ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者―   作:光と闇

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暁家にて

 古城の自宅は絃神島南地区(アイランド・サウス)にあり、九階建てのマンションの七階で、七〇四号室の3LDKに住んでいる。

 本来は凪沙に頼まれたアイス達のみを連れ帰るはずが、彼の後ろには白いワンピースを着た人形の少女が追従してきていた。

 どうしてこうなった、と古城は溜め息を吐き、とりあえず人形の少女に、外で待っているように伝えてから自宅のドアを開けて中に入る。すると、廊下で仁王立ちしている人影が彼の帰宅に気づいて声を上げた。

 

「あ、やっと帰ってきた。もう、遅いよ古城君!中々帰ってこないから凪沙、寝ちゃうところだったよ」

 

「あー、悪い。ちょっと色々あってな。おまえに頼まれたアイスだけじゃなくて、オマケ付きになったんだよ」

 

「………?オマケ?それってどういうこと?あたしにもわかるように説明して」

 

 古城の曖昧な説明に、長い髪を結い上げてピンで止め、顔立ちや体つきがまだ少し幼い印象のある彼の妹・暁凪沙が怪訝顔で訊いてきた。

 古城はポリポリと頭を掻きながら、口で説明するより、実際見てもらった方が早いな、と思い、外で待ってもらっていた人形の少女を招き入れた。

 

「おい、もう入ってきていいぞ」

 

「え?」

 

「はいなのです、(ヌシ)様!」

 

 こんな夜中に兄が誰かを招き入れるなんて、と凪沙が驚いていると、とてとて、と真っ白い少女が自分の前まで駆け寄ってきた。

 そして深々とお辞儀して挨拶した。

 

「ぼ、僕はき、きょ、今日から主様のお宅にお邪魔します!主様の人形(ドール)なのです!主様の妹様、どうか何卒よろ、よろしくお願いしまひゅ―――!」

 

 挨拶した―――が、噛み噛みだった。古城は、噛んだな、と苦笑を零す。

 凪沙も、暫し唖然としたが、次の瞬間には弾けたような笑顔で、

 

「な、なにこの子―――すっごく可愛い!」

 

「ひゃっ!?」

 

 凪沙の奇声にビクッと驚く人形の少女。そんな彼女の白い頬を指で突っつきながら興奮したような声音で早口に言った。

 

「うわあ、なにこの子の肌!ぷにぷにのすべすべだよ!?本当に人形なの?赤くなった頬は触ったら温かいし、恥ずかしそうにしてるところを見ると感情もあるみたいだね。ねえ、古城君。本当にこの子は人形なの?実は攫ってきた可愛い女の子だったりしない!?」

 

「攫うかっ!犯罪者かよ俺は!?その子は買い物帰りに見つけて、とある事情で俺が流した鼻血がその子の口の中に入って―――」

 

「………え!?血………!?」

 

 不意に凪沙の顔色が青ざめていった。瞳を一杯に見開いて人形の少女から後ずさる。

 古城は、しまった、と自分の失言に気がつき、慌てて弁解した。

 

「ち、違う!その子は魔族じゃない!本当に人形なんだよ!」

 

「………ほ、本当に?」

 

「あ、ああ!ただその子の動力源が血っていうだけで、吸血鬼ってわけじゃないんだ!」

 

「……………っ、」

 

 古城は必死に妹を説得する。だが凪沙は半信半疑だった。

 彼女は四年前に起きた魔族絡みの列車事故に巻き込まれて生死の境目を彷徨ったことがある。それが切っ掛けで魔族恐怖症になってしまっているのだ。………本当は違うが。

 兄の言葉を信じたいが、それでも目の前にいる人形の少女が本当は魔族だったら、と思うと恐怖で足が竦んでしまう。

 凪沙が恐怖でカタカタと歯を震わしていると、突如、温かい何かが彼女を包み込んだ。

 

「………え?」

 

 凪沙は驚いて声を洩らすと、優しい声音が彼女の耳に届いた。

 

「―――大丈夫なのですよ、凪沙様。僕は主様にも、貴女様にも危害を加えたりはしないのです。()に誓って絶対に」

 

「………!?」

 

 声の主が、自分を優しく抱擁している主が、人形の少女のものだと気がついて、凪沙は恐怖のあまり乱暴に彼女を突き飛ばそうとした。

 だが、その行為に至る前に、凪沙の心を蝕んでいた恐怖が薄れて、何故か心地好いものとなっていった。まるで全身を温かな光が包み込んでいるような感覚に。

 暫くして、落ち着きを取り戻した凪沙はフッと笑って、人形の少女の頭を優しく撫でた。

 

「ありがとね。あなたの不思議な力のおかげで落ち着いたよ。本当に、ありがとう」

 

「………!ぼ、僕は当然のことをしたまでなのですよ♪」

 

 そう言いながらも嬉しそうな笑みを浮かべる人形の少女。彼女にとって古城の妹に頭を撫でられるのは、とても誉れなことなのだろう。

 そんな妹と人形の少女のやり取りを見つめ、古城は、これならなんとかやっていけそうだな、とホッと胸を撫で下ろした。

 喜ぶ人形の少女を、ニコニコと眺めながら彼女の頭を撫でていた凪沙は、ハッと何か重大なことを思い出して、訊いた。

 

「そういえば、あなたの名前、なんていうの?」

 

「え?」

 

 凪沙の質問に、人形の少女は固まる。名前………付けられたような、付けられていないような、と記憶は曖昧で即答出来ずにいた。

 そんな彼女を不思議そうに見つめる凪沙。視線を兄に移して無駄かもとは思ったが、訊いた。

 

「………古城君はこの子の名前、知らない?」

 

「いや………俺も知らないな。自分が人間でも魔族でもない、人形(ドール)だ、としか聞いてない」

 

「そっか。古城君も知らないんだね………名前、どうしよう」

 

 うーん、と暁兄妹が唸り始めた刹那、人形の少女は、あ、と思い出したように声を洩らした。

 

「僕は確か………名前ではなく〝零番(ゼロ)〟と番号で呼ばれていた気がしますのです!」

 

「ぜろ?」

 

「そうなのです!ですから僕のことは〝零番(ゼロ)〟とお呼びください♪」

 

 人形の少女が胸に手を置いて笑顔で言った。しかし凪沙は首を振って、

 

「うーん。ゼロだと女の子らしくないから―――レイちゃんなんかどうかな?」

 

「ゼロ………レイ………。そうだな。凪沙の言う通り、ゼロよりもレイの方がいいと俺も思うぜ」

 

「凪沙様………主様………」

 

 暁兄妹が『ゼロ』よりも『レイ』の方がいい、と言ってくれた。人形の少女にとっては『ゼロ』でも構わなかったが、折角彼らが考えてくれた名前だ。人形の少女は喜びの笑みを浮かべて、

 

「分かりましたのです。では、僕のことは『レイ』とお呼びください♪」

 

「ああ」

 

「うん、わかった」

 

 人形の少女―――レイ(凪沙命名)は満面の笑みを見せる。

 そんな彼女に、凪沙が手を差し出して微笑んだ。

 

「ようこそ、暁家へ。これからよろしくね。レイちゃん」

 

「はいなのです!僕こそよろ、よろしくお願いしまひゅのでひゅ………!」

 

 また噛み噛みなレイ。そんな彼女をクスクスと笑う凪沙と、また噛んだな、と苦笑する古城。

 こうして未知の人形・レイは暁家の仲間入りを果たし―――運命の歯車が廻り始めたのだった。


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