女尊男卑の世界
ISが女性のみしか使えないことによって訪れた世界。女性はそこら辺の他人である男性を平気に荷物持ちにさせ、断ったら警察を呼んでしまうそんな世界。
なぜISを扱えない女性までもがそんな態度にまで発展してしまったのか甚だ疑問だが、とりあえずISが登場する前の男性共が、ク○野郎だったからだと思うことにしよう。
「今でも信じられないないんだけど、雅兄、だよな?」
SHRが終了した束の間の休み時間、早速一夏は幼馴染である雅のところに来ていた。
そのせいでクラス中、いや、IS学園中の生徒たちの注目の的となった。なにせ世界初男性操縦者とIS学園唯一の男性教師の会話となると、この学園が設立してから初めてのこと出来事なのだから。
しかしこの教室に入りきらないほど相当の人数が集まっているというのに、まるで誰もいないかの様に静まりかえっているという、なんとも異様な空気が一年一組に漂っている。だれもがこの二人の会話に耳を傾けているのだ。
「うん、久しぶりだね一夏君。ほんと見間違える程にいい男になったね」
「あ、ありがとう――じゃなくて! 今までどこに行ってたんだよ! 連絡もしないで急にいなくなっちゃってさ!」
「……そうだね。心配をかけてごめんね。」
「そりゃそうだよ、まったく」
まるで反抗期の中学生かのように拗ねてしまった一夏の頭に、雅は困った顔を浮かべながらポンっと右手を置く。
「いつの間にか身長も抜かれちゃったんだね」
「ホントだ。というか、雅兄があまり成長してないんじゃないか?」
「……」
昔は雅を見上げていた一夏だったが、雅が16歳のときから成長が止まってしまったせいで、今では一夏と約15㎝程まで差があり、雅が見上げる形となっている。
身長が小さいことに若干のコンプレックスを抱いていた雅にとって、その一夏の言葉は心に密かなダメージを与えた。
「雅兄?」
「じゃあまた後で。一夏君は人気者としての義務を果たしなさい」
「は? どういう――」
意味が理解できない一夏を置いて、雅は廊下に詰めかけている生徒へ向けて。右手でOKサインを作る。それと同時に教室にワッと生徒たちが雪崩れ込んでくる。そのほとんどが下級生ではなく上級生たちだ。
「あ、あのっ、ちょまっ! み、雅兄っ!!」
突然の事態に雅に助けを求めるが、あっと言う間に上級生に囲まれてしまった。
そして有無を言わせずどんぶらこ、どんぶらこと、どんどん流されていく一夏を雅は軽く手を振りながら見送った。
「雅さん!」
近年稀に見る満面の笑顔で雅の元に駆け寄ってきたのは、長く艶のある黒髪をポニーテールにしている篠ノ之箒だ。
「やぁ、箒ちゃんも久しぶりだね。元気にしてた?」
「は、はい! み、雅さんもお元気そうでなによりです」
「箒ちゃんも見ない間に大人の女性らしくなったね。うん、束さんに似てとても美人になった」
「え、え? そ、そうでしょうか――ではなくてっ! 今までどちらに行かれてたんですか!?」
声を張り上げて雅を問い詰める箒だが、それは褒められたことへの照れ隠しである。残念ながら頬が赤くなっているせいで、隠しきれていないのだが。
「うん、同じことを今一夏君に聞かれたよ。でもごめんね、次の授業の準備があるからまた今度ね」
「え!? ま、まだお話したいことが」
「それより、せっかく憧れの一夏君と再会したのに、僕なんかと話してていいの?」
周りに聞こえないようにひそひそと箒の耳元でつぶやいたせいで、箒は耳まで一気に真っ赤にさせる。それを見ていた生徒たちから、小さな歓声が上がったのは言うまでもない。
「なななななな、何を言っているんでしょうか!?」
「ほらほら、早くしないと誰かに取られちゃうぞ。なにせ一夏君はかっこいいし、優しいし、おまけに背も高い。ここの学園の生徒はほっとおくはずがないからね」
人波に流されていく一夏を二人で眺めると、周りには単に興味とかではなく、頬を桃色に染め、うっとりとしている生徒がチラホラ見受けられる。それが何を意味しているのか分からない二人ではなかった。
「そう、ですね」
「ご存知の通り彼の異常なまでの鈍感さ故に今まで彼女が出来たことはなかったけど、彼も今や高校生だからね。油断はしないことだよ」
「……雅さん、あなたは」
「――じゃあ、そろそろ行かないと織斑先生に怒られるから。あと学園では先生と呼ぶように」
雅はそう言い残して、書類を抱えて教室を後にした。
こうして二人の生徒と、一人の教師の久方ぶりの再会は、ものの五分間という短い時間であっさりと終わりを告げたのだった。
****
「さて、では入学して初の授業を始めます」
壇上にはもちろん担任教師である千冬、ではなく副担任の雅だ。千冬は壁の端で腕を組みながら教室全体を見渡している、否、監視している。
「「「……」」」
「……あ、まだクラス代表を決めていないんだった」
――ガタタタッ
これにはクラスの生徒も拍子抜けしてしまう。だが、そのおかげで初授業ということでクラスに蔓延していたピリピリと張り詰めた空気は一気に解消された。
因みにクラス代表とは文字通りの意味であり、他の学校でいう委員長と同様、授業開始の号令はもちろん、他の様々な雑務もこなさなければならない面倒な役職である。
「では一夏君、代理で号令をお願いします」
「え!? 俺!?」
「はい」
いきなりお願いをされて動揺する一夏だが、雅の純真な笑顔に逆らうことが出来なかった。
「え、えー、起立、礼、ちゃくしぇき」
「では、始めますねー」
かんでしまった一夏に対して数人ほどクスクスと笑う生徒がいたが、雅は特に気にする様子はなく、例年通りに授業を開始する。
IS学園の一年生前期はIS関連の教科や、実技ももちろんあるが、数学や英語等の必須教科を中心とし、逆に後期はISの操作、整備、開発とかなり専門的な教育プログラムとなっている。
雅が教えるのは数学と生物の二教科、つまり前期の教科を担当することになっていた。
「ではまず、今後の授業プランについて説明していきますが」
「はいっ! 影中せんせっ!」
一番前の左端の席からピッと手が挙がる。出席番号1番の相川清香だ。爽やかな笑顔が素敵な彼女は、まさに元気っ子という言葉を体現したような少女だ。
「質問するのが早いですね、 相川さん。まだ開始してから30秒すら経ってませんよ」
「すみません、どーしても気になったので!」
ハァと、まるでこの後の質問の内容が分かっているかのように、雅は小さくため息をついた。
「分かりました、なんでしょうか?」
「なんで影中先生は男なのに、ここの教師をしているんですか?」
(やっぱり)
世が女尊男卑である故に、IS学園開設時からずっと女性教員だけだと思っていた彼女らだったが、こうして目の前に男性教員がいるのを目の当たりにすると、そのような疑問に持つことは至極当然のことであった。
ザワザワと教室が騒然とし、待ってましたとばかりに、期待の視線が一気に集中する。それを壁端にいる千冬は目を閉じて少々呆れた表情をそれを見ていた。
「色々訳はありますが、一言で纏めると束さんのせい、……おかげですね」
「束? も、もしかしてIS開発者の篠ノ之束さんですか!?」
篠ノ乃束。ISの開発者であり、今は現在は全世界で指名手配中の超有名人だ。別になにか悪いことをしたわけではないが、ISコアというISの心臓と呼ぶべきパーツを生成することが出来るのは彼女だけであるため、束を独占するイコールそのまま国力向上に直結する。
故に各国総力を上げて血眼になって捜索していると言うわけだ。……探し当てたところで、束が素直にその国に協力するかどうかはまた別の話だが。
「ええ、まあ、ね」
雅の歯切れの悪い返答を聞いた生徒たちは感嘆の言葉を漏らす。それもそのはず、なにせ束は老若男女問わずの大の人間嫌いで有名であるからだ。もちろん心を許す存在はいるが、それはほんのごく一部であり彼女達がそれを知る由もない。
「じ、じゃあっ! 束さんとはどのような関係なんですか!?」
「関係と言われましてもただの幼――」
「――待って下さいましっ!」
幼馴染という、クラスがさらに驚愕するとんでも発言は、幸いな事にバンッという机を叩く音でかき消された。
「ならわたくしは貴方を教師として認めるわけにはいきませんわ!」
音がした方向の先には、イギリス代表候補生金髪縦ロール美少女ことセシリアオルコットが、その透き通るような肌を真っ赤にさせて、雅を突き刺すかのようにその蒼瞳を光らせていた。
というわけでプロローグに引き続きセシリアさん登場。
雅先生、初授業からいきなりピンチ!