ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者― 作:光と闇
「………ん」
古城は耳障りなアナログ式目覚まし時計のベルの音で起きた。
苦悶の息を吐き、その時計を手探りで黙らせると、寝返りを打ち―――
「………は?」
古城の眼前に真っ白い髪の少女が、人形少女・レイが健やかな寝息を立てて眠っていた。
彼女の愛らしい寝顔を見つめたまま暫しの間、古城は固まる。
だが、それは直ぐに終わりを告げた。何故なら、
「―――古城君、起きてる?目覚まし鳴ってたし今日も追試あるんでしょ。朝ご飯、作ってあるから早く食べちゃってよ。洗い物片づかないから」
古城の妹・凪沙の声が扉越しに聞こえてきたからだ。律儀にドアをノックしながら。
………まずい。非常にまずい。この状態を妹にでも見られたらあらぬ誤解を受けるのはほぼ確定だ。
古城の隣に眠っているのは人形。だが、凪沙はレイを人形ではなく女の子として接している。それが何を意味するか。想像するだに恐ろしい。
きっと古城に『幼女と就寝を共にする変態のロリコン』というレッテルが貼り付けられるだろう。
そんなのは御免だ。古城はレイの小柄な身体を持ち上げて、急いで布団の中に隠した。
それとほぼ同時に古城の部屋が開けられ、凪沙が中に入ってきた。
「あ、起きてたんだ。よかった。レイちゃんに起こしに行かせたのは正解だったみたい」
「え?」
凪沙は短パンにタンクトップのラフな恰好の上にオレンジ色のエプロンをつけていた。が、妹の姿よりも、彼女の言葉を聞いて、古城は瞳を見開く。
………レイが起こしに来ていた?
つまり、彼女が古城のベッドに潜り込んできていたのは、彼女が古城を起こしに部屋を訪れ、中々起きない古城を待っていたら、いつの間にか彼女も眠ってしまったということか。
なんだそういうことか、と古城は安堵の息を洩らし、
「それはそうと、レイちゃんはどこ?古城君を起こしに行ってから、この部屋から出て行ってないはずだけど」
「………!?」
凪沙がキョロキョロと見回しながら訊いてきて、古城はピシリと石化したように固まった。
一難去ってなんとやら。古城はレイが勝手に自分の部屋に来たと予想して布団の中に隠したのは失敗だった。
凪沙がレイの行動を把握していたとなると、古城がレイを隠した行為は逆に誤解を招く可能性が高い。
つまり、レイを布団の中に隠したことがバレたら非常にまずい。故に古城は凪沙にこう言った。
「あ、あー………レイならたしか、俺が起きたのを確認したら部屋を出て行ったっけな」
「え?それ、本当?あたし、古城君が起きたら報告しにきて、ってレイちゃんにお願いしたはずなんだけどなあ………忘れちゃったのかな?」
「そ、そうなんだ………へえ………」
冷や汗をダラダラと流す古城。レイに限って約束をすっぽかすのは考えられない。何せ相手は古城の妹で、レイが彼女のことも慕っているからだ。
なんとも苦しい言い逃れをしたな、と古城は溜め息を吐いた。
そんな彼を凪沙が怪訝な顔で見つめ、
「どうしたの、古城君。溜め息なんかついちゃって」
「え?あ、いや。べつになんでもないよ」
古城は慌てて平静を装って返す。それに凪沙は、そう、と相槌を打ち部屋を出て行こうとした。が、何か思い出したように振り返り、
「あ、じゃない。起きてたなら早くそこどいて。お布団干すから」
「え!?」
古城はぎょっと目を剥いた。布団を干す………即ち、布団を捲られレイを隠していることがバレる―――!
「ちょっと待ったァ!」
「は?」
いきなり吼えた兄に、凪沙は目を瞬かせる。一体どうしたのかと。
そんな妹に、古城は布団を奪われまいと握り締め告げた。
「今日は気分がいいし、布団は俺が干しとくよ」
「え?古城君が?」
「ああ。だから凪沙は先に洗い物を始めててくれ」
古城が早口にそう言うと、凪沙は疑わしい目を向けてきて、
「怪しい。ものすっごく怪しいよ、古城君。朝起きるのでさえ気だるそうな古城君が、凪沙の代わりにお布団を干すなんて今まで言われたためしがないよ」
「う………いや、ほら。本当に今日は平気なんだって!だからさ、凪―――」
が、古城の言葉は此処で途切れる。それは布団がもぞもぞと動き出したからだ。
やめろ。頼むから今出て来ないでくれ………!
古城は必死に心の中で叫ぶ。レイに伝わることを信じて。
しかし、現実はそう甘く出来てはいなかった。古城の思いも虚しく、布団の中からひょこっと真っ白い髪の少女が顔を覗かせる。
「むにゃ………
眠い目を擦りながら古城を見上げて挨拶するレイ。そんな彼女に、古城は頬を引き攣らせながら、お、おう、と返す。
そして彼は恐る恐る凪沙の顔を窺い見る。すると、凪沙はとても良い笑顔でニッコリと笑い、
「古城君。これはいったいどういうことかな?レイちゃんは古城君の部屋から出て行ったんじゃなかったの?ねえ、凪沙にもわかるように、そこんとこくわーしく教えてくれるよね?」
矢継ぎ早に質問してくる凪沙。青筋が浮かんでいるように見えたのはきっと見間違いだ。否、見間違いであって欲しい。
古城はそんなことを願いつつも、痛い頭を抱え、
「勘弁してくれ………」
誰に言うわけでもない言葉を弱々しく呟いた。そんな彼の隣で、レイは状況が読めずに頭上に疑問符を浮かべながら小首を傾げた。
†
顔立ちはそれなりに可愛らしく、成績も悪くなくそこそこで、家事全般も器用にこなせる。故に凪沙は出来の良い妹だと、古城は自負している。
だが、病的なまでの清潔好きで片付け魔であることと、口数の多さという欠点がある。
誰に対してもというわけではないが、心を許した家族に対しては容赦なしだ。況してや口喧嘩では勝てる気がしない。
………そういえば、レイには初対面にも関わらず口数の多い感想を述べていた。彼女はよっぽど気に入られたのだろうか。
それとも、実は初対面ではなく知らない間にお互いが既に出会っていたのか。―――いや、まさか。それはないだろう。
凪沙は裏表のない性格で他人の悪口は滅多に口にしない。腹黒い裏の顔を持っていたレイとは大違い。
が、怒らせるととても恐ろしい。その犠牲者の一人は古城の親友・矢瀬だ。中学の頃、エロビデオを持ち込んだことがバレてしまい、怒り狂った凪沙の苛烈な言葉責めによって暫く女性恐怖症に陥ったほどだ。
そして、凪沙には別の問題が一つ。それは魔族に対してトラウマがあるということだ。
四年前に起きたローマの列車事故。それが魔族がらみのもので、凪沙はそれに巻き込まれて生死に関わるほどの重傷を負った。なんとか命は取り留めたが、その事故が切っ掛けで魔族にトラウマを持つようになった。
レイの正体が吸血鬼だと誤解した時は、凪沙は恐怖で彼女を拒絶してしまった。だが、レイの不思議な力のおかげと誤解も解けて、今では凪沙とレイは姉妹のような関係を築きつつあるとか。
「―――ねえ、古城君ってば、聞いてるの!?」
不意に古城は凪沙に早口で怒鳴られる。
「ん?何がだ?」
全く別のことを考えていた古城の耳には凪沙の話は入ってきてないらしい。
そんな彼に、凪沙の代わりにレイが言った。
「転校生という名前の方が来るそうなのですよ、主様」
「は?」
「違うよ、レイちゃん。転校生っていうのは名前じゃなくて、入学の時期以外に別の学校から来る生徒のことをいうの」
レイの言葉を苦笑しながら訂正する凪沙。まあ、レイは〝転校生〟どころか〝学校〟すら知らないのだから間違えるのは仕方がない。
古城はレイと凪沙の話を聞いて首を傾げる。
「………転校生?」
「うん。夏休み明けからうちのクラスに転校生が来るの。女の子。昨日、部活で学校に行ったときに先生に紹介してもらったんだあ。転校前の手続きに来てたんだって。すっごく可愛い子だったよ。そのうち絶対、高等部でも噂になると思うなあ」
「可愛い子なのですか?それはとても気になりますのです!」
「ふうん………」
興味津々なレイと、興味ないと素っ気ない態度で聞き流す古城。
「でね、古城君。その転校生ちゃんに、なんかした?」
「は?なんだそりゃ?」
凪沙の唐突な質問に、わけが分からず訊き返す古城。すると、レイが青白い瞳を輝かせて古城を見つめた。
「え?主様、既に会ったのですか!?僕の知らない間に………羨ましいのです!」
「いや、知らないし転校生と会った覚えはないんだが」
興奮気味に訊いてくるレイに、古城は苦笑いで返した。
一方の凪沙は何処か不機嫌そうな、真面目な表情で古城を見返し、
「だって訊かれたんだよ、その子に。あたしが自己紹介したら、お兄さんがいるかって。どんな人かって」
「………なんで?」
「あたしのほうが訊きたいよ。てっきり古城君と前にどこかで会ったことがあるんだと思ってたんだけど」
「いや、年下の知り合いはいないと思うが………」
古城は腕を組んで考え込んだ。そして然り気無くレイを横目で見る。
すると、レイの表情が険しくなっているように見えた。そんな彼女を見て、まさか
「で、おまえはなんて答えたんだ?」
「いちおうちゃんと説明しておいたけど、あることないこと」
「なにぃ?」
「うそうそ、本当のことしか話してないよ。この島に来る前に住んでた街のこととか、学校の成績とか、好きな食べ物とか、好きなグラビアアイドルとか、あとは矢瀬っちとか浅葱ちゃんのこととか、あとは中等部のときの大失恋の話もしたかなあ………それとレイちゃんのこともね」
「………!?」
淀みなく答える凪沙。彼女の話を聞いて、レイの表情がますます険しくなっていく。古城もまた苛々と奥歯を鳴らした。
「おまえな………なんで初対面の相手に、そういうことをペラペラ話すわけ?」
「いや、だって可愛い子だったし?」
凪沙は悪びれない口調で言う。
「女の子が古城君に興味を持つ機会なんて、滅多にないからさ、少しでもお役に立てればと思ったんだよね」
「うそつけ………単におまえが話したかっただけだろ」
古城は投げ遣りな態度で息を吐いた。すると突如、レイが挙手して、
「凪沙様!僕も主様のことをもっともっと知りたいのです。だから主様の色々なお話を聞かせて欲しいのですよ!」
「な、レイ!?冗談じゃ」
「うん、もちろんだよ。レイちゃんも可愛い子な上に、あたしたちの家族みたいな子だからね。凪沙の知っている古城君のすべてを教えるよ」
「ちょ、凪沙!?頼むからやめてくれ!レイは実はとんでもなく腹黒なやつなんだ!俺の恥ずかしい過去を知られるわけにはいかないんだよ!」
自分のプライバシーを守るために、必死に凪沙を説得する古城。
腹黒?と凪沙が不思議そうにレイを見つめた。レイは小首を振って否定した。
「いいえ。たとえ僕が主様の恥ずかしい秘密を知ったとしても、勝手に言いふらしたりはしないのですよ。僕は主様の
「神に誓って、か?」
「………!はいなのですよ♪」
いつもの台詞を古城に奪われて一瞬だけ驚くレイだが、直ぐに優しく笑って頷いた。
古城は、そうだな、と頷きかけて慌てて首を横に振った。
「いや、駄目だ駄目だ!たとえレイが俺の秘密を保証してくれるといっても、どのみち俺が恥ずかしい思いをするのは変わりねえだろ!?だからいくらおまえでも、教えられねえよ!」
「うー………主様のひとでなしぃ」
古城に拒否されてレイはしょんぼりと項垂れた。そんな彼女を憐れに思った凪沙が、ポンと彼女の頭に手を乗せると優しく撫でて言った。
「大丈夫だよ、レイちゃん。古城君が補習に行ったあと、あたしがコッソリ古城君のこと、いっぱい教えてあげるからね」
「凪沙ぁ?」
古城の殺気の籠った声音にドキッと凪沙の心臓が跳ねる。古城にバレてしまった時点でコッソリもへったくれもなくなったわけだが。
レイは凪沙の気遣いに感謝するものの、首を振って言った。
「ありがとうなのですよ、凪沙様。ですが僕は主様が嫌がることはしないのです。だから本当は知りたかったのですが、僕は主様の秘密を知るのは諦めます………」
「レイ………!」
レイの言葉を聞いて、古城は思わず感動した。なんて良い子なんだと。
真実を伝えて古城を傷つけることもあった。だが、それ以上にレイは古城のことを第一に考え、彼を慕う最高の味方なのだ。
彼女がどうして此処までして古城を想ってくれるのかは理由は分からないが、これほど心強い味方がいてくれるのはとてもありがたいことだった。
そんな真っ直ぐなレイに凪沙も感動し、
「ありがとう、レイちゃん。古城君なんかのためにそこまでしてくれて」
「………なんかってなんだよ」
凪沙の余計な言葉に唸る古城。レイはニコリと微笑み、
「当然なのですよ。僕は主様の
眩しすぎる彼女の笑顔に、古城と凪沙はまともに見ることが出来ずに瞳を細めた。
前言撤回。腹黒いなんてとんでもない。レイは古城にとって天使のような存在なのだと認識を改めた。
それから古城は話を戻して、
「………それで凪沙。その転校生はなんて名前だったかわかるか?」
「え?あ、うん。なんか変わった名字だったよ。えっと………そう、王女様みたいなヒラヒラした感じの」
「ヒラヒラ?もしかして姫柊のことか?」
古城が苦々しく訊き返すと、凪沙がぱあっと表情を明るくして、
「あ、そうそれ!姫柊雪菜ちゃん」
「………あいつが凪沙のクラスの転校生………だと!?」
「そうだよ。やっぱり古城君の知り合いだったの?ねえねえ、どこで知り合ったの?凪沙にもちゃんと説明してよ、ねえ。古城君ってば!」
凪沙が何かを叫び続けていたが古城の耳には届いてなかった。やっぱりあいつだったのかと、古城は嫌な汗を全身から噴き出しながら。
そんな彼をレイは心配そうに見上げる。
「………主様」
「………心配するな、レイ。俺は、平気だ」
そう言うが、古城の握り締めた手は汗で濡れている。それを見たレイは優しく笑い、
「大丈夫なのですよ、主様。僕が、ついてますから」
「………!レイ………。そうだな、あんたがいてくれれば心強―――」
「何を言ってるのレイちゃん。今日はあたしとお洋服買いに行く約束のはずだよ?それにレイちゃんは生徒じゃないんだから関係者以外は基本学校の中には入っちゃ駄目。わかった?」
「うー………ごめんなさいなのです」
レイと古城は本日別行動になるようだ。古城は追試で、レイは凪沙とお買い物。
古城は、それなら仕方がないな、と苦笑し、凪沙とレイの二人に別れを告げて追試を受けに学校へ向かうのだった。
凪沙の部活を休みにしました。
原作でも部活の有無が不明確だったので。
追記。単なる見落としでした………部活ありが原作ですが、このままいきますので悪しからず。