僕はこの世界が大嫌いだ   作:イラスト

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 アラスカ条約

 現行の戦闘兵器はISの前ではただの鉄くずに等しく、それ故に世界の軍事バランスは崩壊してしまった。そのため、危機感を募らせた諸外国はIS運用協定(通称「アラスカ条約」)によってISの情報開示と共有、研究のための超国家機関設立、軍事利用の禁止などが定められた。
 ただISを実際に軍事利用するのは禁止というだけであって、いつ何が起きてもいいように軍事転用はどの国も行っている。はっきり言えばかなりグレーゾーンだが、ISを制すのにはISしかないのだ。
 因みにここIS学園もこのアラスカ条約に基づいて設立されている。
 


六限目 子供は大人の背を見て育つもの

「ここは?」

 

 雅が気が付くとそこは、深い闇の中だった。気が遠くなるほど、どこまでも続く永遠の闇。だが雅は何故だか落ち着いていた。まるでここに来るのは初めてではないかのように。

 

「――ッ!!」

 

 だが、次の時には雅の心臓がマシンガンの如く血液を撃ち出していた。

 その双眸に、白を基調とした爽やかな服装をしているある人物を捉えたからだ。

 

「姉さんッ!!」

 

 間違えるはずもない、その人物は今は亡き雅の実姉である八色葵。その彼女が雅の少し先で力なく横たわっていたのだ。

 反射的に雅は全速力で駆けだす。だが

 

「な、なんだこれはッ!? クッ!!」

 

 突如、雅の行く手に真っ赤な炎が出現したのだ。まるで葵に近づけさせないかのように、雅が怯んだ一瞬のうちに、葵の周りを取り囲む。

 

「姉さんッ!! 姉さんッ!!!」

 

 熱気が肌を焼き、深々としていた空間が突如暴れ出す。轟轟と燃え盛る炎をかき消す勢いで声を張り上げ、姉の名を叫ぶ。

 

「……?」

 

 その声が届いたのか、葵がゆっくりと顔を上げる。辺りを茫然と見渡した後に雅の目が合う。そして首を少し傾げて困ったように微笑んだ。その目じりからは雫が一滴、キラリと落ちる。

 

「――!? 待ってて!! 今すぐそっちに行くからッ!!」

 

 身の丈ほどにまで燃え上がる火柱を一気に通り抜けようと、雅は助走をつける。そしていざ、駆けだそうした瞬間ーー

 

「――痛ッ!?」

 

 突如光の如く現れたのは、白銀のIS。

 だがそのISは葵を助けるどころか、炎にすら近づこうとはしなかった。強引に雅の腕をつかみ取ると、炎とは逆に方向へと飛び去ったのだ。

 一瞬の出来事で、最初何が起きたからわからないほどに雅は唖然としてた。

 

「は、離してッ!! まだ僕の家族がッ!!」

 

 だが、このISが自分のみしか助けないのだと理解すると、今度は葵の方を指さして必死に引き返してくれと訴える。だがその思いとは逆に、ぐんぐんと小さくなる姉の姿。

 

「あ――」

 

 そしてその葵を囲っていた炎は地獄の業火の如く一気に燃え上がり、その姿が見えなくなるほどに葵の身体を包み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 初めに飛び込んできたのは白い天井。身体全体に伝わるのはふわりとした柔らかい感触。そして、肌を撫でるような心地よい風が入ってくる窓から見えるのは広大な水平線。これらのことからやっと、自分が保健室のベットの上で寝ていたということを、雅は理解したのだった。

 

「気が付きましたか、先生」

「オルコットさん」

 

 声がした方向へ視線を移すと、背もたれのない丸椅子に座るセシリアの姿があった。どこかホッとしたかのように胸をなでおろした後、ゆっくりと上体を起こすジャージ姿の雅の背中を支える。

 一気に距離が近づき、人の心を誘い込むような上品な香りが雅の嗅覚を刺激する。

 

「大丈夫です? まだ顔色がすぐれないようですけど」

「うん。大丈夫」

「それならいいの――」

 

 視界いっぱいに広がった雅の顔。それをセシリアは呆然と見つめる。

 眼鏡をつけていないせいで、普段とは違い、目を少し細め、キリッと引き締まった顔つきになっているのだ。それのせいでセシリア胸はキュッと引き締まり、急に顔が熱くなるのを感じた。

 

「ん? どうかしたの?」

「い、いえ。なんでもありませんわ」

 

 何故か胸が高鳴っていることに不思議に思いつつも、それを振り払うようにセシリアは微笑む。

 

「――? とにかく心配してくれてありがとう。……また、僕は気絶しちゃったんだね」

 

 マリアナ海溝よりも深いため息を漏らす雅。

 

「ええ。試合終了とほぼ同時に……」

「そう、なんだ。それで結果はどうだった?」

「……わたくしの敗北、ですわ」

 

 光が散るような淋しくて明るい笑顔を見せるセシリア。

 先程まで行われていたIS試合は彼女の言う通り、雅の勝利という結果で幕を閉じた。

 IS刀がセシリアに届いた瞬間に試合が終了したため、土壇場のところで雅のシールドエネルギーの残量が、セシリアよりも勝ったのだ。

 しかし試合は終了しても背後から放たれたレーザーは、すぐに消失するわけもなく、そのまま雅に直撃。そこから意識が無くなり、気が付いたら保健室のベッドの上、ということになっていたのだ。

 

「申し訳ありませんでした」

「ああ、気にしないで。これは僕の不甲斐なさが原因だからさ」

 

 確かにレーザーだけだったら操縦者の意識が消失することは普通はない。全身に痛みが生じるだけだ。つまりこうなった原因は他にあるわけであって、雅はそれを嘆いているのだ。

 

「それよりさっきから気になっていたんだけど、顔、赤いよ? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です。これくらい平気――」

 

「平気です」と続けようとしたが、雅の唐突の行動で気を取られてしまった。

 

「――熱はないようだね」

 

 額と額をくっつけた、わけではない。いわゆる母親が子供にするように、両の手で自分と相手の額を触り、その感じた体温で熱があるかどうかを確かめたのだ。

 それはセシリアをスタン状態にするには、十分すぎるほどの効果を発揮した。カチンと固まった身体とは裏腹に、静まりかけていたドキドキは再び加速していく。

 

「でも今日は休んでていいよ。さて、僕はそろそろ――ッ!」

「せ、先生!?」 

 

 立ち上がった瞬間に膝から崩れ落ちそうになる雅を見て、我に返ったセシリア。間一髪のところで介助が間に合う。だがそのせいで二人の距離は零に等しくなり、セシリアの心臓はそろそろ限界域に達する直前だった。

 

「ご、ごめん。でもちょっとふらついてだけだから」

「……」

 

 返事がない。ただのry

 

「オルコットさん??」

「――ハッ! だ、ダメです!! 今、保健室の先生を呼んできますから!!」

「い、いや、あの人苦手なので出来ればそれだけはーー」

「正直に言わせてもらいますけど、素人の目から見ても先生は決して大丈夫な状態ではありませんッ!」

 

 彼女が男性を心配するなんていつ以来のことだろうか。彼女の幼馴染であるチェルシーがこの光景を見たらさすがに驚くに違いない。

 

「い、いや、気持ちは嬉しいけど、授業を遅らすわけにもいかないからね」

「――!!」

 

 雅をベッドの上に座らせたところで、セシリアはまるで電源コンセントを引っこ抜かれた機械のようにピタッと動きを止めた。だがそれは一瞬のことで、すぐさま椅子に座りなおす

 

「――?」

 

 先ほどから何やら様子がおかしいセシリアを、雅は心配そうに覗き込む。これは本気でヤバいかもしれない。そう思い始めたその時

 

「では」

「は、はい?」

「では何故、わたくしに試合を持ちかけたのです」

「は?」

 

 「は?」なんて生徒に対してあるまじき言い方だが、そんなことを考える前に雅は口に出してしまっていた。だが、それを気にする様子もなく、セシリアは続ける。

 

「試合直後、先生を抱き抱える織斑先生に言われました。わたくしの身勝手な発言と態度は懲罰モノだと。今思えばその通りだと、わたくしも思います。ですが先生はそうしませんでした」

「あ、ああ、そのこと」

 

 雅は合点がいったようにうなずく。と同時にここまで運んできたのは千冬だという事実を初めて知った雅。あとでお礼を言いに行こうと思うのだった。

 

「何故ですか?」

 

 先ほどとは一変し、真剣な眼差しで雅に尋ねる。

 今までセシリアは己の権力を強引に振りかざすか、権力に屈してただただ惨めに平服する男どもの姿しか見てこなかった。故に、セシリアの目には雅の行動が奇異に映ったのだ。

 

「……」

「先生?」

「オルコットさんはどう思う? この世界を」

「え?」

 

 窓の外へと目を向けた雅に唐突に問いかけれ、戸惑うセシリア。だが、雅は別に答えを求めていないかのように話を続ける。

 

「僕はね、醜い。とても醜くて悲しい世界だと思うよ。正直大嫌いだ」

「……」

 

 静かに、そして何の前触れもなく言われた「大嫌い」という言葉で、何故かセシリアの胸は杭に打たれるような痛みに襲われる。

 

「僕は毎年一年生を受け持つんだけど、絶対に一人はいるんだ。オルコットさんみたいに男なんかには教わりたくないって言う生徒がね」

「わたくし、みたいに」

 

 小さくボソッと、雅にさえ聞こえない声でセシリアは囁く。彼女の顔色からはすでに朱みが消え去っていた。

 

「だけど仕方のないことだと、僕は思う。悲しけどね」

「――?」

「オルコットさんたち若い世代が、女尊男卑という世の風潮に感化されてしまうのは無理もない。だから僕はそれで罰するつもりは最初からなかった」

 

「というかそもそも、この世界を作った大人たちが悪いんだからね」と少し顔をしかめて、雅はそう付け足した。

 

「は、はぁ」

 

 とりあえず話を聞いているセシリアだが、なんか話が逸れているような気がして、何とも言えない微妙な表情を浮かべる。

 

「あ、あははは……。ご、ごめんね。これは答えにはなってないよね」

「え、ええ。では教えていただいてもらっても?」

「……」

 

 ハァ~とため息をつき、神妙な表情へと変貌を遂げる。まるでなにかこう、どこかもどかしさがにじみ出てていた。

 

「――? 先せ――」

「――格好いいところを見せたかったから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい?」

 

 しっかりと聞こえてはいたが、その発言は駅のホームを特急電車が通過するぐらいあっという間の早さだったため、セシリアはまず自分の耳を疑った。

 

「ごめん、一度しか言わないから」

 

 しかしぷいっとベッドの反対側へと移動した雅を見て、聞き間違いではないことを確信する。遠く彼方の水平線を眺めるその横顔は、目の前に広がる海とは逆で、夕日のように橙色だったからだ。

 

「ど、どうゆう?」

 

 やはりというべきか動揺を隠せないセシリア。それはそうだ、なにか重大な理由かと思いきや、蓋を開けて見たら『格好つけたかったから』という子供のような理由だったのだから。

 

「ISが登場して女性が先頭に立つ機会が増えた世の中が始まった。そして、分かってしまったんだ」

「――?? な、何がです?」

 

 真意を問おうした矢先に、いきなり支離滅裂なことを言い出す雅。セシリアもはや困惑の極みだが、それでも今から言われることをしっかりと聞きとめようと、耳を傾ける。

 

「自分たちが男性より優秀だったってことがね」

 

 雅は何かを悟ったようにそうはき捨てる。

 確かに雅の言う通り、女性たちが先導することによってISを巡って勃発する戦争を回避することが出来た。

 それがアラスカ条約。僅か一ヶ月立たずに締結されたその条約は女性の優秀さが際立つきっかけとなり、その後の幾たびにも亘る功績で、世の女性たちがそれに気づくまでに時間はかからなかった。

 

「それが分かってしまったら、今まで差別を受けていた女性たちは『こいつらは一体何をしていたんだ?』って普通は思うよね? つまりこの世は、今までの世の男性が不甲斐ないせいで創造されてしまった世界なんだ。ISはそのトリガに過ぎないんだよ」

 

 そこまで言い終えた雅は、くるっと再び向き直る。その瞳にはセシリアの美しい容貌が映っているが、ここではないどこか遠いところを見つめているようだった。

 

「それでもかつて先頭に立っていた男共はそれに気づかず、ISのせいだとほざいている。女性に見限られて当然だ」

 

「でもね」と雅の眼に力が宿る。

 

「全ての男性がそういうわけじゃない。今の状況を真摯に受け止め、過去に女性が男性を支えていたように『今度は俺たちがこの世の女性たちを支えよう』そう言って奮闘している人たちが大勢いるんだ」

「……」

「だから僕は情けないところや、格好悪いところは見せられない」

「ようやく理解出来ましたわ」

 

 雅がそこまで言い終えたところでセシリアの神経は弛緩し、ホゥと息を吐く。

 

「つまり先生は世の男性のために戦ったと、そういうことですか?」

 

 確かにあの時、試合をせずに言葉で言われても、セシリアは聞く耳を持たなかっただろうし、かといって罰していたら、さらに男性に対する嫌悪は増していただろう。

 だが、今の試合だけで男性の評価がセシリアの中で変わったかと言われれば、そんなわけがない。オルコット家に対する幾たびにも渡る酷い仕打ちは今でも脳裏に焼き付いている。

 でも今のセシリアには、何故か前よりスッキリとした、肩の荷が下りたような不思議な清々しさがあった。

 

「そんな大げさな。でもまぁ、それもあるのかな……」

「それ、も?」

 

 はい、と照れくさそうに笑う。だがそう言う雅の顔には、教師としての威厳が戻っていた。

 

「何でしょうか?」

「一つは『余計なお世話』ということだけ言っておきます。もう一つは、未来のため」

「未来……?」

 

 セシリアもつられて、雅の口から発せられた意外な単語を繰り返す。

 

「少し飛躍していますが、女尊男卑という思想をこれから先もずっと受け継いでいくと、いずれ男性たちにも限界がきます」

「と、言いますと?」

「極端な話、テロなんてことがあるかもしれません」

「そんなの自殺行為でしかありませんわ。ISに勝てるわけがありません」

「ですが、蓄積した悪意は人にどんな影響を及ぼすか分かりません。それにもし、このままいけば近い未来起こるであろう問題に直面するのは、きっとオルコットさんたちの世代です。でもそれだけは必ず避けなくてはならないし、先ほど言ったようにこの世界は醜い。それをこれから生まれてくる子供たちには見せたくないんです」

「……」

「だから僕はいつか世界を引っ張っていくであろうIS学園の生徒たちに『男にしてはましな姿』を見せるようにしているんです。少しでも男を見直してもらえるように、認めてもらえるようにと」

 

 ――そしていつか、この世界が変わってくれることを願って。

 

 そこまで言い終えた雅は、顔を下に向ける。その表情はまさに『やってしまった』という感じだった。そして数秒間、風だけが流れる時間が過ぎた後に再び雅は口を開く。

 

「……こんな世界にしてしまって、本当に申し訳ありません。ですが、せめてオルコットさんたちだけは何があっても守ります。絶対に」

 

 と最後に力ずよくそう宣言した。そして雅は、恥ずかしさを振り払うかのように小さく笑い、立ち上がる。

 

「では今度こそ僕はいきます。長々と話をしてすみませんでした」

「……待ってください」

 

 次の授業の準備をしに保健室を後にしようとするが、セシリアに綺麗な手に、右手を握られたせいでそれは中断される。

 

「ごめんなさい。僕がベラベラしゃべってしまったせいだとは自覚していますが、そろそろ行かないと」

「先生」

 

 顔を真っ赤にさせて、セシリアも立ちあがる。だがその顔はまだ床の方を向いていた。

 

「先生は今まで見てきた男性とは違うと先の試合で確信しました。そして先生の想いもしっかりと胸に刻みました。ですがやはり、わたくしはの中の不安はぬぐえないのです」

「……」

「ですが、これだけは言えます。先の試合で見せた雅先生の姿は、とても恰好良かったですよ」

 

 それは老若男女問わず誰もが見惚れるような、日輪のような笑顔だった。

 

「……ありがとう。……では、僕はいきますね」

「お、お待ちになってくださいまし。あと一つお願いがあるのですが」

「なんでしょうか?」

「わたくしに稽古をつけてください。お願いします」

「……もちろんです。いいですよ」

「ほ、本当ですか!? で、では今日からでも――!!」

 

 まるでアクセルをベタ踏みした自動車のようにグングン加速していくセシリア。今までのお淑やかさはどこへやら。突残の勢いに、さすがの雅も後ずさる。

 

「き、今日は少し予定があります。それにとりあえずまず今日の振り返りをしましょう。フレキシブルのこととかもありますしね」

「せ、先生はISについてもお詳しいのですか!?」

 

 美しいその蒼瞳に、熱意がさらにこもる。

 まるで光線でも放ってくるのではないかと思うほどの視線に耐えきれなくなった雅は、今度はゆっくりと瞳を右へと移動させる。

 

「まぁ、一応IS操縦者としてある程度のことは」

「そ、そうだったのですか。……ふ、ふふふふ。これなら、チェルシーも文句はないでしょう」

「チェルシー?」

「い、いえ、なんでもないですわ。では、わたくしはちょっと急用を思い出しましたので、失礼いたします!」

 

 そう言い残して、セシリアは優雅に走り去ってしまった。

 

「――? どうしたんだろう?」

 

 いきなりの押され展開に終始呆然と立ち尽くし、自分が急いでいたということに気づくのは数秒後のことだった。

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。
何度も何度も書き直した結果、こんなに長くなってしまいました。すみません。これで雅先生の想いが少しでも伝わったらと思います。では次回もよろしくお願いします。

P・S
戦闘描写を書くとき、必ず戦闘BGMを聞くようにしています。ちなみにセシリア戦はずっと「BIOS MK+NZK」(ギルティクラウンのあの曲)を聞いていました。澤野さん、大好きなんです。

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