ISの後部スラスター翼からエネルギーを放出、その内部に一度取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーをして爆発的に加速する。
スラスターが複数ある機体なら個別に使用することで
ただ加速中に無理な軌道変更を行うと機体だけでなく、身体に負荷がかかり、骨折などの危険性がある。
ちなみに千冬は、これと零落白夜だけで
お酒
飲みすぎと二日酔いには注意。とくに美女は。
すでに日は沈み、まだ冬の寒さが残る夜。
そんな空気をポカポカと温めてくれるような光を放つお店が一つ、町外れにあった。
今日もその店を愛する客が、ドアの鐘をカランカランと鳴らす。
「すみません、遅れました」
「遅いぞ、雅」
「あ、先輩。それは言わないって約束したじゃないですか~」
「いや、あいつの顔を見たら気が変わった」
優雅で、そして癒されるBGMが流れ、どこか上品な香りが漂う店内は橙色のライトがほのかに光っているだけで少々薄暗い。
だが、そのおかげでカウンタの奥に並べられているライトアップされたワインやウイスキーがより際立っている。そんなお洒落なBARのカウンタ席に座るのは、織斑千冬と山田摩耶。
「なになに、どうしたんです?」
その二人の間に移動し、リュックを降ろしながらそう言うのは影山雅。黒のスーツを着ているあたりから、IS学園から直行してきたということが窺える。
「なんでもない。とりあえず、席につけ」
「……千冬さん、もしかして怒ってます?」
「雅君、それは」
千冬のその言い草に何かを感じ取った雅だが、確信はなかった。何故なら千冬の前には空のワイングラスがあったからだ。
「ほう、そう見えるか。ならそうなんだろうさ」
「……あの――」
「――早く座れ」
確信した。これは何かあると。だが、ここまで来てしまったら逃げることは絶対に不可能だ。それを分からない雅ではなかった。
「……は~い」
「なに、せっかくの飲みの席だ。後に話すから安心しろ」
「はい雅くん。何にしますか?」
ごそごそとコートを脱ぐ雅に向けて、摩耶はメニュー表を向ける。まだカウンターに何も置かれて来ないあたり、待っていたようだ。
そのことに心の中で申し訳ないと思いつつ、雅の視線はソフトドリンクの欄に向けられる。
「えーと、それじゃジンジャーエー」
「――マスター、生でいい」
ここまで来てアルコールを頼まないのは言語道断。そう言うかのように千冬は勝手に注文をする。
「ふむ。では、モスコミュールでいかがでしょう?」
「……それでお願いします」
「かしこまりました」
ここの店のマスターである白髪の壮年の男性。
ビールがあまり飲めないということを知っている彼は、上手く機転をきかせてくれたのだった。
◇二時間後◇
「雅くーん。もういっぱーい」
エヘヘヘヘ。と笑いながら空のグラスを振るのは摩耶。
顔は真っ赤になり、眼鏡はカウンターの上に無造作に置かれている。完全に出来上がっていた。
流石にこれは一回ストップをかけるべきだと判断した雅は、マスターにお冷を頼む。
「麻耶さん飲みすぎですって。水ありますからとりあえずこっちにしてください」
「なりいってんれすか~。わたしこうみえて――」
「――はいはい、わかってますから。とりあえずこれ飲んでくださいね~」
マスターからお冷やを受け取り、摩耶の前にそれを置く。
「なにやっとんだ、雅。そこは逆にさらに飲ませてだな」
「――はい、水」
まだ口をつけていない、自分のお冷を無造作にトンと置く。その衝撃で氷がカランという音色を奏でる。
「……なんか、私には冷たくないか?」
「この氷のように」と、千冬らしくない発言をしていたが、雅はどうでもいいと言わんばかりにスルーする。
「はぁ、昔はもっと可愛かったのだがな」
「そりゃ誰でもそうでしょう」
席を立ち、背後を通り過ぎる摩耶から「わ、私もでしょうか!?」と小さな声があがったが、残念ながら雅の耳には届かなかった。
「いや、今でも可愛いが。もうちょっとこう、なんだ」
置かれたお冷やの水面を人差し指で、くるくると回しながら一考する。
…………
……
…
「……一夏みたい――」
「結局一夏君かい。この人ほんと一夏大好きだな。結婚するってなったらどうするんだろ」
「け、結婚なんかさせんッ! どうしてもというなら私を倒していけ!!」
「武術以外からっきしダメなのによく言う」
やれやれと肩で息を吐くと、雅は自分のグラスに口をつける。しっかりとブレイクタイムをはさみつつ、自分のペースでお酒をすすめる。
「でも雅ぃ」
「なんです?」
「どうしよう、本当にお嫁さん連れてきたら」
そのいつか来る訪れを想像したのか、あの織斑千冬のものとは思えないほど弱々しく、艶めかしい声で雅の裾を引っ張る。
だが雅は慣れているのか、その様子にこれといった感想はなく、ただ「弟のことより、自分の心配をした方が」とだけ心の中で呟いた。
「僕が口出しできる立場ではないんですがそれは……」
「お前は私の味方だよな? な?」
「いやだから」
「はぁ。今の状況はホントにまずい」
「聞いてないなこれ」
これ以上は何を言っても無駄だと早々に諦める雅。ただ千冬の独り言?に耳だけを傾けながら、メニュー表を一覧する。
「あいつは幸いなことに朴念仁だからな。まだそのようなことはないが――」
(確信してるのか……)
「――あそこは思春期真っ盛りの女子たちが在校するIS学園だ」
「あ、マスター、このバーニャカウダをひとつ」
「真面目に聞かんか! というか聞いてくれ!」
「は、はい」
一応自分の声はその耳に届いていたのかとちょっぴり驚く雅。
「だからいつ、その、なんだ。彼女が出来てもおかしくは、ない」
「でしょうね。なにせ思春期なのは何も女生徒だけではないわけだし」
「そこで雅。どうにか頑張ってくれ」
千冬の右手が、ポンと雅の頭に置かれる。その表情はにこやかで、肌はお酒のせいで赤く染まっていた。
「はぁ?」
「なに、今までどおりで――」
「――だ、ダメです!!」
「麻耶さん!?」
千冬と雅の間に強引な割り込んで来たのは、トイレから戻ってきた摩耶だ。
まるで雅は自分のものだと主張しているかのように、千冬とは逆の、先ほどまで摩耶が座っていた席へと座らせる。
「先輩、またそんなこと言って、雅君がこの前みたいに倒れたらどうするんですか」
「あれは、こいつのペース配分が悪かったせいだ」
「あはは、お恥ずかしい限りで」
千冬の言う通り、先日のセシリア戦で意識を失ったのは背後に受けたレーザーではない。
原因はスタミナ切れ。
運動自体は人並み以上の潜在能力を持っていたが、元から身体が弱かった雅。故に幼い頃からずっと身体を壊すことが多かったために、十全にそれを発揮することは出来なかった。
サッカー等の激しい運動も出来ない、ましては剣道の試合も一試合が限界の身体だった。
しかし精密検査をしても健康体そのものだったため、自分の身体のことを受け止めた雅は今日までずっとそれを少しでも改善させようとコツコツと努力してきた。
その結果、なんとか人並みの体力を得ることが出来たが、ISの試合となると適性がないということも相まって人より余計に手動操作を強いられ、さらにはISのアシストがあるとはいえ、あそこまで動き回るとなるとすぐに限界にまで達してしまう。
その結果があの様だ。
「雅くんも。気持ちはわかりますけど、もう少し身体を大事にしてあげてください」
「は、はい」
「きっと天国のお姉さんも「あ」――え?」
摩耶のお説教に素っ頓狂な声を上げて水を差したのは、千冬だった。
「……千冬さん?」
「あ、いや。その、だな」
摩耶の背後から身も凍えるような笑顔を向けられた千冬は、瞳をあちらこちらに移動させた後、何事もなかったようにワイングラスに手をかける。
その二人のやり取りを見て首をかしげている摩耶の頭の上には、クエッションマークが浮かび上がっていた。
「……ハァ。まぁ麻耶さんだからいいですけどね」
「あ、あの。わたし何か余計なことを言っちゃいましたか?」
「実はですね、僕の旧姓が八色ということは伏せているんですよ」
「え?」
唐突に告げられた事実に一瞬思考停止した摩耶だったが、よくよく考えれば苗字を変える出来事など、あまり周りの人には知られたくないのは当然といえる。
「す、すいません」
「いえいえ、摩耶さんが気に病むことではありません。ね、千冬さん?」
「ま、まて。理由があってだな。あのとき摩耶がーー」
「わー!! わー!! やめてください、先輩!!」
先日セシリア戦前の管制室内での出来事を口走ろうとする千冬の口を、大慌てで塞ぐ摩耶。おかげ酒気が一瞬で霧散した。
「いや、よく考えろ。こいつも中々の唐変木だぞ。なんだ、世の弟はみんなこうなのか」
摩耶の手を退けた千冬は、左手を摩耶の肩に回し、雅とは逆の方向を向けてヒソヒソと話しだす。
「いや先輩が一筋縄ではいかないぞって言ったんじゃないですか! どーするんですか、ここで撃沈したら」
「摩耶、いい言葉を教えてやる。当た――」
「――砕けたら意味ないですからね!!」
あーだこーだと少量の声量で会話する二人を眺めながら、雅はグラスの酒を少しずつ口に注いでいく。
「ところで、千冬さんは僕に何か言うことがあったんですよね?」
五分後。そろそろ酔った千冬に絡まれている摩耶を解放するために、脈絡なしに話しを切り出す。
「んあ。ああ、そうだったな」
「なんです?」
「だがまぁ、ほとんど摩耶にいわれてしまったんだがな」
「――?」
よく分からないといった表情で、雅は首をかしげる。
「先日のあの試合のことだ。お前、時間を引き延ばしたろ」
「フレキシブルは、少し手間取りましたからね」
理由になってはいないが、とりあえずそうなった原因は自分の予想外のところにあったと主張する。
「だが、お前ならなんとか出来たはずだ。少なくともあんなギリギリにはならなかっただろ」
セシリアがフレキシブルを発動させるのは今回が初めてだと雅は知っていた。
故にこのまま戦闘を続けた方が彼女の成長に繋がると思い、少し早目に終わらせるつもりだった予定を変更したのだ。
観客からはかなりギリギリの戦いだったと思ったかもしれないが、雅の実力を昔から知っている千冬の目は誤魔化せなかった。
「いやいや僕の実力不足ですよ」
「お前は優しいから、オルコットのためを思ってのことだろうが、それでお前が倒れてどうするんだ。その身体のことはもう仕方ない。なら、もっと上手く調整しろ」
「分かってますよ」
「分かっていないからいるんだ!! ……頼むから心配させないでくれ。お前にまで何かあったら――」
「――すみません。……出来るだけ、気をつけます」
少し俯いて、そう返事をする雅。
本気で心配してくれている千冬に心から感謝した。心配をかけてしまったことに申し訳ないとも思った。しかしそれでも、生徒を第一優先に考えるスタイルを変えるつもりはなかった。
だがそれは千冬もなんとなく分かっていたようで、諦めたように深い深いため息を漏らす。
「……頼むぞ。で、話は変わるが、摩耶」
「は、はい?」
二人の会話を聞いてはいたが、唐突に話を振られたので少しピクッと身体を震わせる。
「来週転入生がくるのは知っているな?」
「は、はい。中国代表候補生の鈴さんですね?」
「ああ、そいつだ。少し扱いに手間取るかもしれんが、よろしく頼む」
浅く、摩耶に頭を傾ける千冬。
「め、珍しいですね。先輩がそんなこと言うなんて」
「確かに。その子と個人的に何かあるんですか?」
これには雅にとっても意外な行動だったらしく、いつもよりも少し目を輝かせて話しを掘り下げようとする。
「まぁ腐れ縁ってやつだがな」
「ヘぇ〜、ちょっと興味がありますね」
グイグイと身を乗り出して催促する雅だったが、シブい顔をした千冬に「うるさい。そんなの本人から聞け」と一蹴されてしまった。
「根は真面目な奴なんだ。頼んだぞ」
「はい、任せてください! では、来週からまだ頑張りましょうと言うわけでかんぱーい!!」
いつ注文したのか、新たな酒が入ったグラスを掲げて、第二ラウンドをスタートさせる。
「まだ飲むんですか〜?」
「明日は休みだしいいだろう。それに先日の入学式の発言について詳しく聞きたいしな」
「え?」
ガチッとまるで金縛りがあったように固まる摩耶。それを楽しそうにジワリジワリと追い詰めていく千冬。
「マスター、お冷やをひとつ」
その二人を見た雅は「これは朝までだな」と覚悟を決めるのだった。
というわけで教師たちの飲み会でした。今後人数を増やしていきたいと思っています。
あと、前回投稿から大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。
P.S
生徒会役員共っていう漫画を今読んでいますが、よくこれをアニメ化できたなぁとしみじみに思いました。