八式家敷地内に佇む歴史ある道場だったが、老朽化に伴って一度取り壊し新たなに立て直した。そのため外装内装共にかなり綺麗である。広さはおよそ40帖。
またほかの道場を違い縁側が備わっており、そこから見える美しい中庭を見ながら稽古の疲れを養う。
現在の家主は雅だが、そこに住んでいない。一週間に一度ぐらいのペースで掃除するために帰るぐらいである。
ちなみにセキュリティは万全であるため、空き巣が入ったら即御用となる。そのため空き巣をするなら他の家にすることをおすすめします。
一夏と特訓するの約束した日の数日前。時計の針がてっぺんを過ぎてしばらく。多くの人が活動を停止し、静寂に包まれた夜。
IS学園から少し離れたところにある超高層マンション。その最上階にある自宅で雅は、他の人々同様に床に就いていた。
瞼を閉じる前と変わらない体制のまま、スース―と寝息を立てている。
『~♪』
するとそこへ、この静寂壊そうとスマホ独特の音楽が鳴り響く。
「んん……」
その音楽からの逃れようと、雅はもぞもぞと布団の中へと潜り込んでいく。
が、依然として鳴り止む素振りを示さないそれは、もはやこの空間を支配し、羽毛の中へも通り抜けて雅の耳へと襲い掛かる。
「……」
もうこれは取るまで鳴りやまない。そう思ったのか、雅は布団から手だけを出して枕元に置いてあるをスマホを力強く握りしめ、自分の領域へと引きずり込む。そして、緑色の受話器をタップした瞬間だった――
「……はい――」
「――みーくん!! おっは――」
スマホを耳元に当てた瞬間聞こえた甲高い声に、雅は反射的に今度は赤い受話器を押す。
「……」
『~♪』
「………」
『~♪――……』
無視し続けて数秒経った頃、ようやく音楽は鳴りやみ、もとの静寂に戻る。長かった戦いが終わりを告げ、ニュッと布団から顔だけを出してテーブルに置いてある目覚まし時計に目を向ける。
「……今何時?」
だがいまが寝起きであることと、メガネをつけていないせいで、視界がぼやけている。
「んーっとね、3時過ぎた頃かなー」
目覚まし時計がしゃべった、わけではもちろんない。本来この雅一人しかいないこの部屋に、人影が一つあった。
しかし雅はまだ半分夢の中にいるのか警戒する素振りを見せずまるでカタツムリのように依然として布団にくるまったままでいる。
「……」
「ごめんね。でもこの時間じゃないと会えないからさ」
「仕方ない、です、ね……」
「さすが私のみーくん! お礼に目覚めのキスしてあげようか?」
「……」
「あ、あれ? みーくん?」
月明りに照らされたカタツムリは再び呼吸に合わせて、大きくなったり小さくなったりを繰り返す。それが何を意味しているのか、深夜の来訪者である篠ノ乃束が分からないはずがなかった。
それにしても、不思議の国のアリスのような衣装に包む束が、くるまった布団の前に茫然と立ち尽くすという構図は、なんとも異様すぎる光景である。
「……あのね? 束さんにも羞恥心てものが一応あるんだよ? どーすんのさこれ」
答えはもちろん返ってこない。現在雅の意識は現実世界ではなく、夢の中あるのだから。
――カチンッ!!
「みーくん!! 起きてッ!!」
「――!! ッ!?」
自分のこの微妙な気持ちを他所に、未だに寝ている(しかも寝顔すら見せない)ことに頭に来て束は布団を思い切り剥ぐ。その勢いで雅はベットから転がり落ちる。
「――た、束さん!? 何故ここに!?」
「えぇ……」
ほんの数分前に会話してたよね、と内心ツッコむ。
「というか何するんですか!! 普通に起こしてくださいよ!! 普通に!!」
落ちたときにぶつけたのか、頭をさすりながら寝起き特有の鋭い目つきで束を睨み付ける。
それを見てやっと自分が理不尽であったことに気が付いたのか、束はバツが悪そうに視線をズズズッと月明りが差し込む窓の方へと向ける。
「ご、ごめんなさい……。そしてこんな夜更けに」
「別にいつ来るのは構いませんよ、だって束さんですし」
「どーゆー意味かな?」
「で、今宵はどのような要件で?」
その質問に答えるつもりがなにのか、早々に話を進める。
「……夜這――」
「――どうやら兎さんは月へと帰りたいようですね」
どこから取り出したのか、雅は稽古用の竹刀を構える。
「いいけど、その前に君の大切なものをいただいていくよ」
「ふむ。それはなんです?」
「童て――」
「――滅ッ!!」
束が言い終わるよりも早くに駆けだした雅は、束の脳天目掛けて竹刀を上から下へと振り下ろす。だが、それは空を斬った。
「あぶっ!! てかみーくん、今「面」じゃなくて「滅」って言わなかった!?」
「言い間違えちゃいました☆」
「オーケー。可愛いから許す」
月明りのせいでいつもとは違う、まるで女神のように神秘的な笑顔に束は親指を突き立てて満足げな顔を浮かばせる。
「――で、本当に今日はどのような要件で? まさか本当に夜、よば、ば――」
「え? なんだって? もっと大きな声で言わないと聞こえないよ?」
「こんな夜更けにどのようなご用件でいらしゃったのですか?」
「ッチ。……まぁ例の物が完成したからその報告にね」
パンパンとエプロンを払って、束は雅の方へと近づいていく。
「流石ですね。もう少しかかると思いましたけど」
「なんせみーくんの頼みだからね。今回は頑張ったよ~」
「ありがとうございます。しかし何故直接?」
「もちろん、みーくんの顔が見たかったからだよ」
にっこりと満面の笑みを浮かべる束。そして右手は雅の頬へとのび、柔らかく、そしてすこしひんやりとしていた感触を残していく。
しかしそれにこれといった反応を見せず、淡々と束の瞳だけを見つめる。それでもその反応が当然であったかのように束は笑みを崩すことはなかった。
「そうですか。それで稼働実験はしたんですか?」
「一応ね」
「安全性の方は?」
「愚問だね」
「……失礼しました」
現在、ここは二人の音以外なにもない空間である。しかしそれは他の音自身が入るのを躊躇する、そんな異様なものだった。
「で、そろそろ実戦投入するつもりだけど、標的はどこがいいかな?」
「目星はついているんですか?」
「あるにはある。だけどあれははみーくんのだから、みーくんが決めたらいいよ」
「ならすでに決まっています」
束の手を振り払って、雅は月明りが降り注ぐ窓へと移動する。
目の前に広がるのは煌びやかに光る横浜の風景と、そして真っ黒な太平洋。そして雅の見つめるその先にはその中にポツンと明かりを灯すIS学園があった。
****
私は今日、久しぶりに八式道場に来ていた。否、ちーちゃんに強制連行されてきた。昨日ちーちゃんと試合したときの、私の試合内容が気にくわなかったらしい。
いや確かに最近稽古を怠って実験とか実験とか実験とかしてたからだとは思うんだけど。いやはや、私から見てもちーちゃんは悪魔的――じゃない、天才的に強いちーちゃんに張り合えたのだから、上出来ではないだろうか。まったく、ちーちゃんの馬鹿。阿保。ブラコン。実は可愛いもの好きだということを校内全放送で暴露いちゃうよ。
……あ、ちーちゃんがにらんでる。ごめんね、顔に出てたかな。だからこっち来るやめてください。
「ち、ちーちゃん」
「なんだ、命乞いか?」
竹刀を片手に身も凍るような笑みを浮かべている。よくもまぁ小学生なのにそんな顔が出来るものだ。とかそんなこと言っている場合じゃない。やっぱりバレてた。誰か助けてください。箒ちゃん――はいっくんに夢中だし。あーちゃん――は、ってあれ?
ふと縁側に目を向けると、あーちゃんの隣にひょこっと座る黒髪の子がいた。後ろからだからよくわからないが、背丈からして私より年下だとは思う。
そんな子と、あーちゃんは楽しそうに話していた。あーちゃんは誰とでも快く話すけど、いつもとはどうも違う感じがした。なんかこう暖かく包み込むようななんというか、上手く表現できないけど、とにかくいつもより楽しそうにしていた。
「ちーちゃん」
「なんだ?」
「あの子だれ?」
「あの子?」
私は縁側に座る子を指さす。あ、こっち見た。見た目はまさに髪を少し短くして小さくしたあーちゃんだった。こちらを見て小さく手を振り、静かに微笑む顔はまさに天使という言葉が相応しく感じると同時に、気が付いたら私も手を振り返していた。
「ああ、葵さんの弟の雅だ」
「へー、あーちゃんの――おとうと?」
「言い間違えてないぞ。弟だ。信じられんと思うがな」
「うっそ!? あんな天使みたいな子が!?」
「なら確かめ――」
ちーちゃんが言うよりも早く、私は駆けだしていた。あんなにかわいい子が男なわけない。と私の今までの人生経験があの子が男であることを否定していた。ならば確かめなくてはならない。言葉で聞くなんて生ぬるい。身ぐるみ剥いで男である証拠を確かめるまで――
「馬鹿!! お前死にたいのか!? 隣には――」
となり? 隣にいるのはあーちゃんしか――あ。
「滅ッ!!」
「きゃうッ!!」
気づいたときにはすでに遅し。強烈な一撃が私の脳天に突き刺さっていた。あははー夜じゃないのに星が見えるよー。不思議だねー。
「姉さん!! ダメでしょ!? 防具つけてないのに叩いちゃ!!」
「すいません、つい」
防具つけてたらいいのかとツッコみたかったけど、頭痛いのでそれを紛らわせるためにゴロゴロと転がることしかできなかった。
「お、おい。大丈夫か!?」
「ち、ちーちゃん。ごめん、大丈夫じゃない」
「……だろうな。でもお前が悪い」
なんでさ。私は単に全人類が確かめたいであろう謎を解き明かしてやろうと思っただけであって、私は悪くない。強いて言うならあの子が悪い。
「あ、あの、大丈夫ですか? すごい音しましたけど」
「う、うん。鍛えてるから」
「……頭頂部て鍛えられるんですか?」
冷静なツッコみ。その年でできるなんてやっぱりあーちゃんの妹だね。
「あの妹じゃないんですけど」
「じゃあ一応弟君ってことにするね」
「どういうこと?」
「「雅、聞き流していいぞ(ですよ)」」
化け物二人揃って、呆れた目でこちらを見てくる。まぁ一人はいい。でも――
「――ちーちゃんだって最初は疑ったでしょ」
「な、なにがだ?」
「この子が、男の子であるはずがないって」
「そ、そんなわけ――」
「千冬姉さん、そうなんですか?」
「う……」
ジトと千冬を見つめるその子の眼差しは、それはそれで可愛かった。
「雅。そのまま表情を崩さずにこっちみてください」
「……なに言ってるの?」
「ああッ!! いい感じです!! これはこれで写真に収めたいッ!!」
ああ、この人もちーちゃんと同じでシスコンだったか。……私も人のこと言えないか。箒ちゃんも可愛すぎてこねくり回したいもん。まぁ箒ちゃんの場合、笑顔よりも今の子の表情の方が多いけど。もう少し笑ってくれないかなぁ。
さて、痛みも治まってきたことだし――
「――えと、束。篠ノ乃束っていうんだ。よろしくね」
「篠ノ乃? もしかして箒ちゃんの?」
「そ。箒ちゃんのお姉ちゃん」
「箒ちゃんに似て、とても美人ですね。僕は八式雅です。よろしくお願いします」
ペコリと綺麗な一礼をする雅ちゃん。年下であるはずなのにどこか雰囲気は大人びていた。やはりそばにいる姉であるあーちゃんの影響だろう。
ちなみにこの二人の両親である朱美さんと蒼司さんは、かなりホワッした性格をしている。だからまぁあの二人があんな感じだからあーちゃんが凛とした佇まいになったのであろうと、勝手に思っている。
「その本は?」
ふと私の目に留まったのは雅ちゃんが持っていた本だった。その分厚さから最初は子供が良く買うコ○コ○コミック的なものかと思ったが、違った。
「これですか? 機会工学の本です」
「難しい本読んでるね。なんで?」
凄いとは思った。だけど、何故か素直に褒めることが出来なかった。ぶっちゃけると生意気だなーとまで思った。それって私も当てはまることに後から気づいた時はちょっと笑ってしまった。
「僕は生まれつき体が弱くて、その、入退院することが多くて。それで、病室の窓の外で飛び交う鳥を見てるうちふと思ったんです。僕も空を自由に飛んでみたなぁ、と」
「「「……」」」
「だから勉強しているんですが、やっぱり難しいですね」
あははは、と顔を真っ赤にして照れくさそうに笑って見せた。その笑みの中に私は諦めといった気持ちが見え隠れしているのが見えた。
この子は確かに難しいと言った。だがそれは機械工学が難しいというわけではない。むしろ理解が常人より遥かに早いのだろう。
故に分かってしまったのだ。今の人間の力では翼が生えたように自由に飛び交うことが出来ないということを。
「なら、私が協力してあげる」
「え?」
「この天才束さんが、君の夢を叶えてあげるよ」
これが後のISを生み出すきっかけだった。そして数年後、私は消えることのない、拭えることが出来ない人生最大のミスを犯してしまうこととなる。
こんばんわ。
やっと出てきました篠ノ乃束。この作品の束はややまるく?なっています。ご容赦ください。さてさて次から本格的にクラス対抗戦編となります。よろしくお願いします。