ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者―   作:光と闇

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今回からレイsideと古城sideの同時進行です。


家事と教師

 追試の為、学校へ向かっていった古城をレイと凪沙が見送り、

 

「さて。古城君は追試に行ったし、洗い物を始めようかな。レイちゃん、悪いけど手伝ってくれる?」

 

「はいなのです!」

 

 レイは元気良く返事して凪沙と共に片付けを開始した。

 凪沙が皿洗いをし、それをレイが受け取り布巾で水気を拭き取る。そして食器棚に仕舞っていく。

 ものの数分で皿洗いは終わり、次は洗濯。古城が朝食を摂っている間に、彼のパジャマを洗濯機の中に入れて回したから、そろそろ切れる頃合いだ。

 脱水が終わると、洗濯機から洗濯物を取り出し、干していく。これもレイと凪沙の二人でテキパキとこなしていった。

 布団は既に凪沙が干し終えて、残るは風呂掃除やら床掃除などだが、

 

「そういえば、古城君の制服のズボンが珍しくハンガーに掛かってたけど………もしかしてレイちゃんの仕業だったりする?」

 

「え?」

 

 床掃除をしながら唐突に訊いてきた凪沙に、レイは手を止める。

 兄のだらしなさを知っている凪沙の目は誤魔化せないようだ。

 レイは申し訳なさそうに頭を下げて白状した。

 

「ごめんなさいなのです、凪沙様。古城様は僕の(ヌシ)様なので、つい勝手にやってしまったのです。だから悪いのは僕なのです」

 

「え?いや、なんでレイちゃんが謝るの?悪いのは凪沙がいつもお願いしていることができない古城君だよ。そんな出来の悪いお兄ちゃんの代わりにレイちゃんがズボンをハンガーに掛けといてくれたんだよね?ありがとう」

 

「そ、そんな………僕には勿体無いお言―――はにゃー♪」

 

 凪沙に頭を優しく撫でられて、レイはうっとりとした表情で瞳を細めた。

 古城に頭を撫でられるのは勿論、嬉しい。が、それ以上に凪沙の撫で加減の方が上だったらしい。

 そんなレイを凪沙は笑顔で見つめて、

 

「ねえ、レイちゃん」

 

「なんですか、凪沙様?」

 

「凪沙のお願い………聞いてくれる?」

 

「………?お願い、なのですか?」

 

 レイが訊き返すと、凪沙はフッと真剣な表情で言った。

 

「あたしのことは、様付けじゃなくて呼び捨てにして欲しいかな」

 

「え?」

 

「え?じゃないよ。古城君を様付けするのは構わないけど、凪沙は様付け嫌だなあ。なんか他人行儀みたいだし、レイちゃんと距離を感じちゃうの」

 

「……………」

 

「レイちゃんはあたしたちの家族同然なんだからさ、遠慮しなくていいんだよ?逆に遠慮されちゃったら壁があるみたいであたしは悲しいかな」

 

「凪沙様………」

 

 凪沙の言葉にレイは嬉しく思った。

 暁家に来てまだ三日目だというのに、凪沙はレイを家族の一員として面倒を見てくれている。

 それだけじゃない。人形のレイを普通の女の子として見て接してくれるし、実の妹のように想ってくれている。

 凪沙が兄だけでなく、妹もしくは弟が欲しかったからという理由かもしれないが、それでもとても嬉しかった。

 こんなにも優しい彼女だからこそ、()()()のことも救ってくれたのだろう。

 ならば凪沙のお願いを聞くとしようか。本当は彼女に敬意を払い続けたかったが、本人がそれを否とするならこのまま様付けするのは逆効果なのだろうから。

 レイはそう決めると、ニコリと微笑み言った。

 

「分かったのですよ。()()が望むのならば、僕はそれに従いますのです」

 

「………レイちゃん!ごめんね、あたしのワガママを聞いてくれて。とても嬉しいよ。改めてよろしくね、レイちゃん」

 

「はいなのです。こちらこそよろしくなのですよ、()()

 

「うんうん!よろしくー!」

 

 初めてレイに『凪沙』と呼ばれて機嫌を良くした凪沙。そんな彼女を見て、レイも笑顔になる。

 その後、レイと凪沙は手分けして掃除を行い、それを終えると、凪沙は頷き、

 

「うん、今日も完璧。手伝ってくれてありがとうね、レイちゃん」

 

「ふふ、どういたしましてなのですよ、凪沙」

 

 えへんと胸は張らずににこやかに笑って返すレイ。

 さて、と凪沙がレイの手首を掴み、

 

「それじゃあ、買い物に行こっか。レイちゃん」

 

「はいなのです♪」

 

 家事を終えたレイと凪沙は、レイの服を買いに出掛けた。

 

 

 

 

 南宮那月。彼女は彩海学園の英語教師である。

 自称二十六歳だが、実際はそれよりもかなり若く………というより幼女と言っていい。

 顔の輪郭も体つきも兎に角小柄で、まるで人形のよう―――否、実際に人形(ニセモノ)なのだが、その事を古城達は知らない。

 そんな彼女だが、何処かの華族の血を引いているとかで、妙な威厳とカリスマ性があったりもして、教師としては有能、生徒からの評判も悪くはない。

 一つの問題―――時と場所を弁えるという要素が欠落しているファッションセンスを除けば。

 

「あのー………暑くないんすか、那月ちゃん?」

 

 茹だるような猛暑の中、だらしなく制服を着崩した古城が訊いた。ちなみに追試に来ている生徒は古城のみで、エアコンは使わせてもらえないでいる。

 そんな状況に立たされていた古城は、レイが必死に下敷きでパタパタと扇いでくれていたあの生温い微風が恋しくなる。

 古城は年下にしか見えない担任教師監督の下、『後期原始人の神話の型の研究』なる怪しい英文を翻訳させられながら、ふとそう思った。

 

「教師をちゃん付けで呼ぶなと言ってるだろう」

 

 教壇の中央に陣取る那月は、何処から運んできたのか不明なビロード張りの豪華な椅子に凭れ、淹れたての熱い紅茶を飲んでいる。

 レースアップした黒のワンピースの襟元や袖口からはフリルが覗き、腰回りは編み上げのコルセットで飾り立てている、ゴスロリと呼ぶには少々上品な恰好をしている教師―――いや、愛らしく着飾られた幼女にしか見えない。純白の涼しげなワンピースを着ているレイとは、まさに対照的な恰好である。

 彼女の恰好は教師が着るような服装ではないし、何より、唯でさえ暑苦しい状況に立たされている古城にとっては目の毒でしかない。まあ、似合ってないといえば嘘になるが。

 が、当事者である那月は、黒レースの扇子で優雅に扇ぎながら平然と答えた。

 

「この程度の暑さなど、夏の有明に比べれば、どうということはない」

 

「いや………見てるこっちのほうが暑いんですけどね」

 

 幼女という点では、うちのレイの恰好を是非見倣って欲しいと古城は思った。………割と本気で。

 

「それでいったいなにを飲んでるんですか、自分だけ」

 

「うむ。セイロンのキャンディ茶葉をベースに、ハーブで軽くフレーバーをつけてみた。適量のブランデーが紅茶の味わいを引き立てているな」

 

「補習を受けてる生徒の前でアルコールの匂いを振りまくのもどうかと思うんですが………俺はもう帰ってもいいんですかね?」

 

「酒でも飲まなきゃ夏休みに試験監督なんかやってられるか。採点するから少し待て」

 

 那月は洋酒の匂いを漂わせながら、古城の追試の解答用紙を摘まみ上げ、高速で採点していく。

 

「ふん。まあ、いいだろう。残りの試験勉強も済ませておけよ」

 

「へーい」

 

 那月の許可を得た古城は、気の抜けた返事をして机の上の荷物を片付け始めた。その様子を那月はティーカップを傾けながら黙って見ていたが、ふと思い出したように質問した。

 

「そうだ、暁。昨日、アイランド・ウエストのショッピングモールで、眷獣をぶっ放したバカな吸血鬼(コウモリ)がいたらしい。おまえ、なにか知らないか?」

 

「え?」

 

 那月の唐突な質問に、古城は思わず動きを止める。何故なら、その内容は古城にとって心当たりがありすぎだったからだ。

 だが、古城は面倒事を回避する為にも、ぎこちない動きではあったが首を振った。それに那月は、ふん、と息を吐き、

 

「そうか。ならいい。私はてっきり、おまえの正体を知って尾け回していた攻魔師が、そこらの野良吸血鬼と遭遇して揉めたんじゃないかと心配していたんだ」

 

 まるで見て来たような口振りで言ってくる那月に、古城は引き攣った笑みを浮かべた。()の魔族達を撃退したのは姫柊雪菜だけではなくレイも関わっていたわけだが、強ち間違っていないので内心、冷や汗が止まらない。

 

「は、ははっ………まさかそんな………」

 

「そうだな。まあいい。なにか気づいたことがあったら、私に知らせろ」

 

 そう言って意外にあっさりと引き下がる那月。そんな彼女にホッと安堵の息を吐く古城。

 那月は英語教師だけでなく、もう一つ―――攻魔師という肩書きを持っている。

 魔族特区内の教育機関には生徒の保護の為、一定の割合で国家攻魔官の資格を持つ職員を配置することが条例で義務付けられており、那月もその一人。しかも実戦経験者で特区警備隊(アイランド・ガード)の指導教官も兼任しているんだとか。

 そして那月は古城の正体を、第四真祖であるということを知っている数少ない人間の一人。彼が学校に通えているのは彼女のお陰なのだ。

 

「ああ、そういえば、ちょっと訊きたいことがあったんですけど」

 

 ふと思い出したように顔を上げて訊ねようとすると、那月が鬱陶しげな目付きで見返してきた。

 

「なんだ」

 

「獅子王機関………って知ってます?」

 

 古城が訊くと那月は沈黙し、露骨に不機嫌な表情を浮かべて立ち上がる。

 

「どうしておまえが、その名前を知っている?」

 

「いや、知ってるというか、ちょっと小耳に挟んだだけなんだけど」

 

「ほう。そうか、それは詳しく事情を聞かせてもらいたいものだな。挟んだのは、この耳か?」

 

 グイッと古城の耳を容赦なく引っ張る那月。その仕打ちに古城は、痛て痛て、と悲鳴を上げた。

 

「………もしかして、なにか怒ってます?」

 

「嫌な名前を聞いて、少々むかついているだけだ。連中は私の商売敵だからな」

 

 そう言って荒々しく息を吐いた那月は、古城を解放する。古城は痛む耳朶を押さえながら、

 

「商売敵って………国家攻魔官の?」

 

「ついでに言うと連中はおまえの天敵だ」

 

 那月は古城を見下ろして警告する。

 

「たとえ真祖が相手でも、やつらは本気で殺しに来るぞ。連中はそのために造られたんだからな。獅子王機関の関係者には、せいぜい近づかないようにするんだな」

 

「………造られた?」

 

 古城が怪訝顔で訊き返すと、那月は、喋りすぎたな、と内心で呟き舌打ちする。それ以上は何も言うとしなかった。

 一方、古城は『獅子王機関』がどういう存在なのかを那月から聞いて、別の意味で不安が過っていた。

 それは、もしも姫柊雪菜がその『獅子王機関』の関係者であり、古城を殺しに来た存在だとしたら、レイがその人間を逆に殺すかもしれないということだった。

 ()の吸血鬼男を追っ払った時のレイは、とても追い返すだけの口実とは思えなかった。もしレイの忠告を無視してあの場に彼が残っていたら………そう思うと身震いしてきた。

 レイの主だからなのか、古城には分かるのだ。彼女は古城に危害を加える存在に対しては、容赦しないかもしれないということを。

 そんな古城をニヤリと笑って那月が見つめてきて、

 

「どうした、暁?獅子王機関とやらの存在がそんなに怖いか?」

 

「え?あ、いや、そうじゃないんですよ。俺が心配なのは、むしろ獅子王機関のほうであって」

 

「は?それはどういう意味だ?」

 

 古城の不可解な発言に、眉を顰める那月。そんな彼女の反応に古城は慌てて首を横に振った。

 

「あ、いや!べつに那月ちゃんには関係ない話ですよ!」

 

「ほう?この私に隠し事とはな。いい度胸だ、暁」

 

 ずいっと古城の顔を覗き込んでくる那月。そんな互いの息が触れ合うほどの至近距離に、古城は不覚にもドキリと心臓が高鳴った。

 こう間近で見てみると、那月も結構可愛い。童顔というのが尚更そう思わせるのだろうか。………まあ、これでも教師(オトナ)だが。

 古城がそんなことを思っていると、那月がまたニヤリと笑ってからかってきた。

 

「なんだ、暁?顔が赤いようだが………まさか私に惚れたのか?年上も狙っているとは見境のないやつめ」

 

「は?なんでそうなるんだよ!つか見境ないってなんだよ!?まるで俺が今まで色んな女に手を出してきたみたいに言いやがって!」

 

「ん?違うのか?」

 

「違うわっ!」

 

 絶叫する古城を、那月はくっくっと笑いながら彼から離れた。

 何故か機嫌を良くした那月を見て、古城は首を傾げた。今のやり取りで彼女の機嫌が良くなる要素でもあったのだろうか?

 

「………あ、そうだ。那月ちゃん。中等部の職員室って、今日は開いてますかね?」

 

 古城がふと思い出したように質問すると、上機嫌だった那月の表情は納得いかないような顔へと変わり、

 

「中等部におまえがなんの用だ、暁?」

 

「ああ、いや。妹んとこの担任の笹崎先生にちょっと頼みたいことがあって」

 

「岬に?」

 

 那月の機嫌は一瞬で損なわれて嫌そうに顔を顰めた。そう言えば、同じ大学出身である那月と岬の仲は最悪なんだっけ、と古城は思い出す。そして那月の表情は露骨に刺々しくなり、

 

「中等部のやつらのことなど私が知るか。自分で行って確かめろ」

 

「………そうします」

 

「それからな、古城」

 

「はい?」

 

 古城が返事をした瞬間、那月の黒レースの扇子が彼の頭に奔った。

 

「ぐお………っ!?」

 

 しかも軽くではない。古城が普通の人間ではなく吸血鬼―――第四真祖だということを知っている那月の一撃は、頭蓋骨が陥没しそうなほどの強烈なものだった。

 古城はその衝撃に耐えきれず、仰向けに転倒した。なにすんだよ!と文句を言うとしたが、やめた。那月の怒りに満ちた表情を見たからだ。

 

「なんであいつが笹崎先生で私が那月ちゃん呼ばわりなんだ!?私をちゃん付けで呼ぶな!」

 

 那月がそう苛立たしげに言うと、スカートをふわりと翻して去っていった。

 

「くそ………体罰反対………だぜ」

 

 那月の姿が見えなくなるのと同時に、古城はそんな言葉を弱々しく呟いた。


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