運命の渦   作:瓢鹿

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彼の見た光景

教室のドアをくぐると、喧騒が八幡の耳を騒ぎ立てる。

中身のない言葉、同意していない同意、貼り付けた笑顔。それらが渦巻く喧騒は、煩く、また同時に吐き気が出そうになるほど醜悪なものだった。

薄っぺらな関係のまま彼等は友情という嘘を育み続けるのだろうか。

そんな疑問を思わず抱く。

けれど、この光景に慣れてしまった自分も存在していた。

あくまでも、どこまでも他人は他人で、自分の意見の介入など許されることは無い、そう考える八幡は、クラスの喧騒をどこか他人事のように捉え、日々を静かに、穏やかに暮らしていた。

自分の席が使われていないことを確認し、席に座る。

視線を感じてそちらへと向けば、戸塚彩加が自分へと手を振っていたことに気づく。

こっちまで来ればいいのに。残念に思いつつ、彼の周囲を見れば、多数の女子生徒に囲まれいる彼の現状に気付いた。

朝から人気者である友人の状況に苦笑しつつ、手を振り返す。

「比企谷」

間違えられることなく、名前を呼ばれて振り向くと、そこには士郎が立っていた。

「よお。さっきぶりだな」

「そうだな。で、何かあったのか?」

 

尋ねられ、八幡は内心ほんの少し答えに迷った。

――朝から発砲してました?

それは違う。

――美少女と密会してました。

似ているようで非なるもの。

 

「ちょっと腹が痛くなってな……」

事実にかすりもしない嘘でその場を誤魔化す。

「そりゃしょうがない。けど、理由を言ってから行ってくれよな?由比ヶ浜がお前を追いかけそうだったから引き止めるのに苦労したよ」

 

そう語る士郎の顔には若干の疲れが見える。結衣を引き止めることがそんなにも辛かったのか、そんなことを思う。

 

「助かったよ。お前が友人で助かった」

 

八幡が素直に感謝を述べると、士郎が口を開き、唖然とした表情をする。

 

「なんだよ。そんな鳩が豆鉄砲喰らったような顔しやがって」

 

「いや、お前がそういう事言うなんて珍しいなって思ってさ。いいことでもあったのか?」

 

「いいや。そんな分けないだろ。なんなら年中悪いことだらけなまである」

 

「そうかよ。ならそういうことにしておくさ」

 

「ああ」

 

会話を続けていると、ベルが鳴った。

教室前方のドアが開かれる音もする。

 

「ホームルーム始めるぞー。席につけよー」

 

間延びした担任の声に喧騒そのままに生徒達が自分の席へと散らばっていく。

 

「よし。出席確認するぞー、相沢ー」

 

「はい」

 

次々と返事が上がる中、ある生徒の声だけがしなかった。

 

「葉山は……誰か聞いてないかー?」

 

「隼人君なら今日休みっすよー」

 

葉山隼人、彼のグループに在籍するチンピラのような見た目をした戸部翔が代弁する。

 

「そうか……珍しいこともあるもんだな……」

 

翔の応えに一部の女子生徒からは「えー」といった残念そうな声が漏れる。

 

「大丈夫だべ!俺がいるっしょ!」

 

翔の渾身のスマイルと共に届けられた甘い言葉は、

 

「調子にのんな」

 

「いいから座れー戸部」

 

担任と、同じく隼人のグループ、ひいては八幡のクラスの女王的存在である三浦優美子によって切り捨てられた。

 

「それはないっしょー」

 

「はい、つぎは―――」

 

翔の言葉はそれ以上聞き入れられることは無かった。

 

出席確認、連絡を終え、担任が教室を出た。

 

―やっぱり部活動は中止か……となると、真っ直ぐ家に帰って、準備か……

 

「やあ、比企谷。葉山はいないのかい」

「……」

「比企谷!?」

「俺じゃなくて衛宮に聞けよ。友達だろお前ら」

「お前も衛宮の友達なんだろ?じゃあ僕の友達と言っても同義じゃないか。アイツのものは僕のもの、だよ」

「なんだそのジャイアニズム。取り敢えず失せろ。俺は眠い。寝る」

 

「――――――――――」

 

八幡の耳に何か蝿の羽音の様にうざったいざわめきが届くが、鞄から目を閉じたまま、イヤホンを装着。

ざわめきが聞こえないことを確認して、言葉通り、眠りについた。

 

 

はずだった。

 

なのに。

 

いつの間にか砂漠の中に立っていた。時折砂を含んだ激しい風が紙を弄んで、容赦なく全身にその礫を叩きつける。

呼吸をすればそれに合わせ砂が口内に侵入し、思わず唾を吐こうとして、出来ないことに気付く。侵入した砂を含んだザラザラとした感触が舌をひりつかせる。

周囲を確認する為に、体を動かそうとして。

―――身体の自由が聞かないことを悟った。

意識が、周囲を、状況を確認しようとすることを望んでいるのに。

視線がひとりでに動き、自身のものであるはずの両の手を見た。

――血にまみれている。

返り血など生易しいものではなく、まるで血の雨を浴びたかのように。

「は?」

 

あまりの脈絡の無さに間抜けた声が八幡から漏れる。

指が動くと、ぬちゃ、と粘り気のある音がした。

どろりとした粘性の、自身の手に付着したソレはまるで、自身の存在を主張する若者の落書きのように、激しく、かつ大胆にベッタリと己の存在を主張していた。

 

――どうしてこうなった?なにか、この現状においての手がかりは……

 

体が動き出す。1歩を刻む度に、金属が派手な音を鳴らすことに疑問を覚えた。

またしても視線が勝手に動く。今度は音のなる、ちょうど腰あたりへと動いた。

その視線の先には、両の手と同じように、腰のホルスター内に収納された自動拳銃と思しき銃に、肉厚なコンバットナイフに毒々しい血痕が付着していた。

 

―――俺が、俺がやったのか?

 

この辺りには誰もいない。

必然、その問に答えるものも存在しない。そも、声すら出ない状況で答えを求めることが出来るだろうか。

 

今度は首が、周囲を見渡すためにぐるりと動く。

周囲360度。

それら全てを埋めつくのは――

 

物言わぬ死体の山々。正に死屍累々、その言葉が最も適する、倒れ臥した人間の亡骸が無残に無碍に、そして無情に積み重なった、そんな光景だった。

 

山々から赤い液体が流れ出る。

それは、命の残量を伝える流血。しかして、絶望を伝えるものでさえあった。

 

額にわずか数センチ程の穴が空いた者。腹部が切り裂かれた者。

死に様は千差万別でありつつも、死という結果だけは大同小異。

血のにおいは濃密なまでの死を。屍から零れ落ちる臓物が、頭蓋からはみ出した脳漿が、凄惨なまでの死を。

 

物言わぬ死体の代わりに状況を的確に告げていた。

なのに。

問いかけても、応えが返ってくる筈がない、という八幡の推測を、加えて砂漠に塗れた沈黙を一つの呻き声が破り去った。

 

身体が唐突に、全力で疾駆し、呻き声の元へと駆けつける。声の主からは幸い離れておらず、辛うじて声の主の意識は未だこの世に存在していた。

 

「何があった?!これは……俺がやったのか!?」

 

八幡は問う。

けれど、彼の声は届かない。

その代わりに。

 

「すまない」

 

短い謝罪が儚く漏れる。

声の主は、八幡が視線のみを共有している人物の、男の声であった。

――どうして謝罪を述べるのか。

それは、周囲が、自身が何よりも物語っている。

あまりにも簡単すぎる答え。それは―――

 

声の主である男は呆気に取られた顔を浮かべる。まるで、男の言っていることが微塵も理解出来ないかのように。

現に彼は理解出来なかったのだろう。

何故ならば。

 

「お前が俺達の仲間を殺したクセに、よくそんな事が言えたもんだ!この死神が!」

 

飛ばす罵詈雑言。その言葉とともに唾と、吐血が混じり合い、身に募る怨嗟の程を伺わせる。

男の言葉を以て、八幡は状況を真に理解した。間違いなく、自身と感覚を共有している男がこの状況を作り上げた張本人なのだと。

けれど、その言葉の棘は、本来無関係であるはずの八幡の心根にさえその鋭さを向けているように錯覚させる。

 

「違う……俺は、俺は何も、やってない!俺じゃなくて、こいつが……」

 

無辜さえ殺し尽くす死神を、届くことがないとわかっていても、心底憎く思い、滾る憎悪そのままを持って形のない双眸で睨めつける。

 

「…………」

 

男の言葉に死神は何も応えない。ただ目の前の現実を受け入れる。

 

「お前のせいで、俺達は………!」

 

――― 何を言っている。それは誰のことだ。俺なわけないだろ。状況すら弁えて無かった俺が、どうしてお前達を、殺すんだ。

 

またも言葉の棘が八幡の心を突き刺す。

どうして彼の心にこれ程までに届くのか。

その答えを、八幡はとうに知っているはずだった。理解して、弁えていたはずだった。

 

 

けれど、直視することが出来なかった。

 

――こっちを見ろ。この光景こそがお前の願いのの最果てだ。

 

声がした。暗く、低く、虚ろで、内から聞こえるくぐもった声が。

 

「テメエも道連れだ!コンチクショウが!地獄に落ちろよ!!」

 

その時、男の形相が決死に歪んだことに八幡は気付くことが出来なかった。

 

いつの間にか、その手に握られた黒い球体の様な何か。それは、ピンが抜けかけた手榴弾。

この至近距離、タイミングならば確実に死に直結する――

ピンを抜き切る、その動作は僅か一瞬のささやかな物で、その後の結末はそのささやかさとは真逆を行く、大爆発。

男が、その一瞬を駆け抜けるその前に、目にも止まらぬ、異常とも言える速度で無造作に死神は腰に据えた拳銃を抜き撃った。

――至近距離での、頭部射撃。絶命の余韻に浸ることすらなく、男はこの世を去る。

驚きに目が見開かれたまま、滴る血液でその双眸から真紅の血涙を流していた。それは悲しみを讃えた涙などでなく、怨嗟を訴えるものだった。

死神は、その死に顔に一瞥くれると、すぐ歩き出した。

 

―――ああ、さっきコイツが走ったのは、救うためなんかじゃなくて、ここに居る人間全てを葬り去る為に過ぎなかったんだ。

だけど。

 

砂風に揺れる視界の中、ある結論に八幡は辿り着いた。

 

ここ、即ち世界の人間を全て葬り去る。それは自分の背負った業となんら大差ないものだと。

 

――なら、嫌悪なんか抱いてはいけない。

 

未だ死神が作り出した阿鼻叫喚な光景を駆け抜ける中、嫌悪を抱かないよう、自制する。

――目を逸らしてはいけない。これはあくまでも先達の業。

――いつかは俺が果たす宿願であるのだから。

 

 

―――西の方角から再び人間の声が響く。

視界が西を向いた。

それは、死神が次の標的を定めた瞬間であった。

次の瞬間、不安定な砂の足場の中、死神は音速もかくや、といった疾駆を見せる。

風を切り、砂を裂き、銃を構える。

 

――次の地獄こそ見届けなければ。

そんな強迫観念のような焦燥に八幡の心は駆り立てられ、突き動かされ、彼はやがて目をそらすことをやめた。

 

そして、死神が狙い全てを撃ち抜き、葬り去った時を同じくして、八幡の視界は暗転した―――

 

 

 

「きが………………ろ!!」

 

「あ……?」

 

虚ろな意識に誰かの、聞き覚えのある叫びが木霊する。

明転した視界であたりを見れば、そこは最後に見た教室だった。

 

「何時まで寝ているんだね君は」

 

時計を見れば既に4限目の時間。時計内部の長針、短針、そのどちらもが天井を指している。

最後に意識があったのは2限目だろうか。八幡は目の前に立つ教師に起こされるまで寝続けていたことを理解した。

誰も起こしてくれなかったという事実に、自身の状況に改めて辟易する。

視界を起こせば、目の前に立つ怒れる女教師平塚静は、憤怒の形相を、その美しいかんばせいっぱいに浮かべていた。

 

――こめかみに見えるピクピクと蠢動する血管が見間違いであることを願いたい。

そう切に願う。

けれど、引き裂かれた笑みの口端も血管同様に蠢いていた。

 

――これは説教待ったなしだな……

 

これから辿る運命に八幡は心底うんざりした。

 

「全く君は……後で話があるから授業終了後、私の所へ来るように」

うげえ、と嫌な顔を隠さず、ささやかな悲鳴を上げると、一際血管が蠢いた―様な気がした。

ついでにほかの生徒に見えない角度にさり気なく牽制、もしくは制裁のための拳が既に八幡の顎を捉えている。

 

「ほう………偶には鉄拳指導も悪くないな」

 

「すいません目が覚めました」

 

「よろしい。では、180ページの五行目から読みたまえ」

 

「はあ……」

 

引き裂かれた笑みのまま、彼女は教卓へと戻っていった。

ページを捲っていると、複数の視線に射抜かれる錯覚を受ける。

周りの生徒も八幡の朗読を催促していた。その視線から蔑みの色が見えるのは気のせいではない。

椅子を引き立ち上がる。

教科書に羅列された文字列をスラスラと読み上げる中、先程見ていた夢の様なものを再び思い返していた。

 

――あれは夢だったのか。

――それは当然だろう。夢とは本来寝ている時に見るもんだ。

――ならば、あれはただの突飛な夢なのか?

――それは。

 

長々とした文字列を読み終えても、その結論が答えに行き着くことは無かった。

 

ただ、この背中を見て進め、という指摘のような、エールのような意味合いが少なからずあったのではないかと思ってしまうほどに、あの死神と八幡の境遇はあまりにも似通っていた。

 

「よろしい。座りたまえ」

 

「うす」

 

椅子に座り、再び、ノートをとる姿勢そのままで目を閉じる。

次第に意識は深い水底へと落ちていった。そして終業のチャイムがなるまで彼が目を覚ますことは無かった。

そして、その八幡を見る静の目が更なる怒りに磨かれたのはもはや自明の理とも言えることであった。

 

しかし、八幡が先程と同じ夢を見ることは無かった。

 




読んで頂きありがとうございます!
遅くなってしまい申し訳ない。
ダクソのせいです…俺は悪くない。ダクソが、社会が悪い。

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