アラスカ条約に基づいて日本に設置された、IS操縦者育成用の特殊国立高等学校。操縦者に限らず専門のメカニックなど、ISに関連する人材はほぼこの学園で育成される。また、学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約があり、それゆえに他国のISとの比較や新技術の試験にも適しており、そういう面では重宝されている。世界中の男からは
「貴方を教師として認めませんわッ!」
今日も平穏に時が流れるIS学園。
そんな中、一年一組に響き渡る怒りのこもった美声。その主はイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットだ。
目をつり上げ、顔を真っ赤にしていることから雅にはセシリアがどのような心理状態かは一目でわかった。だがそれとは裏腹に、口をポカンと開けて何が起きたか分からないような顔をしていた。
「……」
「ちょっと、聞いていますの!?」
「あ、やっぱり僕だよね」
「貴方以外に誰がいますの!?」
ババンと再び机を叩く音が響き渡る。
「いや、一応僕教師だからね。いきなり啖呵を切られるととさすがの僕でも動揺すると言いますか……」
「だからッ! 貴方を教師だと認めてませんからッ!」
「ああ、それもそうだね……」
妙に納得した雅だが、それはセシリアの剣幕に圧倒されて完全に思考停止しているせいである。まだ授業の内容にすら触れていないのに、突然教師を罵倒する生徒なんて見たことも聞いたこともない。
「一応、理由を聞いておきましょうか」
「決まっているでしょうッ! 何の特別な能力すらないのに、束博士のお気に入りというだけで貴方がここに勤めているからですわッ!」
「誰もお気に入りとは言ってな――」
「――とにかくッ! わたくしは貴方を認めませんッ!
もはや懲罰房行きを言い渡されてもいいくらいの発言ではあるが、このクラスの副担任である雅は、そう簡単に罰するつもりは毛頭なかった。
故にこの場をどう切り抜けようか、頬杖をついて思考を巡らしていた。
(ここまで極端に男性嫌いとはね)
元々家庭の事情で男嫌いだったセシリアは、ISの出現で男性の立場が弱くなった、そして両親が亡くなったことで莫大な遺産を相続した、主にこの二つの件でそれが拍車をかけ、彼女の中では男とは脆弱かつ醜い存在となっていた。
故に女性である束の推薦で雅が現在の地位についている雅は、言ってしまえば彼女にとって一番嫌いなタイプだったのだ。
「だいたい男だけでも虫唾が走るというのに、ISに関して特別な知識があると思いきや、担当教科は一般教科のみ。もはやそこらの一般教員と変わらない貴方に、わたくしが教わる事など一つもありませんわ!」
(……はぁ。やっぱりダメだったか)
首を垂れ、心の中でがくりと落胆する。
副担任である以上、セシリアを含め、一年生全ての生徒の情報を収集していた雅は、こうなる事は予測していた――が、これといった対策などある筈がないので運を天に任せていたのだが、現実はそう甘くはなかった。
「確かにオルコットさんの――」
「――おい、さっきから聞いていれば雅兄に好き放題言いやがって。一体何様のつもりだよ」
滝のように罵倒を浴びせるセシリアに対して、先に堪忍袋の緒が切れたのは一夏だった。彼も眉間に皺を寄せ、セシリアを突き刺すかのような鋭い瞳で睨み付ける。
だがセシリアそれに臆することなく、一夏を見下すかのように涼しげな表情をしている。
「あ、あの一夏君? 今は僕が――」
「――貴方こそ、このイギリス代表候補生であるわたくしに向かって何様ですか?」
「あ? 代表候補だかなんだが知らねぇけど、雅兄もことを何にも知らねえお前がこれ以上馬鹿にしてみろ。雅兄が許しても俺ら
「……二人?」
「まさか……」
雅はハッと思い立ったように視線を窓側に向けると、そこには人を殺すかのような眼光をしている箒の姿があった。一切言葉は発さないが、代わりに周りの生徒が後ずさるほどの禍々しいオーラを放っている。
「そこまでにせんか馬鹿ども。一体質問コーナーに何分費やすんだ」
さすがにこの状況に見かねた千冬が、この場に介入する。
因みにその質問コーナーの発端である清香は、いつの間にか席についてバツが悪そうな顔をしていた。
「影山先生もしっかりしろ。一体何年教師をやっているんだ」
「あははは、すいません。今年も強烈な生徒ばかりで頼もしい限りですね」
「冗談は後にしろ。で、どうやってこの場を治める気だ? これではあいつらも納得しないだろう」
担任だというのに丸投げである。
一夏とセシリアは一旦言い争いを中断して正面を向いているが、やはりというべきか、お互いの表情は優れない。
「分かりました。確かにこのまま遺恨を残すと、面ど――いえ、周りの生徒に迷惑ですからね」
「また、やるのか?」
「一応、そう考えています」
「……もはや、ここまでが毎年恒例行事となりつつあるな。なんとかならんのか」
「僕に言わないでください。一年目ならまだしも、数年立つのに僕の存在が世間に伝わらないのが悪いんです」
「それはお前の顔が――いや、なんでもない。……はぁ、私は先に準備しておくから、早く来いよ」
そう言って千冬は教室を退室してしまった。それを見たクラスの生徒ほとんどが、怒って出て行ってしまったと顔を青ざめる。それはセシリアと一夏も同様だ。
なにせ千冬は雅とは違って束に並ぶ世界的有名人であるのだから。まぁ一夏に至っては姉が怒ったらどうなるか知っているからであろう。
「皆さん、心配しないで下さい。織斑先生はちょっと準備があるので、先に行ってもらいました」
「じ、準備、ですか?」
「はい。では、オルコットさん」
「……なんですの? 教師を辞める決心でもつきました?」
当たり前だが未だに不機嫌なセシリアは、教師である雅に対して精一杯の悪態をつく。その目は人に向けるものではなかった。
「おい、まだそんなことを言う――」
「――仕方ないですね」
「雅さん!?」
一夏より先に驚きの声を上げたのは、ずっと鋭い視線だけをセシリアに向けていた箒だ。
「……賢明な判断ですわ。やはり男がISに関わるなどおこがましいにも程があります。早く荷物をまとめて出ていきなさいな」
「……貴様、先ほどから黙って聞いていれ――」
「――篠ノ乃さん、今は僕とオルコットさんが話しています。お気持ちは嬉しいですが、下がっていてください。……一夏君もですよ」
「――ッ」
口を開きかけた一夏だが、グッと奥歯に力を籠める。
「セシリアさん、確かに貴女の言う通り、男である僕はこの学園にふさわしくないかもしれません。ですが、ここに教師として勤めている以上、易々と辞めるわけにいきません。僕には貴女たちを育て、卒業まで護る義務がある」
「ですからッ! 貴方みたいな下劣な男から教わることは何もないと言っているではありませんかッ!」
もう我慢の限界なのか、先ほどまで涼しげだった顔が、熱される鉄のように再び赤く染まっていく。だが、雅は先ほどとは異なりピクリとも表情を変えない。まるで悟っているかのようにセシリアの美しい蒼眼だけを見つめる。
――打鉄零式、展開――
そして目を閉じ、雅は心の中でそう唱える。
すると床と水平になるまで上げた右腕は突然輝きだし、光の欠片に包まれていく。
「うっそ……」
「え、ええっ!?」
「まさかッ!!」
光が霧散するとそこには雅の腕はなく、漆黒の機械腕が出現したのだった。
「「「……」」」
言葉を失うとはまさにこと。クラスの生徒たちは男である雅がISを展開したという単純な事態を、理解するのに精一杯だった。そこに躊躇なく、雅は切り込んでいく。
「では、セシリアさん」
「は、はいッ!」
セシリアにとっても予想外の事態だったためか、いつの間にか怒気は消え去り、まわりの生徒と同様に今起きた出来事を把握するのに頭が一杯だった。
「僕と勝負しましょう」
「勝負、ですか?」
「はい。それに皆さんには僕のことを知ってもらった方がいいと思いますので」
「いえ、ち、ちょっとお待ちくださいまし! まずそれについて説明してくださる!?」
ビシィッ! と雅の腕めがけて指を指す。
「びっくりしました?」
「う、ええ、まあ、少しは……」
雅の無邪気な笑顔を見て、セシリアはこの日はじめて目を反らした。
「ではこのことを知ってもらうためにも、僕と試合をしてくれませんか?」
「……わかりました。ですがわたくしが勝ったら、このクラスから手を引いてくださいまし」
「いいでしょう」
淡々としている会話だが、周りは未だに困惑の極みだ。なにせ自分たちの教師が男性だというのも驚きなのに、まさかISまで展開出来るなんて思っていなかったのだから。
「では貴方が勝ったら――」
「――別に何もありません。これから一年一組の副担任として職務を全うするだけです」
「……無欲なのですね」
「僕は教師です。生徒であるオルコットさんに何かを求めるのは間違ってます。というか犯罪に近いですよね」
あはははは、と雅はいつものように気楽に笑って見せた。
こうして入学式終了後僅か一時間で、今年度初のIS対決が執り行われることとなったのだった。
「……おかしなヒトですこと」
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「スマンな、山田君。急に呼び出して」
「い、いえ、大丈夫です。いきなり呼び出されたから殺され――いえ、何事かと思いましたよ」
千冬と麻耶がいるのは第三アリーナの管制室。そこで麻耶は背後に立つ千冬の気配をいつも以上にヒシヒシと感じながら、目の前に表示されるディスプレイを操作していた。
「それにしてもやはり例年通りになりましたね」
「まったくだ。念のためと思って、事前に準備をしていたことが功を奏したな」
「ああ、だから異様にアリーナの準備が早かったんですね」
普通の世間話をしているが、麻耶の手は高速にディスプレイをタイピングし続け、次々とシステムチェックを行っていく。こんな芸当ができるのはこの学園で彼女だけだ。
だが生徒たちの前ではそれを披露する機会はないため、教師として生徒からあまり尊敬されていないのが彼女の密かな悩みである。
「それで、話は変わるが」
「あ、ちょっと待ってください」
複数あるモニタに表示される項目が、次々と「CLEAR」という文字へ変わっていく。そして最後にモニタ全てが鮮やかな緑色へと変貌を遂げ、中央の一番大きいモニタに「SYSTEM ALL CLEAR」と表示された。
これにより、第三アリーナはフィールドと観客席の間に二重のシールドバリアが展開され、すべての準備が整った。
「相変わらず仕事が早いな」
「コレが私の取り柄みたいなものですから」
あははは、と照れ隠しのために笑ってみせる。
「それで、なんですか?」
「いやな、仕事の話とは別なんだが」
「へぇ、珍しいですね。織斑先生が仕事中にそんなことを聞くなんて」
「まぁ少し時間が余ったからな。たまにはいいだろう」
そう言って、千冬は珈琲が入ったカップに口をつける。
「そうですね。で、なんですか?」
麻耶も千冬に倣うようにカップを口元までもっていく。そしてふー、ふーと砂糖が入った珈琲を冷ます。
「いつ雅に惚れたんだ?」
「ブハァッ!」
ピッー!、ピッー!、ピッー!
「あ、えと、すみません」
突然、管制室内にシステムをエラーを促すアラートが鳴る。麻耶はズレた眼鏡をクイっと元に戻しながらそれを解除し、何事もなかったように警報の原因を探り始める。
「惚れているのだろう?」
ピッー!、ピッー!、ピッー!
千冬の問いに呼応するかのように再びシステムエラーを促す警報が管制室に鳴り響く。
しかし麻耶は警報を解除だけして、何かを諦めたように手を膝の上に置いた。
「……確か先輩は雅君の幼馴染でしたよね?」
「ああ、そうだ」
モニタの方を向いて一向に顔を見せない摩耶だが、耳まで真っ赤にしているせいで、今どんな顔をしているか千冬には容易に想像できた。
「なら聞きますが、みやび君にこ」
「こ?」
「こ、ここ恋人とか、いたりするんでしょうか?」
麻耶は千冬とは学生時代からの付き合いだ。故に千冬にここまで断言ときは、自分が100%確信を持っているときだということを麻耶は知っていた。
だから観念して自分の欲望のまま、ずっと胸に秘めていた不安を千冬にぶつけた。
「……」
麻耶の肩が小刻みに震え出す。
「……ふっ、心配するな、おらんよ」
「ほ、ほほ本当ですか!?」
一瞬間をおいて告げられたその言葉に、すぐさまイスから立ち上がり、猪のようにガバッと千冬に詰め寄る麻耶。やはりというべきか、その顔はリンゴのように真っ赤に染め上がり、目じりにはキラリと滴が輝いていた。
「あんなに女子生徒や他の教師に人気があるのに!?」
「あ、ああ。まず、間違いないだろう。ただな――」
「ま、まままさかまさかのあの雅君がフリーとは、これは愛の女神が私に微笑んでいるとしか……!」
「聞け、麻耶。確かに雅には恋人と呼べる女性はいないが、それにはそれなりの理由がある」
「へ? それってどういう――ももももしや、すでに好きな人はいるとかっ!?」
秒の速度でコロコロと様々な表情へと変わる麻耶を眺めているだけで愉快なのだが、残念ながらそんなことをしている時間は無い。着々とIS対決までの時間が迫ってきているのだ。
暴走しかけている麻耶を、千冬はどうどうとなだめる。
「落ち着け、そうではない。はぁ……麻耶は
「え? はい、もちろん知ってますよ。第一回モンド・グロッソの決勝戦で先輩が下した相手ですよね? ただ、先輩に負けず劣らずの実力だったと記憶しています。決勝の内容を見る限りには」
「ああ、彼女は私のライバルであり、親友であり、そして憧れだった女性だ」
その葵という女性を脳裏に浮かべているかのように、目を瞑ったまま千冬は語る。
「せ、先輩にそこまで言わせるとは。その葵さんはよほど素敵な方なんですね。でも、その人と今の話に何の関係が?」
一瞬「雅の好きな人」というワードが頭に過ったが、数十秒前の千冬の言葉を思い出し、その可能性はないと勝手に結論づけた。
「……雅はその葵の実弟だ」
「え?」
淡々と告げられた驚愕な事実に、麻耶は再び混沌の世界へ叩き落される。
「ええっ!? だ、だって雅君の苗字は――」
「そう、確かに今は影山だ。しかし昔は八色だったんだ」
「で、ではなんで今は影山と名乗っているんですか?」
苗字を変えるきっかけは離婚、養子等、人によって様々である。雅の場合も例外ではないのだが、その変える元のキッカケが最悪と言っても良いほどのものだった。
「……」
「先輩?」
「……亡くなったんだ。飛行機事故で家族と一緒に、な」
少し長くなっちゃいましたね。ここまで読んでくれてありがとうございました。