ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者― 作:光と闇
「―――見つけたぜ、レイッ!」
古城がそう叫ぶと、レイは驚いたような表情で振り返ってきた。
「………古城、様?」
あり得ないものを見たような表情で呟くレイ。彼が自分を捜しに来ることなどあり得ないと思っているからだ。
古城はそんな彼女へと歩み寄り、怪我をしていないことを確認すると、安堵しながら言った。
「こんなところにいたのか。駄目だろ、急にいなくなっちゃ。凪沙のやつが心配してるし、早くうちに帰るぞ」
そう言って古城はレイの手首を掴もうとした。が、それを彼女は拒み後ずさる。
「………レイ?」
「今さら………今さら僕に何の用ですか!貴方は、僕を捨てたくせにっ!」
レイが攻撃的な瞳で古城を睨んでくる。どうしてなのですか!と涙を滲ませながら。
古城は、そういやそういうことになってるんだったな、と頭をポリポリと掻きながら返した。
「それなんだけどさ………べつに俺はおまえを捨てたわけじゃねーよ」
「え?」
古城のその言葉に、レイは思わず目を瞬かせた。それはどういう意味?とレイが訊こうとすると、その前に古城が言った。
「俺があのときおまえの質問に『いらない』って返したのはさ、姫柊の買い物にはつき合う必要はない、っていう意味で言った言葉なんだよ」
「………!?」
驚愕して瞳をいっぱいに見開くレイ。
………え?それってつまり、僕の勘違い?勝手に自分は捨てられた、と思い込んでそれを本気にして家出してきたということ?
そう思い、レイは途端に恥ずかしくなって赤面して俯いた。
「………でも、古城様は、僕を〝迷惑〟だって言いましたのです」
「あ、ああ。だっておまえ、俺のためを想ってやってくれるのは嬉しいんだけど………やりすぎは、な。周りの目も気になるし、誤解もされるっていうかなんというか」
「………?僕は貴方との関係を誤解されても気にしないのですよ?」
「俺が気にするわっ!」
さらりと言ってのけるレイに、声を上げる古城。そんな彼を見上げてクスッと笑うレイ。
それからレイはじっと古城を見つめて、
「あ、あの………!」
「ん?なんだ、レイ」
何やら恥ずかしそうにモジモジするレイを古城は見下ろして訊き返す。
するとレイが口を開き、恐る恐る訊いてきた。
「古城様。僕は………僕は、また貴方の
「は?」
レイの問いに、古城は間の抜けた声を洩らす。そんな彼の反応に、レイは悲しげな表情で俯く。
「………やっぱり、駄目ですよね。ごめんなさいなのです、古城様。今のは忘れて―――」
「馬鹿だな、おまえ」
古城の呆れたような声音に、え?とレイが顔を上げる。その瞬間、まるでタイミングを見計らっていたかのように古城はレイの頭にポンと手を乗せて笑った。
「俺がいつ、おまえを捨てたんだ?言っただろ。あれはおまえの勘違いだって。それとも、捨てて欲しかったりする願望でもあるのか?」
「………!?や、それは嫌なのです古城様!僕を、捨てないでください………!」
必死になるレイを、古城はほくそ笑みながら見つめる。古城は、よろしい、と彼女の頭を優しく撫でて、
「これからもよろしくな、レイ。それから―――
「!は、はいなのです!………
涙を拭って嬉しそうに微笑むレイ。その天使のような………もとい天使の微笑みを見て、やっぱりレイはこうじゃなきゃな、と古城は思った。
結局、彼女から『主様』と呼ばれることになってしまったが、彼女の笑顔に免じて許してやろう。
古城とレイのやり取りを見ていた法衣の男が、ふむ、と頷き、
「よくわかりませんが、仲直りできたようですね。とりあえず、おめでとうと言っておきましょう」
男の声にハッとして古城は向き直り、どうも、と軽く挨拶した。
「レイが世話になったみたいだな。けど悪いがレイは俺の
「構いませんよ。その娘は我らのものではありませんので」
古城の言葉に、意外とあっさりした返事をしてくる法衣の男。それに違和感を感じたが、争いに発展しないならありがたい。
古城はレイに目を向けると、何故か彼女は嬉し恥ずかしそうに両手を赤くなった頬に添えていた。
「俺の
「は?―――って違う!いや、違わなくないけど………そういう意味で言ったんじゃねえよ!」
「え?主様は僕を
「え?………あ、そっち?」
てっきり、嫁としてもらってくれ、と言われたのかと思ったぜ、と内心で付け足す古城。
ホッと胸を撫で下ろす古城を、レイは不思議そうに眺める。
そんな彼女を古城は見返しながら、でも
それはさておき、レイを取り返したことだしうちに帰るか………と古城が彼女の手を取って自宅に帰ろうとした、その時。
「―――逃がすと思いますか?」
「―――ッ!!?」
いつの間にか古城達の直ぐ後ろに立っていた法衣の男の無感情な声音に、ハッとして古城はレイを抱き寄せて横に跳んだ。
その僅か数瞬後には、先程まで古城達が立っていた場所を巨大な戦斧が襲い、虚空を袈裟懸けに斬り下ろした。
古城は法衣の男を睨み付けて吼える。
「危ねえだろオッサン!殺す気か!?」
「ええ、殺しますよ」
法衣の男がにべもなく答えると、古城はゾッと背筋を凍らす。
………このオッサン、今なんて言った?俺やレイを殺す、って言わなかったか!?
古城はレイを背に隠して身構える。バスケのディフェンスの要領でどんな攻撃にも対応出来るように。
「あんたは、俺たちを帰してくれるんじゃなかったのかよ!?」
古城が法衣の男を睨みながら叫ぶ。法衣の男は、首を横に振り、
「その娘を
「なっ!?」
「それにその娘は我らの獲物を横取りしようとした悪党なのですよ。その娘を庇うというなら、貴方も我らの敵ということです」
法衣の男が戦斧を古城達に向けてそう言ってくる。彼の瞳には怒りのような感情があった。
古城は、え?とレイに目を向けて、
「それは本当なのか、レイ?」
「ち、違うのです!僕はただ、魔族から貴方様方を護ろうとしただけで―――!」
レイは首を横に振って否定するが、法衣の男は鋭く彼女を睨み、
「なにが違うというのですか?我々は貴女なんかに助けなど頼んだ覚えはありません。勝手に邪魔しにきてよくそんなことがいえたものです」
「う………それは」
法衣の男の言う通りなので言葉に詰まり、何も言えなくなるレイ。
古城もレイをフォローしようにも出来ない。法衣の男の話を聞くからに、彼女が彼らの危機を救ったわけではないからだ。
なら、彼女が魔族から彼らを護ろうとした行為は別の意味で捉えるのが自然か。
法衣の男は息を吐き捨てると、古城達を睨み告げた。
「最早言葉は無用です。少年よ、死にたくなければその娘を置いて去りなさい。拒否するならば、まとめて始末するまで」
「―――っ!?」
法衣の男の凄まじい威圧に怯みそうになる古城。だがこちらも存在感なら劣りはしない。古城は世界最強の吸血鬼なのだから。
それに、
「あんたこそ、覚悟は出来てんだろうな」
「なにがです?」
「レイは俺たちの大切な家族だ。手を出すってんなら、容赦しないぜオッサン!」
古城は獰猛に笑って一歩前へ出る。彼の全身から濃密な魔力が迸った。
それを肌で感じ取った法衣の男は、ムッと眉を顰めて、
「その魔力………貴方はただの民間人ではないですね。吸血鬼、それも
法衣の男の鋭い洞察力に内心、冷や汗を掻く古城。レイが〝血の従者〟というのは正直はっきりしていないが、古城の正体を彼はあっさり見抜いてきたのだ。油断ならない相手に違いないだろう。
そんな法衣の男を庇うように
「む………これはなんの真似ですか、娘」
法衣の男がレイの不可解な行為を問いただそうとすると、古城も驚いたような表情でレイを見つめ、
「なにやってんだよレイ!俺たちの敵は、あのオッサンたちだろ!?」
古城がそう言うが、レイは小首を横に振り、
「僕は彼らを守護しなければいけないのです。だから僕には彼らを攻撃することは出来ません」
「は?」
古城は間の抜けた声を洩らすが、ハッと思い出したようにレイに訊いた。
「………それは天使としての、レイの役目なのか?」
「はい、なのです」
申し訳なさそうな表情で頷くレイ。そっか、それなら仕方ねえな、と息を吐き、古城は臨戦態勢を解いた。
古城は、流石に彼女とは戦いたくなかった。実力云々ではない。純粋に仲間同士、ましてや家族ならば戦うなどという選択肢はない。
これはレイを抱きかかえてオッサンたちから逃げるしかねえな。吸血鬼の力を全開にすれば逃げ切れるだろう。問題は、タイミングだな。やっぱり隙は作った方がいいかな………
古城が逃げる前提でその方法を考えていると、法衣の男がレイを驚愕の表情で見つめて声を上げた。
「その娘が、天使………ですか!?あの、聖書に記された〝神の御使い〟だと!?」
あり得ない、というような表情でレイを見る法衣の男。
あの娘が天使?主なる神がお造りになった〝神の御使い〟?
その割には、魔族のような強大な魔力を有している。それに天使だというのに、背に翼はなく、神聖さがまるでない。
………本当にこの娘は天使なるものか?嘘を吐いているだけではないのか?
その真偽をどう確かめようか考え込み、ふと良案が思いついたように法衣の男は言った。
「………いいでしょう。貴女が真の天使ならば、先程の件は水に流しましょう」
「え?」
法衣の男の言葉に、レイと古城は驚いたような表情で彼を見た。随分あっさりしているな、と。
だが、そう思えたのは一瞬だけだった。それは、
「ですから貴女には―――目の前の
「………ぇ?」
法衣の男の衝撃的な発言に、レイの全身が氷のように冷たくなっていく。
彼は今、なんて言った?私に………
「出来ないというのですか?貴女が天使だというのなら、魔族は天敵、滅ぼすべき悪ですよ」
「………っ、」
「さあ、証明してみなさい。貴女が天使だということを、この私に!」
法衣の男が両手を広げてレイに告げる。それにレイは拳を握り締めたまま俯いてしまった。
そんな彼女を、古城は心配になって触れようとしたその時。
「ぐっ………!?」
レイの全身から迸った黄金の魔力が、古城の手を弾く。まるで古城に触れられるのを拒むように。
「………レイ?」
「……………」
古城が呼びかけると、レイは徐に顔を上げて、
「………ごめんなさい、なのです、主様」
謝罪の言葉と共にレイの右手に黄金の魔力が集まっていき、巨大な槍を形作った。
その槍の正体は―――凄まじい雷の塊だった。そしてレイは、雷光の槍の切っ先を古城の心臓に向けて踏み込んできた。
「うおっ!?」
レイの刺突を辛うじて回避出来た古城は、彼女を困惑の眼差しで見つめて、
「ど、どうしてなんだよレイ!俺のことを一番に想ってくれてたんじゃなかったのか!?」
「………ごめん、なさい」
古城の質問には答えず、レイはただ雷光の槍を構えて彼を串刺しにしようとしてくる。
古城にはその攻撃を避け続けるしか方法はなかった。それはレイにカウンターをぶつけるわけにはいかないからだ。
「やめろ、やめてくれ!俺は、おまえとは………戦いたくねえ!」
古城は必死に訴えかける。が、レイは感情を殺した瞳で、ごめんなさい、と謝り続けながら雷光の槍を振るってくるだけだ。
でも、古城には分かっていた。彼女もまた、自分と戦いたくないということを。天使としての運命に逆らえず苦しんでいるということを。
だから、どうにかして彼女を救ってやりたい、と古城は彼女の攻撃をギリギリで躱しながら思う。
………けど、どうしたらレイを救える?俺にそれだけの力はあるのか?
古城はそんなことを考えていると、不意に誰かがこちらへ突っ込んできた。
「―――さっきはよくもやってくれたな、小娘ッ!」
それは上品な
しかし、標的にされているレイは、古城に向けて雷光の槍の刺突を繰り出したままの状態な為、とてもじゃないが〝旧き世代〟の拳を躱せるとは思えなかった。
「危ねえ、避けろレイ!」
思わず叫ぶ古城。だが、レイは特に焦ることもなく、左手を〝旧き世代〟の男に突き出し―――
「な………にぃ!?」
―――緋色の魔力が彼を迎撃した。その不意打ちの攻撃に、〝旧き世代〟の男の長身は呆気なく吹き飛ばされ地面に転がった。
古城は一瞬、レイが何をしたのか理解出来なかった。が、彼女の突き出された左手の周囲の空間が揺れて―――否、振動していることに気がつく。
つまり、先程〝旧き世代〟を吹き飛ばした力の正体は………振動の塊をぶつけられたからだった。
レイの右手には黄金の雷光の槍。左手には緋色の振動波。そんな芸当は古城には出来る気がしなかった。
「ほう………反射の次は雷に振動ですか!さすがは第四真祖の〝従者〟といったところですね」
法衣の男は興味深そうにレイを見つめる。彼女を天使としてはまだ認めないが、侮ってはいけない存在だと彼は認識した。
一方、吹き飛ばされた〝旧き世代〟の男は、傷付いた身体に鞭打ち立ち上がる。
「図に乗るなよ、小娘がッ!」
そして怒号と共に〝旧き世代〟の男は、再度己の眷獣を召喚する。
再び召喚された巨大な妖鳥の眷獣を、法衣の男は見上げて笑う。
「あの娘の戦いを邪魔しようとはなんと愚かな。ですが、眷獣を召喚してくれたのはありがたい」
「ありがたい、だと!?」
法衣の男の意味深な発言に怪訝顔になる〝旧き世代〟の男。
法衣の男は、隣に控えていた
「さあ、やりなさい、アスタルテ」
「
藍髪の少女は、彼に人工的な声音で応えて、半透明な虹色の巨大な腕を出現させて〝旧き世代〟の男の眷獣を襲った。
その巨大な腕が妖鳥の眷獣を薙ぎ払うと、妖鳥の翼は根本から千切れて溶岩のような灼熱の鮮血が飛び散った。
「ぐあっ………!」
眷獣が受けたダメージが、宿主たる〝旧き世代〟の男に逆流して苦悶の声を上げる。
しかし、アスタルテの攻撃は止まらない。体勢を崩した妖鳥の眷獣に畳み掛けるように、巨大な腕を操り妖鳥の巨体を貪るようにして切り裂いていく。
それと同時に〝旧き世代〟の男も激痛に苦しみ、額から脂汗を流す。
実体化を保てなくなった妖鳥の眷獣は単なる魔力の塊へと変わって地面に落ちる。が、それでもアスタルテは攻撃をやめずに、破壊した眷獣の身体を蹂躙する。
そんな光景を見ていた法衣の男は、〝旧き世代〟の男へと突進するように接近し、
「今度こそお仕舞いです。我が斧の錆となりなさい、憐れな魔族よ」
「くっ―――!?」
〝旧き世代〟の男を斬り殺すつもりで容赦なく戦斧を振り下ろした。
その一撃から避けようと咄嗟に後ろへ跳んだ〝旧き世代〟の男。だが、躱し切れずに肩口から深々と斬り裂かれて致命傷を負い吹き飛ばされてしまった。
「………む、仕留め損ねましたか。ですが、これでこの魔族は再生できませんね。次の一撃で確実に仕留めるとしましょう」
〝旧き世代〟の男の返り血を浴びた法衣の男は血塗れの戦斧を片手に、トドメを刺しに瀕死の吸血鬼の下へと歩みを進める。
それを古城が慌てて叫び止めようとした。
「やめろよ、オッサン!それ以上やったら―――」
「関係ありませんね。我にこの魔族を生かしておく理由はなし」
「なっ………!」
「それに少年。貴方は―――自分の心配をした方がいいですよ」
「―――っ!?」
古城はハッとしてレイの方を見る。すると、彼女の雷光の槍の切っ先は古城の胸元を貫く寸前まで迫っており、回避する余裕すらなかった。
「………ッ、しまっ―――!」
走馬灯を見ているかのように、自分の胸を貫こうとゆっくり進んでくる雷光の槍を見つめて、古城は死を悟った。
如何に第四真祖だろうと、吸血鬼は不老不死であろうと、その能力の根源である心臓を貫かれれば死ぬと理解しているからだろう。………本当は仮令心臓を失ったとしても死なないのだが。
古城は目を瞑り、死を受け入れようとした、その時。
「―――〝
え?と聞き覚えのある声に古城は思わず目を開ける。すると突如、銀色の閃光が煌めいて雷光の槍を斬り裂き消滅させた。
そして、古城の視界に映ったのは、驚愕の表情で瞳を見開くレイと―――凜とした顔で銀色の槍を振るった黒髪の少女・姫柊雪菜の姿だった。
思ったより長引いてしまったので、今回はここまでです。
次回、雪菜の乱入で、この戦いは終局へ向かいます。そして古城が眷獣を………