ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者― 作:光と闇
雪菜は悪夢から目を覚めると、何故か眼前に………レイの顔があった。
「は?」
「あ、おはようございます。雪菜様!」
開いた口が塞がらない雪菜に微笑みかけてくるレイ。
「凪沙が雪菜様の分のお料理を準備してお待ちしています。身支度を終えましたら
「え?」
「では、僕は先にうちに戻っていますのです」
雪菜に用件を伝えると、踵を返して立ち去ろうとするレイ。雪菜は慌てて彼女を呼び止めた。
「ま、待ってください!」
「………?」
雪菜の声に振り返るレイ。不思議そうに小首を傾げる彼女に、雪菜は真剣な表情で、
「レイさん」
「はい?」
「不法侵入ですよ」
「………!?う、ご、ごめんなさいなのです………!」
雪菜の指摘にハッとしたレイは、自分が犯罪行為に走っていたことを悟り慌てて頭を下げて謝る。
雪菜は、仕方がない子ですね、とクスッと小さく笑う。
「先輩の………第四真祖の能力をこんなことに使っては駄目ですよ」
「え?」
雪菜の発言に、レイはぎょっとした表情で彼女を見つめた。そんなレイに雪菜はクスリと笑い、
「隠しても無駄ですよ。レイさんが先輩の〝血の従者〟で、第四真祖の能力を扱えることに気づいていますから」
「……………」
雪菜の言葉を聞いて、レイは暫し彼女を無言で見つめ、それから首を横に振って否定した。
「不正解、なのですよ雪菜様」
「え?」
「僕は主様の〝血の従者〟
「………え?与え、られた!?」
レイの口から告げられた事実に、雪菜は衝撃を受ける。雪菜の予想が全く違っていたからだ。
「え?その、レイさんに第四真祖の能力を与えた〝方々〟というのは?」
「それは教えられないのです。その〝方々〟から、『我々が与えたことは極秘にせよ』と言われていますので」
申し訳なさそうな表情で答えるレイ。雪菜は歯痒い気持ちを抑えて苦笑いする。
「………では、どうやってわたしの家に侵入してきたのか、教えてもらえますか?」
「え?あ、はいなのです。吸血鬼の能力の一つ、〝霧化〟でドアの隙間から侵入しましたのです!」
「自信満々に答えるのはどうかと思いますが………〝霧化〟、ですか」
たしかに霧になってしまえば僅かな隙間からでも侵入は可能だ。………最早セキュリティのへったくれもないが。
それにしても、レイが古城の〝血の従者〟ではなく、『何者か達』に第四真祖の能力を与えられた、というのは予想外だった。
その『何者か達』が第四真祖に関係する存在であるのは予想できるが、何故レイに第四真祖の能力を与えたのか理解できない。
天使にとって魔族は滅ぼすべき敵だ。レイが吸血鬼化していないのは、彼女の創造主である神への冒涜、或いは反逆になるからだろう。
ならば何故、〝神の御使い〟であるレイは、その『何者か達』によって魔族の―――それも神に呪われし負の生命力の塊である吸血鬼の真祖の能力を与えられているのか。
そしてもう一つ。どうしてレイは〝彼女〟を知っているのか。それにあの悪夢は一体―――
「雪菜様?」
「―――ハッ!?」
考え込んでいた雪菜を心配そうに見つめてくるレイ。雪菜はハッと我に返り、
「な、なんですか?」
「………早く着替えないと遅刻してしまいますよ?」
え?と雪菜は急いで時計を確認する。が、別に遅刻するような時刻というわけではなかった。
雪菜は、まだ大丈夫ですよ、とレイに返そうとしたが、
「………あれ?いない!?」
肝心の彼女はいつの間にかいなくなっていた。
雪菜が視線を逸らした隙に、レイは逃げるように帰っていったようだ。
まるで雪菜に、これ以上の情報は提供しない、という意思表示をしているように。
雪菜は溜め息を吐くと、身支度を始めて古城宅に向かうことにした。
†
七〇四号室、古城宅。
雪菜が訪問すると、凪沙が快く中へ迎え入れた。
「おはよう雪菜ちゃん。昨日はごめんね、せっかくの歓迎会ができなくなっちゃって。代わりと言ってはなんだけど、朝ご飯、一緒に食べようかなと思って凪沙が誘ったの。もしかして駄目だった?」
「い、いえ!駄目ではないです。誘ってくれてありがとうございます、凪沙さん」
早口で言ってくる凪沙に苦笑いを浮かべながら返事する雪菜。凪沙は、よかった、と嬉しそうに笑って雪菜を朝食に招く。
「あ、それとね、雪菜ちゃん」
「はい?」
「あたしのことはちゃん付けで呼んで欲しいかな。さん付けだと、なんか他人行儀みたいで距離を感じちゃうから」
「………!は、はい。凪沙ちゃん」
雪菜が呼び方を改めると、また凪沙は嬉しそうに笑って頷いた。
そして、雪菜を加えた古城、凪沙、レイの四人で食卓を囲む。
「………あの、凪沙?」
「ん?どうしたの、レイちゃん?」
「えっと………どうして僕の分まで用意されているのですか?」
レイが自分の分の朝食を指差して質問する。凪沙はニコリと微笑んで、
「レイちゃんはべつに食べないだけで、食べられないわけじゃないんだよね?」
「え?あ、うん」
「だから今日からはレイちゃんにもあたしの料理を食べてもらおうと思って。それともあたしの料理は食べたくなかったりする?」
「………!?そ、そんなことは―――!僕は凪沙のお料理を食べてみたいと思っていますのですよ!」
悲しそうな表情をする凪沙に、レイは慌てて手を振る。
凪沙は、え?と目を瞬かせ、
「………本当に?」
「本当なのです」
「本当に凪沙の料理を食べたいと思ってくれてる?」
「はいなのです!僕にも凪沙のお料理を食べさせてください………!」
レイはそう言ったところで、あ、と自分の失態に気づく。これでは余計に断れないじゃないか、と。
凪沙はとても喜ぶと、手を合わせて言った。
「もちろん食べていいよレイちゃん!よかったー、やっとあたしの料理を食べてくれる気になったんだね!さあさあ食べて食べて。あ、でも残しちゃ駄目だからね」
「は、はいなのです………」
まんまと凪沙の術中に嵌まったレイはガクリと項垂れた。まあ、彼女には昨日多大な迷惑をかけてしまったわけだから逆らうなどできるはずもないが。
今朝、凪沙と顔を合わせた途端、彼女が抱きついてきて頭を撫で回された。その心配度は人間でいう母親のようだった。
勿論、それから説教も受けた。おもに主様が。悪いのは全部僕だと言ったけど、凪沙がそれで納得してくれたかは正直微妙であるが。
ちなみに私が天使だということは凪沙には隠している。魔族ではないけど、此処とは
本当は正体を隠すのは心苦しいが、彼女の日常を壊さない為にも〝(神の造った)人形〟ということで通すつもりである。
「………!?こ、この玉子焼き、とっても美味しいのですよ!」
「本当!?よかった、レイちゃんの口にあって。雪菜ちゃんはどうかな?」
「はい。とても美味しいですよ。味付けも、焼き加減も、食感も申し分ないです」
レイと雪菜に褒められて嬉しそうな表情を浮かべる凪沙。古城も妹の料理を褒められて嬉しそうにする。流石は俺の妹、胃袋を掴むのが上手いな、と。
そんな感じで四人は朝食を平らげていった。
†
食事を終えて、レイは凪沙の後片付けを手伝う。雪菜も手伝おうとしたが、
「雪菜ちゃんはいいから座ってて」
と凪沙に一蹴された。雪菜はちょっと残念そうな顔をしたのち、ちゃっかり古城の隣の席に移動して座り、
「先輩。レイさんは、先輩の〝血の従者〟ではないそうですよ」
「………そうなのか?」
「はい。レイさん本人が言っていましたし、嘘ついているようにも見えませんでしたから」
「レイが教えてくれたのか!?」
驚いたような声を上げる古城に雪菜は、シー、と唇に指を持っていって彼を黙らせる。
「どうやらレイさんに、第四真祖の能力を与えた〝方々〟がいるそうなんですよ」
「は?なんでだ?」
「それがわかれば苦労はしません。わたしもその〝方々〟については教えてくれませんでしたから、なぜかはわかりません」
「そうだな。………そっか。レイは正真正銘、吸血鬼ではないんだな」
安心した、と古城は胸を撫で下ろした。これでレイが凪沙に怖がられる〝魔族〟ではないことがわかったからだろう。
そのことには雪菜も安堵している。とはいえ彼女が〝天使〟であることは凪沙には伝えない方がいいかもしれない。
〝
それはさておき、と古城は雪菜をじーっと見つめて、
「なあ、姫柊」
「はい?」
「倉庫街のときからだが、いつの間にかレイと仲よくなってるよな」
「え?あ、そうですね。昨日の朝のような冷たさはなくなりました」
「だろ?姫柊はあいつとなにかあったのか?」
「そうですね………そういえばどうしてでしょう?」
疑問系で返してくる雪菜。姫柊もわかんねえのかよ、と古城は困ったように表情を歪める。
疑問系で返した雪菜だが、実はなんとなく分かるような気がした。
鍵はやはり〝彼女〟だろうか。〝彼女〟とレイの関係を知ることができるならば、自ずとレイの態度の変化の理由を理解できる………雪菜はそんな気がしたのだ。
といっても、レイが口を割ってくれない以上、簡単にはいきそうにない。獅子王機関に聞けば何か掴めるだろうか。
そんなことを考えていると、後片付けを終えた凪沙とレイが戻ってきた。
「古城君、雪菜ちゃん。二人でこそこそとなに話してたの?よかったら凪沙にも教えて!気になって学校にいけなくなっちゃうから」
「僕も気になりますのです!主様と雪菜様は何の話をしていたのですか?」
訊いてくる凪沙とレイに、古城と雪菜は正直に答えられるわけにはいかないので、
「………な、謎の爆発事件について話し合ってたんだよ。な、なあ………姫柊?」
「は、はい。原因不明だと言われていますが、わたしは落雷による倉庫火災が怪しいと思っているんですが、先輩はそれは違うって言うんですよ」
取り敢えず、今話題の事件の話をしていたことにした。
レイは古城達の嘘だと直ぐに見抜いたように苦笑いを浮かべていたが、凪沙は、別の意味で苦笑いをして、
「落雷なんて、そんなの誰も信じてないよ雪菜ちゃん。爆発テロとか輸送中のロケット燃料の誤爆とか、みんないろいろ言ってるけど、凪沙は隕石が怪しいと思ってるんだよね。ツングースカ大爆発だっけ?昔これによく似た事件がロシアであったんだって、スドーさんが言ってた」
凪沙がうろ覚えの情報を引き出して言う。そんな彼女に、古城とレイは冷や汗を流しながら、実は
雪菜は、凪沙にバレないように苦笑いを浮かべながら、瞳だけ古城とレイを冷たく睨んでいた。
雪菜に責められるのは当然だろう。幾らレイを止めるからといって、古城は遠慮無用に眷獣を使うし、レイも古城の眷獣に全力で応えたりするから倉庫街は大惨事になってしまったのだ。
古城もレイも、自分の目的のことばかりで、周りに気を配れなかった事に深く反省している。
それにしても、不可解な出来事が一つあった。それは、あれだけの被害が出たのにも関わらず、〝旧き世代〟の男が無事だったことだ。
無事、というわけではないが、オイスタッハが付けた裂傷以外に傷が見当たらなかった。雷に打たれたような怪我など一切なかったのだ。
だとしたら考えられるのは、あの時、古城達以外に誰かもう一人いて〝旧き世代〟の男を護っていたのではないか。そう考えるのが普通だろう。
しかし、第四真祖の魔力から護れる力を持っている存在となると、真祖に匹敵するほどの者だと認識しておいた方がいいかもしれない。
「それじゃあ、あたし、チア部のミーティングがあるから、先に行くね」
バタバタと部屋の中を走り回りながら凪沙が言う。古城は、おー、と投げ遣りに手を振る。雪菜とレイは、はい(なのです)、いってらっしゃい、と返し手を振る。
「お留守番よろしくねレイちゃん。雪菜ちゃん、古城君が遅刻しないように、面倒見て欲しいかな。無理強いはしないけど、もしよかったらお願い。………あ、それと古城君、新しいハンカチとティッシュはレイちゃんに渡してるから、ちゃんと受け取ってから学校に行ってね」
「わかったからさっさと行け」
「はーい」
凪沙が最後まで騒々しく出て行くのを確認して、古城はぐったりと息を―――
「―――あ、そうそう。昨日できなかった雪菜ちゃんの歓迎会、今夜行うから。寄り道しないで帰ってきてね古城君、雪菜ちゃん」
「お、おう」
「それじゃあ」
重要なことを思い出した凪沙がドアから顔を覗かせながら用件を言ってきて、それから直ぐに学校へ向かっていった。
ようやく行った凪沙に古城は一息吐く。雪菜も、朝から賑やかですね、と苦笑を零す。
一方、レイは、凪沙は今日も平常運転なのですよ、と楽しげに笑いながら古城の下へ歩み寄り、
「はい、主様。ハンカチとティッシュなのです」
「おう、サンキュ」
古城はレイから受け取り、立ち上がる。雪菜も立ち上がりギターケースを背負う。
「先輩。わたしたちも出ましょう。じゃないと遅刻してしまいますよ」
「そうだな。じゃあ、俺と姫柊もこれから学校だから、留守番頼んだ、レイ」
「はいなのです!いってらっしゃいませ、主様、雪菜様!」
古城と雪菜を元気良く見送るレイ。そして、彼らが出て行ったのを確認して、
「―――いるんですよね、〝――〟」
レイは自分以外、誰もいないはずの廊下に向けて言う。すると突如、レイの眼前に人影が浮き出てきて―――
「〝――〟様♪」
「ひゃあ!?」
その人影が、レイを強襲………否、飛びついてきた。
青色の長髪に、黄金の瞳を持ち、純白の薄布を着た少女だ。年齢は古城と同じ高校生くらいだろうか。
小柄なレイとは違い、〝――〟と呼ばれた青髪の少女は長身の分類に入る。
その青髪少女に抱きつかれたレイは、バランスを崩して転倒した。
「ようやく邪魔者―――いえ、〝――〟様と二人きりになれましたわ!うふふ、
「ちょ、〝――〟、離れてください!み、身動きできません………!」
「あら、それは大変ですわね。でも、もう少しだけ〝――〟ニウムを補充させてもらいますわよ」
「〝――〟ニウムってなんですか!?………ま、まあ、解放してくださるのなら少しくらいはこのままでもいいですけど」
レイは諦めたように溜め息を吐き抵抗をやめる。それに青髪少女はニヤリと笑って、
「まあ!つまりこのまま〝――〟様をお持ち帰りしても構いませんのね!?」
「そんなわけないですよ!?私には、第四真祖を御守りする役目があるんですからね!?」
「うふふ、勿論冗談ですわ。おほほほほほ!」
「………本音は?」
「〝――〟様
「やっぱりそうなりますか!?」
予想通りの答えが返ってきてショックを受けるレイ。
一方、青髪少女はレイからたっぷり
「うふふ、〝――〟様の愛をたっぷり戴きましたわ」
「あげてませんよ!?………それより、〝――〟は私のところへなにしに来たんですか?」
乱れた服を正しながら質問するレイ。ちなみに今日のレイの服装は、凪沙に買ってもらったピンク色のスモック・ブラウスに、裾部分にレースのフリルが設けられている白色のティアード・スカートだ。
そんな園児のような愛らしい恰好のレイを、青髪少女はうっとりとした表情で見つめながら答えた。
「私が〝――〟様の下へ訪れたのは―――