運命の渦   作:瓢鹿

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カオチャが欲しい…切実に。

それと視点を変えて書いてみました。良ければ感想にてこっちの方が良かったとか前の書き方の方が良いなども意見を頂けると嬉しいです。

それではどうぞ。


戦いの幕開け

晴れた冬空の下で日常ならざる非日常幕が上がっていた。

その非日常とは二人の魔術師の有り得ないはずの邂逅である。

一介の年端もいかぬ高校生が、浸かり続けたぬるま湯―日常―からその身を引き抜いて、一様に、光る瞳に確固たる意思を宿して、屋上にて対峙していた。

蒼く輝く瞳と、それと同等に鈍く、昏く澱む瞳。

互いに隠しもせずに疑いの目を向ける。

学校に張られた危険な魔術結界を張った魔術師が目の前の人物であるのか、そうでないかをこの眼で見極める為に。

遠坂凛は目の前に立つ目が死んでいる少年―比企谷八幡―を極めて異質であると判断していた。

彼は知らない。思いの外彼は注目視されていることに。しかしそれは一部の人間に限られた話である。

彼の異常性には目を見張る点があったのだ。

一度でも殺意を感じた事のある現代社会において特殊な者であるならば彼の異常性を理解する。

彼は日常生活にて殺意を抱いていたのだ。

抱く理由は解らない。けれどその濁った瞳には「殺す」その一点だけが映されている時があった。

凛がそれに気づいた時は、廊下ですれ違った時のこと。ふと八幡と目が合った時にそれはやってきた。

全身の産毛が総毛立ち、チリチリと痛んだ。言い訳のしようがない明確な恐怖を感じた。

思わず魔術回路を開こうとさえしてしまった。意識的ではなく、本能で。

殺意の「さ」 すら解らない現代の高校生が彼の殺意に気付くことはきっと出来ない。

死と隣り合わせの運命に身を置く、いや置いた事のある凛だから理解したのだ。

彼女は一度十年前に死の危険に直面している。

前回の聖杯戦争に参加していた殺人鬼、雨生龍之介によって。

あの悪寒を、恐怖を凛は忘れない。恐怖だ。

あの瞳には快楽の炎が点っていたけれど、確かな殺気も宿っていた。

異常な光。あれは恐怖に値する代物であった。

八幡の殺気はこと静かなものであったが、しかしあの雨生のそれとは違い、まるで洗練された、磨き抜かれたかのような鋭く美しいものである。

しかし、それゆえに彼女はより八幡を恐れる。

どうしてこうも只の成人ですらない高校生の魔術師がそんなにも鍛錬を積み重ねたモノを見せるのか。

それは分からない。

だが、この少年が自身の目的の為なら何物だって犠牲にするだろう。

昏い瞳から、全身から発せられる殺気を得る為に彼はきっと他の全てを投げ打ってきたのだろうから。

凛はそう結論づけると、見に刻まれた幾何学模様――魔術回路――のスイッチをオンへと切り替えた。

瞬間、凛の身体を熱い疼きが駆け巡る。

いつになっても慣れない感覚が凛の全身を巡り終える頃には、彼女の魔術回路は万全の状態となっていた。

制服のポケットに入った宝石を手でまさぐる。何度か弄び、宝石の感覚を確かめ、目の前の少年へと再び意識を向けると――

既に彼は消え失せていた。

直後、背後から声がする。

「お前がこの結界を張った張本人か?」

およそ、怒りも、どんな感情をも窺わせない冷たい声。

紛れもなくその声は、先程まで目の前に立っていた筈の、比企谷八幡だった。

 

前に立つ凛は八幡を敵と早々に認識したのか、魔力をその身に巡らせる。その間僅か2秒足らず。

凛の回路の起動から魔力の巡行までの速度は並大抵の魔術師よりも遥かにその上を行く。

だが、戦場において誰も敵にそんな時間をやる道理などない。

そもそも敵の襲来を考えているなら常に警戒をするべきであったのだ。

それは間違いなく凛の過失だった。

他の誰かであれば、まだどうにかなったのかもしれない。だが八幡に対してその時間は余りにも無謀で、無防備となったのだ。

八幡はその数瞬で魔術を行使する。元々凛と会った瞬間に警戒して魔術回路を起動させたのだから凛の様な準備の時間は既に要らず、数句の詠唱のみで事は足りる。

「 Time alter,Triple accel」

そう八幡が数句唱えると、世界の色が変転した。

まるで目の前の凛の動きはコマ送りのように、スローモーションのように明らかに遅々となった。制服をはためかせる冷たい風までもがその動きを遅める。否、周りが遅くなったのではないこの世界において八幡の速度が異常なのだ。一人だけが世界の標準よりもその先へ、時を止めるまでは行かずとも、通常の時間と比べ三倍の速さで世界へと干渉する。この速度であれば、実際に対峙すると目の前の人物が瞬間移動したかのように錯覚させることすら可能である。しかしそれは魔術において基本の身体強化ではない。使い手がほとんど居ない、固有時制御という高等魔術である。

使用者の時間を加速、停滞させるという効果を持つ魔術。時間操作と言っても差し支えない代物である。しかしその代償は重く、先へ進んだ分の帳尻

を合わせるかのように、全身の細胞へ、血液へと、行使の際に負荷となって激痛がその身を襲うのだ。しかしその代償は八幡に至っては些事でしかない。彼の身はあくまで破滅へ向かう身。風前の灯の様に儚くありながらも願望を遂げるまでは燃え盛る紅蓮の業火のように猛々しく在り続ける。

 

これは昔、幼い頃切嗣から八幡へ授けられた切嗣の生き残る為の手練手管の内の一つである。その内容は武器の扱い、武術の心得から野宿の仕方など、多岐にわたる、些事から様々な事を八幡は学んだのだ。

そしてこの武器も彼から譲り受けた物――

八幡はポケットに忍ばせた重い金属の感触を確かめる。

魔術の恩恵により高速で凛の背後へと移動し、内ポケットに隠された、普通の拳銃に比べ長い漆黒の銃身と意匠による細やかな彫刻。グリップとフォアエンド、その所々を胡桃材によって設えられた、シンプルながらも美しい拳銃―トンプソン・コンテンダーを引き抜くと、重々しい撃鉄を親指で叩き起し、引金へ指を添え、凛の心臓部へと押し当てた。

凛は背後の気配の放つ異常さに感嘆と畏怖から思わず息を呑む。

凛の背後に匂い立つ気配は暗殺者のそれではなく、最早死神と言っても間違いないほどの死の運び手と変貌した。

制服の背中越しに押し当てられた所から伝わる金属の感触はあらゆる生命を断ち切る死神の鎌を連想させる。

「ちょっとそんなもの反則じゃない……?」

凛は八幡に向けて呼び掛ける。

何とかして出した声はまるでそこから捻り出した最後の一滴のようにあまりにもか細く、儚い。

抗議の意を含めた言葉は受け入れられず、背中越しに伝わる感触が一層強まった。

「魔術回路を閉じろ」

有無を言わせない物言いに凛は従い、大人しく回路を閉じた。行き場の無くなった魔力が身体の中を漂う。

「お前がこの結界を張った張本人か?」

断罪の鎌を握った死神は死刑を下す最後の審判の為、一言一句を重々しく述べる。

 




お読み頂きありがとうございました。
次回もお楽しみに。

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