ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者―   作:光と闇

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尾行の少女

 絃神島は、大平洋のど真ん中の東京の南方海上三百三十キロ付近に浮かぶ人工島で、ギガフロートと呼ばれる超大型浮体式構造物を連結して造られた、完全な人工の都市。

 総面積は約百八十平方キロメートル。総人口は約五十六万人。行政区分上は東京都絃神市と呼ばれているが、実体は独立した政治系統を持つ特別行政区。

 暖流の影響を受けた気候は穏やか。真冬でも平均気温は二十度を超える、熱帯に位置した所謂、常夏の島。

 だが、この島の主要産業は観光ではなく、それどころか島への出入りには厳重な審査があり、唯の観光目的で訪れる客はあり得ない。

 絃神市は、製薬、精密機械、ハイテク素材産業などの、日本を代表する大企業、或いは有名大学の研究機関が犇めき合っている学究都市である。

 それはこの人工島でだけ、ある分野の研究が認められているからだ。

 それを意味する絃神市のもう一つの名―――魔族特区。

 獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体、そして吸血鬼―――この島では、自然破壊の影響や人類との戦いによって数を減らし、絶滅の危機に瀕した彼ら魔族の存在が公認され、保護されている。そして彼らの肉体組織や特殊能力を解析し、それを科学や産業分野の発展に利用する―――その為に造られた人工都市が、この絃神市なのだ。

 島の住民の大半は、研究員とその家族、及び市が認めた特殊能力者。その中には、研究対象となる魔族達も当然含まれている。特区の運営に協力する魔族には、その見返りとして市民権が与えられ、人類と同様に、学ぶことも、働くことも、暮らすことも許される。

 絃神市は、云わば魔族と人類が共存するためのモデル都市―――或いは、壮大な実験室の檻なのだった。

 

「―――にしても、この暑いのだけは勘弁してくんねえかな、くそっ」

 

「………僕が、主様より身長が高ければ日陰の役割が出来ますのに」

 

 暑さで苦しむ古城に、何もしてやれない人形の少女・レイが落ち込む。

 自分のことより他人の心配をする彼女に、苦笑いを浮かべる古城。

 しかし、レイは何かを閃いたのか、古城を追い抜き、彼の前に飛び出すと、ニコリと笑って言った。

 

「主様。僕を―――肩車するのです!」

 

「……………は?」

 

 突然のレイの頼みに、間の抜けた声を洩らす古城。何故この状況で〝肩車〟を要求するのか。

 そんな古城の疑問を察したように、レイは自信満々に笑って、

 

「大丈夫なのですよ、主様。僕に任せて欲しいのです」

 

「………本当に任せてもいいんだな?」

 

「勿論なのですよ♪」

 

 ニコニコと笑うレイを、古城は暫し無言で見つめ、

 

「―――よし、わかった。おまえを信じて肩車してやる」

 

「………!ありがとうなのですよ、主様♪」

 

 古城に信じてもらえて、嬉しそうな笑みを浮かべるレイ。

 古城は、やれやれ、とその場にしゃがみこんで頭を下げると、レイが彼の首に跨がった。

 

「準備はいいな、レイ?」

 

「はいなのです。いつでもいいのですよ!」

 

 レイからOKをもらった古城は、よし、と気合いを入れて立ち上がる。が、気合いを入れる必要はなかったようだ。何故ならレイが、羽根のように軽かったからだ。

 一方のレイは、いつもより高い位置から見た景色に、喜びの声を上げていた。

 

「わあ!主様の肩車は高い高いなのですよ♪」

 

「って、おい!なに喜んでんだよレイ!」

 

「ご、ごめんなさいなのです………!」

 

 すると案の定、古城に怒られるレイ。レイは慌てて謝罪すると、古城の頭に両手を乗せてやや前傾姿勢を取った。

 

「どうですか、主様?少しは楽になりましたでしょうか?」

 

「ん?あー………、たしかにレイが陰になってくれたおかげで、頭は陽射しを浴びずにすむな」

 

 古城の言葉を聞いて、ホッと安堵するレイ。が、

 

「―――けど、レイの身体が密着してる肩回りは暑苦しいな。それに、背中に至っては陽射しが直に当たって結局意味がないし」

 

「……………ぁ」

 

 古城のその指摘に、か細い声を洩らすレイ。そして、古城の肩の上から飛び降りると、申し訳なさそうな表情で彼に頭を下げた。

 

「………ごめんなさいなのです、主様。いい考えかと思ったのですが、駄目でしたね。………僕はやっぱり、役立たずの駄目人形なのです」

 

 そう言って酷く落ち込んでしまうレイ。自信満々だったのもあるが、一番は古城の信頼を裏切ってしまったことが堪えたのだろう。

 そんなレイに古城は苦笑すると、コツンと彼女の頭を軽く叩いた。

 

「痛っ!」

 

「そんなことを言うなって、レイ。俺はべつに気にしてないし、むしろ嬉しいくらいだからな」

 

「………主様……」

 

 涙目で叩かれた頭を押さえながら、古城を見つめるレイ。古城は、ポンとレイの頭の上に手を乗せて言った。

 

「それよりも早く帰ろうぜ。こんなところにいつまでもいたくないからな」

 

「………!はいなのです」

 

 古城の提案にレイは頷き、二人は自宅に向かって歩き出した。

 暫く二人は海沿いのショッピングモールを歩いていたが、古城はふと何気無い仕草で後ろを確認する。

 

「尾けられてる………んだよな?」

 

「………?どうかしたのですか、主様?」

 

 独り言を呟く古城を、レイが不思議そうな表情で見上げる。

 古城は逆に、え?と驚いたようにレイを見つめ、

 

「レイは気づいてないのか?」

 

「え?さっきから僕たちを尾行してる方のことなのですか?」

 

「気づいてたのかよ!」

 

「はいなのです。ですが、一定距離を保ったまま近づいて来ないようなので、僕はあの方を空気と思って無視しているだけなのですよ、主様」

 

 ふふ、と笑いながら答えるレイ。空気扱いかよ!と古城は驚愕し、思わず内心で叫んだ。

 が、レイは尾行者(?)の服装を見て、ふと思い出したように呟く。

 

「………彼女の着ている服、浅葱様のものと同じなのですよ」

 

「みたいだな。ということはうちの学校の女子生徒………ネクタイじゃなくてリボンをつけているから中等部か」

 

「中等部なのですか?」

 

「ああ。凪沙の知り合いか何かかもな」

 

〝凪沙〟と聞いて、レイは、成る程なのです、と頷き、

 

「それなら、こちらから接触しましょうです、主様」

 

「は?いや、待て。まだそうと決まったわけじゃないからさ。様子見しよう、レイ」

 

「了解なのです!」

 

 敬礼の真似事をするレイに、古城は苦笑した。一先ず相手の出方を探るべく、たまたま目についたショッピングモールへと二人は入っていった。目的地は入り口近くにあるゲームセンター。

 すると尾行者とおぼしき少女は、ゲームセンターの前で動きを止めた。明らかに動揺した面持ちで。

 そんな彼女を、古城とレイはクレーンゲームの筐体越しに観察する。

 まだ幼さを残しているが、綺麗な顔立ちの黒髪の少女。ベースギターのギグケースを背負っている。

 

「……………」

 

 はあ、と長い溜め息をついた古城は、レイの肩をトントンと叩き、

 

「いつまでも隠れているわけにはいかないし、レイの言った通りにこっちから接触してみるか」

 

「………!はいなのですよ♪」

 

 自分の提案を飲んでくれたことに嬉しそうな笑みを浮かべるレイ。

 だがタイミングが悪かったようで、黒髪少女も動き出し―――三人は入り口でばったり鉢合わせした。

 古城と黒髪少女は暫くの間、見つめ合う。レイだけは眼前の少女を警戒していた。

 そんな中、先に声を上げたのは、黒髪少女の方だった。

 

「だ………第四真祖!」

 

「―――え?」

 

 黒髪少女は上擦った声で叫び、重心を落として身構える。一方のレイは、〝第四真祖〟と聞いた途端、瞳を見開き凍りついたように動かなくなった。

 古城は、黒髪少女が〝第四真祖〟と口にした瞬間、落胆し深い溜め息を吐いていた。そして、どうしたもんかな、と古城は一瞬だけ黙考し、

 

「オゥ、ミディスピアーチェ!アウグーリ!」

 

 唐突に大袈裟なアクションで両腕を広げた。そんな外国語もどきを叫ぶ古城を、黒髪少女は呆然と見上げる。

 

「は?」

 

「ワタシ、通りすがりのイタリア人です。日本語、よくわかりません。アリヴェデルチ!グラッチェ!」

 

 早口でそう喚き散らして、固まっていたレイの手首を掴むと、硬直している黒髪少女の横をすり抜け、店を出た。が、

 

「な………!?待ってください、暁古城!」

 

 ハッと我に返った黒髪少女が、古城の名前を呼んだ。

 古城はうんざりと顔を顰めて振り返る。

 

「誰だ、おまえ?」

 

 古城は、警戒しながら黒髪少女を睨む。すると、黒髪少女は、生真面目そうな瞳で古城を見返し、答えた。

 

「わたしは獅子王機関の剣巫です。獅子王機関三聖の命により、第四真祖であるあなたの監視のために派遣されて来ました」

 

 は?と古城は、気の抜けた顔で黒髪少女の言葉を聞いたが、彼女が何を言っているのかさっぱりだった為、何も聞かなかったことにした。

 

「あー………悪ィ。人違いだわ。ほかを当たってくれ」

 

「え?人違い?え、え………?」

 

 黒髪少女が困惑したように視線を彷徨わせた。古城の出任せを信じてしまったようだ。

 その隙に、レイを連れて立ち去ろうと背を向けた古城を、黒髪少女が慌てて呼び止める。

 

「ま、待ってください!本当は人違いなんかじゃないですよね!?」

 

「いや、監視とか、そういうのはホント間に合ってるから。じゃあ、俺たちは急いでるんで」

 

 そう言って、古城はぞんざいに手を振ると、レイを連れて急ぎ足で離れていく。

 黒髪少女は、混乱したような表情のまま、その場に立ち尽くしていた。古城の作戦は成功したようだ。

 だが、問題が一つだけ残っていた。それは―――

 

「………主様。主様が、第四真祖というのは、本当なのですか?」

 

「―――!?」

 

 レイに聞かれてしまったことだった。彼女も凪沙と同じで、古城が第四真祖であることを知らない。教えれば、彼女が自分の前から消えてしまうのではないか、と思っているからだ。

 根拠はない。が、もしそうなってしまったら、彼女は凪沙に言いふらすかもしれない。浅葱や矢瀬にも言う可能性がある。終いには彼らとの関係が崩壊し、毎日研究づくめの地獄が待っているに違いない。それだけはなんとしても避けたかった。

 

「……………っ」

 

 古城は動揺しながら、どうすればいいか悩んでいると、不意に何かが彼を包み込んだ。

 

「………え?」

 

 古城は、視線を下に向けると、其処には―――彼の胸に顔を埋めるような形で優しく抱擁してきたレイの姿があった。

 レイの身長は、幼女のように小柄な為、こうなってしまうのは仕方がないわけだが。

 そんな小柄な人形少女は、優しい声音で古城に言った。

 

「―――平気なのですよ、主様。貴方様がたとえどんな存在であろうとも、僕は逃げたりはしないのです。誰にも言ってはならないのなら、僕は胸のうちに留めておきますのです。約束は、()に誓って絶対に破らないのです。何故なら僕は貴女様の………主様の人形(ドール)なのですから」

 

「………!」

 

 レイのその言葉と共に、古城は、まるで温かな光に包まれたような感覚を味わった。

 そして、彼女のこの不思議な力が、あの時、取り乱した凪沙を落ち着かせた力なのだと古城は悟った。

 古城は、冷静さを取り戻すと、レイの頭にポンと手を乗せて言った。

 

「悪い、レイ。もう大丈夫だ」

 

 古城がそう言うと、レイはゆっくりと顔を上げて、安心したような表情で古城を見つめる。

 そんな彼女を見て、古城は意を決したように口を開いた。

 

「………怒らないで聞いてくれ」

 

「はいなのです」

 

 レイは静かに頷いて返す。古城は真面目な顔で告げた。

 

「隠しててすまん。実は俺は人間じゃなくて―――吸血鬼なんだ。それもただの吸血鬼じゃない………第四真祖っていう世界最強の吸血鬼だ」

 

 古城は正体を明かした。あとはレイの返事待ちなのだが、彼女はニコリと笑って、

 

「勿論―――知ってましたのですよ、主様」

 

「……………は?」

 

 レイの衝撃の一言に、古城は間の抜けた声を洩らす。

 レイは、ふふ、と楽しそうに笑うと、胸に手を置いて言った。

 

「主様の血を飲んでいる僕が、主様の正体を知らないはずがないのですよ?」

 

「な、」

 

「だけど、主様がどうして正体を隠しているのか………とても気になったので知らないフリをしていたのです」

 

「……………」

 

「僕こそ、騙してごめんなさいなのです、主様。いかなる罰も、受けるつもりなのです」

 

 そう言って、レイはぎゅっと瞼を閉じた。痛みに堪える為に。

 しかし、いつまで経っても痛みはやってこなかった。そのことを不思議に思い、閉じていた瞼をゆっくりと開け―――ズビシッ!

 

「痛っ!?」

 

 その瞬間を待っていたように、古城がレイの小さな額にデコピンをかました。

 

「これはさすがの俺もお咎めなしとはいかないからな。これぐらいはさせてもらわないと気が晴れないんだよ。悪いな」

 

「うー………容赦ないのですよ、主様」

 

 涙目で額を擦るレイ。吸血鬼の力を全快にした一撃………というわけではないが、幼い彼女にとっては強烈だったようだ。

 

「―――幼い子供を泣かせるほど容赦のない暴力を振るう………さすがは第四真祖。噂に違わぬ凶悪な方ですね」

 

「は?」

 

 古城は、失礼な奴だな、とムッとした表情で声の主に向き直り―――固まった。声の主が、古城を第四真祖と口にしていた例の黒髪少女だったことに。

 

「―――っ!おまえは、さっきの!」

 

 古城は、黒髪少女を警戒して一歩後ろへ下がる。もしかしたらさっきの会話を聞かれていたかもしれない。そうだとしたら警戒せずにはいられない。

 そんな古城を庇うように、涙を拭ったレイが彼の前に立ち、黒髪少女を睨んだ。

 

「僕の主様に何かご用なのですか?」

 

「………え?暁古城が、あなたの主ですか!?………あなたはいったい、」

 

「僕は、主様の人形(ドール)なのです。主様の―――奴隷なのですよ♪」

 

「は?」

 

 レイの言葉にきょとんとした表情で彼女を見つめる黒髪少女。

 

「ちょっと待て!いつ俺が、おまえを奴隷のように扱った!?デタラメなことを言うなよな、レイ!」

 

「………?僕は主様の人形(ドール)なのですよ?だから僕は主様の奴隷同然じゃないですか」

 

「いやいやいや!その理屈はおかしいだろ!?そもそも奴隷は人間が所有物みたく扱われていることを言うんだろうが!」

 

 古城は、必死にレイを説得する。変な誤解をされる前に。

 そんな光景を黒髪少女が呆然と眺めていると、

 

「ねえねえ、そこの彼女たち。そんな男はほっといて俺たちと遊ばない?」

 

「そうそう。俺ら、給料出たばっかで金持ってるし、そいつより楽しませてあげられるぜ?」

 

 派手に染めた長髪と、余り似合っていないホスト風の黒スーツを着た男達二人組が声をかけてきた。


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