僕はこの世界が大嫌いだ   作:イラスト

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 ハイパーセンサ

 ISに搭載されている高性能センサー。操縦者の知覚を補佐する役目を行い、目視できない遠距離や視覚野の外(後方)をも知覚できるようになる。その膨大な視覚情報の処理を向上させる機能だけでなく、本来不可視である空間の歪み値、大気の流れも探ることが可能であり、又他にも、射撃に必要な情報を選択してIS操縦者に伝達したり、IS操縦者自身のバイタルサインのモニタリングも行っている。
 本来は宇宙空間という数千〜数万km単位の距離で使用するのが前提であるため、大気圏内ではリミッターが掛かっており、そのリミッターを解除するにはISコアへの干渉が必須である。
 こうして見ると、やはりISとは、男性には絶対与えてはならない代物だということがよく分かるね。


四限目 先生とは生徒の前に立ちはだかる壁である

 

 

 IS学園敷地内にある第三アリーナ。

 放課後、己の技術を磨く生徒たちのために解放させる訓練場には多数の観客が詰めかけていた。

 二重に展開されたシールドバリアの外側から向けられる視線は、蒼いISをその身に纏ったイギリス代表候補生と、黒い対通常兵器用のスーツを装備した男性教師がいる中央のステージ・アリーナに集約される。

 

『さて、準備は出来ているようですね』

 

 開始予定時刻まで後二分。

 雅の右腕が光の欠片を集約されたかと思うと、突如出現したのは打鉄の右腕。その手には黒いIS刀が握られていた。

 

『ち、ちょっとお待ちくださいまし!』

『なんです?』

 

 歓声がステージ・アリーナを包む中、セシリアは目を見開き、雅目掛けて人差し指を突き出す。

 

『それ!』

『どれ?』

『ほとんど生身じゃないですか!? わたくしに人殺しになれと!?』

 

 先程までの精神統一が無駄になってしまうほどのセシリアは乱心していた。だがそれは無理もない。彼女が言った通り、雅は戦闘服に身を包んでいるとはいえ、ISの前では生身同然の姿をしていたのだから。

 しかしそれは決して、セシリアを嘗めているわけでも、醜悪なプライドがそうさせているわけでもない。

 

『ああ。では始める前に簡単にですが、説明しておきましょうか』

『は、はぁ』

 

 今日で有り得ないことを数回体験しているセシリアにもはや怒る気力もない。半端諦めたかのように大人しく耳を傾ける。

 

『まずISとはISコアに秘める未知なるエネルギーを原動力として動いているのは知っていますね?』

『え、ええ』

 

 ISを展開するにも、大空を飛ぶにも、身体を守るシールドバリアを構築するシールドエネルギーにも全て例外なく消費するエネルギー。

 雅はそれをアンノウン(未知なるエネルギー)と抽象的に表現したが、実際にその通りで、現在までISの原動力となるエネルギーが何なのか分かっていない。というか、それを秘めるISコア事態が強固なセキュリティに守られているため、未だに誰も解読出来ないのが現状だ。

 

『IS適性によって、そのエネルギー効率の良し悪しに多少の差が生まれるんですけど、女性である皆さんは問題なくISを展開できますよね』

『……なるほど、なんとなくわかりましたわ』

『さすが学年首席ですね』

 

 セシリアは地上の雅を冷ややかな目で見下す。

 ISは女性しか使えない。

 通常、IS適性はSからDまでの五段階(A+やB-等の評価を除く)で評価出来るのだが、男性である雅は判定不能。それは少なくともD判定よりも下回っているということを意味していた。

 底辺か、それに近い雅は、ISこそ起動はするものの、シールドバリアや絶対防御といった生体維持機能だけでエネルギーのほとんどを費やし、エネルギー兵器や一時的な飛行するためのエネルギー消費の燃費の悪さは最低という、致命的なハンデを背負っていた。

 本来ならアンノウンを考慮せずにISを乗り回しても問題はないが、雅の場合、何も考えず全力戦闘を行えば、シールドエネルギーよりも先にアンノウンが尽きるという前代未聞の事態を招くとこととなる。

 

『つまり、出来損ないというわけですね』

『まぁそういうことです』

『ハッ!! そんな状態で勝負を持ちかけるなんて、やはり男とは馬鹿な生き物なのですね』

 

 そう言いながら銃口を雅へ向け、スコープを覗く。その目はもはや獲物を捉えた鷹の目だ。

 

《ちょ、オルコットさん! まだ開始の合図は出ていませんよ!?》

 

 トリガーに指をかけ、今にもそれを引こうとするセシリアに、今までの様子を管制室で静観していた麻耶が慌ててオープン・チャットで止めに入る。

 

『確かに貴方の言い分は理解しましたわ。ですが信用はしていません』

《あの、私の話を聞いています!?》

 

 狙うは雅の左腕、ではなく、おそらくそれを覆っているでだろう僅か数マイクロのシールドバリア。

 

『これから貴方を撃ちます。大丈夫です、当てはしません」

『ええ、構いません』

《影中先生!?》

 

 一旦スコープから目を離して、セシリアは雅の顔を見る。恐れている様子は一切ない。ただその場で静止し続ける。

 

『即答、なのですね』

『生徒を信頼するのが先生ですから。あと丁度開始時間なので、それの着弾が試合開始の合図としましょう。いいでしょうか? 山田先生?』

《……はい。もうそれで、いいです……》

『では審判からの了承も得ましたし、お願いします』

 

 トクン、トクン、トクンと一定に脈打つ拍動を指先にまで感じながら、再びゆっくりとスコープを覗き込み、トリガーに人差し指を引っ掛ける。

 

「……本当におかしなヒト」

 

 そして一発の銃声が、アリーナ内に響き渡るのだった。

 

 

〔シールドエネルギー減少。損傷軽微〕

 

 打鉄からの警告通り、雅のシールドエネルギーは 数%減少した。それと同時に、右腕を後ろに投げ出し、左腕は大きく振って雅は全速力でフィールドの右端へと駆け出す。まるでスラスターを展開したISのように、常人には程遠いとてつもない速度で。

それにより、フィールド・ステージに突風が辺りの砂たちを巻き込んで、吹き荒れる。

 

『お見事です。イギリス代表候補生の肩書は伊達ではありませんね』

『当然ですわ。ですが貴方もよく微動だにしませんでしたわね。そこは褒めて差し上げますわ』 

(いやだって、動いたら当たるし……)

 

 数秒前のこと。セシリアの視界に「HIT」という文字が表示されたが、ハイパーセンサを通して見る雅の左腕には、確かに傷はついていなかった。それはつまり、雅の身に纏っているシールドバリアを撃ち抜いたということに他ならない。これで心置きなく叩き潰せる。

 

『では遠慮なく、行かせてもらいますわ!!』

 

 腰部のスカートからフィールドへと射出されるのは、直径が一メートルはあるであろう細く、鋭利な蒼い物体。

 

「きたね。ではサポートよろしく」

 

 ブルー・ティアーズ(以下BT)。そう呼ばれた遠距離無線型兵器が計四基、壁際に沿って駆け続ける雅目掛けて連続的にレーザー射出を開始する。

 四方向からの同時攻撃。スラスターを展開していないことでZ軸方向へ回避することが出来ない雅に対して、極めて効果的な戦法だ

 

〔敵ISのBT稼働率80%。ハイパーセンサの起動を推奨します〕

「あまりエネルギーを消費したくないけど、これは仕方ないね」

 

 あまりの劣勢に苦笑しながら、雅はハイパーセンサを起動する。

 悠遊と漂う大空のように広がった視覚的情報が、雅の脳を強く刺激し、あらゆる方向からの攻撃を最適に回避できるよう、電気信号が連続的に肉体へと伝達されていく。

 そこに戦闘用スーツのアシストが加わることで、もはや名刀のように研ぎ澄まされた感覚が、雅の高い身体機能を爆発的に上昇させる。

 

『貴方、一体何者ですの!?』

 

 セシリアに人ではない何かを目のあたりにしているかのような、驚愕の表情を見せる。なにせ四方向からの同時射撃が全て、IS刀一本と、己が持つ肉体機能だけ防がれているというのだから。

 自然と手に汗がにじみ、心臓の拍動が速くなっていく。

 

『IS学園教師たるもの、そう易々にやられはしませんよ』

『クッ!!』

 

 レーザーの雨という圧倒的な火力を前にしても、動揺することなく涼しげに、そして得意げな表情を見せる雅にセシリアは若干の苛立ちを覚え、そして焦りが生じる。

 

(……落ち着いて。あちらは地を這う蛇同然。恐れることは何もありませんわ)

 

 沸々と湧き上がる感情を抑えつけ、自分が圧倒的有利な立場であることを再確認する。そして冷静に思考を整え、地上で避け続ける雅に対して慌てず繊細に、そして正確に動きを分析しながらBTを操ることに専念した。

 

(――!! ここですわッ!)

 

 そして開始から5分後、チャンスは唐突に訪れた。

 雅が後方からのレーザーを、右足を踏み切りタンッと軽くジャンプして回避したのだ。

 空中ならば回避は出来ない。そう思うよりも早くに全神経をスターライトMkⅢに集中させ、反射的にトリガーを引いた。

 直径二メートル、六七口径の特殊レーザーライフルから繰り出される、エネルギー弾は蒼い軌線を描いてターゲットへと一直線に向かっていく。

 

〔敵ISから高密エネルギー弾接近〕

 

 雅の耳にISからの警告音が鳴り響く。

 本来はシールドエネルギーの残量零、又は操縦者意識喪失が試合の勝敗を決めるのだが、今の試合は授業中に執り行われているので時間制限を設けている。

 つまり喰らっても負けにはならないが、時間内に受けた分以上のダメージを相手に与えなくては、シールドエネルギーがいくら残っているとはいえ敗北してしまう。

 要約すると理由は何であれ、絶大な威力を誇るアレを絶対に喰らってはいけないということだ。

 

「IS刀、再展開」

〔了解〕

 

 エネルギー弾が迫った刹那の出来事。雅は空を舞う中グルンと体を反転させ、逆手に展開し直したIS刀でそれを受け止めたのだ。

 パァーッンという轟音と黒煙がフィールドを包み込む。

 

「フンッ、他愛のな――ッ!?」

 

 眼下で濛々と黒煙と砂塵が立ち込める中、セシリアは己の勝利を確信する。だがソレは突如として襲ってきた。

 

「クッ!!」

 

 エネルギー刃。ハイパーセンサを通じて捉えたソレ目掛けて、セシリアは再びトリガーを引く。

 二度目の轟音と爆発。

 

「あり得ない! 確実に直撃したはず!!」

 

 だが反撃されたという事は仕留めていないということ。

 動揺を隠しきれないセシリアであったが、今は状況を把握すべきだとすぎに思い至りハイパーセンサを赤外線モードへ移行させた。だが時はすでに遅し。さらに窮地へと追い込まれてしまうこととなる。

 

「なんなんですの!! あの人は!!」

 

 辺りを浮遊していたBTの二基が突然堕ちたのだ。

 黒煙の中から突如飛来してきた三日月状のエネルギー兵器を相殺すべく、意識をBTから離した一瞬の隙に、やられたのだ。

 

『参ります』

『なっ!?』

 

 セシリアに考える余地を与えんと、疾風の如く黒煙を斬り裂いて飛び出して来たのは、右腕にISを展開させた雅。わずか15メートルという低空にいるセシリアに向かって跳躍する。

 静かに、されど強い闘志を灯した闇夜のような瞳に、ゾワッと背筋が凍りつくセシリア。

 そこへ音もなく鋭い斬撃が襲い掛かる。

 

「キャアッ!!!」

 

 アリーナに響くは細く透き通るような音と、小さな爆発音。だが、セシリアのシールドエネルギーが減少することはなかった。

 

〔敵IS武装の破壊を確認〕

「了解。一度体制を立て直す」

 

 スターライトMkⅢを咄嗟に盾にされたことで、ダメージを与えることは叶わなかったが、代わりに脅威を一つ潰すという成果を得ることが出来た雅。だが、まだ決着ではない。自由落下中、雅は次はどのように接近するか算段を立て始める。

 

(わたくしが、負ける?)

 

 一方、スターライトMkⅢ(決め手)を失うという極めて深い痛手を負ってしまったことで、強い不安と焦燥感にかられていたセシリア。その脳裏には敗北という二文字と、その先に待ち受ける未来が色濃く映し出されていた。

 

(いいえ、いいえ。まだわたくしは負けてないッ!!)

 

 受け入れるわけにはいかない結末を、首を激しく振って強引に振り払う。そして、奥の手として隠し持っていた、新たな四基(・・)のBTを迷う事なく場に繰り出した。そして間髪入れずに、その内の二基から弾道ミサイルが発射。狙いは雅の着地地点。

 

〔後方から敵ミサイル接近。回避を〕

「ウィングスラスターを展開」

〔了解〕

 

 雅の背部に出現したスラスター。それを一時的に起動させる事により、ミサイルの射線上から強引に離脱する。

 直後に直径30メートルのクレータが生まれ、地面が砂塵となって辺りに舞い散る。

 

「まだそんな手を。……どこまでも、どこまでもわたくしを馬鹿にして――ッ!!」

 

 淡く光るその蒼瞳が捉えるは影中雅。自分の今までの築き上げたものを脅かす存在。

 わたくしはオルコット家当主。この弱肉強食の世界で生き残るためには勝利を手にし続けることは当然の責務。それを阻むものは誰であろうとも、許しはしない。絶対に! どんな事があっても!!

 

『……もう油断はしません。これで終曲(フィナーレ)です……!』

〔警告。敵ISのBT稼働率が急激に上昇中。武装展開することを強く推奨します〕

「……オルコットさん」

 

 セシリアの周辺を浮遊するBTは計六基。それらがすべて不規則に、まるで一つ一つに意思が宿るかのように、雅を喰らい尽くさんと一斉に襲い掛かってきた。

 

 




イラストです。
というわけで、今回はちょっと独自解釈によるオリジナル設定がありました。これからもたぶん独自解釈が入っていくかと思いますが、よろしくお願いします。

P,S 
一か月ぶりにお気に入りのラーメン屋に行ったんですが、味が明らかに変わっていて、とても残念な思いをしました。

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