僕はこの世界が大嫌いだ   作:イラスト

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 絶対防御

 全てのISに備わっている操縦者の死亡を防ぐシステム。シールドバリアが破壊され、操縦者本人に攻撃が通ることになってもこの能力があらゆる攻撃を受け止めてくれるが、攻撃が通っても操縦者の生命に別状ない時にはこの能力は使用されない。
 又、シールドバリアを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられるため、絶対防御で死亡はしないが、死ぬ一歩手前までは体験できるかもしれない。
 ついでに補足すると、絶対防御が発動した後も攻撃され続けるといずれ限界がくるので、IS操縦者はいつも死と隣り合わせだということを決して忘れてはならない。


五限目 一度や二度では、油断大敵という言葉は身に沁みない

 

 

 篠ノ乃家が保有する篠ノ乃神社の敷地内に存在する、広さ100坪の武道場。

 「一の太刀」と書かれた迫力のある掛け軸が中央に飾られたその道場では、先程まで二人の武芸者が竹刀を取り、稽古を行っていた。だが今は竹刀の打ち合う音は止み、深々と漂う空気の中に、橙色の光が境内から差し込んでいる。

 

「もう一回、お願いします」

「ダメです。さっきも言ったように今日はこれで終わりです」

 

 千冬の再戦の申し出をキッパリと断るのは、まさに大和撫子を体現したような女性。長く綺麗な黒髪をうなじのところで束ね、透き通るような白い肌を持ち、誰もが認める美貌の持ち主だ。

 その彼女は今、少しでも火照った顔を冷まそうと、頬を撫でる滴を面タオルで拭う。

 

「……ああ。分かった」

 

 まだ物足りないという気持ちがあるものの、千冬はそれを承諾した。 

 昼過ぎからずっと稽古に付き合ってもらっているので、千冬自身もさすがに無理を言いすぎていると自覚はしていたのだ。

 

「千冬さんは強くなってますよ。間違いなく。ですが、まだ勝ちは譲れませんね」

 

 彼女が言う通り、10を超えるほどの試合を行ってきたが、結果は千冬の全敗。顔色が優れないのも無理のない話だった。今まで目の前に立つ女性以外の、挑戦し、挑戦された相手はことごとく倒しつくしているのだから。

 

「はぁ、何故こうも勝てないんだろうな。葵さんは化け物か何かか」

「なんか酷い言われようですね、私」

「教えてくれ。何故私は貴女に勝てない」

 

 もはや再戦は出来ないと理解した千冬も面を取り、汗を拭きながら葵と呼ばれた女性に尋ねる。

 

「うーん。と言われましてもね。私の倒し方なんて私が知るわけないですし」

「自分の弱点とかあるだろう」

「無いです。そんなもの」

 

 即答とはまさにこのこと。

 その返答に自信やプライドといった感情は含まれていない。これが嘘偽りのない真実であるかのように、葵は淡々と答えた。

 

「やはり、化け物だったか」

「千冬さんも人のことは言えませんけどね? まぁ、私に勝つには、日々の鍛錬を怠らないことですね」

「やっているさ。毎日欠かさず」

「でしたね」

 

 困ったように、葵は頬杖をつきながら思考を凝らす。だが彼女が言うように、千冬もすでに達人の域には達しているのだ。そんな相手に適当なアドバイスがすぐに思いつくかって言ったら、答えは否だ。

 

「でしたら、試しに私の弟の相手をしてみては?」

「雅か?」

「はい。あの子も私と同じ、八色流を受け継いでいます。良い練習相手になるかと」

 

それに、と葵は続ける。

 

「あの子、最近ウサギさん――いえ、束さんに捕まって稽古を怠っているようですしね」

 

 二コリと微笑んではいるが、そう言う葵の顔には一筋の影が差し込んでいた。

 

「あいつ。どこかへ行ってるのは知っていたが、そうゆうことか」

「だから、あの子のリハビリも兼ねて相手してあげください。千冬さんも突破口が見つかるかもしれないですし」

「むぅ、しかしなぁ」

 

 そう言って、考え込むように唸る千冬。いくら姉直々推薦でも年下、しかも姉とは違って実績を何一つ残していない弟と試合することに意味があるのか、と思っていた。

 だが葵には千冬が何を考えていたか分かったようで

 

「へぇ、もしかして嘗めてます? 私の弟を」

 

 周りの温度が急に下がったように空気が震えだし、葵の瞳には光が消え去っていた。

 

「す、すまない。では、今度雅と試合をさせてくれ」

 

 背中に冷たいものを感じとり、直感でマズイと察した千冬。考えがまとまる前にすぐに決断した。

 

「はい、わかりました。ですが、もし千冬さんが雅に敗れても、私みたいに再戦は無しでお願いします。あの子、体力だけは本当にないですから」

「……ああ。分かった」

 

 葵の言い草に、苛立った憤りがじりじりと胸にくい込み、自分でも体温が上がっていくのを感じた千冬。

 葵にそこまで言わす雅を、絶対に倒そうと決断した瞬間だった。

 

****

 

「ククク」

 

 特殊ガラスの外で雅とセシリアが激しい戦闘を繰り広げている中、千冬は右手で目元を覆って、静かに笑った。

 

「――? 織斑先生?」

 

 そのことに気が付いた麻耶は、現在戦闘中の二人の膨大なISデータとバイタルモニタから目を離し、すぐ背後に立っている千冬の顔を見る。

 

「いや、なんでもない。少し昔のことを思い出してな」

 

 楽しそうに笑う千冬は滅多に見られない。そのため麻耶は、千冬が何を考えているか予想することが出来た。

 そして答え合わせをするかのように、試合が始まる前に千冬から発せられた女性の名前を口にする。

 

「昔……それは葵さんのこと、ですか?」

「ああ。もしかしたら私も試合中、オルコットような顔をしていたのかもな」

 

 手をどけて千冬が見るのは、拡大表示されたセシリア。その表情は、思い通りにいかないことへの怒りがにじみ出ており、そして僅かにだが、戸惑いの感情も読み取ることが出来た。

 

「――??」

 

 だがそれは千冬の目だけがそう捉えているため、ただただ集中して戦闘をしているようにしか見えない麻耶は、千冬の発した言葉の意味が伝わらなかった。

 

「織斑先生? どちらへ?」

 

 摩耶が首を傾げている中、千冬は戦闘から目を離して管制室の出入り口へと足を運ぶ。

 

「なに、久々に迎えに行ってやろうと思ってな」

「へ?」

 

「誰を?」と麻耶が聞く前に、千冬は管制室を後にしたのだった。

 

****

 

(負けわけるわけにはッ!、わたくしは、負けわけにはいかないのですッ!!)

 

 眉間にしわ寄せ、鋭い眼差しをしているが、その内心では焦りに焦っているセシリア。そんな状態でも彼女のBT稼働率は上昇し続け、今では彼女の過去最高記録である、120%にまで達していた。

 

〔警告。敵IS、BT偏光制御射撃を発動。危険度ランクAにまで上昇。即刻対象を殲滅してください〕

 

 BT偏光制御射撃(フレキシブル)

 それは、BTから発せられるレーザーを精神感応制御することによって、弧を描くように曲げることが可能になる、いわばBT操縦者の奥義とも呼べるシステムだ。

 BT稼働率が最高状態になるという、厳しい条件を満たす必要があるが、一度発動してしまえば攻撃パターンが無限大に広がり、その変幻自在な射撃で相手を圧倒する。

 

「――ッ!!」

 

 その最中、セシリアは不意に顔を歪ませる。

 フレキシブルを制御するために膨大な情報処理をおこなっている脳は、悲鳴を上げているのだ。それは強い頭痛となって、セシリアに牙を剥く。意識が朦朧としていてもおかしくはない状態だった。

 

「これしきのことで……!」

 

 極限の状態とはまさにこのこと。

 しかし彼女の強い精神力がそれを押し留め、雅を倒すことだけに全神経が集中していた。

 

「そこ、ですわッ!!」

 

 時折地上から飛来してくるエネルギー刃を避けつつ、最低100mという一定の距離を保ち、雅の動作を先読みしながら射撃を行う。

 もはや嵐のようにフィールド上がレーザーで荒れ狂い、大気がビリビリと震え、砂塵が噴水のように舞い散る。

 あまりの猛攻に観客もこれには歓声を忘れ、静かに息を飲む。こんなのどうすればいいんだ、と。

 しかしその標的である雅には、一度たりとも命中することはなかった。

 

(まだ、まだッ!! 足りないと言うのですかッ!!)

 

 もはやレーザーが雅を避けているのではないかという思うほどに、スルスルと躱されてしまう。

 故にセシリアは、オーバーヒート上等ぐらいの勢いで脳をフル回転させ、BTと視覚的情報、両方に意識を集中させ、感覚をさらに研磨させていく。

 いくらレーザーを曲げられても、それが緩やかであったり、ましては精度自体が落ちてしまっては逆効果だ。それを理解してない彼女ではなかった。

 

「クッ!! ゥゥウッ!!」

 

 津波のように痛みが押し寄せる。

 フレキシブルを発動させてのは今日が初めてのセシリア。たとえ彼女の射撃センスが優れていても、今の状態を見るに力を持て余しているのは明白。

 だが、新たな力を得た人間は、そう簡単にそれを捨てられない。そんな人間の心理が彼女自身を蝕んでいた。

 

「そろそろ仕掛けないとマズイか」

 

 一方雅も、内心若干の焦りを感じつつはあった。

 いくら未完成のフレキシブルとはいえ、戦闘中にいきなり発動されたら誰だって動揺するし、対応するのに若干時間を要するだろう。

 やっと目が慣れた頃には、試合終了まで残り2分という時間にまで迫っていた。だから結果的には、セシリアのその粘り強い攻撃が、雅を追い詰めることとなってはいたのだ。

 だが「もう時間はかけられない」そう判断した雅。

 弾幕が薄くなる一瞬というタイミングを見極め、再び後部スラスターと、IS刀を握らせた左腕を展開する。

 

「いくよ」

〔了解〕

 

 打鉄に雅はそう語りかけ、打鉄も待ってましたと言わんばかり返事をする。

 その直後、光と爆音と共に直線の輝線を生みながら、雅はセシリアへと飛翔する。

 

「……やはり、来ますか」

 

 自分の攻撃を掻い潜ってくる雅を見て、落胆するかのように小さく呟くセシリア。そして狙いを定め、懐のBTからミサイルを射出する。

 

瞬間加速(イグニッション・ブースト)準備完了(スタンバイ)

「起動」

 

 ドゥッ!! という鼓膜が破れたと錯覚するような轟音と共に、雅は速度を最高速まで一気に昇華させ、ミサイルの間を風のようにすり抜ける。

 もはや地面に激突するしかないミサイルは、雅を追ってきた衝撃波で粉々に砕け散った。

 彗星の如く加速した雅は、IS刀を腰に構える。鞘はないが、それはまさに居合斬りの構えだ。

 目前。雅はIS刀を振るった。

 

――キィイイインッ!!

 

 太陽光のようなまばゆい光が、アリーナ全体を一瞬だけ照らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やりますね、オルコットさん」

「……貴方こそ。ですが」

 

 地声がお互いの耳にまで届くほどの距離。

 セシリアの右手に握られているのは、インターセプタという近接武器。それが雅のISを受け止めていた。

 咄嗟ではない、今度は確信を持ってして雅の太刀筋を見切ったのだ。

 

「チェックメイトです」

 

 無表情のセシリアは、身も凍るような冷たい声で、そう告げる。

 雅の背後には、四つのBT。その先が青く光り始めていた。

 

「いいえ、まだです」

 

 完全に包囲された雅だが、その瞳から漏れ出す闘志は消えない。ギリギリとIS刀に力が加わる。

 

(……感服、いたしましたわ)

 

 その覚悟を決めたような真剣な表情の雅を間近で見て、さすがのセシリアも純粋に雅を褒め称える。

 と同時に、その雅のIS刀を封じ、BTで背後をとった。そして試合終了まであと10秒をきっている。今の状況を冷静に分析したセシリアは、自分の勝利をほぼ確信していた。

 

「……左手?」

 

 刹那、雅が持つIS刀がふとセシリアの目に止まる。

 そして唐突に襲ってきた違和感が、セシリアを少し前の過去へと引き戻した。脳裏に浮かぶのは、スターライトmkⅢを破壊される直前の光景。

 

(あのときは確か――)

 

 違和感の正体に気が付くと同時に雅の右腕に視線をスライドさせる。そして目に飛び込んできたのは刀身が真っ黒のIS刀だった。

 

 




セシリア編は次で最後です。話の展開が遅くて申し訳ありません。
では次回もよろしくお願いします。


P.S 
FGOというアプリをやっているんですが、手に入れた最レアのキャラが弱すぎてツライ。

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