそれだけ(・・・・・・・)の理由で負けるわけにはいかなかった。

 

子龍は先ほど見当違いな事を言った事実を恥じ、それを糧とした。今度こそはと張遼の実力を見極めようと意気込む。それと同時に武人としての意地を見せてやると心の中で小さく付け足し、薄く笑みを浮かべる。

 

「──ッ!……ふっ、なかなか気の早い御人のようだ」

「うちの一撃くんの分かっとった癖によーゆーわ」

「いやいや、中々の鋭い一撃でしたな。これを躱せる者は早々おらぬと思いますぞ」

「なんや、うちを褒めとんのか自画自賛なんかよー分からんけど……まー、うちも子龍ならなんとかなるやろーっちゅー信頼があってこその不意打ちなんやけどな」

「ほう、文遠殿の中の私は結構な高評価と見える」

「そらーなー、あんた程の武人はそう探してもおらへんよ。……あー、褒めあいみたいでなんかむず痒いわ」

「もう勝った気でおられるのか? ふふ、勝負はまだ始まったばかりであろう。さあ、次は私からいかせてもらおうか」

「おう、いつでもええで」

 

 

「ならば──我が槍を受けてみよッ!!」

 

 

子龍は熟練された、風を掻き切るような攻撃を一撃、二撃、三撃、それ以上を繰り返し、急所を的確に狙いながら連続で突きを放つ。

 

当たったらひとたまりもないどころか致命傷にもなりかねないが、冷静に偃月刀の柄で防いでいく。数撃目で刃に沿うように子龍の空間さえ切り裂く様な突きを反時計回りに受け流し、その流れを利用し得物を弾き飛ばす。

 

 

「そらぁぁぁぁッ!!」

 

「なッ!?」

 

 

あまりの常識外れな行動により思考が停止した隙を見て、偃月刀を子龍の首元に添える。その後首元から離し、試合は終わりだと言わんばかりに得物を背中に背負い直す。

 

「ふぅ……これで(しま)いや、なかなかええ攻撃やったで」

 

子龍は少しの間呆然と立ち尽くしていたが、やがて気がつくとハッと目を見開いた。

 

「……ふっ、完敗です。至高の武というものを垣間見た様な気さえした。どうやら私は驕っていたようですな。まだまだ鍛えが足りませぬ」

「ふっふっふ、やろ? そないなこと言われたら鍛錬してきた甲斐あるわ。……せやけど、うちもまだまだや。まともに手合わせなんてやんのも初めてやしな」

 

子龍は少し驚いたような表情を浮かべると、なんとなくイヤらしい笑みを浮かべた。

 

「ほほう、文遠殿は私と初体験を済ませたという訳なのだな。私のもの(・・)で満足頂けたかな?」

「んー、まあ、俊敏さや目はいいもんもっとる。やけど反撃に対する反応と対応はもうちょい鍛えた方がええなー。ま、それは経験やから今すぐどうにかなる奴でもあらへんによって、経験積んでいくしかない。槍術に関しては特に言える事はないわ。専門外やし」

「……ふむ、御指摘感謝する。今後精進しよう」

 

その意味深な言い方が態とだと分かっていた俺は、敢えて反応を見せずに返事を返す。それにより子龍は少し不満気な顔になるが、指摘は素直に受け入れていた。

 

俺が指摘した部分に関しては恐らく手合わせの最中に自分で気が付いていたのだろう。自分の欠点に気づく事が出来るというのはあまりできる事ではない。

 

こいつは更に強くなるだろう。

 

「ほな、そろそろ歩かんと日ぃ暮れるまでに次の街につかんくなるわ」

「む、それは頂けない。そろそろメンマを口にしないと武器が持てなくなる」

「……お、おう」

 

かろうじて反応を返す事が出来たが、俺は何とも言えない気分になった。

 

確かにメンマは美味いがそれ単体で食べるようなものでもあるまい。

 

そんな気持ちのまま歩みを進めようとすると、子龍から待ったがかかる。どうしたと思いながら子龍へと身体を向けると、先程までの飄々とした態度は打って変わり、真剣な表情で口を開く。

 

「文遠殿。貴女に我が真名、(せい)をお預けしたい」

 

これは俺が子龍に信頼されていると受け取っても良いのだろうか。真名なんて家族以外に教えたことないから、匙加減というものが分からない。

 

しかし、わかる事は一つだけある。それは真名という物は命と同等の価値があるという事だ。言うなれば真名を預ける行動は命を預ける事と同意と言っても過言ではないのだ。

 

そう考えて来ると聞くまでもなく分かる。彼女は俺が信頼に足る人間だと認めてくれたのだ。……暖かい。真名を授かるという事はこんなにも暖かいものだったのか。

 

「……うちの真名は霞や。これからもよろしゅーな──星」

「うむ、此方こそよろしく頼もう──霞」

 

真名を交換した後、本当に時間が無いことに気が付いた俺たちは小走り気味で道を急ぎ、ギリギリ門が閉じる前に町に入ることが出来た。なんとも締まらないものではあったが、それ以上に今日はいい日であった。

 

宿をとったら早めに寝よう。

 

なんだか今日はぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。