ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者―   作:光と闇

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再会と試着

 彩海学園は中高一貫教育の共学校で、生徒数は計千二百人弱。都市(まち)の性質上、若い世代の人工が多い絃神市ではありふれた規模の学校といえよう。

 が、慢性的な土地不足は所詮、人工の島であるこの絃神市の宿命で、学園の敷地も広々とは言い難く、体育館やプール、学食などの多くの施設は中等部と高等部の共用で、その為、高等部の敷地内で中等部の生徒の姿を見かける機会も多々ある。が、逆は訪れる必要がない為、いたとしても稀である。

 そんな稀の行為を古城がしている。目的は、昨日、例のショッピングモールで拾った姫柊雪菜の落とし物―――白い財布を凪沙のクラス担任である笹崎岬に届ける為だった。が、

 

「済まんな、暁。今日は笹崎先生は来てないそうだ」

 

 顔見知りの老教師のその言葉で古城の計画はいきなり頓挫してしまった。

 

「あ、そっすか………」

 

「なにか届け物か?こちらで預かっておこうか?」

 

「ええ、まあ………そうなんですけど、今日のところは出直します。ちょっと面倒な代物なんで」

 

 古城は老教師に礼を告げて職員室をあとにした。

 面倒なことになった、と古城は思い溜め息を吐く。出来ることならさっさと持ち主に返したいところだったのだが。

 

「せめて連絡先がわかるものでも入ってればな………」

 

 そう思って、古城は何か姫柊雪菜について情報がないか探し始めた。決して疚しいことをしようとしているわけではない、と自分に言い聞かせて。

 丁寧に扱われている財布。それに微かだがいい匂いがする。これは恐らく女の子の―――姫柊雪菜の残り香なのだろう。

 姫柊雪菜………そう言えば彼女は魔族を素手で叩きのめしたんだっけ。眷獣相手に槍一本で立ち向かおうとした勇気ある少女。

 そんな彼女が、スカート捲りされて赤面していたのを古城は思い出す。現れたパステルカラーの布切れ。それに脚も綺麗だった―――

 古城が昨日の光景を思い出した途端、彼の全身を異様な渇きが襲ってきた。

 

「う………」

 

 まずい、と古城は咄嗟に口元を覆う。青ざめた顔で膝を突いて肩を震わせた。よりにもよってこのタイミングで、と唇を歪めた。その唇の隙間からは鋭く尖った犬歯が覗く。

 これは吸血鬼特有の生理現象、性的興奮により発症する吸血衝動だ。

 ―――やばいやばいやばいやばい………!

 人の血を吸いたい、という欲望が古城の肉体を支配し、視界が真っ赤に染まる錯覚を覚える。

 

「くっそ………勘弁してくれ」

 

 鼻の奥に鈍い痛みを感じながら呻く古城。口の中に広がっていくのは金臭い血の味―――鼻血だ。たったこれだけで彼の吸血衝動は収まる。血さえ飲めば収まる現象だからだ。

 ダラダラと流れ出した鼻血を拭いながら、うんざりと溜め息を吐く古城。

 そんな彼の背後にはいつの間にか中等部の子がいたらしく、その子は静かに息を吐いて言った。

 

「女子のお財布の匂いを嗅いで興奮するなんて、あなたはやはり危険な人ですね」

 

「………え!?」

 

 聞き覚えのある声に驚いて古城は振り返る。其処にいたのは、ギターケースを背負った制服姿の黒髪少女。彼女は蔑むような目付きで古城を見下ろしていた。

 

「姫柊………雪菜?」

 

「はい。なんですか?」

 

 古城が呆然と彼女の名前を呼ぶと、黒髪少女―――姫柊雪菜は表情を変えずに冷ややかに訊き返してきた。

 古城はますます放心したような表情になる。余りにも驚いたせいで吸血衝動も、鼻血も止まっており、犬歯のサイズも元通りになっていた。それを確認した古城は口元を覆っていた手を下ろした。

 

「どうしてここに?」

 

「それはこちらの台詞だと思いますけど、暁先輩?ここは中等部の校舎ですよね?」

 

「う………」

 

「それと、今日はあの子は一緒じゃないんですね」

 

「え?あ、ああ。レイのことか?あいつはうちの学校の生徒じゃないし、今ごろは凪沙のやつと買い物してるだろうな―――っ!?」

 

 古城は、思わずペラペラと喋ってしまった口を慌てて塞ぐ。これでは凪沙に文句言える立場ではないじゃないか。

 そんな古城に、雪菜はクスッと笑って、

 

「情報、感謝します」

 

「お、おう………」

 

 古城は頬を引き攣らせながら返す。勝手にバラしたことをレイが知ったら怒るだろうな、と深い溜め息を吐く。

 彼女は古城の敵に対しては容赦ない子だ。古城の正体を知る雪菜のことを、彼女は警戒していたし、もし雪菜が古城に危害を加える存在だとしたら、何をしてくるか分からない。

 一方、雪菜はレイが不在と知って安堵していた。第四真祖・暁古城の監視をするにあたって、彼女は障害になると予想していたからだ。

 レイの不在は何しろ好都合。彼女がいないこの機会に古城の、第四真祖の情報収集と監視にあたろうではないか。

 ………まあ、それは一先ず置いといて。

 

「それはそうと、そのお財布、わたしのですよね」

 

「え?あ、ああ。そう、これを届けに来たんだった。けど今日は笹崎先生が休みだって言われて」

 

 雪菜が、成る程、と頷き、然り気無くポケットティッシュを古城に差し出す。それを古城はありがたく受け取って鼻血を拭う。

 雪菜は納得したと思い気や、急に冷めた目付きで古城を見つめ、

 

「届けに来てくれたことは感謝します。ですが匂いを嗅いで、鼻血を出すほど興奮する意味がわかりません」

 

「は?いや、べつに財布の匂いで興奮したわけじゃねえよ。ただ、昨日の姫柊のことを思い出して―――」

 

「え?昨日………のっ!?」

 

 古城の言葉の意味を理解した雪菜は、無意識にスカートを押さえて後ずさる。下唇を噛んで、みるみるうちに赤面していった。

 

「き、昨日のことは忘れてください」

 

「いや、忘れろと言われても………」

 

「忘れてください」

 

「……………」

 

 雪菜に睨まれた古城は黙って肩を竦める。不毛なやり取りが続きそうな予感がしたので引いたのだ。

 

「届けに来たんでしたら、お財布、返してください」

 

 雪菜がお財布を要求する。が、古城は応じず彼女の手が届かないように財布を持つ手を高々と上げて立ち上がった。

 

「その前に話を聞かせてもらいたいな。おまえいったい何者だ?なんで俺を調べてた?」

 

「………わかりました。それは、力ずくでお財布を取り返せという意味でいいんですね」

 

 雪菜はそう言って古城を睨み、背負ったギターケースから銀色の槍―――〝雪霞狼〟を取り出そうとする。

 それに古城が姿勢を低くし、バスケのディフェンスの要領で身構える。

 互いに警戒して睨み合い、先に仕掛けようとした雪菜のお腹が、グルグルグル………という低い音が廊下に響き渡った。

 古城は無言で眉を寄せたが、雪菜の動きが止まっているのと、彼女の頬が羞恥で赤く染まっていくのを見て、そういうことか、と気まずい表情を浮かべた。

 

「えーと………もしかして、姫柊、腹が減ってる?」

 

「……………」

 

「昨日からなにも食べてないとか?あ、財布がなかったから?姫柊って、実は一人暮らしだったりする?」

 

「だ、だったらなんだっていうんですか!?」

 

 古城の質問に声を上擦らせながら答える雪菜。

 古城は少し困った顔で頭を掻き、そっと財布を雪菜に差し出す。

 

「返す代わりに昼飯、おごってくれ。財布の拾い主には、それくらいの謝礼を要求する権利があるだろ」

 

 緊張感の乏しい声音で古城がそう言うと、雪菜は何度か瞬きを繰り返して彼を見る。

 そうしている間にも雪菜のお腹がもう一度低く鳴る。まるで、雪菜には選択する余地はないのだと教えているかのように。

 

 

 

 

 一方、凪沙とレイは市内を走るモノレールを利用して絃神島西地区(アイランド・ウエスト)のショッピングモールに来ていた。

 目的は勿論、レイの服を買いに来たわけだが―――

 

「レイちゃんは何色の下着にするの?やっぱり白?清潔感のある純白はたしかにレイちゃんにぴったりだけど、ここはあえて真逆の黒なんかもいいってあたしは思うなあ。あ、それとも赤にする?勝負下着といえば赤だよね。それに真っ白なレイちゃんには似合うと思うなあ、紅白みたいだし」

 

「あ、えっと………」

 

 凪沙の忙しなく動く口から発せられる口数の多さと早さに唖然と立ち尽くすレイ。

 レイの持つ買い物カゴの中には無数の服達が入れられている。

 ブラウス、カーディガン、パーカー、ジャケット、ベスト、セーター、Tシャツ、タンクトップ、ワンピース、コート等々………最早季節なんて関係無しである。

 下に穿くものも様々で、ジーンズ、ショートパンツ、長ズボン、半ズボン、短パン、ミニスカート、ロングスカート、キュロットスカート、スパッツ、レギンス、タイツ等々。

 これだけの種類の服達が入っているのは、主に凪沙の仕業であり色々なレイの姿を見たいのだとか。まさに着せ替え人形である。

 でも嫌ではなかった。古城の妹だからというのが強いのかもしれないが、凪沙ともっと仲良くなりたいという気持ちもあるからだろう。

 それにレイ自身も創造主に与えられているこの(ワンピース)以外の服にも興味があったりした。

 

「―――レイちゃん聞いてる!?」

 

「え?な、なんですか、凪沙?」

 

 考え事をしていたレイは慌てて凪沙に返事する。と、凪沙がレイの目の前に一枚の下着を突き出してきて、

 

「こういう動物系が描かれた下着のほうがレイちゃんに似合うとあたしは思うんだけど、どうかな?」

 

「………熊さん?」

 

「うん、そうクマさん!ほら、無地もいいけど子供らしさが出るのはこっちのほうだと思って凪沙が選んだんだあ。あ、それともクマさん以外がよかった?他にもネコちゃんとかワンちゃんとかいっぱい種類あるけど」

 

「僕は子供じゃないのですよ!」

 

 体型が幼いからって子供扱いは酷いのです!とレイが叫ぶ。

 そんな彼女に凪沙は目を瞬かせて、

 

「え?レイちゃん子供じゃないの!?」

 

「はいなのです。造られたのはずっと昔なので少なくとも凪沙よりはずっと年上なのですよ。見た目で判断しては駄目なのです―――ってそんなに驚くことなのですか!?」

 

 ショックなのです、と項垂れるレイ。そんな彼女に凪沙が、ごめんね、と謝りながら頭を優しく撫でてくる。

 これこそ子供扱いされているところだから怒るべきなのだが、レイは単純かつ気持ち良いので怒れず喜んでしまう始末。

 まあ、こんな彼女だから喧嘩には発展しなくていいかもしれない。チョロすぎるのもどうかと思うが。

 ある程度着せたい服を決め終えた凪沙は、大人しくなったレイを連れて試着室へと向かった。

 

「それじゃあ試しに色々着てみて。気に入った服はこっちのカゴの中に入れて、いまいちだったのはあっちのカゴの中にお願いね」

 

「わかったのです」

 

 凪沙の指示(?)に従ってレイは山積みになっている試着用の服を持って、試着室へ入っていった。

 カーテンを閉めて試着開始………といきたいところだが、

 

「………色々ありすぎてどれから着ようか悩むのです」

 

 山積みの服を見下ろして溜め息を吐くレイ。数着どころではなく何十着もの服が入っているのだからそうなるのは仕方がないことだろう。流石に百以上はないと思うが。

 取り敢えず片っ端から着てみるのがいいだろう。動きづらい服は却下だけど。

 動きづらい服装。例えば脚が曲がりづらいのとかだとジーンズはアウト。試着する分はいいかもしれないが、俊敏に動けそうにないから購入はよそう。

 レイはそんなことを考えながらガサゴソと試着用の服を漁り―――手にしたのはアニマルパンツ。可愛らしいウサギの絵が描かれている下着だ。

 

「………っ、だから僕は子供じゃないのですよ!!」

 

 思わず叫ぶレイ。恐らくカーテンの外で待っている凪沙の頭上には疑問符が浮かんでいることだろう。

 

 

 一着目。いつの間にか追加されていた、麦わらで作られた円筒形で頭頂部が平ら、水平のツバが特徴の黒のリボンが結ばれているカンカン帽に、夏用の背中や肩を広めに開けた花柄つきの白いサンドレス。

 サンドレスは海岸や高原などで着用することを前提とした服で、常夏の島であるこの絃神市にはもってこいの服装だ。

 二着目。見頃にギャザーで余裕を持たせたピンク色のスモック・ブラウスに、ギャザーで横を三段に飾り裾部分にレースのフリルが施された白のティアード・スカート。

 ちなみにスモック・ブラウスは画家の作業着の他に、園児などの子供服に使用されるそうだが、レイはこの事を知らずに着ている。知っていたら、誰が子供ですか!と怒っていただろう。

 三着目。水色の無地Tシャツの上に、首の部分にフードと腹にポケットが付いている白のパーカー、股下が五センチ以下の黒のホットパンツ。脚が出過ぎな為、膝上まである白のニーハイソックスを穿いている。

 ホットパンツがパーカーで隠れているので穿いていないように見えるが、ちゃんと穿いている。古城が、なんで下穿いてないんだよ!とツッコミを入れてきそうな服装である。

 四着目。ローゲージの平畝編みのグレーのシェーカー・セーターに、パンツのように裾が分かれた赤色のキュロット・スカート。

 キュロット・スカートはパンツより動きやすく、下着が見える心配がないので戦闘に適した服といえよう。

 五着目。白の半袖Tシャツの上に、ニット製でVネック形状の黒のニット・ベストと、外見はスカートでインナーに足を入れる二股に分かれた青と白のチェック柄のスカパン。

 スカパンは外見が丈が短く広がりがあるスカートな為、男達は期待するかもしれないが実はパンツだったことを知った時のガッカリ感が否めない服装である。

 六着目。大きな水色のリボンを頭に付け、水色のワンピースの上にレースのフリルまみれの純白のエプロンが設けられているピナフォア(エプロンドレス)。それと白のニーハイを穿いている。

 ピナフォア(エプロンドレス)は元々は衣類の上に重ねて着るワークウェアでもあるが、子供服やメイド服、ロリータファッションとしての認知度が高い服装だ。また、『不思議の国のアリス』の主人公アリスの衣装としても良く知られている。

 

「―――ってなんでこんな服が売ってるのですか!?」

 

 レイは思わず絶叫する。確かにこんなメルヘンチックな衣装、専門店でもない限り売っているとは思えない。

 一方、アリス衣装のレイを暫し唖然とした表情で見ていた凪沙は、次の瞬間には瞳をキラキラと輝かせながら一言。

 

「か………可愛い!」

 

「へ?」

 

 きょとんとするレイに凪沙はお構い無しに抱きついた。

 

「ひゃあ!?」

 

「他の服も可愛くて似合ってたけど、この衣装があたし的には一番だなあ!伊達に人形を名乗ってるだけあるのかな?もう我慢できないから抱きしめてもいい!?もう抱きしめてるけどね」

 

 いきなり抱きつかれた為、レイはバランスを崩して凪沙ともつれ合うように試着室へ倒れ込んだ。

 盛大に尻餅をついたレイが涙目で尻を擦っていると、凪沙が、大丈夫?と手を差し伸べてくれた。その手をレイが掴んで立ち上がる。

 

「あ、ありがとうなのです、凪沙」

 

「いいよ、お礼なんて。原因はあたしにあるんだ………し」

 

 ふと凪沙の視線がレイの顔より下へ向けられる。そんな彼女を不思議そうにレイが見つめていると、

 

「………レイちゃん」

 

「はい?」

 

「スカート捲れてる」

 

「え?………あうっ!?」

 

 凪沙の指摘にレイは顔を真っ赤にしながら捲れ上がっていたスカートを急いで正す。

 

「………お見苦しいものを見せてしまいごめんなさいなのです、凪沙」

 

「え?ううん。そっちは気にしてないから大丈夫だよ。それよりも今の下着………凪沙がおすすめしたクマさんだよね?レイちゃん、子供っぽいのは嫌いだったんじゃ」

 

「………!」

 

 凪沙の疑問の声にレイは、うっ、と言葉に詰まるが、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、

 

「………だって、凪沙が僕のために選んでくれたのですよ?だから穿かないわけにはいかないのです」

 

「レイちゃん………!」

 

 やっぱり彼女はいい子だ。自分の感情を押し殺して着たという風には思えないし、ましてや嫌々着たようにも思えない。純粋に凪沙に喜んでもらいたかったのだろう。

 そんなレイの想いを理解し、凪沙は嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

 

「ありがとうレイちゃん!あたしとってもうれしいよ!」

 

「お、お礼なんてそんな………!僕はただ―――」

 

「じゃあ、まだまだ凪沙の着せ替え人形になってくれるんだよね?」

 

「………え?」

 

 凪沙の言葉に固まるレイ。着せ替え人形に………?それってつまり―――あの山積みになっている残り何十着以上もの服達を全て着ろということか!?

 そんなレイを凪沙が瞳を輝かせながら見つめてくる。そして結局、凪沙の輝かしい瞳には逆らえず、再びレイの試着タイムが始動した。

 レイがこの着せ替え地獄から抜け出せたのは、陽が傾き夕焼け空が絃神島を包み込んだ頃だという。




ギャザー:布を縫い縮めて寄せる(ひだ)(衣服などにつけた細長い折り目のこと)。

フリル:細い布やレースなどの片側にギャザーやプリーツ(スカートなどに取った襞、折り襞のこと)をとった襞飾り。裾・襟・袖口などにつけるもの。

ローゲージ:ニット製品の編み目の粗いもの。ゲージは編み目の疎密を表す単位。

平畝編み:畝編みは編み上がりが畝状になる編み方で、それが平たいもの。

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